第4話 炎と速度

世界樹ユグドラシル。アースガルドのど真ん中に鎮座する巨木だ。幹の直径が五キロほどある巨大な木で、国の名称に使われるほどその木は大事にされている。この巨大国家の象徴とされているその木の周りには、今でも王城や軍の本拠地、アースガルド最大級の聖堂などが置かれ、国の中心として崇められている。

 レイ達のような学院の五年次生は最終試験のトーナメントは毎回アースガルド最大の聖堂であるアヴァロンで行われるのだ。正確に言うとアヴァロンに付属したアリーナで行うのだが。

 レイはアヴァロンの前に立って呆けていた。別にあきれているわけではなく、アヴァロンの大きさ、いや、その後ろに鎮座している世界樹を見上げ、その規模の大きさに言葉も出てこないのだ。

 ここに来る際は見えなかったが王城くらいあるのでは?と思うほどその聖堂、アヴァロンは大きい建物だった。白をメインとした外装、屋根の形は民家とあまり変わらないが構造や大きさがまるで違う。その立派な佇まいはそこにあるだけで神聖さを醸し出し、人間の天への信仰心の現れだといえるだろう。

 しかしそんな感想も抱かせないのが後ろにある世界樹である。家からも見えるが近くで見ると神々しさが増して見える。あまりにも大きく視界の端まで幹で埋め尽くされる。                                

 昔神々が住んでいたといわれてもそれを鵜呑みにするほど神々しい輝きを放っている。          

 信者はこの木が国のすべてと考え、この木が終わる時に国も終わる、との考えのもとこの木を御神木として祭っているのである。

 レイは聖堂――ではなく聖堂の隣、コロッセオのような石造りのアリーナに入る。アリーナもとにかくでかい。中心のステージは学院のグラウンドくらいだろうか。(学院のグラウンドが大きすぎるだけで、決してステージが小さいわけじゃない)観客席もそれなりの広さで石を積み上げて作られたようだ。

 ステージの真ん中に人だかりができている。その中にレイは見知った姿がある事に気づいた。

「よぉリタ、そこで何してるんだ?」

「おはようレイ。トーナメント表が掲示されているから見てきたら?」

 リタはそう言って人だかりの中心にある掲示板をに張られているトーナメント表を指した。

「ちなみに私は第一試合。相手はあのクリスティーナだって」

「クリスティーナ? 誰だそれ、っと俺は……お、リタの次じゃん。お前とやれるかもな!」

 レイは聞き覚えのない名前をスルーして自分の対戦相手を確認する。どうやらレイの相手はアンソン・バーンズと言うらしい。こちらも聞いたことも無い名前だ。とりあえず自分の対戦相手をリタに伝えようとしたら、リタは未確認生物でも発見したような目でこちらを見ていた。

「え、うそ……レイ、ほんとにクリスティーナを知らないの? あの、クリスティーナだよ?」

「なんだよ、そんなに有名なのかそいつ?」

「流石にもの知らずにもほどがあるよっ⁉ 《神速必殺》の二つ名を持つクリスティーナは近接戦闘最強。得物はナイフ、視覚限界を超えたスピードで動くから補則は難しく、気づけば勝負は終わっている。そう言われるほどの有名人だよ⁉」

 リタは知ってるのが当たり前な口調でレイに説明した。実際クリスティーナのことを知らない者はおらず、レイが異常なのだ。

「お前ならそのクリスティーナってやつに勝てそうなのか?」

「うーん、ちょっと厳しいかな、スピード系の人には魔法が当たりずらいから」

「でも負ける気はないんだろ?」

 レイがにやりと笑って言う。

「当り前じゃん。見ててねレイ!」

 笑い返しリタはステージから去っていく。試合の準備をしに行ったのだ。

 レイもリタの勇姿を見るべく観客席に移動する。


 そしてついに第一試合、リタとクリスティーナはステージの上に立つ。話題のクリスティーナは右目が隠れるほど長い綺麗な銀髪の髪で透き通るような碧眼の左目だけが覗いている。とても同い年に思えないほど小柄で本当に強いのかを疑ってしまう。

