第28話 セイギとギセイ

 クリスの救出を目的としたレイと、天を殺すと豪語したクリス。

 意見が違えば、自分の方が正しいとわからせるために戦闘へと発展する。

「〈ガブリエル〉――【神の力】」

 クリスが権能を使い二本のナイフを手にレイに襲い掛かる。彼女が強化した〝力〟は瞬発力。森という地形を生かし、木々を蹴りその時に起こる抵抗力を利用しさらにスピードを上げる。

 レイに彼女の姿は視認できない。これは最終試験の時と同じ状況だ。魔法が使えなくても権能を正しく使えば弱体化どころかさらに強くなる。今まさにその通りでクリスは〈ガブリエル〉を巧みに使い学院での二つ神速必殺を再現している。――再現どころかそれ以上か。

 クリスが四方あちこちからランダムで攻撃を仕掛ける。レイは剣を作り、クリスのナイフを受け止める。が、一同交差しただけでレイの剣はぽっきり折れた。トーナメントの時は数発なら耐えられたが今回はたった一度の攻撃を受け止めただけだ。それは彼女の持つナイフの影響だろう。トーナメントの時はクリス自前のナイフはなく、全て錬成によって造り出されたものだった。

 今クリスの持つナイフは本人が言っていたが、親からもらった一番の宝物。名家の貴族からの選別ともなればそれは上等なものなのだろう。

 レイは剣が折れると同時にまた新しい武器を作り出す。次は両手に二本のナイフ。いつも使っている片手剣ではなくナイフにした理由は簡単だ。クリスの攻撃があまりにも早すぎるのである。片手剣とは言え両手に持つのはちょっと無理がある。別に使えないわけではないのだが、ここは森、思わぬところで木に引っかかったりしたら最悪だ。それで選んだのがナイフ。軽量の武器であれば両手に持っても負担はないし、何より小回りが利いてスピードで攻めてくるクリスに対処しやすい。

 クリスのどこから来るかもわからない攻撃をレイは最小限の動きで弾いていく。レイの武器が一撃で壊れるのは変わらないが、折れるたびに次々とナイフを作り出す。

 クリスの攻撃パターンはトーナメントである程度把握しているため、レイは今のところ一度も直撃していない。これはレイの戦闘センスと、レイ自身が常に森の中を移動しているからだ。いくら相手の攻撃パターンを知っていようと、常に主導権が相手にあってはいつか直撃する。だからレイは森の中を移動しながら攻撃を弾いていくことで完全にクリスのターンになるのを防いでいるのだ。

 これを繰り返していくことによってレイは多少の余裕が出来たらしく、クリスに声を掛けることが出来た。

「お前はどうして俺に刃を向ける⁉」

「天が私を拒絶したから。天を信仰しているレイも敵」

 クリスにも喋るくらいの余裕はあったらしく、結構即答で返ってきた。しかしクリスは高速で移動しながら喋るものだからどこから声が発せられているのか分からなくなり聴覚が狂う感じがした。

「何で天を殺そうとするんだ⁉ お前はこの国を良くするために天性力を求めたんじゃないのか⁉」

「確かにそうだった。でも、この目のせいで私はみんなに迷惑をかけた」

 クリスは高速でレイに斬りかかりながら、どこか悲しむような声でそう言った。

 レイはその言葉の意味が分からず率直に聞く。

「目ってお前の右目のことか?」

「そう。この目は魔側の工作員が埋め込んだもの」

「は? 埋め込んだ? 厄魔の目って生まれつきの物じゃないのか?」

「それは嘘。ノエルは確かにそう言った。そして、この目で見た情報すべてが魔側に伝わっているらしい」

「その目で見た情報全部……!」

 そのあまりにも重大すぎる言葉にレイは息を呑んだ。

 クリスの目で見たもの全てと言うと、ノエルが学院に居たことを差し引いてもあまりにも多くの出来事となる。

 ましては、彼女は数年間とはいえサンティス家に住んでいたのだ。幼いクリスがどこまで仕事内容を見たかはわからないが、少なくともこの国の大まかな情報はすべて筒抜けだろう。

