第3話 少女が抱えたりし過去
ピィ――――――――――!
予選終了の笛が鳴った。この笛で予選が終了した事になる。
生徒は悔しがったり、互いを称えたりと、色々な表情をしながらも整列した。トーナメント進出者の八人は生徒たちかより少し前に整列している。
教官が結果発表を開始した。
「以上で予選を終了する、今前にいる生徒、一組、カロン・アロイザー、リタ・コリンズ、レイ・ヴィーシュカル。二組、クリスティーナ・ガルシア。三組、アンソン・バーンズ、ヴィンセント・ケリー。四組、セレジア・プロア・サンティス、テレサ・クルス。以上が今回の試験のトーナメント出場者だ。トーナメントは明日、会場は世界樹の麓、大聖堂アヴァロンで行う。トーナメント表は当日公開だ。遅刻することの無いように。それでは今日は解散!」
教官はそれ言うなり校舎に戻っていった。トーナメント表でも作りに行ったのだろう。
「お疲れ様、トーナメント進出おめでとう!」
「最後の八人目だったけどな、お前も頑張れよ!」
レイとリタが互いを賞賛していると隣からカロンが声をかけてきた。
「ライバルともあろうものが八人目とは情けない。俺に泥を塗るつもりか?」
「また人に逃げられたんだって、お前に泥を塗るなんてありえないだろ」
「フン、この調子でトーナメント初戦敗退しないといいがな」
カロンはきつい口調で言うがなんだかんだレイのことを心配しているのだ。レイもそれを少しは理解しているので彼の気持ちをありがたく受け取る。
「俺と当たるまで負けるなよ?」
「当然だ、お前こそ負けるなよ? まあ戦って勝つのは俺だが」
「言うじゃねーか、お前を倒して俺が優勝してやるよ!」
「ちょっと、私を抜いて男二人だけで盛り上がらないでよー」
リタが二人の会話に入る。
「あなた達なんか私がボコボコに負かしてあげる!」
「フッ、リタなど相手にならんがレイ、お前とやれるのを楽しみにしてるぞ」
カロンはそう言って二人に背中を向け帰って行った。
「ああ! 首洗って待ってろよ!」
「カロン! あなたマジで許さないからね‼」
カロンの姿が見えなくなり、リタがさっきとは一変した少し冷めた声で言った。
「ねぇレイ」
「なんだ?」
「レイは何で天性力を求めるの? 天性力を獲得したら何のためにその力を使うの?目的は? 理由は?」
「……」
レイはこの問に答えられなかった。そんなこと考えたことも無い。
天性力はみんなの憧れ。
力は崇高な神や天使の力。
天性力は敵を撃ち滅ぼすための力。
天性力は……………
信仰対象の力が使える、それだけで信者は縋り、追い求める。ただそれだけなのだ。
だからリタの言っていることの意味が分からない。
何を言いたいのかわからない。
目的? 理由? そんなものが必要なのかもわからない。
分からない分からない分からない分からない――――――――。
「ごめんね、いきなり変なこと言って、忘れて。明日のトーナメント頑張ろうね! 私、負けないから!」
混乱しているレイを見てリタは自分のセリフを撤廃して急ぐように帰って行った。
「……なぜ力を求めるのか……か、俺にはあいつの言っていることがわからない」
リタの言葉にレイは茫然と立ち尽くすのであった。
#
「はぁ、レイもあっち側だったか…」
学院からの帰り道、リタは一人で溜息を吐いていた。さっきの問いはある希望を載せての問いかけだったのだがそれは空振りに終わった。
リタは少しの絶望と共に苛立ちを覚えた。それはレイに対して、学院に対して、アースガルドに対して、ユグドラシルに対して、ましてや天そのものに対して。
リタは思い出す、自分が天を信仰しなくなった、あの最悪の日を――。
#
少女の家はごく普通の家族だった。優しい母に元軍人の頼りになる父。
お金に困っているわけでも無く学院にも入学させてくれた。
「たくさん勉強して天性力を使えるようになったら立派な軍人さんになってお母さんとお父さんを養ってあげる!」
これは少女が学院に入学した日―十二歳の時に言った言葉だ。
「リタは賢い子だから大丈夫よ」
「お前は俺の子だぞ? 軍人なんかすぐになれるさ!」
少女の言葉に二人そろって応援の言葉を贈った。
少女はそれがすごく嬉しかった。おかげで毎日が楽しく、座学も魔法もすごく頑張れた。今では学年トップの魔法技能がある。しかしある日、充実した日々は終わりを告げた。
それは学院に入学してから一年半くらいの時だった。
その日は魔法実技の試験の日だった。親からの激励をもらい万全の状態で試験に臨む。結果は最優秀。
つまり学年トップとなったのだ。あの入学当時からずば抜けていた才能の塊としか思えないレイと、それと対等に相手していたカロンにさえ勝ったのだ。
あの日の二人の悔しがる顔は忘れられない。少女が《藍炎》の二つ名で呼ばれつようになったのはこの日だった。クラスメイトだけでなく教官も褒めてくれた。この試験がきっかけで友達になった人もたくさんいる。両親も褒めてくれるだろうか?
