第21話 それぞれの思惑

 ──あの激闘から3日。


 病院に運んだ師匠は治療を受け、また魔力が戻ったミルフィに回復して貰い、一命を取り留めた。

 ミルフィも重傷だったが、体の内部を先に治していた事で、後は外側を治療して無事に済んだ。まだ包帯だらけだが。

 俺とエルノアは表面の火傷だけだったので、わりとすぐに治った。


 ──今日は朝から、エルノアと模擬戦をしている。

 毎日の修行を欠かしてしまったからな。強くなるには、休まない事が大事だ。


ギンッ!


 俺の剣を、エルノアは短剣で器用に受ける。


パキッ!


 ……パキ?


「ああぁッ!?」

「あ〜、折れたね」


 俺の剣が、折れてしまった……


 晃の重い攻撃を何発も受け、最後に防御する為に“波動”を使った際、“剛剣”を使う余裕は無かった。

 そのダメージが重なり、剣が耐えられなかったんだ。


「ま、外で戦ってる時に折れるよりかはマシじゃない?」

「そうだな……新しいの買うか」


 一旦休憩する。汗をかいたから上着を脱ぎ、水を飲んだ。


「…………」

「ん?」


 ふと周りを見ると、ミルフィが壁に隠れながらこちらを見つめていた。


「どうした、もう大丈夫なのか?」

「……ん」


 ミルフィはこちらへ歩いて来た。

 まだ包帯が痛々しい。


「無理するなよ。お前も重傷なんだから」

「……あの、2人は……背中……」


 背中? ああ、焼かれたのを心配してくれてるのか。


「もう治ったぞ、ほら」


 ちょうど上裸だったので、ミルフィに見せた。


「……んぅ」


 すると何故か、少し戸惑う様子を見せる。


「……跡、残ってる」


 魔法による回復は、自然治癒よりも効果的だ。だがだからといって、完璧に治る訳じゃない。肉体へのダメージは、少なからず残る。


 まあすぐに回復すれば、後遺症をほとんど残さずには済む。ミルフィには応急処置をしていたし、重傷だから優先的に治療して貰った。もう少し経てば、元の綺麗な肌に戻るそうだ。