 しかし実力は本物、リタは一層気を引き締めた。自らの目的のために絶対に勝たなければならないのだから。

「これより最終試験、決勝トーナメントを開始する。このトーナメントは大聖堂アヴァロンのもと、すべての手段を解禁する。トーナメント上位四位が天性力獲条件だ。天への信仰心を己の糧とし、勝利を収めて見せよ! それでは第一試合、リタ・コリンズ対クリスティーナ・ガルシアの試合を開始する。双方構え!」

 クリスティーナは左半身を後ろにずらし、腰を落として二本のナイフを構えている。リタは棒立ちだが見逃さんとクリスの姿をじっと見つめる。

「始め!」

 ついに教官の合図で試合が始まった。

 先にリタが動いた。開始の合図とともに魔法を使用する。

「〈ファイヤーアロー〉!」

 リタは炎の矢を十本作り出しクリスティーナに向けて飛ばす。こんな数の魔法をまともに食らったら命にかかわるがリタはお構いなしだ。このトーナメントのルールに致死性のある魔法の使用禁止がないことと、少ない数じゃクリスティーナに当たらないと思ったからだ。

 リタの予想通り、クリスティーナは楽々と飛んでくる矢を避ける。一つ誤算があるとすれば一発も当たらなかったことか。

「〈超加速〉」

 クリスティーナがそう呟くだけでリタは彼女の姿を見失った。これがクリスティーナの二つ名の証明だとリタは実感する。さっきのリタの魔法を避けるのは肉眼で捉えられたがもうクリスティーナの姿は見えない。見えて残像ぐらいだろうか。これではいつどこから攻撃が来るのかわからない。

 しかしリタはしっかり対策を用意していた。

「〈ファイヤージェイル〉」

 リタが使用したのは炎の檻で対象を捕らえる魔法だ。リタはこれの対象を自分にして使用した。鳥かごのような網状になった炎がリタを囲むように現れる。

 点での攻撃がダメなら面で攻める。この作戦は効果があり、クリスティーナが攻撃できない状態を作り出すことが出来た。

「よーしこっからぁ! 〈フレイムピラー〉!」

 リタはかすかに見えるクリスティーナの残像から位置を予測し魔法を撃つ。クリスティーナの移動進路に火柱が沸き上がる。しかし火柱が現れるころにはクリスティーナの姿はない。魔法が発動するより速くクリスティーナが移動しているのだ。

 火柱が次々と沸き上がる。しかしそれがクリスティーナに当たることはなかった。回避行動を組み込んでまた〈フレイムピラー〉を使うと今度は減速して火柱をやり過ごす。 

 クリスティーナはただ速く動くだけでなく動体視力や状況判断、相手との読み合いなど戦略的頭脳も優れているのだ。

 リタはこの状況に少し焦りを感じる。今は〈ファイヤージェイル〉の中から攻撃しているが一瞬の大火力のある魔法を使うより、一定の威力を持つ魔法を維持することのほうがより困難で、魔力をより多く消費するのだ。リタの魔力が尽きることなどほとんどないが長期戦ともなるとそれも危うい。

 それにクリスティーナに攻撃は一度も当たっていない。クリスティーナに命中させることのできる魔法を使うには〈ファイヤージェイル〉を解除し、攻撃に専念する必要がある。かといって〈ファイヤージェイル〉を解けばどこから来るかわからない攻撃によって確実に負ける。

 リタは軽く詰んでる状況を打開するべく頭をフル回転させ始めた。



 #

 観客席でレイはただひたすらに感心していた。

「ほー、あのクリスティーナってやつもすごいけどリタもさすがだな。相手を全く寄せ付けてない」

「お前の目は節穴か、試合をよく見ろ。リタがいろんな種類の魔法を使ているのに対してクリスティーナは加速魔法しか使ってないんだ。クリスティーナがリタの攻撃を避け続けるだけでこの試合は終わるんだぞ?」

