第30話 国への信念

 有力な情報を得られ、大きな目的は達成した。

 だが他にも魔法使いは居るから、その人達にも話は聞いてみたい。


 外を歩く時間が長かったし、この王都でゆっくりして、体を休めて準備を整えてから出発する事にした。

 それにミルフィに、王都を見学して外に慣れて欲しい。かく言う俺も、この世界を全く知らないし、エルノアも村育ちだから、純粋に見ておきたい。


 そんな訳で俺達は、街中を散策したり、必要な物を買い足したりと、久し振りにゆっくりと過ごした。

 そして日が暮れる前に、外に出ていつもの修行をする。街中で剣を振ったり魔法を撃ったり出来ないからな。前にやった時は、空き地で人も少ない時間だったからで、この王都は空き地が見当たらないし人通りも多い。


「しかし……三龍剣の戦いは見られないものか」

「平和だって言ってたしな」


 剣が好きなガルシオンさんは、どうしても一目見ておきたいらしい。俺も気になるが、平和に越した事はないだろう。


「そろそろ暗くなってきたね。戻る?」

「そうだな。結構疲れたし」


 日が沈んできて、もう都内へ戻ろうかという話になった。


 ──すると中から、兵士の人達がぞろぞろと出て来た。


「君達、そんな所で何をしているんだ?」

「あ、ちょっと訓練を……」


 外で俺達がうろうろしていたので、兵士達が心配して来た。


 ──その中に一人だけ、別格の強さを感じた。

 他の兵士が道を空け、若い人がこちらへ来る。


「訓練か……良い事だ。まだ年端も行かぬと見受けるが、かなりの実力を感じる」


 見た感じ、レインさんと同じくらいだ。ソーマさんは童顔で比べづらいが……この人、もしかして。


「あの、あなたは……」

「僕はカストロ=エディス。三龍剣を務めている」


 この人が……でも王の護衛なのに、兵士を引き連れて何で外に?


「だが最近この辺りには、強く凶暴な魔物がよく現れる。気を付けた方が良い。だから我々は定期的に見回りをしているんだ」


 そうなのか……凶暴な魔物、そう言えば鉱山にも強いのが居たな。


「ん?」


 ──魔力を感じた。この場の誰でもない。


「どうし──ああ、居るね」


 カストロさんも気付いた。

 王都に向かって……魔物が来る。


「皆、門を塞げ!」


 そう兵士達に命じ、カストロさんが剣を抜いた。

 するとガルシオンさんが喋り出す。


「お前達の出る幕は無い。……よ〜く見ておけよ、アルフ。神業が見られるぞ」


 そう、今まさに三龍剣が闘う。同じ剣士として、学ばなければ。


「コルル……」


 現れたのは……獣のようだが、虫のような細長い脚を何本も持つ魔物。それに甲殻を身に着けているようだ。


 理性が無いゆえに魔力をムダに撒き散らしており、どれだけ持っているのか分かる。


「あれは……こないだの岩石の魔物と同格かもしれん」


 ガルシオンさんはそう評した。

 俺達が協力してやっと倒せたあの魔物……カストロさんは、どうやって──


ドンッッ!!


 魔物の脚が、地面を突き刺した。

 あまりの速さ、そして土煙が起こり、カストロさんの姿が見えなくなる。


「はッ!」


 しかし次の瞬間、土煙からカストロさんが飛び出し、魔物の脚を切断した。

 必要最小限の動きで避けている。そして動き出しが早く、斬撃の威力も高い。


「──凄い」


 技とか関係ない。純粋な身体能力で俺よりずっと上。


「こりゃあ、技を拝見するまでもなく終わりそうだな」


 ガルシオンさんがつまらなそうに呟く。


 ……その時、カストロさんの動きが止まった。

 すると彼の周りに、霧が立ち籠める。


「あれは……魔法か?」


 ここで俺達は、理解する事になった。

 ──カストロさんが“雲龍”たる所以を。


ガガガガッッ!!


