第5話 求める勝利
試合開始から早十分。まだ双方無傷だがやはり消耗はリタのほうが早い。いまだにリタの攻撃はクリスティーナに当たるそぶりもなく、〈ファイヤージェイル〉もずっと使ったままだ。このままでは確実にリタの負けになる。
リタは思考を巡らせる。彼女の絶対的なスピードをどう攻略するか考える。
先読み? ――いいやだめだ。先読みしたところで彼女の動体視力があれば見てから反応できてしまう。
確実に当たる攻撃? ――これもだめだ。今の状態で逃げ場のないような広範囲の魔法など撃てる余裕などない。
……発想を変えよう。彼女にスピードに合わせるんじゃなくて、そもそも彼女のスピードを無くせば……?
クリスティーナの強みは身体強化の魔法による相手の認知を超えての奇襲だ。ならばその身体強化の魔法を打ち消せばどうだろうか? ただのナイフを使うのがうまいだけの少女だ。それならばリタにも勝機はある。
リタは自分の頭の中にある魔法遮断可能な手段を総当たりで検索、シュミレートしていく。
対象に触れなければいけないものは論外、彼女がそんな隙を与えてくれるわけがない。対象指定や座標指定で発動するものも排除。そんなことしようにも肉眼で捉えきれないのだから使えない。
リタは一つの可能性に至る。クリスティーナに確実に作用する魔法。自分にも多少影響は出るがクリスティーナのスピードは確実に消せる。リタはこの可能性に希望を抱き、魔法を完成するべく時間稼ぎに徹する。
「あなた中々やるじゃん。ここまで苦戦するのは久しぶりだよ。いったい何者? 〈フレイムショット〉」
リタは適当に話しかける。無論、魔法で攻撃しながらだ。
意外なことにクリスティーナはそれに答えた。こっちも超人的なスピードで走りながらだが。
「あなたこそ強い。私とちゃんと勝負してる。〈イグニッションブースト〉」
その小さい口から単語のように短い言葉が紡がれる。
「そう? 皮肉にしか聞こえないけどありがたく受け取っておくね。話変わるけどどうしたらそんなに速く動けるわけ? その前髪ちゃんと前見えてるの? 切れば? 〈フレイムバレット〉」
リタは炎の玉を弾丸のごとく飛ばすがクリスティーナには当たらない。
「速く動くのは簡単、身体強化の魔法を脚力限定で使えばいい。効果が上がり魔力消費も減る。前髪に関しては余計なお世話。こっちにも事情がある」
リタの時間稼ぎに過ぎない質問にクリスティーナは一つ一つちゃんと答えていく。リタからすれば好都合なのだが、こうも素直だとちょっと気が引けなくもない。もう少しでリタの魔法も完成しそうだ。
「へぇ、魔法の限定使用ね……ん? レイも同じことしてたような……?」
昨日学院まで連れてってもらう時にレイが身体強化の魔法を何かいじって使っていたのを思い出す。あんなに速く移動出来る仕組みがようやくわかった。しかしそんなことを平気でやって見せるレイ、やはり持つものは違うと現実を突きつけられリタは嫉妬する。ちょうど今魔法が完成した。自分の目的を忘れてはいけない。両親の仇を討つためこの試合に勝たなければならないのだ。
「私と同じことが出来る人がいるの? その人と戦ってみたい」
「申請すれば戦ってくれるんじゃない? あいつ結構好戦的だから。まぁ、とりあえずこの試合は勝たせてもらうね! 〈アブソリュートゼロ〉!」
「――ッ⁉」
リタは〈ファイヤージェイル〉を解き新たな魔法を使う。リタの合図とともにステージ全体を覆う結界が現れた。リタが使った魔法――〈アブソリュートゼロ〉は条件指定の絶対禁止。特定のものを結界内で使えないようにする魔法だ。今回リタが指定したのは身体強化の魔法と一定以上の威力を持つ魔法の禁止。結界の中にいるリタにも効果がある欠陥品だが、これはクリスティーナにも作用する。後は圧倒的魔法技能のある《藍炎》の独壇場だ。リタは勝利を確信し攻撃を仕掛けようとした――が、そこである事に気づく。
