第18話 激昂

「師匠をッッッ!!!!! 返せッッッッッ!!!!!」


 少女がえた。


 ミルフィの魔力は、触れる者全てを傷付けそうな程に、刺刺とげとげしく、禍禍まがまがしく、燃え上がる。明確な殺意の込められたそれは、到底人の物とは思えない。


「師匠? 何の話だ?」


 そんな彼女を嘲笑うかのように、狩野晃は何も理解していない。


 ミルフィの魔力は、地をえぐり取りながら晃へと放たれた。

 耳をつんざく爆音が、森を震撼させる。


「へぇ〜……なかなか強いな」


 が、晃は魔力で防御し、涼しい顔で耐え抜いた。


「その魔力量……師匠……?」


 目の前の少女が何者なのか、熟考する。

 その間もまた、ミルフィは魔力を撃ち続けた。


「──まさか」


 それでもなお、無傷。

 晃は考えた後、結論を出した。


「お前……リンゼの弟子なのか?」


 攻撃が止んでから、そう尋ねる。


「……そうだ。お前、死ねよ」


 口調が粗くなり、ミルフィは人差し指と中指を晃へ向けた。

 その先端から、先程とは違い細々とした魔力が放たれる。

 多量の魔力を一点に集中し、威力と速度を増した。


ビシッ!!


 晃の魔力防御を貫き、眉間へ直撃した。

 頭が後ろへ持って行かれ、グラつく晃。


「お……さっきより強くなったな」


 しかし……貫いたのは、迎撃の魔力のみ。

 晃の肉体に留まり守っている魔力までは貫けず、結果傷一つすら負わせられなかった。


「なるほどなるほど……流石は大魔女の弟子。魔力の使い方が上手いんだな。俺はただ適当に魔力をバンバン撃ってるだけなんだが」


 晃はニヤリと笑い、


「──楽しいな!」


 無邪気に叫んだ。


「魔法ってのは面白い! やっぱここに来て良かったぜ!」


 ついに晃が、前進する。


「リンゼはなかなか楽しませてくれたぜ。色んな魔法を使って、俺の予想の遥か上を行っていた。お前は……楽しませてくれんのか?」


 そう言って晃は手を向け、魔力を放った。

 先程のミルフィの攻撃より、遥かに高い威力。まともに受ければ、ダメージは甚大。


「──ふぅ……」


 ミルフィの精神は、研ぎ澄まされていた。

 次の瞬間、晃の放った魔力は、ミルフィに直撃する事なく流されてしまった。


「ッ!?」


 “廻転魔式かいてんましき

 ミルフィは魔力を竜巻のように、自身を中心に回し、晃の攻撃をいなしたのだ。


 リンゼ程の領域に達すれば、ごく少量の魔力で莫大な魔力すら流せる。しかし今のミルフィでは、かなり使わされた。


「今のを防ぐか……やるじゃねぇか」


 更に晃は魔力を連発。

 このまま受け続ければ、ミルフィが先に尽きてしまう。


「さあ、次はどうするんだ? 見せてみろよ!」


 容赦なく連発する晃。

 魔力による爆発で、ミルフィの姿は正確に見えていない。


「もう終わりなのか──ッ!?」


 が、ここで異変に気が付く。彼女の反撃が不自然に消えたのだ。攻撃の手を止めてよく見ると……そこには、人間サイズの岩が。


 そして次の瞬間、全くの別方向から魔力が飛んで来て、晃のこめかみを打つ。


「うぐッ……!?」


 意識の外からの被ダメージ。防御が薄れており、初めて晃が出血した。


「そこかッッ!!」


 晃はすかさず、その方向へ魔力を撃った。

 ──が、そこには何も無し。


「何ッ……!?」


 動揺する晃。

 その背後から、ミルフィが現れる。彼女の手に握られるは、高密度に圧縮された魔力の球体。それを晃の背後にぶつけ──破裂する。


ドオオオォッッッン……!!!!!


