第11話 旅立ち

 旅とか、一度は憧れた人は多いと思う。特に男、ゲームをやった事のある人とか。

 俺も外に出て、自由気ままに世界中を旅したいとか思った事がある。


 けどそれは、平和な世の中に生まれたから抱く理想だ。暖衣飽食に慣れてしまった人は、結局便利な生活を捨てられない。


 それが今──こうして自分が旅に出ようとしているなんて、前世では予想もしなかった。


「アルフちゃん本当に行っちゃうのね〜!」


 母さんが泣きながら抱き着いて来る。

 俺もまだ15歳。無理はない……と思う。

 ただ……村の皆が見送りに来てくれている中で抱き着かれると、目立って恥ずかしい。


「大丈夫だよ母さん。あんな大きい魔物を倒したんだよ?」


 先日倒した10メートル程の魔物を思い出させる。あいつの肉は美味しく、村の皆で食べた。エルノアの倒した奴は美味しくなかったが、その代わり爪の部分が鍛冶に役立つそうだ。


 大人でも罠を利用して2メートル程の魔物を狩っているこの村。自分で言うのも何だが、俺とエルノアはこの村で師匠の次に強い。


「そうだけど心配でええぇ!」

「母さん、そんな調子じゃアルフも心配して、旅に集中できなくなるよ」


 泣く母さんを父さんがなだめる。


 せめて電話でもあれば良いが、電柱すら建っていない。そもそも調べた感じ、この世界には科学があまり発展していない。

 手紙を出すとなると、こんな自然と魔物に囲まれた辺境の村へ届けて貰うのに、多額の料金を払う事になる。もしお金に余裕が出来れば、たまには出しても良いが。


「アルフ、頑張れよ。皆で応援してるからな」

「ふぉっふぉっ……まだ若いのに立派じゃのう」


 父さんが応援した後、村長がやって来た。

 この村が魔物に囲まれていても普通に暮らせているのは、村長が魔法で結界を張っているからだそうだ。


「お主たちの頑張り、見ておったぞ。──何か目標でも見つけたのか?」


 旅に出る理由は、世界中を旅して色々なものを見てみたいから。そして実際に世界中を旅したという、師匠ことダイアスさんに憧れたから。

 と、言ってある。第一目標が違うだけで嘘ではない。


「はい。その為に今までやってきました」

「そうか……良し」


 すると後ろから誰かに、肩に手を回された。


「よっ、アルフくん。大変そうじゃん?」


 エルノア。泣いている母さんを見てそう言ってきた。


「そう言うそっちはどうなんだ?」

「ん? ああ、俺はすんなりいけたよ。ウチは自由主義だからね〜」


 そうか。自由に伸び伸び暮らしてきたから、エルノアは寛大になったのかもな。


 ……と思ったら、向こうでエルノアの両親が滝のようにボロ泣きしてるぞ。おい、なんで嘘ついた?


「しっかしまあ、アルフくん身長伸びたよね〜。昔は俺と同じだったのにさ、今は君の方が高いじゃん」


 エルノアにそう言われ、ハッとした。

 そう言えば最初は、エルノアと目線の高さが同じだったはず。それがいつの間にか、ほんの少し目線を下げて話している。

 他人の体だし、ここに来た時はまだ12歳だったから、身長なんて気にしていなかった。


 ──家を出る前、身だしなみを整えるため鏡を見た。

 自分なのに映っているのは自分の顔じゃない。その光景に最初は気持ち悪く思ったが、流石にもう慣れた。

 他人の物とはいえ、この鍛えられた体が俺の努力によるものだと思うと、誇らしく感じられた。


 鮮やかな水色の髪の毛。見た目は少なくとも日本人ではない。

 憎たらしい事に、元々の俺よりずっとイケメンだ。


「ふぉっふぉっ……アルフ。よい、顔付きになったの」


 村長がそう言った。そしてエルノアがそれに頷く。

 多分……イケメンになったとか、そういう意味ではない。


 俺は元々17歳だったから、3年経った今、精神年齢は20歳なのか? そんな事を考えるぐらいには心に余裕が出来た。


 魔物を狩るだけじゃなく、家の農業を手伝ったり、修繕作業をしてみたりと、自給自足というか初めての体験をした。村の人達と交流もして、毎日を楽しく過ごした。


 アルフの事、俺がやらなければならない事は、片時も忘れた事がない。だが悩めば悩む程にストレスが溜まって行ってつらかった。それが、生活や修行を楽しむようになるにつれ、段々と肩の力が抜けていったんだ。


