第26話 絶対正義の名のもとに
リタ達の激戦音をよそに、カロンも闘志に満ち溢れた顔で腰にさしてある剣〈ミカエル〉を抜いた。
「さて、お前の相手は俺のようだな。――一つ聞きたいんだがお前の仲間が殺したあの男は何だ? あいつもお前の仲間か?」
「仲間が殺した男? ああ、ダイスのことね。ダイスは間違いなく私の同僚よ。あそこで死んだのはあなたたちの動揺を誘うため。彼は役目を果たせたのだしさぞかし誇らしく思っていたのでしょう。本人に言ってはなかったけど。あ、死体でも白骨でも残っているなら埋めないであげてね。この地にずっといたくはないでしょうし、あなた達を始末した後私が回収に行くから」
ティミナは当然のように言う。彼女らにとって仲間を殺すのに何のためらいも後悔も無いようだ。カロンはまるでごみを見ているかのように吐き捨てた。
「まさに外道だな。身内を殺す悪を、俺の正義をもって断罪してやろう」
カロンは剣を片手で握り正眼に構える。
「身内を殺す、ね。あなたの言い分だと他人は殺してもいいように聞こえるけど? ま、言ったところで無駄なのでしょうけど」
ティミナは体の重心を落とすも上半身を起こし、徒手格闘の構えを取った。
「行くわよ」
ティミナが滑るようにカロンに迫る。彼女の四肢がうねり敵を掴む、あるいは貫くように動く。カロンはそれを剣で正確に受け止め、弾く。下段技はジャンプし、掴みは無理せず避ける。ティミナの不規則に動く体術をカロンは〈ミカエル〉の権能を一切使用せずに対応している。それだけ彼の剣技はずば抜けているのだ。
「そのスーツ、身体能力の補助効果があるのか?」
カロンはティミナの攻撃を正確に捌きながら問いを投げる。
ティミナもまだまだ余裕があるようで攻撃を繰り返しながらもカロンに返す。
「そうよ。このスーツは特殊繊維で出来ていてね、空気中の魔力を吸収して着用者の身体能力を底上げすることが出来るのよ。私は魔性力を持ってなければ魔法の才能も無くてね。だからこうして物に頼っているのよ」
「フッ、何も持たないやつが敵地に堂々と住んでいたわけか。どうやら魔側は人材不足のようだな」
「あら、言ってくれるじゃない。あなたこそさっきから何も反撃してこないけど、自身の権能すらまともに使えないのかしら?」
「お前ごときに〈ミカエル〉を使うのはもったいないからな。お前みたいな底辺の下っ端に使ってはコイツも浮かばれないだろうしな」
この言葉が気に障り、ティミナの攻撃が一層激しくなる。攻撃のスピードも格段に上がり、体の動きもアクロバティックになっていく。常に頭の位置が入れ替わり時にはカロンの頭を飛び越して、ティミナの体術は完全に予測不能な攻撃へと変わった。
カロンはこれを寸のところで躱していく。突き出される拳を見て、当たるギリギリのところで体をずらす。しかしそれも長くは続かず、ティミナが拳から手刀に切り替えるとカロンは捌ききることが出来なくなった。
布が破れる音が鳴り、カロンのローブが切れた。剣は邪魔だと思いカロンは〈ミカエル〉を鞘にしまう。
唯一の脅威である天性力を自ら封じたことにティミナは歓喜し、一気に仕留めにかかる。
(ふふ、あなたの動体視力は大したものだったけど、ここまでのようね。サンティス家に侵入してクリスに目を埋め込んだ私の実力にひれ伏しなさい)
ティミナは大きく一歩を踏みカロンの顔面めがけて右ストレートを放つ。カロンは真っすぐ迫る単調な攻撃を顔だけ横にずらし躱す。
――これはティミナの予想通り。
拳がカロンの真横のあたりに到達すると同時に引っ込める。そして余った左手でカロンの手首をつかみ、捻る。
単調な攻撃を囮にして確実に腕を一本消す。これがティミナの立てた算段であり、長年の経験により編み出した有効打であった。
――しかしここからがティミナの予想外。
カロンは腕が捻られる方向に体ごと回転していたのだ。それによって腕の保護と共に拘束からも逃れた。
カロンは掴まれた手首をもう片方の手で払い心底嫌そうに言った。
「汚れた存在が俺に触れるな。どうやら徹底的にやらねばならんようだな」