クリスティーナの姿がどこにもなかったのだ。結界の効果は作用しているはずなので、さっきまでの肉眼で捉えきれないほどのスピードはないはずだ。それなのに、クリスティーナの姿は確認できない。リタは視覚を閉ざしクリスティーナから微かに漏れ出る魔力を探す。するとクリスティーナの反応はあった。――しかしそれはリタの頭上、地上数百メートルの位置からだった。
クリスティーナは地上数百メートルの位置にから自由落下を始めていた。重力に身を任せながら言葉を発する。
「あなたの結界の効果範囲は、横はステージ全体でも高さは約五十メートルくらいしかない。だから私は切り札を使った。私の切り札〈ディバインゲート〉は空間の点と点を入れ変える効果を持つ。これで分かった?」
クリスティーナの言ったことをリタはすぐ理解した。リタが結界を発動した瞬間、クリスティーナは〈ディバインゲート〉を使い自分と地上数百メートルの空間を入れ替え結界外に転移。結界内で制限がかかるなら結界の外に出てしまえばいい。そうすれば結界の影響を受けるのはリタだけとなる。
クリスティーナはそれを結界が発動する一瞬で暴き、実行に移したのだ。今回の試合は完全にクリスティーナの勝ちだと言っていいだろう。
「私の勝ち。私に切り札を使わせたことは誇っていい。〈ブロウブリーシング〉〈ディバインゲート〉」
「〈ライトニングシールド〉!」
クリスティーナが〈ブロウブリーシング〉で威力を上げ、リタを殺してしまわないよう刃に保護をしたナイフを投げると同時に〈ディバインゲート〉を使いリタの目の前に転移させる。
リタはナイフを止めようとナイフと自分の間に光の盾を形成するが、自分の結界のせいで思うような効果は得られない。ビキビキと壁にヒビが入る。本来であればこの程度のナイフなど簡単に処理できるのだが今の状況では無理だ。自分の最高の策だと思ったら、自分が不利になる。これを一言で表すならば『自爆』だろう。
(……私こんな所で終わりなんだ……。ごめんね、お母さん、お父さん……)
リタは敵討ちの第一歩である天性力の獲得も達成できないことに苛立ちと諦めを覚えた。こんな所で躓いているようでは仇討ちなどもってのほか。リタの心は無力さと無能さでいっぱいになる。
パリンッ! ついに最後の砦も破られた。クリスティーナのナイフが直撃したリタは膝から崩れ落ちた――
#
レイは試合が終わるなり、リタのもとへと向かった。カロンは心配しなくても大丈夫だと言っていた。確かにナイフが直撃しても血とかそういう類のものは確認できなかったが、心配なものは心配なのである。
レイはアヴァロンのアリーナではなく聖堂のほうに向かう。聖堂の扉を開け、長い廊下を渡り医務室のほうに向かう。すると、医務室のドアからちょうど女医が出てくるのが目に入った。
「あら、こんなところにどうしたの? もしかしてさっきの負傷者のお見舞い?」
「えっと、あ、はい。リタは大丈夫ですか?」
レイは少し緊張して問いかける。すると女医は苦笑を漏らしながら、
「あなたはあの子のお友達なのね。今の姿を見られたら彼女も困るだろうから今は入らないほうがいいわよ?」
「え……⁉ それって、まさか――」
試合終了後、リタに目立った外傷はなかったはずだが、何か大きな怪我をしたのだろうか。不安に駆られたレイは、急いで医務室に走り、思い切りドアを開ける――。
「リタ!」
扉の先には、予想もしていなかった光景が広がっていた。