 “破砕弾はさいだん

 凄まじい爆音。確実に直撃した。周囲一帯の森が消え去った。


 同じく爆発の中心にいたミルフィは……何とか逃げおおせていた。

 足の裏に魔力を込め、破裂させる事により、爆風によって一時的に加速できる。


 地中から岩を掘り起こし、それを囮にして逃げた際に一度目。

 魔力のみを置いて、そちらへ注意を向けさせ、晃の背後を取り接近した際に二度目。

 そして爆発から逃げる際に三度目。足の裏から魔力を破裂させ、ミルフィの足は血まみれとなっていた。


ヌチャッ……


 立ち上がる際、血の生々しい音が生じる。


「はぁッ……はぁッ……」


 あれだけの攻撃を、ゼロ距離からぶつけた。いくら彼でもタダでは済まないはず。

 ひとまず魔法で、足の裏の出血を止める。


 ──モクモクと立ち昇る煙が少しずつ晴れ、そこには……背中からボタボタと血を流す、晃の姿が。


「ッ……!!」

 誰がどう見ても大ダメージ。


「へぇ……強いじゃん、お前」

 かすれた声で、晃が呟く。


 まだ意識がある事を確認し、ミルフィは追撃を仕掛けた。


バチィッッ!!


 “のぼいかづち

 晃に接近した際、地面に設置しておいた魔力。

 そこから電撃が発生し、晃を感電させる。背中の傷口が電気で焼け、肉がグツグツと沸騰する。


「……用意周到、だなぁ」

 ──にもかかわらず、晃はなおわらった。


「〜ッッ……!!?」

 そのおぞましい姿に、ミルフィは震え上がる。


「けど、残念だな」

 出血も、電撃も、意に介さず。

 男は再び、歩みを進める。


「俺は──最強なんだ」


 決死の覚悟で接近し、自傷しながらようやく傷を負わせたミルフィ。


 しかし──その努力は虚しくも、ゼロへと還った。


「本当……良いもん貰ったぜ」

 晃の傷が──治ってゆく。


「あの天使には、感謝しねぇとな」

 あまりにも、あっさりと。


「さあ……続けようか」

 肩をコキコキと鳴らし……狩野晃が、復活した。


(あんなに早く、傷が……!?)

 ミルフィは驚愕する。あれほどの治癒魔法は見た事がない。


 しかも、晃には疲労した様子が全く無い。これではダメージを与えても倒せない。


「…………」

「どうした? もう降参か? やっぱりリンゼよりかは弱えなぁ」


 ──分かっていた。師匠を殺したこの男を、自分が簡単に倒せる訳がないと。


「さて……魔法はちょっと止めるか」

 晃は背中の剣を抜いた。


「秋人も剣使ってたし、男の武器と言えばこれだよな」

 紅く染まった切っ先を、躊躇ためらいなく少女へ向ける。その瞳に、慈悲は無い。


 圧倒的な実力差を見せつけられ、ミルフィが呟いた一言。それは負け惜しみではなく、命乞いでもなく、のろい言でもなく──


「……ごめんなさい、師匠」

 ──亡き師への、謝罪であった。


 ミルフィの魔力が、劇変する。


「ッッ……!?」

 謎の力に、晃も戸惑った。


 ミルフィは両手を☓印に重ね、腕をじって晃へ向ける。

 その先端から──今までとは別モノの魔力がほとばしった!!!


「ッ!!!」

 剣を抜いた晃だが、これはマズいと思い高密度の魔力で防御する。


 しかし、ミルフィの魔力はそれを螺旋切ねじきり、晃の胸部を焼いた。


「ぐあっ……!!」


 すかさず晃の肉体は魔法で回復される。

 だがそれを許すまいと、ミルフィは連撃に連撃を重ねた。


(なんだ……!? 俺の方が、魔力量は上のはず。さっきまでよりも固くガードした。なのに何で、俺が押し負けるんだ!?)


 自分よりも弱いと思っていたミルフィに防御を破られ、困惑する晃。

 だがすぐに、そのトリックに気が付く。


(〜ッッ……!? これは、魔力の質が違う!!)