「アルフ!」


 父さんが俺を呼んだ。


「お前の人生だ。やりたい事を思いっ切りやって来るんだぞ!」


 ──ああ、良い父さんだな、アルフ。

 俺の父さんも、俺が普通の学校に通って、将来どんな事をするのか分からなくても、俺自身に任せてくれていた。


「グスン……アルフちゃん、つらくなったら帰って来て良いのよ? いつでも美味しいご飯作ってあげるからね」


 母さんもこの上なく良い人だ。

 俺の母さんも、宿題しろってうるさかったけど、どんなに忙しくても必ずご飯を作ってくれた。


「ありがとう、父さん、母さん」

「んじゃそろそろ行こうよ。早い内に出発してさ、日が暮れる前にシュラリア村に着いた方が良いじゃんね」


 シュラリア村とは、俺達を助けてくれたリンゼさんの住む村。

 俺達は強くなった。今度こそ自信を持って、外に出て会いに行ける。


 まず、助けてくれたお礼を言おう。


 それから魂について聞くんだ。もしかすると何か、アルフの魂を探し出す方法が得られるかもしれない。


「……それにしても、師匠が来ないな」

「そうだね~。もしかしてさ、俺らが旅に出ちゃうのが悲しいとか? な〜んて」


 あの人、面倒見が良いからな。案外本当に、俺達の門出を悲しんで会いに来られない、とか……


「よっ、悪い! 遅くなったな!」


 噂をすれば何とやら、師匠が来た……なんか大きい荷物を背負って。


「エルノア、これも頼む」

「頼むって……もしかして収納?」


 エルノアの召喚魔法は、少しの物なら異空間に収納する事が出来る。旅には多くの荷物が必要だから、それを収納して貰う。荷物を持ってると戦いづらいしな。


 で、師匠は何やら、荷物を収納して欲しいそうだ。


「……師匠、その荷物ってまさか、旅の……?」

「おう! 俺も行くぜ!」


 ええぇ……! 師匠が付き添ってくれないと思ってたから、自力でシュラリア村へ行けるよう修行したのに!


 まあリンゼさんから情報を得られても、旅は続く可能性が高い。そして師匠が付き添ってくれたとしても、足を引っ張る訳にはいかない。だから修行は決して無駄じゃないけど。


「師匠、リンゼさんには会いたくないんじゃ……」

「あ〜……ちょっと気が変わってな」


 師匠はバツが悪そうに頭をポリポリとかく。


「それに……せっかく弟子が出来たんだ。ちっと自慢しねぇとな」


 そう言って、俺達の頭をクシャッと撫でた。


「ダイアスさん、息子をお願いしますね〜!」

「うおおぉ〜ん!!」


 母さんが師匠に頼み込む。


 いやエルノアの母さんよ。泣き方が豪快過ぎる。どんだけ悲しいんだ。失礼だけど、もはや怪獣だぞ。泣き声じゃなく鳴き声だ。

 エルノアの父さんの方を見ると……うわ、崩れ落ちてる。


「……ねぇ、早く行かね? ずっとモタモタしそうじゃんこれ」

「そうだな……よし、行こう!」


 エルノアが催促するので、今度こそ出発する事にした。


「じゃあ行ってきます! みんな、今までありがとう!」

 俺は普通に、


「バイバ〜イ。気が向いたら戻って来るね〜」

 エルノアは軽いノリで、


「お前達、気合入れてけよ!」

 師匠に鼓舞されながら、


 みんなに別れの挨拶をして、村の外へと足を踏み入れた。


ビュウッ!!


 さっきまで程よく涼しい風が吹いていたが、ほんの一瞬だけ、突風が吹いた。

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