第31話 行き違う想い

 俺達は数日間、王都に滞在した。

 広くて多くの人が住んでいて、聞き込みに時間が掛かった。


 そして俺は、ガルシオンさんに指導を受けながら、いつものように修行と、新たな技の考案をしている。

 先日拝見できた、三龍剣の技。あれを見た後だと、もっと頑張ろうと思える。


「……よし、なかなか良くなってきたな」


 分かりやすい、そう感じた。

 出来る出来ないは別として、カストロさんの技は目指しやすい。


 俺の技は、師匠の技。もっと強くなるには、ひたすら技を磨いて完成度を上げ、師匠に近付くこと。

 けど……やる気を失くす訳じゃないが、振れども振れども、師匠に近付くビジョンが見えない。それ程に、師匠の技は凄いんだ。


 それに比べカストロさんの技は、失礼だが師匠よりかは幾分かキレは劣る。それでも俺よりずっと凄いが、頑張って真似してみたいと思えた。


「うむ、基礎がよく出来ている。それ故に新技の感覚も掴みやすいんだろう」


 ガルシオンさんがそう評してくれた。

 3年間、アルフを助けたい一心で剣を振り続け、師匠もそれに応えてくれた。

 先日、付け焼き刃で使った“飛魚トビウオ”だが、わりと上手く出来たのに自分でも驚いている。ガルシオンさんのアドバイスも受けて練習すると、この短期間で更に良くなった。


