第27話 仇との対峙
リタとノエルの周り一帯は随分と荒れ果てていた。何しろリタが〈ウリエル〉で木を燃やし、ノエルが〈メフィストフェレス〉で木を破壊していくのだ。綺麗に伐採したわけでも無く邪魔な部分だけ消したので更地とは言えない。
そしてこの情景を作り出した二人の少女―リタとノエルは肩から息を吐いていた。
リタは制服のローブとネクタイを失っている。目の前にいる少女の持つ大鎌〈メフィストフェレス〉の破壊の権能から逃れるためだ。刃が当たりそうになったら服を犠牲に身を守る。それを何度か繰り返した結果、ローブとネクタイが木っ端みじんに破壊され、スカートにも多少の切れ目が入っている。
対するノエルも無傷とは言い難い。魔法少女のような衣装のあちこちが燃え落ち、肌の露出が多くなっている。体にも多くのやけどの跡があり、見てるだけで痛々しい。
それでも少女たちは止まらない。
「〈ウリエル〉――【神の炎】!」
リタの杖から炎が湧き出て自由自在に踊る。炎が四方からノエルに迫るのと同時にリタも杖を槍代わりに振り回す。
「ああもうまたぁ⁉ 〈メフィストフェレス〉――【反神破壊】!」
ノエルは完全に炎に囲まれる前に後方に跳び包囲網から退避、近くに生えた適当な木を大鎌で傷つけ権能を発動。傷のつけられた木は手ごろな大きさに分解された。ノエルはそれを掴み、次々とリタに投げつける。
「……チッ」
リタは杖で地面を叩き、炎を消す。何故炎を消したのか、理由は簡単。下手したらこの森が火事になるからだ。杖から出てくる炎はリタが制御しているためこの森の中で使っても問題はないが、引火したものは違う。もし引火したとしても炎は消せるがこの一帯は引火性の高い物しかない。いくつもの物体を通じた炎はリタの制御から外れ普通の炎となる。そうすれば後は森全体に広がり大火事まっしぐらだ。
リタはその危険性を危惧して木が投げつけられたと同時に炎による攻撃をやめたのだ。
これだとリタが不利に聞こえるかもしれないが実のところは違う。
ノエルの使う大鎌〈メフィストフェレス〉の権能は、刃で傷をつけた対象に破壊か嘘をつくか、だ。――そう、この権能を発動するには傷を付けなくてはならない。そして炎は物質ではなく傷をつけることもできない。権能の相性的に言えばリタの使う〈ウリエル〉のほうが有利なのだ。それでも互角に戦っているのはノエルの技量と経験によるものだろう。
「全くもぉ、リタはちょっと容赦なさすぎ!」
「だったらさっさと諦めて死ねば? じわじわ炙って苦しみながら死ねるようにしてあげるよ」
「キャーこわーい! やっぱり天の信者って行き過ぎてて、ちょっとキモーい!」
ノエルはわざとらしく身を竦め、自身を両腕で抱きかかえる。
「天? そんなもの私は信じてないよ? ノエル、あなたがそうさせた」
「そうだったのぉ? だったらよかったねぇ、早く目が覚めて。でもどうしてノエルのせいなのぉ?」
「ふっざけるな! お前が、私の両親を殺したからだ‼お父さんを血の海に沈めて! お母さんを趣味の悪い死体に変えて! それで! お前はしらばっくれるのか⁉」
ノエルは数秒キョトンと首を曲げて、ようやく合点がいったように大きく頷いた。
「ああ! リタの両親ってノエルが初めて殺した人だぁ! お父さんのほうは強かったよぉ、元軍人か何か?」
「そうだよ! 私のお父さんは強くて頼りになる自慢のお父さんだった!」
「ふぅん。で、お母さんのほうは?」
「どんなことでも全力で応援してくれる優しいお母さんだったよ!」
「……」
ノエルは一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐさまいつもの元気な笑顔に戻す。
「いいご両親だったんだねぇ」
「お前が殺しといて他人事のように語るな!私の人生が変わったのはお前が元凶だ、ノエル!」
ノエルはリタの叫びを気にも留めなかった。それどころか、心からの叫びを否定して見せた。
「そうは言うけどぉ、両親が死んだのは、リタ、あなたも少し関係してるかもよぉ?」
「……は?」
「ノエルがリタの両親を殺した日、学院では何があったぁ?」
「入学してから一年半、最初の魔法試験」
「そう。そこでぇ、リタはどんな結果を残したぁ?」
「当時から学年トップクラスのレイとカロンを倒して最優秀、魔法技能は学年最強になった」
「そう、そこだよぉ! その時から魔性力を手にして魔法が使えなくなったノエルは勿論最弱。グラウンドの端っこで眺めるだけだった。そしてその時リタはなんて言ったぁ? 「私は努力で最強の魔法技能を手に入れたの! 才能なんてなくったってできるんだから!」――ノエルはイラついたよぉ! 私には才能がない? 十三であそこまでできて何を言ってるの? 努力すれば最強になれる?すっごい努力してもノエルはまだ下っ端のまま!」
ノエルのここまで情の入った声にリタは何も返せなかった。学院では大人しく影も薄くて、敵として現れてからはずっと本心がなくおどけていた少女からこんな言葉が出てくるとは思えなかった。リタはただ茫然と言葉の続きを待つ。
「そしてぇ、ちょうどその日の試験が終わる時、上司から連絡が入って言われたの。「魔性力を使用して天の国に住む人間を殺せ」って。その時対象は指定されなかった。つまり殺せばだれでもいいってことだったのぉ。だからノエルは選んだ。リタの両親を」