 確かにそれは重大だとレイも思うが、それだけではクリスが天を殺すと言っている理由がわからない。

 何か他によくないことがあったのだろうか。女性の心情を追求するのはどうかと思ったが、そんなことを気にするような状況でもないので疑問をそのまま口にした。

「お前が天を殺そうとする理由は何だ⁉俺達への迷惑とかなら気にする必要は無いんだ!」

 レイの訴えるような問いにクリスは冷めた声で答える。

「天は私を幸せにしてくれないらしいから。天を信仰する人間は私を拒絶したから」

「拒絶に関してはそうかもしれない。その目をみんな恐怖した! でも俺達は違うだろ⁉お前の目を受け入れた!」

「それは上っ面だけ。内心は私と距離を置いていた」

「誰がそんなこと言った!」

「普通に考えてそう。人間は本能的に異物を取り除こうとする。そんなところに居たら私は幸せになれない」

「それが何で殺すことにつながるんだ⁉」

「何で? そんなのわかんない。ただ、私が幸せになるには天を殺すしかないらしいから」

 レイは違和感を覚えた。クリスと言う人間を短い間だが見てきて思ったのが、意志がはっきりしていて誰かのために行動できる少女、と言うことだ。

 このことを踏まえて考えると、何かがおかしい。

 さっきからよく耳にする「らしい」という言葉。普段彼女は曖昧な言葉を使わない。

 そして、天への執着だ。確かに彼女の右目を忌避するものは多い。だが、彼女はそれを嫌がっている節はなかったはずだ。自身を拒絶されても平和のために戦う、そう言っている彼女であれば、誰も人のいないところに移住するなどの案が出るはずだ。

 なのにも関わらず、今彼女は殺すことを前提としている。

 天の信者が死んで得するのは誰だ? ……それは魔の信者だ。

 そしてクリスは魔側の人間に攫われていた。その間、何か嘘でも吹き込まれたか。

 言っていることは滅茶苦茶だが、口調などはまんまだ。何か記憶を消されているわけでもない。

 ならば、クリスを正気に戻すチャンスはまだある、と言うことだ。

「なぁクリス。お前頭良いか?」

「? ……レイよりは」

「……そっ、そうか……。なら、本当のことも分かるんじゃねぇのか?」

「本当のこと?」

 クリスの動きが初めて止まった。思考を巡らせながら戦ってきたものだから気づかなかったが、適当に移動しているうちに人工的に開かれたであろう森の中の草原――元の場所へと戻ってきていた。

 露出した異質な目で、クリスはレイを訝し気に見つめる。

「何だ、分かってないのか? お前、ノエルに操られてんだよ」

「私が、操られている……?」

 レイの言葉に理解が追い付いていないようだが、レイは言葉を休めない。更なる追撃でクリスの思考を圧迫していく。

「ああ、お前は操られている。俺の推測だが、あの大鎌の権能は破壊と嘘。その嘘の権能を使いクリス、お前にある嘘をついた」

「私に嘘? 違う。ノエルは確かに私に権能を使ったけどそれは嘘じゃなかった。「天を殺せ。そうすればお前は救われる」その言葉は紛れのない真実」

「はぁ、対象に信じ込ませるからこその嘘だろうが。そんなことも分かんないなんてひょっとしなくても俺よりバカなんじゃね?」

 クリスの体が一瞬ピクリと動く。力を強化できる彼女を怒らせると一瞬で砕かれる可能性もあるがこれでいい。あえて感情を高ぶらせることで正気に戻る可能性もあるのだから。

 そんなわけで、慎重に選びながら言葉を紡ぐ。

「お前が何を言われたか知らないけど全部虚言だ」

「違う」

「違くない。天を殺して得するのは誰だ? 天を殺したところでお前がその右目を持っている限り、この国のやつらに差別されるのは変わらない」

「そう。この目がある限り私はこの国で幸せに暮らせない。でもノエルは手を差し伸べてくれた。何もかも否定された私に救いを与えてくれた」

「……っ、お前、それセレジアの目の前で言えるのか?」

 クリスの体がまたピクリと動く。でも彼女の瞳は揺るがない。

「……セレジアだって私のことを拒絶してる。もし本当に私のことを思っていたら私が捨てられるときに止めに入っていたはず。でもセレジアは止めなかった。私を見捨てたも同然」

「お前被害妄想しすぎじゃねぇの? お前の周りにいる人全員がお前を嫌ってるとでも?」

「……」

「もっと人をよく見ろ! 俺はお前を嫌ってなんていない! リタやカロン、カレンだってそうだ! お前を拒絶したか⁉ お前の目の存在を知って周りに言いふらしたか⁉してないだろ! セレジアなんて、常にお前を第一で考えてるぞ!」