「……アルフ」


 しばらく修行を続けていると、ミルフィが俺の所へ来た。


「……ん」

「ああ、ありがとう」


 タオルと水筒を渡してくれたので、一度休憩する。


「ミルフィも頑張ってるな」

「……んぅ」


 ミルフィは魔法の練習をしている。向こうで人の居ない方へ何度も放っており、今は魔力がほとんど減ってしまったようだ。


 ……復讐、なんだよな。この子の目的の一つは。

 晃は危険だ。放って置く訳にはいかない。次会ったら、俺もまた本気で戦うしかないと思っている。


 けど……ミルフィは。


「……アルフ? どうしたの?」

「いや、何でも。ちょっと疲れてな」


 修行は一旦終わって、皆で都内へ戻った。


「え〜っと? 聞き込みするのはあと2人だよね。じゃあ今日で終わるかな」

「そうだな。明るい内に終わったら、出発するか」


 そして俺達は、最後の聞き込みを行った。


  *


 ……特に新しい情報は無し。

 この王都で得られた情報は、魔力だけを探知する魔法が存在すること。

 だがそれが使えれば、魂を探す事が可能になるかもしれない。これは大きな進歩と言えるだろう。


「ふう……」

「な〜んかさ、修行頑張り過ぎて、出発する気失せるよね~」


 そう、エルノアの言う通り。

 どうせ出発するなら、万全の状態で行きたい。気持ちの問題もそうだし、実際のところ消耗した状態で魔物と遭遇すると危険だからな。


 街にある橋の上で、俺達は黄昏たそがれている。

 そう言えば『黄昏たそがれる』を『物思いにふける』って意味で使うのは誤用なんだっけ。でもよく勘違いされるよな。

 もういっそのこと、新しい意味として認めれば良いのにな〜、なんて考える。そういや日本はどのくらい時間経ったんだろう。変わってんのかな。


 父さん、母さん、陽平、今どうしてんだろ……


「えいっ♪」

「うひっ!?」


 突然、腋がくすぐったくなって腕を閉じた。

 振り返るとレインさんが居た。彼女にくすぐられたのか……


「やあ、アルフ君。ふふ、驚いた? こちょこちょ〜♪」

「あははっ! れ、レインさん、やめて下さい……!」


 レインさんのくすぐりを止めようと彼女の腕を掴むが、女性なのに力がとても強く、俺の抵抗は通じない。


「はぁっ……はぁっ……」

「ふふ、ごめんごめん。反応が面白くって、つい♪」


 数秒ほど笑い続け、レインさんはくすぐるのを止めてくれた。


 ミルフィが何故かレインさんを睨んでいる。失礼だから止めさせた方が良いかな。


「休憩中なんですか?」

「うん。これ、返しに来たよ」


 そう言って渡されたのは、初めて会った時に貸したハンカチ。


「わざわざどうも。忙しいのに……」

「大丈夫。ついさっき休憩に入って、すぐ来たから」


「なんで俺達の場所が分かったんですか?」

「双眼鏡で探したんだ」


 なるほど……つまり真面目に仕事してなかったな? またソーマさんに怒られる。


「今からご飯。この前の反省を活かして、弁当にしたんだ。一緒に食べない?」

「あ、じゃあぜひ」


 せっかく誘われたので、俺達も売店で昼食を買って一緒に食べる事にした。

 目立たないよう、人気ひとけのない場所へ行く。


「私はね、何だか寂しいんだ。学園ではソーマやカストロと一緒にご飯食べてたのに、仕事を始めてからは休憩時間が違うから、よく一人で食べるんだ」


 弁当を広げながら、レインさんはしみじみと呟く。


「ふふ、久し振りに一緒に食べるかも」

「それなら良かったです。俺達で良ければ」


 そう話し食べ始める……が、レインさんがハッとした。


「そう言えば……2人は誰かな? アルフ君の知り合い?」

「聞くの遅くないっすかおねーさん」

「……こっちの台詞、です」


 そう言えば初対面だったな。あまりに自然過ぎて受け入れてた。

 とりあえず自己紹介をして、再び食べ始めた。


「そうだ、カストロには会ったんだよね? どうだった?」

「はい、とても良い人で……剣の腕も凄かったです」

「ふふ、そうでしょ? カストロはね、昔から真面目で、誰より努力家だったよ」


 レインさんは、学園での想い出話をする時がとても楽しそうだ。


「もし良ければ、もっと詳しく聞かせて貰えませんか?」

「うん、もちろん♪」


  *


 ──3年前。

 王都にある兵士を育成する学園。そこへ3人の大型新人が入学した。


「幼少より培った我が剣……ついに力を示す時が来たか」


 小柄で童顔、女性のような美しい顔立ちの男が、剣を片手に校舎を見上げる。


「必ずやここで頂に昇り、三龍剣となって王を護る役目を賜らねば」


 そう高い志を胸に刻み、いざ学園へ足を踏み入れ──


「ねえ、そこのボク」


 そう呼ばれ、彼、ソーマ=スペシオスは振り返った。

 そこに立っていたのは、凛とした美しい女性……しかしその手は濡れている。


「ふふ、ハンカチ忘れちゃってね。貸して貰えないかな」


 爽やかに笑いながら、指先からポタポタと水滴が落ちる彼女に、彼は少し引いた。

 懐からハンカチを取り出し、彼女へ貸す。


「ふん、淑女とは程遠い女であるな」

「ふふ、次から気を付けるね。ありがとう」


 彼女、レイン=ルルセイナは、悪態をかれても意にかいする事なく礼を言う。


「はい、返すね」

「洗って返せ。余は女が嫌いだ。手垢を残すな」

「そうなの? 私はね、まだ好きな人はいないけど、男の子を好きになると思うよ多分」


 微妙にズレた会話に、ソーマは溜息を吐いた。


「貴様、ここへ入学できたのか。ならばそこそこ腕は立つのであろうな?」

「う〜ん、どうだろうね? 試してみないと分からないよ。でも小さい頃から男の子にも喧嘩で負けた事ないし、剣道やってみたら凄く褒められたよ」


 この時、互いに悟っていた。『相手はかなり強い』と。


「ねぇ、友達になろうよ。私は友達たくさん欲しいんだ」

「……ふん。貴様が余の眼鏡にかなう実力を示せば、な」

「本当? じゃあ頑張るね!」


 ──これが、レインとソーマの出会いであった。


  *


 ──入学から一ヶ月。

 度重なる訓練と模擬戦により、才のある人間が頭角を現す。


