第28話 三龍剣

 目の前の女性が……三龍剣。


 ただ者ではないと思っていた。

 走っていたにもかかわらず足音が聞こえなかったし、ぶつかって俺はよろけたのに、彼女は平気だった。


 しかし……まさか一人は女性だったとは。


「……うん? 三龍剣って知らないかな?」

「いえ、知ってます。ちょっと驚いて……」


 俺が少し考え込んだからか、彼女は首を傾げた。


「忙しいけど、ついさっき休憩に入ったんだ。でも歩いていたら、何やら囲まれてしまってね。ゆっくりしたいから逃げて来たんだ」


 囲まれ……ああ。有名人だし美人だし、ファンなのかな。


「それなら自由にしていて下さい。わざわざ案内なんて……」

「一人で暇していたんだ。それに誰かと一緒に居れば、話し掛けられなくなるかも」


 なるほど……でも抑止力どころか、逆に良からぬ噂されないかな。


「よし案内して貰えアルフ」

「ちょ、喋んなって!」


 俺が悩んでいると、ガルシオンさんがまた半身ほど出て来た。


「うわ、剣が喋った。君、面白いもの持ってるね。アルフ君っていうの?」


 ──と、レインさんはあっさりというか、薄い反応をする。


「あ、俺はアルフ=マクラレンです」

「よう、まさか嬢ちゃんが三龍剣とはな」

「ふふ、やっぱり意外かな」


「あの、この剣には色々とありまして……」

「アルフ、せっかく目当ての三龍剣に出会えたんだ。遠慮せず色々と話を聞いておけ」

「私に話があるの? 私はね、女だけど結構頑張ったんだよ」


 おいおいおい……さっきから話が交差してるって。2人とも会話下手だ。


「あの、レインさん? じゃあお言葉に甘えて、街を案内して貰えますか?」

「うん、良いよ。君達の事も聞かせてよ」


  *


「──でね、あの店はご飯が美味しいんだ」

「そこの喫茶店も美味しいよ」

「あとね、今の店も美味しかったよ」


 レインさんの案内を聞きながら街を歩く。


 ……飲食店を見つけるたび、レインさんは『美味しい』としか言わない。食レポ下手だなぁ……せめてオススメのメニューとか教えてくれたら良いのに。


「レインさんは、どうして三龍剣に?」


 頃合を見てそう聞いた。


「──大した理由じゃないよ。試しに剣を握ってみると剣才があったみたいで、それを活かす為に学園で訓練を積んで、今こうして兵士になったんだ」


 そう話すレインさんだが……そんな成り行きで目指してドラゴンを倒したんだから、凄い才能だ。


「君はどうして剣を? わざわざこんな所まで来て」


 毎度聞かれる事だが──俺は迷わず答える。


「どうしても、やらなくちゃいけない事があるんです。その為には旅をする必要があって、旅をするには戦えないといけません。だから3年ほど修行しました」

「3年か……ここの学園も3年で卒業だよ。アルフ君、年齢は?」


「15です」

「若いね。……うん、君は凄く良いかも」


 すると彼女はいきなり、俺の手を取った。


「どんなに努力してきたのか、分かるよ。そのやらなくちゃいけない事、出来ると良いね」


 そう笑顔で励まされ、思わずドキッとしてしまう。


「君なら……小振りのドラゴンなら倒せるんじゃないかな。ここの学園に入っていれば、三龍剣候補になれるかもね」

「そこまで分かるか、流石だな。……だそうだアルフ、良かったな」


 達人となれば、ちょっとした接触で相手の力量をうかがえる。

 例えば、俺と同程度の実力のエルノアと、俺達より圧倒的に強い師匠。この2人を見た時、体の重心や手足の動かし方、そして魔力の使い方が全く違う。

 俺も一応、彼女がとても強いとは分かったが……


「他の三龍剣は、どんな人ですか?」


 そう聞くと、レインさんは少し悩む様子を見せる。


「う〜ん、説明が難しいな……何なら会ってみたらどうかな? 私達3人は、一人ずつ休憩を取っているんだ。タイミングを図れば会えると思うよ」


 そう言われたが……なんかアイドルの出待ちするみたいで嫌だな。


「異名は何だ?」


 突然、ガルシオンさんがそう聞いた。

 三龍剣は倒したドラゴンの種類や、その倒し方によって、それぞれ異名が付く。


「私は“飛龍ひりゅう”。ソーマが“臥龍がりゅう”で、カストロが“雲龍うんりゅう”だよ。私達3人は同期で、みんな仲良く三龍剣になれたんだ」


 その説明を聞き、少し違和感を覚えた。代わりにガルシオンさんが言及する。


「同期? 二人は19、もう一人が22だろう」

 ここに来る前、そう話していた。


「……うん、彼は少し前にどっか行っちゃってね。代わりにカストロが入ったんだ」


 どっか行ったって……国王の護衛だろ? そんな自由に出来るのか?