 レイは必死に訴えかける。

 お前は一人じゃないと。

 周りと違う異質な目でも受け入れてくれる人がいると。

 そして、

「ノエルの言葉は嘘だ。お前は利用されてるだけなんだ!」

「レイに何がわかるの⁉」

 クリスが、叫んだ。

 自身の心情を打ち明けない彼女が、悲痛な叫び声を出した。

「辛い! この目があるだけで避けられるのが辛い! この目のせいで家族に捨てられたのが何よりも辛い! それでも私は頑張った! 大きな夢を掲げることで、それに没頭することで不安な気持ちを打ち消してた!」

 今まで耐えてきた苦しみをすべて吐き出すように、この森に声が響く。

「でもノエルたちに言われて知らない振りをしていた感情が戻ってきた! もしかしてレイ達も私に一歩距離を置いてるんじゃないかって! お母さん――いや、ティミナがそうだったようにレイ達も私を騙してるんじゃないかって! そう思うだけで何も信じられなくなった! 周りに優しい人なんかいなくて、私はずっと一人だったんじゃないかって!」

 クリスはそこまで言って、深く息を吸った。自身の感情を抑えるように、いつもみたいに辛い感情を押し殺すように。

「……だから、私に救いの手を差し伸べてくれたノエルに協力する。レイ、あなたは信用を勝ち取るための犠牲になって。〈ガブリエル〉――【神の力】」

 再びクリスの姿が残像となり見えなくなる。

 だが、これも計画通りだ。

 感情が高ぶれば誰かに言われた事より、個人の感情が強く出る。そこで何か強い衝撃を与えれば嘘に気づく可能性も高い。

 その為にどうやって高速で動き鋼を一撃で砕く少女の動きを止めるか、という問題が出てくるが、今の状況であれば容易い。

 クリスは今レイを殺すことを前提として攻撃をしようとしている。であれば狙う箇所は絞られてくる。四肢はまず論外、そして胴体もないだろう。心臓は正面から刺さなければならないで可能性としては低い。だとすると、残るは――、

(お前の狙いは、首だ!)

 レイは首の前で交差するように手を置いた。

 瞬間。

 レイの背後から抱き着くように振り下ろされたナイフが両手に深々と刺さった。

「ぐっ……!」

 〈ガブリエル〉の権能も合わせた攻撃に腕が耐えられず骨が何本か折れた。

 両腕に激痛が走るがレイは気にしない。そのままナイフを握っているクリスの手を掴み、思いっ切り投げる。

「ちょっとは……自分で考えてみろよっ‼」

 全身の筋肉を酷使した投げにクリスの体は投げ飛ばされる。

 そして、開けた草原に鎮座する一本の木にクリスの体がぶつかり轟音を鳴らす。彼女の権能の影響か、クリスが木にぶつかるとともにその木がへし折れた。

 クリスは体内の空気を強い衝撃に全て吐き出され、木に寄り掛かりへたり込んだ。

 レイは気づいたのだ。この少女はまだまだ子供だ、と。

 幼いころに捨てられて、早くも失った人の温もりは全て虚無へと変わる。

 何も感じず、数年孤児として生きて来たからこそ、人間と言う生き物を深く理解していないのだ。自分に善意を向ける者をすべて善人だと思い込んでしまう。それがすべて否定され突き落とされた状態ならなおさらだ。

 レイは強引に手に刺さったナイフを抜きクリスの足元に投げる。

 それでクリスにちゃんと現実を見せる。セレジアとの約束を果たすために。

「このナイフは誰からもらった? お前の生みの親だろ⁉ 本当にお前を拒絶していたならこんな選別は普通送らない!」

「一人で辛かった。そう思うなら俺達を頼れ! お前を受け入れる人はちゃんといる!」

「お前のその弱い心にノエルは付け込んだんだ! 俺達を殺したら幸せになるどころかもっと窮屈になるだけだ!」

「お前は他人の言葉を真に受けすぎなんだよ! 人間をもっとよく知れ! そして自分で判断して行動できるようにしろ!」

 レイの言葉にクリスは何も言わなかった。ただ茫然とレイの言葉を頭の中で復唱していた。

 正直レイが何を言っているのか理解できない。この右目のせいで迷惑をかけたのになぜそこまで引き戻そうとすることに必死なのか。レイの言葉を聞いてある程度はノエルが自分を利用しようとしていることは分かった。