「よく頑張ったね」
「これは将来有望だなぁ」
と言って頭をなでてくれるだろうか。抱きしめてくれるだろうか。
少女は胸が高揚感に包まれながら家に帰った。
「ただいま! 聞いて! 今日魔法試験でね……ぇ?」
少女がリビングに入るとそこにあったのは血の海。
いつも見ているレイの髪なんかよりももっと赤い、どす黒いまでに赤い、赤銅色だった。
その血の海に沈んでいたのは、少女の父だった。うつ伏せで赤い液体に深々と体を沈めている。
「お父さん!」
少女は父のもとに駆け寄り脈を取るが、父親から鼓動は感じられなかった。父は冷たかった。生きている人が持つ体温ではない。出血量も見て死んでから時間がたっているのだろう。
少女はふと父親が向いているほうを向いた。いや、向いてしまった。
「ひぃっ――!」
思わず声が出るほどその光景は悲惨で、残酷なものだった。
壁に寄り掛かるように崩れ落ちていたそれは母だった。皮膚が剥け、肉が見え、お腹には血塗られ た壁が見える大きな穴が。切断された首は、逆さにしてねじ込まれていた。
少女は耐えられなくなりその場で胃袋の中をひっくり返した。こんなものは十三の少女が見るべきものではない。
何もかもが赤に染まる部屋。二人のそばには文字と判別できる血痕があった。
母の近くには『おかえりなさい』。
父の近くには『強く生きろよ』。
血が滲んでいたり形が崩れていたが恐らくこう書いてあったのだろう。
多分最後の力を振り絞って残したのだ。自分よりの少女ことを考えていた証拠だ。そして天井には「悪魔参上!」と刃物で傷つけられた跡があった。
この時少女は今の状況を理解した。自分の両親は悪魔に殺されたのだと。
そう考えるとなぜか少し冷静になれた。このころからかもしれない、人に何の躊躇いもなく魔法を撃つようになったのは。
自分の中でナニカが壊れる音がした。
それは人としての心、自分の基準、天への信仰、あるいはそれらすべてか。
だけどそれが何だったのかは今でもわからない。
とりあえず少女は警備兵を呼んだ。犯人を捜してくれるかもしれないし一緒に悲しんでくれるかもしれない。協力もしてもらってお葬式をやろう。少女はそう自分に言い聞かせ警備兵が来るのを待った。
#
少女はあの後、街から離れた山、そこの崖に行った。両親を埋葬するためだ。あの後来た警備兵はダメだった。事情を説明して、犯人捜しと葬式を頼んでも、
「あなたの親御さんのことはとても残念に思います。しかしそれは天への信仰が足りなかったからです。天への祈りがあれば殺されることはなかったでしょう」
そう言ってこの件を闇に葬り去ったのだ。意味が分からない、何が天への信仰が足りないだ。
少女の両親は毎日お祈りをしていたし、週に一回必ず聖堂に足を運んでいた。
少女は知った。天など信仰しても何の役にも立たないと、天性力などただの力だと、そこに何の奇跡もないと。
少女は両親の形見を埋葬して、石を積み上げた。
(天国に行けますように、私は精一杯このくそったれな世界で生きていきます)
残された財産はすべて少女の物になった。家とお金があるのが唯一の救いだろう。
だが家に帰っても誰もいない。かつても温もりもない。あるのは静粛と憎悪だけ。私は天を信じない。両親を見殺しにした天なんか信仰に値しない。
でも少女は学院を去ることはできなかった。全ての元凶は魔だからだ。敵である魔の信者を絶滅させる。そのためならどんな手段でも使ってやる。
神や天使といった天上の力と言われている天性力を使ってでも――。
#
そして今、リタは天性力獲得まで一歩近づいたのだ。天性力獲得条件は「実力を示す」事だ。
トーナメントで上位を取れば確実だろう。リタは更なる決意を示す。
「見ていますか、お母さんお父さん、私はここまで来ました。仇討ちなんて望んでないかもしれないけど私はやります。私が敵を討つ、そう決めたから。だから見ていてください、私の雄姿を、お母さんとお父さんのために戦う私の姿を見ていてください。これが私にできる唯一の親孝行です」
トーナメント出場者は猛者ばかり、決して楽な戦いにはならないだろう。
それでもリタは勝たなくてはならない。己の目的を果たすためにも。
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