「その人はどんな感じなんですか?」

「掴めない人だよ。明るくて良い人だけど、何考えてるのか分からない。……でも彼は間違いなく、私達3人より強い」


 そう話すレインさんは、どこかしみじみと懐かしそうにしている。


「ログヴァナ=キリュウ。“驪竜りりょう”の名を賜っている。卒業試験で、竜の中でも上位種である黒竜を倒した男さ」


 少し自慢げというか誇らしげに、レインさんはその人を紹介した。


  *


 それからしばらく、学園での出来事や、三龍剣になってからの出来事を聞いた。


「この国は平和だよ。隣国とも仲が良く、文明が生まれて境界線ができて以来、戦争はした事がないらしい」

「それは良いですね」

「うん。私達も、先代の三龍剣も、そんな大袈裟な戦いはしていない。強いて言うなら依頼を受けて、魔物を駆除しに行ったくらいだ。一度カストロが、怪我をして帰って来た時は焦ったけどね」


 この王都は人と人が仲良くしており、分厚く魔法で強化された外壁に守られ、魔物による被害も歴史の中でほとんど無かったそうだ。


「国王が平和主義なんだ。とても戦争を嫌っていて、過激だった兄に代わり王になったらしい。民衆からの信頼も厚く、若いのに立派な人だよ」


 へぇ……そんな事が。

 けどシュラリア村は治安が悪くて大変そうだったよな。まあ外に出ると魔物も現れるし、車もバイクも無いから交流が難しいんだろう。


「学園では、私とソーマとカストロで切磋琢磨していたよ。そんな私達を、ログヴァナはよく指導してくれた」


 学園での話になると、レインさんは楽しそうにする。


「2人とも生真面目だけど、特にソーマは……」


 ──すると話している途中で、誰かがこちらへ歩いて来た。

 それも一歩一歩踏み締めつつ、速歩きで、何やら怒っていそうな……


「あ、噂をすれば。彼がソーマ=スペシオスだよ。やあソーマ──」

「やあ、じゃない! お前、とっくに休憩時間を過ぎているぞ!」


 やって来たのは、小柄な男。

 俺より年上だが、身長は俺と同じくらいだ。


 この人が三龍剣“臥龍”……やはり強そうだ。


「え、過ぎてたかな。ふふっ、ごめん」

「他ならぬ王がお前の身を案じ、護衛である余を向かわせたのだ!」


 レインさん、怒られてる……


「……む、誰だ貴様は? 見ない顔だな」


 するとソーマさんは、隣にいる俺を見て聞いてきた。


「ああ、彼は都外から来たんだ。まだ15だが──ほら、なかなか強そうだろう?」

「……ふん」


 ソーマさんは俺を見定めるように睨む。

 厳しい人っぽいな……多分だけどレインさん、毎日怒られてそう。


「で、案内してたってわけ」

「さっさと城へ戻れ!」


 再び注意され、レインさんは城へと向かった。

 怒られているのに、終始平然としてたな。


「あ、初めましてアルフ=マクラレンと申します。アステア村から来ました」

「そんな遠くからか。難儀な旅路であったな。余は三龍剣が一人、ソーマ=スペシオス」


 厳しそうだけど、礼儀正しいな。


「よぉ、まさかその小柄で三龍剣とはな」

「だから喋んなって!」


 え嘘だろ。毎回やるのかこの茶番?


「なんだその珍妙な剣は」

「珍妙とは失敬な! 俺は至高の──」

「すみません、話すと長くなりますが害は無いです」


 レインさんに代わり、これからソーマさんが休憩に入るらしく、俺との話に応じてくれた。そう言えばレインさんに、ここに住む魔法使いを聞くのを忘れてたな。


「あの、ここに住んでいる有名な魔法使いは知っていますか? 話を聞きたくて……」


 そう聞くと、何故かソーマさんは苦い表情をする。


「あの、何か変なこと聞きました?」

「……いや、余は女を好かんのだ。どうにもここには妙な輩が多い」


 ……妙な輩?


「きゃ〜! ソーマ様よ〜!」


 その時、黄色い声が鳴り響いた。


 ……なるほど、そういう。ソーマさんもかなり美形、その上強ければ人気も出るだろう。


「さらばだ旅の者よ。余はひとまずいとまさせて貰う」

 そう早口で言い切り、ソーマさんは去ってしまった。


 その後を女性陣が追うが、ソーマさんは一瞬にして消え去る。


「大変だな〜有名人も」

「そうだな〜」


 暇する暇も無いんだろうな。レインさんも追われていたそうだし。

 呆気なく別れてしまい、また欲しい情報を聞き逃した。


 とりあえず時間が経ったし、エルノアとミルフィと合流する事にした。

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