第3話 この体は……

 自分を天使と名乗る謎の女性。そこだけ切り取るとイタい人だが……

 光と共にどこからともなく現れるという、物理的にはありえない超常現象。それが、彼女はただ者ではないと思わせた。


 そして彼女の背中には、大きな翼がある。

 抱き締められているので彼女の背中をよく見てみると、翼はくっつけてコスプレしているのではなく、本当に背中から生えているようだ。


 こっそり翼を触ってみると、温かみを感じた。


「んっ……翼、気になりますか?」


 すると翼にはちゃんと感触があるようで、触っていた事に気付かれてしまった。


「信じられないでしょうけど、本物ですよ」


 彼女は微笑み、翼を動かして俺の頬をでてきた。


 無数の柔らかくサラサラした羽に、頬や耳に首をくすぐられ、ゾクッとする。


「わ、分かりました……信じます」


 彼女が天使だというのは、信じる事にした。普通ではありえない事が起こっている訳だし、一つ一つ疑っていたらキリが無い。


 それに何より、彼女とは言葉が通じる。目が覚めてから誰とも会話ができておらず、寂しい思いをしていた。あまり彼女の気を悪くする事はしたくない。


「……あの、俺の事を知っているんですか?」


 俺がそう聞くと、彼女はどこからともなく本を出現させ、パラパラとめくって話す。


「ええ。あなたは日本在住の赤川秋人さん……ですね? あなたは学校の屋上から落下して、お亡くなりになりました」


 俺の事を、どうなったのかまで知っている。


 初対面の人の話を鵜呑みにするのは、本来は良くない事だ。だが自分の置かれている状況が一切分からず、言語も通じない今、彼女は貴重な情報源だ。


「そしてあなたは転生したのです。ここはあなたの生きていた世界とは違う、あなたからすれば異世界と呼べましょう」


 異世界……!? 外国でもなく、全く別の世界だっていうのか!?


 生まれ変わったのは察しがついていた。けど、そんな事に……


「ほ、本当に異世界なんですか?」

「はい。証拠と言っては何ですが、この世界には魔法が存在します」


 ま、魔法……さっきこの人が現れたり、本を出したりした、あれか?


「まあ落ち着いて下さい。順を追って説明しますので」

「は、はい……」


 新しい情報の連続に混乱する俺をなだめ、彼女は説明を始めた。確かに俺が質問責めするより、そっちの方が早いだろう。


「先程も言った通り、あなたの住む世界以外にも無数の世界が存在します。世界によって常識や価値観は違い、例えばあなたの世界では科学が発展し、今いるこの世界では魔法が存在しているのです」


 無数の世界……それとは違うかもしれないけど、パラレルワールドとかなら聞いた事はあるな。


「私は天使。世界を創造した神様に仕え、魂を管理しています」


 神が世界を創って、天使が仕えて……聞いたような話だ。


「人や動物──あなたの住む日本でも、毎日のように数多くの生命が亡くなっているでしょう。それが全国、全世界──それら全てだと、本当に途方も無い数になります」


 彼女の言う『全国』『全世界』は、俺の知っている意味じゃなく、本当に文字通りの意味なのだろう。


 地球上でも何十億の人間がいる。動物も含めればもっと……そんな世界がたくさんあれば、天文学的数字を更に超越しそうだ。

 その中から一日の死者のみを数えても、凄まじい数になるだろう。


「亡くなった方々の魂は、り所を失い彷徨さまよいます。それを拾ってあげるのが我々天使の仕事なのです。しかし──日々膨大な数の魂が彷徨い、我々も全てを拾うのは困難なのです」


 なるほど、話が見えてきた。


「その拾えなかった魂が……」

「はい、転生するのです。我々に拾われず彷徨っている内に、新たな肉体を見つけて」


「じゃあその、転生って結構起きてるんですか?」

「そうなのです。もしかするとあなたの知人の中にも、転生者がいた可能性も……」


 そうだったのか……転生とか信じてもいなかったし、よっぽど珍しい事かと思ってた。


「しかし、自分が転生したと自覚する者はほとんど居ません。何故なら転生は、物心の無い赤ちゃんに起こりますから」


 ……え?


「自我を持っている方に無理やり転生するのは不可能です。精神力が高く、他の魂が入り込む余地がありませんから。なので転生はいつも、物心がなく精神力が弱い赤ちゃんへ起こるのです」

「ちょ、ちょっと待って!!」


 思わず話をさえぎった。


 だって、矛盾してるじゃないか。


「俺は、この体は、もう十分物心がついてそうじゃないですか!」


 すると彼女は、うつむいて怪訝けげんな顔を浮かべた。


「……ええ。あなただけは例外です。十分育った人間に転生するのを、私は初めて見ました。一体、何故なのか……」


 薄々、察してはいたんだ。けど自分の事ばかりで一杯で、後回しにしていた。


 もしかすると、俺はこの体で新しく誕生したのかもとか、ここまで育った記憶が飛んでいるのかもとか、都合の良いように考えていた。


「あなたが転生したその体に、元々宿っていたのは──アルフ=マクラレン。現在12歳の少年です。健康で毎日活発に遊び、とても魂が抜けるようには思えません」


 12歳。まだ小さいし、無邪気で、まだまだ人生これからだ。


 ……そんな子の体を、俺は──


「……その、アルフ、の魂は、今どこに?」

「……分かりません。ただ、この世界のどこかには存在します。魂はその世界に執着するので。亡くなれば執着を失い、フラフラと異世界へ行ってしまう事がありますが。あなたがその例です」


「……魂を探す事は、可能ですか?」

「さあ……我々は人間がどこまで出来るのか知りません。ですが可能性はあります。魔法という不可思議なものが存在するので、それがどこまで通じるのか、によりますが」


 俺のせいで、こんな事に。今からなら、まだ……


「我々が管理するのは、死者の魂です。このような例外に対処する時間はありません。なので、すみません……」


 俺が自分を責めているのを察してか、彼女が俺に謝った。


 そんな忙しそうな仕事をしているのに、咎めるつもりは無い。彼女がミスで俺を落としたのならともかく、別に彼女は俺を担当している訳でもない。


 例外だと言うなら、俺が何かしてしまった可能性もある。だから……何とかしたい。


「そろそろ私は、戻らなければなりません。その前に、あなたにこれを……」


 彼女は俺の頭に手を当てた。


「言葉が通じないと困るでしょう。この世界の言語が、あなたには日本語や英語として伝わるよう、あなたの脳に施します。本来、人間に強く干渉したり何かを与えるのは禁止されていますが、今回だけは例外にします」


 そう言って何かをされると、今までここの人達に言われた言葉が、はっきりと理解できるよう思い出された。


 やはり俺は記憶喪失だと思われ、医者に連れて行かれたようだ。あの2人も俺……この体の持ち主、アルフの両親だった。


「ありがとうございます、助かります」

「いえ……あなたには、つらい思いをさせてしまって……」


 すると彼女は、俺の手を取った。


「あなたに罪はありません、それだけは納得して下さい。これからどうするのか、決めるのはあなたの自由です」


 そう言い残し──再び閃光を放ち、彼女は消え去った。


 あなたに罪はない……彼女なりに俺を気遣ってくれたのだろう。


 だが……俺の心には、どうしようもないる瀬なさが残った。

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