ベットの上に座っていたリタの体には包帯がまかれていた。が、それは痛々しいわけでもナイフが直撃したであろう場所だけだった。しかしそこ意外がすごかった。治療のためかリタは制服をすべて脱ぎ、下着だけだったのだ。彼女の制服がベットの上に広げるように置いてある。
レイの姿を見たリタは、顔を赤らめとっさに身体を隠した。
「――ッ⁉」
レイの頭が真っ白になる。レイは反射的に目をそらすべきだったのだが、そこは悲しい男の性か、数秒間、たっぷり時間をおいてから、
「わ、悪い!」
と告げて勢いよく扉を閉める。額から汗を流していると女医が苦笑していた。
「着替え中だから、入らないほうがいいって言ったのに」
「そこを先に言えよ‼」
レイは顔を真っ赤にして叫び、医務室のリタから声がかかるのを待った。
#
「えっと……ほんとにごめん」
リタの着替えが終わり、レイの鼓動も落ち着いた数分後、レイは医務室に入るなり頭を下げる。
「ノックもなしに女の子のいる部屋に入るなんてサイテー」
リタは羞恥に少し頬を紅く染めつつレイに言い放つ。
「でも心配してくれたのはちょっと嬉しいかな、ありがと」
次はまた違った意味で頬を紅く染める。
「リタ、俺は決めた」
「何を? そしていきなりどうしたの?」
「リタが昨日言ってた「なぜ天性力を求めるか」、だ。俺は今答えが出た」
「……」
リタは何も言わず、だたレイの言葉を待つ。
「俺はお前のために天性力を持ち、使うことに決めた」
拍子抜けなことを言われてキョトンとするリタを、レイはまっすぐ見据えて言う。
「お前はナニカのために天性力を求めてた。でもお前は負けてそれすら追えなくなってしまった。だったら、俺が、レイ・ヴィーシュカルが、お前の求めるナニカのためにこのトーナメントに勝って天性力を使う。誓ってやる。絶対に、だ」
「そっか……。ありがとね、そんな風に思ってくれて。でもそんなに気にしなくてもいいんだよ?私が天性力を求めていたのはただのワガママなんだから」
「何言ってんだよ。リタ、お前は俺の友達だぜ? 友達に何かあったら助けるのが当然だろ? お前が拒否しようと俺は勝手にやるからな! 試合見とけよ! 絶対に勝つからな!」
試合の時間が近づいていたレイは自分の気持ちを伝えてから早々と去っていく。
一人になったリタはベットの上で複雑そうな顔をしていた。
リタの目的はあっさり終わりを告げてしまった。あれだけ気合を入れておいていざ本番となると結果は初戦敗退。これはとても残念なことで本人も相当悔しがっている。かといって自分の仇討ちをレイに任せるのも気が引けた。仇討ちをするなら自らの手でやりたい。リタはそう思ったからこそ、両親が殺されたことや、レイが言っていた「ナニカ」の内容も言わなかった。
自分の第一の目的である天性力の獲得は終わった。それを他人に引き継がせるつもりもない。しかし仇討ちと最終目的である、魔の信者の全滅は何としてでもやり遂げたい。
そんな思いが彼女の中を循環していく。
自分のために戦うと言ってくれたレイの言葉に本格的にどうしようかと悩んでいる中、コンコン、と医務室のドアをたたく音が聞こえた。
「どうぞ」
女医さんが様子でも見に来たのだろう、ともって入室を許可したのだ。が、
「あなたは……」
リタは目を見開く。扉を開けて入ってきたのは女医ではなく、さらさらとした長い銀色の髪、右目がすっぽり隠れるほど長い前髪に透き通るような綺麗な碧眼の左目だけがのぞいている――さっきリタが戦った相手、クリスティーナだった。
「どんな闇を抱えているの?」
クリスティーナはリタの過去、目的、すべてがわかっているように、その左目でリタの目を見つめ、問うのだった。
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