 霧が濃くなり、彼の姿がはっきり見えなくなる。魔物もそれに困惑し、どう動けば分からない様子。

 だがカストロさんは、一切速度を落とす事なく、剣で連撃する。


 霧の中でも、相手の位置と自分との距離感を完璧に把握しているんだ。それに自信があるから、躊躇も無い。

 あんな視界の悪い状況で攻められたら、受けるのは困難だ。


 ──すると今度は、何故か霧を晴らしてしまった。


「なるほど……アルフ、あいつはお前に見せてくれるみたいだぞ」


 見せるって……まさか、俺に剣術を……!?


 “棚引たなびき

 後にカストロさんが説明してくれた技。


 接近し斬り掛かる技だが……驚くべきは射程の長さ。離れた所から速度を保ったまま移動し、本来の間合いよりも更に遠くまで刃が届く。


「あの技……原理は“水流脚すいりゅうきゃく”と同じだな」


 魔物の射程外から急接近し、反撃させる間もなく脚を斬ってみせた。


「──次で決まる!」


 カストロさんは、深く剣を構えた。

 一方魔物は、脚を斬られた事で暴れ出す。


 “靉靆あいたい

 滑らかかつ、超高速の連撃。


 カストロさんの剣が、魔物の硬い甲殻を破壊していく。


「流石、大したもんだ……あの技なら、こないだの岩石の魔物も倒せるだろう」


 その強さに、黙って見ているしかない。


「わぁお……アルフ君、ほんとにあんなの目指すの?」

「……まあ、目標は師匠だからな」


  *


 魔物の討伐が終わり、兵士達も引き上げて王都へ戻った。


「ありがとうございます、カストロさん」

「いや、せっかくならと思ってね。君、レインと会っただろう?」


「はい」

「やはり……君の事を話していたよ」


 歩きながら、カストロさんと話が出来た。


「よお、流石の剣さばきだったな」


 と、またガルシオンさんが半身ほど飛び出して話し掛ける。もはや何も言うまい。


「わあ、喋った。はは、面白いね」


 既にレインさんから聞かされていたのか、あまり驚かなかった。


「カストロさんの技、凄かったです。俺も学ばせて貰いたいです」

「それは光栄だね。……でも、僕はまだまださ」


 カストロさんは少し、物寂しそうな顔をする。


「僕は前三龍剣ログヴァナさんの後釜。学生時代、ソーマとレインにはほとんど勝てなかったんだ」


 そうだったのか……3人は同期で、内2人が選ばれたんだもんな。


「でも、まだ若いですし、これから伸びる事も出来ると思います」

「……ありがとう。僕も、もっと強くなろうと思っているんだ。王を、民を、この国を護れるように……三龍剣の名に恥じぬように、ね」


 凄い志だなぁ……19って事は、俺からすれば高校卒業したばかりのまだまだ子供だ。それなのに、国の為に戦おうって。

 日本でも、戦時中の兵隊はこんな人だったのかな。


「僕はこの国が好きだ。例え何が起ころうとも、平和を保たなければならない」

「そう言えば、王様は平和主義だって聞きました」

「ああ、間違いない。元々は兄が王だったのを、好戦的な兄と違って保守的な考えが民に支持され、新たに王の座に就いた人だ」


 王の立場が変わるって、よっぽど支持が偏ってたんだな。昔から平和だというし、国民も口を揃えて安全な方を選んだのか。


「しかしだからといって、前王も身勝手だった訳ではない。国のこれからの存続の為、未来の為に政治をしていた」

「そうなんですね」


 これからの存続……具体的にどんな感じだろう。好戦的と言うし、他国に攻め入ろうとしていたとか?