もう一度〈ミカエル〉を抜き構える。
「あら、私ごときに天性力は使わないのではなかったの?」
「そのつもりだったがどうやらお前は俺の想像する以上の悪だ。よってお前を断罪する。〈ミカエル〉――【正義断悪】」
カロンの持つ剣に光が纏う。その光は強く優しく神聖で、正義の天使の象徴であった。
「……! その光、危険ね。当たれば綺麗な断面が見えそうだわ」
ティミナはその光の危険性をいち早く察知し、羽織っていたローブを破り両手に巻き付けた。スーツ同様このローブも特殊繊維で出来ていて、ローブに覆われている部分に防護の役割を果たすのだ。これは不意打ちや奇襲対策として羽織っていたのだが、今注意するべき相手は一人、触れれば有無を言わず切れるあの剣を防ぐには己の拳に頼るしかないのである。
何の前触れもなくカロンが動く。
自身の持ち合わせた剣技をもって敵を斬る。最初の数撃はティミナが余裕で防いで見せたが、急にカロンの動きが変わった。
今までのまっとうな剣術を否定するようにうねり、周りの木々を利用し体の軌道を無理やり変え、時にはティミナの頭上を飛び越し、不規則なものへと変わっていく。―まるで、ティミナの動きを真似したみたいに。
カロンの不気味な剣の軌道に翻弄され、焦りを顔に浮かべるティミナ。カロンの動きはあまりにも予測不能で、自身のそれよりも上回っていた。そして、カロンがティミナの懐に潜り込み思い切り足を振り上げる。ティミナはそれに反応できず、体勢を崩す。そこで見せた一瞬の隙が致命的、カロンの剣が踊るように次々と四肢を根元から切り落とした。
「ガハッ……!」
ティミナは四肢が無くなり地面に倒れこんでも声を荒げることは無かった。それがベテランとしてのプライドであり、自身に着せた枷でもあるからだ。
カロンは剣についた返り血を眺めながらとんでもないことを言い放った。この言葉はティミナに絶望を与える。
「魔法を使わない新しい戦い方を編み出そうと思ったのだが案外難しいものだな。やはり氷が使えないのは安定感がない、どうにかせねば……」
「は……新しい戦い方……? 私の徒手空拳を盗むために反撃しなかったとでもいうの⁉」
「そうだが?お前の徒手空拳? だったか。意外と使えそうだな」
「なにそれ……理不尽よ……」
意識が遠のくティミナはただ一つの思考しか持てなかった。――信じられない、と。
しかしそれも仕方がない。見たことも無い戦法を初見で全て見抜き、自分の物にして見せたのだから。
カロンはティミナのもとに歩み寄り、
「さて、お前は死ぬ。どうだ? 自身の悪を認める気になったか?」
「はは……、何言ってるのよ……。……私からすれば……何のためらいもなく、正義のためとか言って……人殺しをする……あなたの方が……よっぽど悪に………見える…………わよ………………」
ティミナは言葉すらままならない中、意地でもカロンを嘲笑する。これが彼女の最後の言葉となった。
しかしカロンはその言葉を気にも留めず、
「俺の正義のもとに消え去るがいい」
〈ミカエル〉を一閃、彼の定める絶対悪の首を撥ねた。
カロンは返り血にまみれた剣を振り一呼吸ついた。
「これで敵を一人消したことになるが、あいつらはどうだろうな。やる気に満ち溢れていたから心配する必要はないだろうが。それより裏切りを見せたクリスが不可解だ。まあ、レイがなんとするだろう」
人を斬る感覚、ばら撒かれた敵の血しぶき、天の力を使い魔を殺した事実。カロンは星空を見上げ実感した。
――これがカレン救済への第一歩だと。
ちょうどその時、近くから轟音が鳴り響いた。音のしたほうを見ると、人工的に切り開かれたであろう草原に不自然に鎮座するたった一本の木に、一人の人物がぶつかり木をなぎ倒していた。
「……ほう」
カロンはそれを見て、面白そうな物を見たとばかりに興味深そうに口角を少し持ち上げる。
そして、その状況に自らの身を投じ参加するのであった。
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