第6話 遭遇

 あれは……あれは……!?


 生物として、あまりに大きい。あんなのがぶつかれば、高層ビルでも倒れてしまいそうだ。それ程までに、大きさに圧倒された。


 その巨体を、大きな翼で浮かせている。どれだけの力が働いているのか、その羽ばたきによって暴風が吹き下ろされる。


 あれを形容するならば……そう、実物を見た事はないが、ドラゴンに他ならない。


「逃げるよ!!」


 エルノアが叫び、俺の手を掴んで駆けた。

 俺もハッとして全力で走る。


 ゲーム、特にアクションゲームやRPGをやっていると、かなりの頻度でドラゴンが登場する。男なら多くが格好良いと思うであろうドラゴン。


 だが、こうして実際に見ると……恐怖以外の何物でもない。


「なんで……ッ! なんでだよ……ッ!!」


 あんな馬鹿でかい生き物が、なんでこんな所に居るんだ!?


 あんなのが普通に居たら、人は住めないだろ! なのになんで!


 ──どうしようもなく怖くて、あまりに理不尽な状況。それに俺は、怒りにすら近い感情を抱いていた。


 ひたすら逃げるしかない。攻撃を受ければ、一巻の終わりだ。


 けど……このまま逃げて、どうなるんだ?

 村まで辿り着いたとして、村ごと破壊されるんじゃ……


「グルオオオォ!!」


 その時、再びドラゴンが大きく羽ばたいた。

 その風圧に押され、俺達はすっ転んだ。


「いてて……あっ……!」


 後ろを向くと──ドラゴンがすぐ眼前に迫っていた。


 そして、その大きな腕の、大きな爪を振りかざして──


「あ、ヤバ──」


 殺される。


 エルノアが、恐怖に満ちた顔をしている。


 死なせちゃダメだ。俺の為にここまで来てくれた、こんな良い友達を……


 俺の勝手に巻き込んで、死なせる訳には……!


ドズンッッ──!!


 轟音が鳴り響く。ドラゴンの爪が、地面へと打ち込まれた。


 ……けど、もう音なんてどうでも良い。


「……あ、あ、ある、アルフ、くん……」


 エルノア、こいつだけは死なせたくない。


 関わってほんの数十分。俺からすれば、本当に他人だ。エルノアが接しているのもアルフであって、俺じゃない。


 けど、俺の為に危険をおかしてくれて、さとしてくれて……良い奴だってのは十分に分かった。こんなところで死んでいい人間じゃない。それに元より、俺は既に死んでるんだ……


「あ、あ、あああああ……!!」


 俺はエルノアを突き飛ばし、一人でドラゴンの攻撃を受けた。


 痛い……!! 熱い……!! 声が、出ねぇ……


 潰されれば即死だったが、背中をえぐられるだけに留まった。だがそれでも大量に出血し、血の匂いしか感じなくなり、“死”を間近に感じる。


 ──本当、何やってんだ俺。バカかよ。


 アルフにこの体を返すって決めたのに、その体をこんなズタボロにしちまって……あげく死んだら、もう返しにも行けねぇじゃんか。


 何も考えず行動するから、こうなるんだ。エルノアにも注意されたしな……


「エ……ル……逃……げ……」


 逃げてくれ、エルノア。


 ごめん、本当にごめん。お前の友達を死なせちまって……


 アルフ……お前の人生を奪って、お前の体をこんなにして、ごめんな……


「グガアアアァ!!」


 ……薄れゆく意識の中で、ドラゴンの咆哮ほうこうが聞こえた。


ドンッッッッ!!!


 そして、爆音が響き渡った。


 ……ヤバい。エルノアは、大丈夫か……?

















「──大丈夫か少年?」


 ──その時、この場に居ないはずの女性の声が、鮮明に聞こえた。


 ……あれ、痛みが……無い? なんで?


「──お〜い、目を覚ませ」


 誰かが、俺に呼び掛ける。危機的状況なのに、のんびりした喋り方だ。


 何故か痛みは消えたが、つい先程まで激痛に悶えていただけに、気怠けだるさがあって思うように体を動かせない。


「──やれやれ、仕方ないな。起・き・な・い・と〜……こうだぞ♪」


 ──その時、俺の体に衝撃が走った!


















「こ〜ちょこちょこちょこちょ〜♪」


 ──ッッッ!!!??


「ぶははははッ!?」


 俺の腋の下を、誰かがくすぐった!

