第19話 反撃の烽火

 “龍尾剣りゅうびけん

 第一に、剣で相手の武器を打ち下ろして攻撃を抑える。

 第二に、相手の武器に沿わせて剣を擦り上げる。

 第三に、そのまま相手をたたっ斬る。


 カウンターで使用する、回避不能の三連撃である。


「ぐあっ……!」


 ──初めて、人を斬った。


「……ッ、アル、フ……?」


 この場で何が起こったのか、正確には分からない。


 だが、ミルフィがボロボロの体で倒れ、それに晃が剣を向けていた。

 リンゼさんを殺したのは晃。ミルフィはその復讐をしようとしたに違いない。


「よう……秋人。すげぇ技じゃんか」


 俺が晃に負わせた傷は、みるみる内に治ってゆく。

 ミルフィもよっぽど激しく攻撃しただろうけど……これは、倒せない。


「晃、お前……この子も殺す気なのかよ」

「ああ、俺を殺しに来たからな。俺の敵なら仕方ねぇだろ?」


 晃と別れて……しばらく悩んでいた。こいつを放って置いて良いのかと。

 リンゼさんを遊び感覚で殺した奴だ。これからもまた、誰かを殺すかもしれない。


 それに──まだほんの少し、未練があった。もしかすると改心して、一緒に旅が出来るんじゃないかって。


「この子は……お前が殺したリンゼさんの、弟子なんだぞ」

「そう言ってたな」


「なあ……リンゼさんは、凄く優しい人だったんだ。この子はリンゼさんに、大事に育てられてきた」

「へぇ〜」


 けど……ダメみたいだ。こいつには何を言っても響かない。


「……女の子を泣かせて、楽しいかよ」

「別にそういう趣味はねぇけど……強い奴を一方的に倒すのは楽しいぜ?」


 俺は今……生まれて初めて、恐らく“殺意”を抱いている。


 何だろうな……この感情は。

 小さい頃、ケンちゃん(幼少期の友達)に嫌がらせされた時や、意地悪な先生にクラスで恥をかかされた時。そんな今思えば大した事ない事でも、その時の俺は本気で怒っていた。


 けど、今の気持ちは、それとは全くの別物だと分かる。

 何と言えば良いのか……腹が煮えくり返る、かな。


 テレビで凶悪犯が紹介された時、何でそんな事するんだろうとか、会ったらどうすれば良いんだろうとか、話は通じるのかとか……自分や身近な人が被害に遭ったら、どんな気持ちになるのかなとか。

 そんな答えの見つからない、やるせない気持ちだった。


 多分、今、俺はそれに近しい気持ちだ。


 目の前にいるのは同じ人間……なのに。

 人を殺している。人の気持ちに寄り添えない。説得は不可能。話が通じない。

 どうしようも無くて、ただひたすらに怒りが込み上げて来る。


「だからよ……とりあえず退いてくれよ秋人」

「殺すんじゃねぇ」


「俺はただ、“敵”を倒してるだけだぜ?」

「そうかよ……」


 だったら、俺は──この狂人を、敵に回してやる。


「ッらあッッ!!!」

「ぐッ……!」


 晃に接近して剣の間合いを潰し、“震魔掌しんましょう”を打ち込んだ。

 これであいつは体内の魔力が乱れ、動きが鈍るはずだ。あの一瞬で回復する魔法も、少しは遅くなるはず……


「そうか……次はお前が相手かぁ」


 大災害が起こったかのような戦いの規模。

 それでも倒せなかった晃。


 だが……ミルフィは放って置けない。あんな哀しいをした女の子を、俺は初めて見た。


「じゃあ……闘おうぜ!」

「ッ……!」


 俺の攻撃を受けてもなお、晃は嬉々として向かって来た。


 ──速い! 魔力が多い分、肉体の強化も大きいんだ。


ギャリッッ!!


 血で錆びた晃の剣を受け、鈍い音が鳴る。

 重いッ……! まともに当たったら即死だ!!


「へぇ〜、俺の方がパワーあると思うんだけどな。やっぱ習ってると違うのか」


 師匠との修行で、攻撃の外し方も習った。

 晃の動きは素人。さばくのは簡単だ。


 だが……速く、重い。見切るのに神経を使い、受ければ衝撃が響く。


「んじゃあもう一回だ!」


 だが──それ以上に恐ろしいのは、まるで竹刀で試合をしているような感覚で、真剣で殺しに掛かって来ている事だ。

 マジで……刃物を握ったガキだな。


「バカ野郎ッッ!!!」


 晃の剣を受け、脛へトーキックを当てた。

 ただの蹴りではなく、“震魔掌しんましょう”と同様に相手の魔力を乱す“震魔脚しんまきゃく”。


 ──何でだよ晃。

 一緒にゲームの話で盛り上がって……一緒に旅しようって、言っただろ。


「同じ人間なのにッ……殺し合ってどうすんだッッ!!!!!」


 俺は叫んだ──どうせ通じないと、分かっているのに。


 脛を痛めた晃は体勢が下がり、剣を大きく横にスイングさせてきた。

 俺はそれを屈んでかわし、晃の腹を剣で突いた。


「うぐッ……!?」


 “虎口剣ここうけん

 体勢を低く構え、向かって来た相手を突き上げる技。

 元々は、四足歩行で体勢の低い動物や魔物を想定した技だ。


「ッ……!!」


 どんなに叫んでも、届かない。

 その鬱憤を晴らすように──俺は本気で打ち込んだ。


 “無明剣むみょうけん

 面、胴、小手を連続で刺す三段突き。

 師匠のレベルになると、一度の突きにしか見えない程の速さだ。


 ──冷静に考えると、晃の体もまた他人の物なのだが。戦わなければならない状況だし、何よりこの時の俺には……そんな事を考える余裕が無かった。


「……ふぅ……」


 眉間、鳩尾、右手首から出血する晃。特に鳩尾は2発連続で刺したから、ダメージは重なっている。


 だが──結局それも、すぐに回復されてしまう。


「強えじゃん秋人……」


 乱した魔力も、そろそろ戻ってしまう。


 ……どうすれば、この状況を何とか出来る?