 俺とエルノアは、重傷は重傷だがミルフィと師匠ほどではなく、命の危機でもなかったので、治療は後回しにして貰った。その結果、回復が遅れた事で火傷痕が残ってしまった。


「気にすんなよ。それより、お前には跡が残らなさそうで良かった」

「そーそー。男ってのはさ、多少傷があった方がカッコいいじゃんね」


 2人でミルフィを言い聞かせる。

 だが、やはり罪悪感は拭い切れないようだ。


「……まあその、なんだ。今回は何とか助かったし、喜ぼうぜ。命は大事にしようって、分かっただろ?」

「……うん」


 ベンチに座り、話を続ける。


「……私、元々、顔に火傷痕があった。……師匠が、治してくれたの」

「そうか……凄いんだな」


 リンゼさんは、ドラゴンに背中をえぐられた俺を、あっという間に治してくれた。

 そして元からあった傷を消し去るなんて……本当に凄い。


「ミルフィ、リンゼさんみたいに魔法を勉強するんだろ? じゃあもっと凄い魔法使いになって、いつか俺達の傷も治してくれよ。応援、してるからさ」

「……ん、頑張る」


 励ますつもりで、彼女へ頼んだ。

 今度はちゃんと『頑張る』と言ってくれたな。


 ──ふと、言おうと思っていた事を思い出した。


「そうそう、リンゼさんの日記があったんだけどさ──」


 ミルフィに、その内容を伝えた。

 そして実際に読むのが一番という事で、例の隠し部屋へ行って、ミルフィはリンゼさんの日記を読んだ。


『ミルフィは、私には懐いてくれた。だが奴隷という身分で酷い目に遭っていて、ロクに他人に興味を持とうとしない』


『もう十分、自衛の力は身に付けたが、私と一緒でなければ家から出ない』


『無理強いはしたくないが、このままでは良くないな。外には怖い事もたくさんあるが、それと同じぐらいに面白い事もある。世界を旅した私が言うのだから間違いない』


『……まあ、孤独だった女の子だ。いきなりは無理があるな』


『とりあえず、あの子を連れてもう一度旅をしてみよう。今までに見た事のない世界を見れば、何か価値観が変わるかもしれない』


『……あいつに会うのは、もっと先になりそうだな』


『ミルフィも何か……そう、例えば好きな男でも出来れば、景色が変わって見えるだろうか。まあこの子に相応しいかどうか、私がしっかり見定めてやるがな』


『外に出て、世界を見て、恋愛の一つや二つでもして……もっと、人生を楽しませてあげよう。今までの苦痛さえ忘れられるように』


『悪い事が続いても、最終的に良い事が起これば幸せになれる』


『この村は、治安が悪く、どうしようもない村だが──私はこの村を、愛している』


『自分が生まれた故郷であり、治安の悪さ故に旅に出てしまい、あいつと出会い……ミルフィと、出会わせてくれたのだから』


『ようやく旅の資金が貯まったぞ。そう言えばあの子と出会って、もうすぐで5年になるな。誕生日プレゼント、という事にしようか』


『ふふ、楽しみだな』


 記されていたのは、リンゼさんのこの上なく楽しそうな心内。

 どれだけミルフィを愛していたのか、よく分かる。

 リンゼさんは、ミルフィに世界を見て欲しかったようだ。


「……し、ししょ……う、ぐしゅ……!!」


 ミルフィは日記を読み、泣き崩れた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 ひたすらに謝る。彼女は悪くない。

 だがそれでも、謝らなければ気が済まないんだろう。……いや、済む訳もない。


 ──ミルフィは、幸せになれるだろうか。


  *


「──ッ。これは酷い」


 秋人達と、晃との激闘。

 それによる被害は大きく、一部森が消滅している。


「これが……人間の戦いの跡なのか?」


 “彼ら”は驚愕している。


 まさか自分達以外に、これ程の破壊をする者が居ようとは。しかもそれが、よりにもよって人間だとは驚きである。


「──良くないな」


 “それ”は呟いた。


「魔物は魔物、動物は動物……人間は人間の身の程を知り、ことわりに従わなければならない」

「ああ……そもそも魔力なるものが宿ったから、奴らは調子に乗っているのだ」


 彼らは魔物か?


 ──否、災害。


「一度、ゼロへとかえそう」


 たった今、審判が下った。


  *


「……ったく、ズルいよな〜、あんな回復できる奴とかよ」


 そう文句を言うダイアスは、ベッドに寝転んでいる。















 ──ただし、全身に包帯を巻き、ほとんど動けない状態で。


「……師匠、その傷は……」


 魔力を破壊した事による大規模な爆発。

 それを至近距離で受けたダイアスは、悲惨な体になっていた。すぐに治療をしたものの、命を取り留めただけで幸運だった。


 更には、晃の猛攻を防ぐので精一杯だったあの時、攻撃に転じるほんの一瞬の間に、何十発もの攻撃を受けてしまっていたのだ。


「……悪いな、しばらく付いて行ってやれそうにねぇ。手っ取り早く完治するには、回復魔法に優れた魔法使いに頼む事だが……隣国から呼ぶ事になるかもな」


 回復魔法は、当然ながら多くの人々が欲している。優れた人物ほど仕事を多く頼まれて忙しく、隣国から辺境の村までとなると、その移動費や護衛も必要となる。


 一体、どれだけの時間が掛かるのか──


「……で、お前らはどうする?」


 そう聞かれ、秋人は答えた。


「俺には、大事な目的があるんだ。師匠が居なくても、旅を続けるよ」

「せっかく旅の為に師匠に強くして貰ったのに、辞めちゃったら勿体ないでしょ」


 エルノアも続けて答える。

 元より2人は、自分達だけで出発するつもりだった。


「……そうか」


 ダイアスは分かっていたように、フッと微笑んだ。


「で、その子も連れて行くのか?」

「ああ。……ミルフィが、そう決めたから」


 リンゼの日記を読み……ミルフィは村を出て、世界を見ようと決めた。

 一人では心細いだろうと、秋人は彼女を誘った。


 ──もう一つの目的が、引き続き復讐する事だとは、分かっていたのだが。


「じゃあ、しっかり守ってやれよ、アルフ、エルノア!」

「ああ、もちろん!」

「ま、この子の方が強そう感あるけどね~」


 頼れる師と離れ──少女を連れて、旅を再開する。


「じゃあ……行こう、ミルフィ」

「……ん」

「ドタバタしたからね~。気楽に行こう気楽に」


 こうして3人は、歩みを進めたのだった。
















 ──遥か天空から、一部始終を見られていたとは、誰も予想はつくまい。


「ふぅ〜ん……使えそうね、彼♪」


 ……それは、ニヤリと微笑んだ。

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