 どうなんだろうな……昔、父さんが言っていた。戦争に善悪は無い、って。どちらも自分が正しいと思っているし、ルールを破っても勝てば咎められない。


 今が平和なのに戦おうとすれば、国民からは批判を買うだろうけど……


「──まあ、君は気にしなくて良いさ。このまま自由に過ごせば良い。何かあっても、戦うのは我々の役目だからね」


 最後にカストロさんは、そう言って微笑んだ。

 城が近付いて来て、一旦立ち止まる。


「この道を真っ直ぐ行けば、宿屋がある。比較的安いし、そこに泊まると良いよ」

「ありがとうございます」


 わざわざ宿を紹介してくれて、カストロさんは兵士を連れて城へ戻って行った。


「や〜、立派な人だね。しかしアルフ君、話盛り上がっちゃってまあ」

「そうだぞ! もっと剣術のコツやら極意やら聞いておけ!」

「うるっさいなぁ!」


 普通は喋るはずのない剣がギャーギャー騒ぐと、ここまでうるさいとは。

 世間話してる時にいきなり私的な話に変えたら、相手に失礼だろ。


「……むぅ」


 すると、ミルフィが服の裾をつまんできた。


「どうした?」

「アルフ君が構ってくれないから退屈してるんだよ、言わせないであげて♪」

「……うるさい」


 最近、ミルフィが凄く可愛く思えてきた。


  *


 ──すっかり日が沈み、静まり返った王都。

 その城内にて、空を切る音が鳴っていた。


「はッ!」


 カストロ=エディス。訓練場で汗を流しながら剣を振っていた。


「失礼します」


 そこへ一人の兵士が現れる。


「カストロ様、そろそろ見張りの交代の時間です」

「……そうか、ありがとう」


 汗を拭き、カストロは王室へ向かった。

 その途中、レインとすれ違う。


「あ、カストロ。私はもう寝るよ、おやすみ」

「ああ、今日もお疲れ様」


 直属の護衛である三龍剣は、いつでも駆け付けられるよう城内に住んでいる。


「……今日も君は、外へ見回りをしていたね」

「そうだが、どうした?」

「いや、少し前の事を思い出してね」


 レインは心配そうな顔をした。


「ほら、君が怪我をしてさ……」

「ああ、あの事か。はは、思い出させないでくれよ」


 カストロが三龍剣になってから、ある日の見回り。

 そこでカストロは、大怪我を負って帰って来たのだ。


「見回りなら、別に私かソーマでも出来るよ?」

「いや、確かに万一の事態を想定して、見回りに三龍剣が一人付いて行っている。だが本来は王の護衛が仕事。ならば中でも実力のある方が残るべきだろう。だから僕が見回りに行っているんだ」


 そう説明するカストロ。

 それに対しレインは、優しく微笑んだ。


「……そう自分を卑下するなよ。一緒に頑張ってきただろう」

「そうだな、すまない」


 同じくカストロも微笑んで答えた。


「……だがなレイン。修行を積んで兵士になったのは国を護る為。それで怪我を負っても、僕は致し方ない事だと思うよ」


 しかしすぐに真顔になり、そう続ける。


「でも、今はみな上手く行っている。君も無理しなくとも……」

「今は、な。それに平和というのもここに限った話だ。シュラリア村なんかは相変わらず治安が悪いし、セヴィル村も未だに竜に怯えている」


 そう言い残し、カストロはその場を去った。


「遅くなった」

「……鍛練に励んでいたか」


 カストロは王室の前に立つソーマと合流した。


「殊勝な心掛けであるな。……が、護衛の直前に疲弊していては、不測の事態に対応し難いであろう」

「そうだな、気を付けるよ」


 王室の見張りを始める2人。


「……このまま、続くと良いな」

「何がだ?」


 カストロの言葉にソーマが問い返す。


「平穏が、だよ。三龍剣は遥か昔、まだ戦争が行われていた時代に確立したが、ここ近年の三龍剣はそれらしい仕事はしていない。魔物を討伐するくらいのものだ」

「そうであるな。だが油断はならない。レインの奴は楽観が過ぎる」


「確かにな。だが、強い人間が暇を持て余してこそ、真の平穏だと俺は思う」

「……それは一理あるな」


 そのように話し、カストロは考える。


「ログヴァナさんが居なくなった今、あの人の分まで頑張らないとな」


 と呟くと、ソーマも頷いた。


「……うむ。あの男は普段こそだらしないが、実力は凄まじい。我々も、それを目指して今まで励んできた」


 更なる高みを目指し、2人は再び胸に刻んだ。


 ──そんな彼らに、この国に、影が忍び寄っていた事には誰も気が付かなかった。

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