 別にこいつに勝てなくても良い。ミルフィを連れて逃げられれば……


「…………逃げ、て……」


 ミルフィの、か細い声が聞こえた。


「……見て見ぬふりはするなって、先生に教わってんだ」

「…………早、く……」


 晃が再び向かって来た。


 ……やめろよ。こんな女の子に手ぇ出すなって。

 この子は……酷い目に遭ってんだぞ。


「…………私は、もう、いい、から……」


 人間、自分が可愛いに決まってる。

 どんなに間違っていても自分が正しいと主張する、性根の悪い奴だっているんだ。


 ──自分はどうなっても良い、命を賭けてでも復讐する。

 そんなミルフィを見て、俺が思ったのは……『気持ち悪い』、だった。


 何でそんな、俺と同じ人間が、自分を捨てられるんだよッ……


「お前はッッ!!!!! 幸せになるべき人間だッッッ!!!!!」

「……ッ……!!?」


 俺はミルフィに向かって叫んでいた。

 ごめんな、俺は家族同然の人を殺された事がないから、お前がどんなに憤っているのか完全には理解できないけど……


 それでもミルフィには、不幸のまま終わって欲しくない。


ザクッ!!


「なッ……!?」


 魔力の乱れが治り、本調子に戻った晃。

 その動きに俺は、反応が遅れてしまった。


 だが……一本の短剣が晃の横っ腹へ刺さり、動きが止まる。


「え〜っと……刺しちゃったけど、そいつ悪者で合ってんのかな?」


 ……エルノア! 来てくれたのか!

 その隙を見逃さず、俺も反撃する。


「はぁッ!!」


 “龍尾剣りゅうびけん”。再び晃の右肩を斬り裂いた。


 利き腕をやられ、晃は左手で殴ってくるが、その動きは更に鈍っている。

 エルノアの短剣には毒がある。恐らくその影響だ。


ドスッ!!


 左右同じ手足を前へ出し、最速で突く“刻み突き”。

 先に当てたのは、俺だ。


「エルノア! ミルフィを守ってくれ!」


 どうせすぐに回復される。“刻み突き”を当てたのは、晃の魔力を乱したかっただけだ。


 エルノアのお陰で、何とかなりそうだ。短剣をもっと刺し、毒で弱らせる。そして俺が最高火力で“震魔掌しんましょう”を当てれば、いくらこいつでも大幅に弱るはずだ。


 所有する魔力が多ければ多いほど、それを揺らされれば異変は大きい。

 とはいえ、魔力が減る訳じゃない。下手に倒そうとして、ヤケになって魔力を放出されれば死にかねない。


 弱らせるなら、本気にさせる前に、一気に畳み掛けるように。そしてすぐに逃げる。


 だから──


「悪いな……ハンデだと思ってくれよ。さあ、続けようぜ」


 今は一人で闘う。それにミルフィを守るのに神経使うからな。


「面白え……行くぜ秋人ぉ!!」


 毒で弱った……はずの晃。

 にもかかわらず、更に加速した。


ギィンッッ!!


 危ねえッ……! 何とか防げた。

 底知れない魔力……肉体の強化を更に上げたのか!


「シャアッッ!!」


 晃はめちゃくちゃに剣を振り回す。

 乱れた魔力で無理やりに体を突き動かし、その動きは素人どころか適当だ。


 だがその分、速さは凄まじい!


「ぐぅッ……!!」


 出来る限りは受けずに避ける。動きが適当な分、さっきよりは避け易い。


 だが……当たりに来れば、受けるしかない。


ガンッッ!!


 〜〜ッ……! “剛剣ごうけん”で剣を強化して正しく受けてるのに、ここまで響くか!


 何度も受ければ、剣が折れる! 一発一発が必殺技級だ!


「喰らえぇッ!!」


 マズい、体勢が……! 晃の攻撃が来る!


グチャッ!!


 ──突然、目の前に岩が現れ、晃は顔面を強打した。

 エルノアの召喚魔法か、助かった!


 相手は怯み、視界も奪われた。──これは好機チャンス!!


「うおおぉッッッ!!!」


 俺は叫び、渾身の一撃を放った。


ブシュウウゥッ!!


 ──晃の左腕を、確実に切断した。大量の血が噴き出す。


パキンッ!!


 更に、エルノアが召喚魔法で自分自身を召喚し、晃の目の前へ瞬間移動。

 4本ある短剣の内の一つ──“ソードブレイカー”を使い、晃の剣を折った。


「よし、畳み掛けろ!」

「おう!!」


 エルノアの短剣が突き刺さる。

 2度目の毒、左腕の損失、大量出血──流石の晃も動きが止まった。


「はあぁッッ!!!」


ドスッッ!!


 完全な隙。俺の“震魔脚しんまきゃく”で、晃の肝臓へ“三日月蹴り”を打ち込んだ。

 内臓へダメージを与えつつ、魔力をかき乱す。


「ぐはぁッッ……!!」

「今だ、逃げるぞ!」


 深追いはしない。何をするか分からないし、ミルフィの手当てが先だ。


 俺はミルフィを抱え、エルノアと共に逃走した。















「……おおおッッ!!!!!」


 ──その時、狩野晃が咆哮ほうこうした。

 魔力による爆発が起き……逃走する秋人達を、背後から焼き払う。


 ──最後にその場に立っていたのは、2人だけであった。

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