 完全に予想外な攻撃に驚いて、意識が覚醒する。


 く、くすぐったい! 俺は堪らずジタバタと暴れて、くすぐる手から逃れようとした。


「ほ〜らほら、早く起きないと、永遠にコチョコチョされてしまうぞ〜?」

「あははははっ!! や、やめっ……! うひひひっ!!」


 彼女は面白がり、執拗にくすぐってくる!


 一体、何なんだ!? こんな事してる状況じゃないのに!


「うははは! だ、ダメ、そこはあぁはは!」

「ふむ、ワキが弱いようだな。こちょこちょこちょ……」


 俺は必死に抵抗する。彼女の手を払ったり、這って逃げたりと、とにかくくすぐりから解放されたかった。


 だが……この状況で俺の抵抗など無力。彼女に一方的にくすぐられ続け、止めて貰うには彼女の言う通り起きなければならないと気付くまで、かなり時間が掛かった。


 そして仰向あおむけになる事が出来ると、ようやく彼女はくすぐりを止めてくれた。


「はあっ……! はあっ……!」


 笑い過ぎて息が切れ、疲れ果てた俺。

 体を起こし、俺をくすぐった犯人を見てやった。


 散々くすぐられたし、怒ってやろうか。だが反発したら、またくすぐられるか?

 いやそもそも、今はそんな場合じゃないんだ。早く逃げないと──


「や〜っと起きたか。ふふ、寝坊助ねぼすけめ♪」


 ──目の前に居た大人の女性、声の主は、しゃがみ込んで俺を見下ろした。


 こんな危機的状況なのに、全く慌てたり急ぐ様子もなく、ジッと俺の目を見つめてくる。

 そんな彼女のマイペースさに飲まれ、そしてその余裕綽々な態度に、俺は不思議と安心感が生まれていた。


 ──彼女は美しく綺麗な顔立ちをしていて、それが月明かりに照らされ、妖艶ようえんな魅力をかもし出している。


 俺に向けて優しく微笑ほほえみ、逆にこちらが彼女の瞳に釘付けにされてしまう。


「どうだ? もう痛みは無いだろう?」


ツゥ~~ッ──


「ひうっ……!」


 彼女に指で背中をなぞられ、くすぐったくて声が漏れた。


 そう言えば、痛みの消えた背中からは、えぐられた傷が消えている。


「ほう? 弱いのはワキだけかと思ったが……。さては、くすぐったがりだな〜?」


 俺の反応を見て、彼女はイタズラな笑みを浮かべ、指をワキワキさせて迫って来た!


 ま、また俺をくすぐるつもりか……!? 流石にもう勘弁──


「グルオオォッ!!」


 すると再び、ドラゴンがえた。

 腕を振り上げ、爪を振り下ろす。


「あ、危なッ──」

「大丈夫だ、安心なさい」


 ──が、ドラゴンの攻撃は俺達に届かず、途中で止まった。


 いや止まったというより、まるで何かに阻まれたようだ。

 よく見ると、淡い緑色が俺達をドーム状に囲っている。


「ほら、問題ないだろう? ふふん、どうだ。私の魔法は凄いだろう!」


 彼女は自慢げにそう言った。


 魔法……? この世界には存在するらしいが、今まさに使っているのか?


 この人は誰だろう。魔法が得意なのか。今、ドラゴンの攻撃が止まったのも、俺の傷が治ったのも、彼女のお陰なのか?


「……しかし全く、なんでこんな時間に外に出ているんだ。子供はちゃんとお家で寝ていないとダメだろう? めっ、だぞ」


 彼女は呑気に俺に説教をして、ひたいを指で突っついてきた。


「また夜中に外をうろついたら、お前の苦手なコチョコチョでお仕置きするからな♪ それが嫌なら、良い子にするんだぞ♪」


 彼女は指をワキワキさせて、そう俺をさとす。


「返事は〜? こちょこちょこちょ♪」

「いひひひっ!?」


 未だ状況を完全に飲み込めない俺が、返事に困って黙ってしまっていると、彼女はまた俺の腋をくすぐってきた!


「うひゃあはは!! は、はいっ!! 分かりましたあははは!!」

「よろしい♪ ふふ、お前にはくすぐりが有効だな♪ くすぐったがり屋め〜♪」


 俺は慌てて返事をした。俺の反応に彼女はまたイタズラな笑みを浮かべ、面白そうにする。彼女に良いように手の平で転がされている感じがして、何ともむずがゆい。


 すると彼女は、ドラゴンの方を向いた。


「まあ、よりにもよってこんなのと出くわすとは災難だったな。ちょっと待ってなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る