 でも、立ち直ることが出来なかった。与えられた温もりを切り捨てるのが怖かった。誰が本当のことを言っているのかわからなくなっていた。セレジアに「私は一人じゃない」と言ったが、ノエルたちに言われたことが頭から離れない。

 平和な国なんて甘い夢だ。

 本当は自分を受け入れている人などいない。

 もう誰の言葉も信じられない。でも一人は嫌だ、怖い。

 そんな思考がクリスの中で繰り返されている時、レイとは違う、別の男の人の声がした。

「お前が自分で考えて魔に協力したいと思うならそうしろ。だがそれで幸せな暮らしが約束されるとは思うな」

 カロンだ。制服のところどころに返り血を付けた状態でクリスに声をかけた。

「その血は?」

「これは敵の血だ。あいつは俺にとって悪だったから殺した。リタもノエルのことを悪だと思っているから復讐を誓った。人間は悪を倒すために戦う。クリス、お前にとっての悪とはなんだ? 自身を拒絶した天か? それともお前を甘い言葉で誘惑し利用した魔か?」

 カロンの問いでクリスはようやくレイの言っていたことの意味を理解した。

 自分の戦う理由を捨てるな。残酷な現実を突きつけられても己を信じろ。全て抱え込まず、無理だと思ったら遠慮なく巻き込め。

 そして何より――恩を仇で返すな、セレジアのような自分を思ってくれる人の気持ちを無下にするな。

(ごめんセレジア。私はセレジアが思ってるほど強くない)

 クリスは立ち上がる。もう迷いはない。それに今日自分はセレジアに何と言った?

 ――もう私は一人じゃないと、友達がたくさんいると。セレジアがいれば私は戦えるから。そう言ったではないか。

(でも、私なりに頑張るから)

 レイ達が気付かせてくれたから。こんな簡単なことに気づかない自分が不甲斐ない。

 セレジアのような自分のことを思ってくれる人がいるなら、もう答えは変わらない。

(やっぱり、私は、自分より誰かのために戦いたい!)

 クリスはノエルに付けられたピンクのアスターを捨てナイフを拾った。そして、レイに正面で向き直り自分の言葉で伝える。

「ごめん。やっと気づけた。ノエルの言葉にいいように騙されてた。凄く簡単なことにも気づかずにレイに傷をつけた。ごめんなさい」

 クリスは血がだらだらと流れるレイの両手をチラッと見てから頭を下げた。

 レイはこれ以上クリスの精神を不安定にしないためにも痛みを堪え笑って見せる。

「いいって。俺はお前がこっちに残ってくれただけで満足だよ。セレジアも待ってる。リタほうに加勢してさっさと帰ろーぜ」

 レイの言葉にクリスは顔を上げ細く微笑んだ。そして、

「私はこのままじゃ帰れない」

「……は?」

 すぐさま真剣な顔に変えてクリスは淡々と語りだした。

「さっきも言ったけどこの目で見たものは全部魔側に伝わってる。それなのに日常に戻ることはできない」

「眼帯とかで隠したりすればいいんじゃないか?」

「それじゃ意味がないだろうな。元々クリスは前髪で右目を隠していたんだ。布切れ一枚でどうにかなりものじゃないと思うぞ」

 カロンがレイの意見を否定した。確かにそれもそうだ、しかしそうだとするとクリスはその右目をどうすると言うのだ?

 その答えは次のクリスの行動ですぐわかった。

「私は騙されたとはいえみんなに迷惑をかけた。このこと帰るわけにはいかない」

「別にそんなこと気にする人はいないと思うが……?」

「違うよ、レイ。この目は、情報を盗む目だよ?」

「……っは! ちょっと待て! クリスお前まさか……!」

 これからクリスがやろうとしていることを察し、止めに入ろうとレイは手を伸ばす――が、砕けた骨と、とてつもない激痛がそれを許さない。

「おいカロンクリスを止めろ!」

「何故だ」

「何故って……。お前はそれでいいのか⁉」

「クリス本人がそれを望んだんだ。俺たちが口をはさむことではない」

 レイは負傷していないカロンに懇願するがそれはきっぱりと断られた。

 クリスはレイを落ち着かせるように、優しい声でこう言った。

「これはケジメ。それに、これ以上国にも迷惑をかけれない。……これは、私が日常に戻るための僅かな犠牲。片目くらい、安い物……っ!」

 クリスはレイの血に彩られたナイフを、自身の右目に突き刺した。

「――ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

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