 その予想は当たっていた。

 魔力は魔力でしかなく、魔力量の多い方が強い……のが普通であるが、


 “練魔れんま

 ミルフィは魔力を練り上げたのだ。燃焼に近い。それにより量ではなく質が上がり、晃の所有する莫大な魔力をも突き破った。


 更には、魔力をドリルのように螺旋状に放ち、突破力を増大。手を☓印に重ね、腕をじったのは、螺旋状に放つイメージを高める為である。


(魔力の量じゃなく、質を上げる……そういうのもあるのかッ……)


 回復しても、すかさずダメージを負う。

 狩野晃、この世界へ来て初のピンチ。


「おもしろい」

 それでも彼は、楽しんだ。


「うぐぅッ……! はぁッ、が……」

 一方、ミルフィの体は確実に崩壊へと向かっていた。


 魔力とは身体能力の一部。体内の魔力を練り上げ放出するというのは、体の中で火を点けるのと同義である。


 彼女の美しい顔が、綺麗な肌が、壊れてゆく。

 体が熱くなり、業火に焼かれる程にすら苦しむ。


 ミルフィは覚悟していた──命を賭して師の仇を討つと。


 この命が朽ち果てる事もいとわない。元々は奴隷であった自分は、惨めに死ぬはずだった。

 そんな自分を弟子として育ててくれた師匠、リンゼ=モルディヴ。彼女が居なければ、自分には生きる理由など無い。


「──死、ね……!」

 自らを壊し、他者の死を願う彼女の姿は──見るも無惨であった。


(ごめんなさい、師匠)

 自分に美味しいご飯を食べさせてくれた。


(ごめんなさい、ごめんなさい)

 顔の火傷痕を、全身の痣を、治してくれた。


(ごめんなさいッ……ごめんなさいッ……!!)

 髪をかし、綺麗な姿を見せてくれた。女のたしなみを教えてくれた。


 それなのに……せっかく助けてくれた命を、綺麗にしてくれた体を、捨ててまで復讐に燃えている。


「あああああぁッッッ!!!!!」


 最後の咆哮。

 全身の魔力を、完全に放出した。















────────ッッッ…………!!


 もはやその音は、擬音では表せない。


「は……あッ……」

 完全に力尽き、ミルフィは倒れ込んだ。


 何か災害でも起こったのか、隕石でも落ちたのか。そう思えるまでに、森の一帯は消滅していた。


 ミルフィの体からは蒸気が出続け、今にも呼吸が止まりそうだ。


(……これ、で……殺せ……)


 決死の猛攻。

 これをまともに受けて、殺せない生物は、存在しない。


「…………」


 晃の声は、聞こえない──















「……ふぅ〜ッ……」


 ──かに、思えた。


「……流石に、死ぬかと思ったぜ」


 これをまともに受けて、殺せない生物は、存在しない。

 ただしそれは、相手が尋常の者であれば、の話である。


 この日の相手は──尋常ではなかった。


「なかなか楽しめた。リンゼよりも、な」


 数えている間に、晃の体は回復してゆく。


「俺に確認を取らず、不意打ちでその攻撃をしていれば、俺を殺せたかもな。甘い奴だぜ」


 確認を取らずに憶測で殺すなど、彼女には出来なかった。


「そういや……リンゼはその攻撃をして来なかったな。あいつにそれをやられていれば、死んでたかもしれねぇ」


 リンゼは“練魔”を使わなかった。

 いきなり自分を殺しに来た相手であっても、殺したくはなかったから。


 リンゼの戦いの跡と、ミルフィの戦いの跡とでは、ミルフィの方が被害が大きい。晃ほどの人間を相手取っても尚、リンゼは周囲の自然をなるべく傷付けまいとしていた。

 ミルフィも、誤って村を滅ぼさない程度には注意を払っていたが。


「んじゃあ……そろそろ死ね。お前を倒して、俺は更に強くなる」


 悪意の無い殺意が、ミルフィへ向けられる。

 その血塗られた剣に、彼女の血も加わってしまう。


「……う、ぐぅ……」


 ミルフィにはもう、逃げる力も無かった。


「喰らえぇッ!」


 晃の剣が、ミルフィへ振り下ろされる。















 ──その剣を、秋人の剣が打ち下ろした。


「なッ……」


 そして剣を擦り上げ、返しの一撃。


 “龍尾剣りゅうびけん

 秋人の技が、晃の右肩を斬り裂いた。

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