第46話 月下の獣心

 地図には載っていない、とある一帯。

 自然に囲まれた名も無き場所では、人間でも魔物でもない種族が暮らしていた。


「ただいま〜!」

「おー、無事だな?」


 狩りから帰って来た彼らは、武器も持たずに魔物をかついでいる。


「なかなか手こずったよ。森の中に逃げ込まれてさ」


 そう話すのは、頭部が犬のようで首から下は毛が生えた青年。

 手足には鋭い爪、そして尻尾がある。


「ふふん、そこで私がフォローしたんだよ♪」


 そう自慢げに続けるのは、腕に大きな翼が付いている少女。

 足には大きな爪がある。


 ──そんな2人だが、二足歩行であり所々に素肌が見られる。翼を持つ少女にはくちばしが無く、人間の顔をしており、胸部に膨らみがある。


 彼らは人間が動物的特徴を持った“獣人”。人間のように知能が高く、体型は人間と変わらない。

 だが筋力は人間を凌駕し、爪や牙など生まれながらの武器を持つ。


 人間と交流を持たない彼らは、この自然の中で里を作り、共同で生活している。


「わーい!」

「待てー!」


 まだ狩りへ行かない小さな子供達は、自由に走り回って遊ぶ。


「「あ、里長ー!」」


 そこへ現れたのは、虎の姿をした獣人、トゥグ。


「うむうむ……元気があって良いな。たくさん遊んで、強くなりなさい」

「「はーい!」」


 トゥグは子供達の頭を優しく叩き、子供達は元気に答えて再び走り出した。


「……里長さんよぉ」


 子供達を見送ったトゥグに、木にもたれ掛かって腕を組みながら男が話し掛ける。


「……ライガ」

「聞いたかよ? シーエの野郎がどっか行ったらしい」

「ああ。あの子は最近、何か迷っていたようだ」


 するとそこへ、猫の姿をした少女が話に混ざった。


「……あの、シーエちゃんはどこに行ったんでしょう?」

「お前は、シーエと仲が良かったな。あの子はとても心優しく、いつも他者を思い遣る。何か、私達に迷惑を掛けまいとしたのだろう」

「……私、心配です。シーエちゃん、今頃お腹空かせてないかな……」


 そのやり取りを聞いて、ライガは舌打ちする。


「獣人は、人間共に嫌われてるらしいからなぁ。シーエも人間に見付かれば、殺されちまうんじゃねぇか?」

「ッ……!!」


 トゥグが、ライガを睨み付けた。


「──ライガ、口が過ぎるぞ」

「おお、怖い怖い。流石は我らが里長様だぜ」


 そう捨て台詞を吐き、ライガは立ち去った。


「……大丈夫だ。あの子は強い」

「……はい」


  *


 ──シーエと出会った日の夜。


 たくさん歩いて疲れ、夕食を取ってから眠りに就いた。

 だが全員で寝ると危険なので、交代交代で見張りをする。


「…………ん……」


 特に理由は無いが、目が覚めた。


 何だろう、環境かな。王都を出てからあまり寝付けない。村、外、王都、外……安全と危険がたびたび入れ替わったからか。

 それとも……王都で色々あったからか。


 横にガルシオンさんを置いているが、寝てるのかこれ。

 エルノアはぐっすり寝てるっぽい。細かいこと気にしない奴だしな。

 ミルフィもぐっすりだ。体力ないし、歩いて疲れたんだな。


「シーエ」

「っ! あ、アルフさん」


 布団から出て、見張ってくれていたシーエに話し掛けた。

 彼女は立って空を見上げていた。振り返ると、彼女の顔が月明かりで逆光になり、蒼い瞳が淡く輝く。


「目が冴えちゃってさ。見張り交代しようか?」

「いえ、私もまだまだ元気です。体力には自信あるので♪ 助けて頂いたので、私も皆さんを助けさせて頂きます」


 真面目というか、律儀な子だな。


 体力的には実際、獣人だから俺達よりもあるだろうな。あの怪力には驚かされた。

 ただこの可愛らしい笑顔を見ると、助けたくなるのは男の性なのだろうか。


「困った時はお互い様だよ」

「……そうですね。私の里も、そんな感じです」


 日本でもそんな風に習ったな。

 この世界に来て、小さな村で自給自足して、それを実感した気がする。


「……月が、綺麗ですね」

「え、ああ」


 思わずどもった。

 ここは日本じゃないし、俺が聞いている彼女の言葉は翻訳された物だ。月が綺麗というのはそういう意味ではなく、見たままの単なる感想だろう。


「確かに、綺麗だな」


 空気が綺麗だと、星がよく見える。

 今日は何だか、月が蒼く光ってるな。


「……俺さ、一人で村を出た事あるんだ」


 シーエはこれから、どうするんだろう。

 一旦は里へ帰るらしいが、それからまた旅に出るのかな。


 旅に出るとして、その時は誰かと一緒なのか。また一人なのか。

 こうして出会って、話して……ほんの一瞬とも言える程度の関わりだが、危険な目には遭って欲しくない。同じく旅をしてる俺達が言える事じゃないけどな。


「そうなんですか?」

「ああ。その時はかなり焦っててさ。そんな俺をエルノアが止めてくれたんだ」


 シーエに、あの時の事を断片的に話した。

 まあ要するに、一人で無茶はしないで欲しいって事を遠回しに伝えた。


「……ふふ♪ とっても仲良しなんですね♪」

「まあ、幼なじみだしな」


 俺からすると3年の付き合いだが、エルノアと話は合わせないとな。


「……私にも、親友がいます。とっても良い子なんです」

「シーエがそう言うなら、きっとそうなんだろうな」


 友人の話をして、無邪気に笑うシーエ。


 ……すると少しうつむき、微笑んだ。


「…………やっぱり、人間って優しいんだ」

「シーエ……?」

「いえ、何でもありませんっ♪」


 何か呟いて、すぐにまた笑った。


「あの、私は本当に大丈夫です。たくさんご飯食べましたので」


 シーエは夕飯でも、大量の魔物肉を頬張った。あれだけ食べるから強いのかな。


「なのでアルフさんは寝てて下さい。疲れたり眠くなったら交代して貰うので」

「そうか? じゃあ、本当に無理するなよ?」

「はい、任せて下さいっ」


 元気そうに答えるシーエを見て、俺は再び布団へ入った。
















 ────秋人が眠りに就いたのを確認し、シーエは月を見上げた。


「……優しいなぁ、アルフさん」


 そして3人の様子を確認しつつ、彼女は少し距離を取る。


「……抑えないと」


 シーエは鋭い爪で……自分の左手首を切った。


「つっ……!」


 痛みに耐えながら、ポタポタと零れ落ちる血を右手で受け止めた。


 その溜まった血を……シーエは飲み干した。


「んっ……ぷはっ……」


 ゴックンと音を立て、血が喉を通り過ぎる。


「はぁ……はぁ……」


 彼女の瞳は────紅く煌めいた。

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