「……ッ」
リタの感情が再び点火した。理由がどうあれ両親を殺したことに変わりはない。
「ノエルは命令されてすぐ学院を出たのぉ。リタが両親に自慢しに帰ってくる前に殺すために。でもいざ家に侵入したらお父さんに見つかってぇ、暗殺は失敗したよぉ。だから普通に殺した。〈メフィストフェレス〉で臓器をすべて破壊して。それでお母さんのほうも一緒の殺し方をしようと思ったんだけどぉ、あまりにもリタリタリタリタリタうるさいからぁ、ちょっと変わった殺し方してあげようと思ってねぇ。全身の皮膚を破壊しお腹に風穴を空けてぇ、首を逆さにねじ込んだ。どぉだった?結構綺麗だったでしょぉ?」
少女はクルクルと回る。
「その時は爽快だったなぁ! すっきりした! 気持ちよかったぁ!」
少女は残虐な笑みに顔をゆがませる。
「そのあとのリタの顔も最高だったよぉ!」
「ふざけるな!」
「でもってぇ、警備兵が全く同情しないのも面白かったなぁ。ノエルの殺人を闇に葬って。この国がここまで屑だとは思ってなかったよぉ!」
「死ね‼」
リタは叫んだ。両親をただの嫉妬心で殺した目の前の仇を睨んで。殺しを楽しいと言う狂人に殺意をぶつけて。
それでもノエルは一切動じず、むしろ楽しむように、こう言った。
「戦場の先輩からの忠告。戦闘に余計な感情は持ち込まないほうがいいよぉ?」
ノエルが一瞬で距離を詰め大鎌を横薙ぎに振るう。
リタは杖で受け止めた。だが、大鎌は刃が湾曲して、柄に対してほとんど直角なのが特徴の武器、角度さえ変えれば受け止めていようと刃は当たる。
ノエルは柄を逆手で掴み直し一気に前進。腕を前に振り刃の先端をリタの後頭部へと運ぶ。
「ッ⁉」
リタは後ろから襲い掛かる凶器に気づき身を屈める。直撃は凌げたが彼女の髪を一つにまとめていたヘアゴムが切れた。夜風に煽られ乱雑になった長い藍色の髪。リタは生きていることを実感するが、ノエルの攻撃は終わっていない。
次々と大鎌が迫ってくる。縦から横から斜めから。休むことなど許されない猛攻にリタは権能を使う暇さえない。ただただ必死に傷がつけば人生が終わる刃を杖で弾いていくだけ。
縦横無尽に、回転するように動く大鎌は速く、隙が無い。その動きは咲き誇る花のごとく。この花に触れたら最後、血が花のように開花し、死ぬ。
リタは何とか反応して防いでいたが、それも限界が来た。
甲高い金属音と共にリタの杖が宙に放り出される。ノエルの大鎌が下からすくい上げたのだ。
「あっははぁ! じゃーねー」
(やばい! 死ぬ!)
真上から振り下ろされる刃を前に、リタは気づけば両腕を頭の上にもっていき目をギュッと瞑っていた。腕でガードしたところで何も変わらないと理解しているのに、本能が勝手に体を動かしていた。それは、リタがまだ生きていきたいと願っている証拠だろう。
その願いが通じたのか、刃が当たる寸前、ノエルの後方――一番最初、全員が集まり戦闘が始まった辺りから、何かが大きい物にぶつかる轟音がした。その音にノエルはリタの目先で大鎌を止める。そしてすぐ、続くように誰かの叫び声が聞こえた。その声は、痛みを緩和するためではなく、何か強い意志が感じられた。まるで、何かの責任を取るように。
ノエルはその音にボケっと首をかしげていたが、やがて何かを思い出したようにポケットから手のひらサイズの薄い板を取り出し、そこに映る映像を凝視した。そして、
「運が良いねぇ。リタを殺すのはお預け、まずはあっちを片付けなきゃ!」
そう言って、音のしたほうへと消えていった。
「はぁ……はぁ……」
リタは全身に嫌な汗を流しながら荒い呼吸をしていた。
死んでいた。あの音が無ければ間違いなく死んでいた。
あのまま刃が当たってかと思うと、両親、そしてさっき殺されたクリスの父親の死に方を思い出すと震えが止まらない。
完璧なる実力の差を見せつけられた。仇討ち、復讐、魔の絶滅。そんなことは口先だけの戯言だと、それはただの甘い夢だと、そう突き放された気がした。
(でも、私は生きてる)
リタは精神を蝕む死の恐怖を振り払う。
立たなくては、自分はまだ生きている。この世に居られなくなった両親の分も歩まなくては。
(これ以上好き勝手させない)
今へたり込んでいいのか?いいやだめだ。これ以上犠牲を増やしたくないなら自分が立って戦うしかない。
リタは震える足を黙らせ二本の足で立つ。もう戦場で膝をつかないと、強く決意して。
ノエルに弾き飛ばされ地面に転がっている自身の得た力〈ウリエル〉を拾う。それを使えば仇討ちとこれ以上の犠牲者を出させないようにすることが出来るから。
「私は、強くなる。もう負けることのない、魔に屈することのない、絶対的な実力を手に入れる。そのために絶対にノエルを殺す。それが、私の本当の人生の始まりだから」
リタは声に出して強く心に刻む。乱雑した髪の毛を一つにまとめ、スカートを千切って髪を縛る。
額の汗を拭い、一気に走り出した。
――自身の定めた、揺らぐことのない正義のために。
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