 レイと一緒に試合観戦をしているカロンは正しく戦況を分析している。カロンの言う通り、この試合はクリスティーナが攻撃を避けるだけで終わる。しかしレイはそれが納得いかないようだ。

「今はそう見えても最後はリタが勝つもんね!」

「いいえ、この試合クリスが勝ちますわ」

「ん? 誰だお前」

「あら、申し遅れましたわね。わたくしセレジア・プロア・サンティスと申しますわ。以後お見知りおきを」

 レイ達の会話に後ろから乗り込んで来た少女――セレジアは腰位までありそうな少しカーブのかかったつやのある長い金髪を伸ばし、透き通るように綺麗な碧眼をしていた。                

 改造制服なのかスカートやローブの袖口にレースがついている。佇まい(座っているけど)や言葉遣いなどからどこかの貴族のお嬢様を連想させる。実際サンティス家は名家で本物のお嬢様だったりするのだが。

「それで、何を根拠にクリスティーナが勝つと思った?」

「クリスは身体強化や加速系の魔法を得意としていますわ」

 カロンの質問にセレジアはさも当然かのように答える。

「リタさんのような魔法メインの方とは相性バッチリですわ。何せ魔法は点での攻撃が主流ですもの。あの自分を魔法で囲むのは一つの策としていい考えだとは思いますけれど、攻撃が当たらないのであれば無駄に魔力を消費するだけですわ。いくら魔法技能トップのリタさんと言えど、クリス相手では勝ち目がないでしょうね」

 その考察はもっともだとカロンだけでなくレイも思う。しかし友達であるリタが負けるなんて目の前で言われたら反抗したくなるものである。

「本当にそうかな?」

「……どういう意味ですの?」

 セレジアが訝し気に問い返す。ここからはレイの反撃の時間だ。

「お前はクリスティーナがリタの攻撃を避けるだけで勝てると言ったな」

「ええ、それが今の状況で、クリスの不変の勝利条件ですわ」

 セレジアが当然のように言うと、レイは嘲笑うような笑みを浮かべた。彼は雰囲気から入るタイプのようだ。

「今リタが使っているのはみんな使える初級魔法だ。それこそ少し改造して威力や規模を上げているようだが魔力消費はほとんど同じ。そしてリタは《藍炎》の二つ名を持つんだ。歩く魔力倉庫とまで言われているくらい魔力を持っているんだから、そうそう魔力切れになんかならないんだよ」

 ――リタの二つ藍炎だが、別にリタが使う炎が青いわけではなく、彼女の髪の色が藍色だからつけられたのだ。

 金髪お嬢様セレジアは少し顔をしかめたが、まだ反撃の手口はあるようで余裕の態度を崩さない。

「貴方の言うことは確かに事実ですわ。しかしそれがこの状況を覆すことは不可能ではなくて?いかに魔力があろうと相手に当たらないのであれば意味がありませんわよ」

「ぐ……、そ、それはだな……。何とかするんだよ! リタが何か打開策を見つけるんだ!」

 レイはついに言い負けてしまった。観客席での戦いはクリスティーナ陣営のセレジアの勝利となった。

「ふふっ。なかなか面白いお話が出来ましたわ。そういえば貴方たちのお名前を聞いていませんでしたわね、お聞きしても?」

「……レイ」

「カロンだ」

「レイさんにカロンさん。わたくしもトーナメント参加者なのでその時はよろしくお願い致しますわね」

 セレジアは勝ち誇った様子で腰を上げ、自身のクラスメイトに所に去って行った。

 セレジアの姿が遠くなってカロンが溜息を吐く。

「アホか。誰ともわからぬヤツにそうやすやすと情報を与えてどうする?」

「あ」

 レイは己の行動がどのような結果をもたらすか気づいていなかったようだ。

「うう……俺は知らぬ間にそんなことを……」

 レイは結構本気で落ち込んでいる。セレジアに手玉に取られたことがショックだったようだ。

 そんなレイを横目で見ているカロンは、再び溜息を吐き試合に意識を向ける。

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