 その中の一人、カストロ=エディス。他の剣士を次々に倒していく。

 ……しかし、敵わない者が2人。


「はッ!」

「ぐぅッ……!」


 ソーマ、そしてレイン。この2人は学年どころか学園全体でトップの実力を見せ、既に新たな三龍剣になると期待されていた。

 その2人に唯一食らいつけるのが、カストロである。


「……参った。強いな、ソーマ」

「お前こそ……腕を上げた。鍛練に励んでいるな」


 今日も模擬戦を行ったソーマとカストロ。

 そこへレインもやって来る。


「やっほー2人共。次、私とやろうよ」

「余が相手をしよう。貴様とはどちらが上か白黒はっきりさせねばな」


 ソーマとレインの実力は拮抗し、入学時から何度も闘っている。


「そろそろ私も“お前”って呼んでよ。後から知り合ったカストロはそう呼んでるのに」


 プライドの高いソーマは、他人を“貴様”と呼ぶ。

 しかし気に入った相手に対しては“お前”と呼ぶようになる。


「……ふん。貴様は日常生活からだらしがない。呼んでやるものか」

「え〜酷いよ。ねぇカストロ、ソーマが私をイジメるよ」

「レインなら、イジメなんて平気なくらい強いだろ?」


 3人は共に行動する事が多くなった。

 カストロは2人を目標に、日々の鍛練に更に力を入れていく。


  *


 ──時は流れ、入学から2年。

 いつものように、放課後に自主練習をしている3人。そこへ一人の男が現れた。


「よう3人共! 今日も頑張ってるな!」

「……ログヴァナ!」


 この時、たった一人の三龍剣を務めていた男、“驪竜りりょう”ログヴァナ=キリュウ。

 実力のある剣士を観察し、この3人に目をつけたのだ。


「……貴様、何故ここに居る! 王の護衛であろうが!」


 仕事中だというのに自分達の所へ来たログヴァナに、ソーマは憤慨する。


「大丈夫大丈夫、ちょうど休憩だよ。その貴重な時間を使って、可愛い後輩に指導をしに来たんだぞ?」


 ログヴァナはそう言って、木刀でポンポンと手を叩く。


「……貴様、入校許可証はどうした? 例え卒業生であっても、部外者が無断で校内へ立ち入れば犯罪であるぞ」

「あっ」


 ログヴァナは、どこか抜けていた。


「ふふ、ログヴァナはあれだね。天然ってやつだね」

「お前もだレイン。自分を見つめ直せマヌケども」


 ……と、色々あったものの、ちゃんとログヴァナは入校許可証を貰いに行き、3人へ指導を始めた。


 しかし、カストロだけは一人で剣を振っていた。それに気が付いたログヴァナは、2人への指導を終えた後、2人には模擬戦をやらせて自分はカストロへ話し掛けた。


「どうした? お前も混ざれよ」

「……」


 カストロは俯き、答える。


「……ログヴァナさん、僕よりも、あの2人を重点的に教えてやって下さい。才能あるし、三龍剣になるのは確実だと言われています」

「確かに、あれならなれるだろうな。けどお前だって才能あるだろ? お前にもドラゴン倒すくらいの実力はあると思うぞ」


 この2年間、カストロは誰より鍛練を積んだ。

 しかし未だ、ソーマとレインには勝ち越せない。


「なぁに、人生は長い。まだまだこれからさ」


 そう励ますログヴァナ。

 だがカストロの表情は変わらない。


「ログヴァナさん、あなたは強い。ソーマとレインも、あなたに次ぐ実力だ。あなたが2人をもっと育てれば、かつてない強さの三龍剣になるはずだ」

「確かにそうだな! 俺は強いからな!」


 そう言って笑い、ログヴァナはカストロの背中をバンバン叩く。


「……けどな、それだけじゃダメなんだ。俺一人じゃ、あの2人でも出来ない事は多過ぎる。だからカストロ、お前にも頑張って貰いたいんだ」


 声色こわいろを変え、ログヴァナは話を続ける。


「三龍剣は、古来より欠員が多い。お前達みたいな天才が同じ時期に集まって、俺は嬉しく思ってる」


 そう言って、カストロの頭をポンと叩いた。


「だから……お前も一緒に特訓しろ。俺が見ててやるからさ」

「……はい」


 ──四人の剣が、交わった。


「ところでログヴァナさん、休憩時間はいつまでです?」

「あっ」

「バカ者! 早く戻れ!」

「ふふっ♪」


  *


 ──レインさんから聞いた学園での想い出は、実に楽しそうなものだった。

 例のログヴァナという人が、結構目を掛けてくれていたらしい。


「そのログヴァナさんは、どこに居るか分からないんですか?」

「うん、突然居なくなっちゃったからね。……でもあの人は、実はちゃんと考えているはずだよ。どこかへ行ってしまったのも、きっと何か目的があると思う」


 突然どこかへ……か。

 こうして色々と話している内に、俺達は昼食を終えた。


「……ふぅ。ごちそうさまでした。話しながら食べると楽しかったよ、ありがとね♪」

「いえ、こちらこそ」


















 ────その時。

 何か、変な物音が聞こえたような気がした。


「……何か、様子が変だね」


 レインさんは立ち上がり、耳を澄ませる。

 その音は、どんどんと大きくなっていく。


「きゃああああ!!」


 ……悲鳴!?

 魔力を探ってみる。……これは、大量の魔力が接近しているぞ!


 するとレインさんは、一瞬にしてその辺の建物の屋上へ登った。いや、一度のジャンプで到達した。


「……兵士が、ここを攻めている! 君達、逃げるんだ!」


 俺も“空縮眼くうしゅくがん”で遠方を見てみると、確かに大勢の人間が門から入って来ていた。


「私は城へ戻って王の護衛と兵隊の指揮を取らなければならない。戦争の時に民を護れるよう、城の近くにシェルターがある。君達もそこへ避難するんだ! 良いね!?」


 そう言い残し、レインさんは城の方へ行ってしまった。


  *


「──目指すは国城。向かって来る兵士は倒して構わない。ただし民へ危害を加える事は許さない。良いな!」

「「「おおッッ!!!」」」


 エスタミア王国へ牙を向くは、三龍剣が一人。


 ──“雲龍うんりゅう”、カストロ=エディス。


「いざ──王位奪還」

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