第2話 最終試験

ユグドラシルの各国に魔法の学習をし、天性力使用者を生産する目的で一つずつ学院が設置されている。その中でも、アースガルドにあるカテドラル学院は巨大国家の中でも最高級の学院となっている。

 ただ始祖、とだけ言われているユグドラシル統括者の提唱によってアースガルドから巨額の国費が投じられ設立されたカテドラル学院は、常に最新の技術を取り入れ、毎年優秀な卒業生を世に送り出しているのだ。更に指導する教官も現役軍人が担っているため、とても授業の質が高い。ユグドラシルに住む少年少女にはとても憧れの学院となっているのだ。

 この学院には自分が軍人になり天の復活の為に戦う、と思い入学する者ばかりなので毎日研鑚を欠かさない。天性力を得ることを至高としている者にとって最終試験は学院内で唯一天性力を獲得するチャンスなのだ。

 なので、最終試験の日に遅刻する者なんてありえないのである。

「はぁ……はぁ……何とか、間に合った……」

 カテドラル学院の一角、五年次生一組の教室の扉の前でレイは完全にへばっていた。魔法で脚力を強化しても走るのは自分の足なのだ。それにあそこまで魔法を酷使したのは初めてなので疲労感がどっと押しかけてくる。

 それに対して――人に向かってあいさつ代わりに魔法を打つ頭のネジが何本か抜けた人――リタは、

「ふぃー間に合った、いい足だったよ、レイ!」

 ピンピンしていた。自分だけが疲れている状況に、イラっとするレイだが皮肉の一つも言う体力が残ってないので、

「そーかよ、お役に立てて何よりだ」

 とだけ言って自分の席に座るなり机に突っ伏した。

「……」

 レイの疲れ切った様子にリタもさすがに申し訳なく思い、レイを煽るのをやめ席に着く。

 リタが席に着くとほぼ同時に教室の扉が開き、教官が入ってきた。この時点で教室内にいない者が遅刻扱いになるので、二人は本当にギリギリで登校したことになる。

「おはよう諸君。今日は皆知っての通り最終試験だ。この試験が終わればお前らも卒業だ、全力を尽くすといい。三十分後までにグラウンドに集合するように」

 教官は入って来るやそれだけ言って教室を出て行った。教官の前では静かに話を聞いていた生徒たちだが、教官が教室から出ていくとクラス全体に声が響き渡った。

「うおおおぉぉおおおお‼」

「待ってたわよ、この時を‼」

「天性力は俺のモノだ‼」

 天性力を求めて入学した者はチャンスが舞い降りてきたことに当然喜ぶ。レイも同類であり、さっきまでの様子と段違いで叫んでいる。

「お前ら全員俺の敵じゃねーからな! 天性力は俺がもらってくぜ‼」

 教室内が大いに盛り上がっている中、バンッ! と机をたたく音が鳴り響いた。

「うるさいんだよ、お前ら。どいつもこいつも天性力天性力と、確かに天性力は崇高なものだがそれを俺のモノだ私のモノと言って。天性力を得るには実力がすべて、ここで言い争いなどしてないで少しは緊張感を持ったらどうだ?」

「わ、悪かったって、だからさカロン、教室を凍らすのやめてくれない?」

「……」

 レイ達を叱るも、感情の高ぶりで自分の魔力を制御できず教室に冷気をばらまき、それをレイに指摘されちょっと恥ずかしくなった少年――カロンは無言で自分が放っていた冷気を消す。漆黒の髪に髪と同じ色の鋭い目つきをした、凛々しい雰囲気の少年は何事もなかったかのようにレイの方に歩み寄り、話しかける。

「お前はなぜ今日遅刻ギリギリなんだ? 今日が最終試験だということは分かっているはずだろう?」

 レイの額に脂汗が浮き上がる。

(言えない。朝起きたら鳥がいて、魔法を打ったら隣の家ごと貫いて説教されてたなんて絶対に言えない)

 レイは必死に言い訳を探す。これはかなりまずい状況なのだ。何故ならレイとカロンは入学最初の実力診断テスト以来、今までの五年間ずっとライバルとして過ごしてきたのだ。そんな学院生活もこの試験で最後、まだ両者とも勝ち越しも負け越しもない状態なのでこの試験はかなりの意味を持つのだ。それをレイも承知していて、昨日宣戦布告を済ませたばかりなのに遅刻ギリギリで登校してしまったのだ。これはカロンがキレ気味なのも納得だろう。

 何とか言い逃れしようとレイは言葉を紡ぐ。

「いや~それがさぁ、登校中にリタに魔法撃ってきて大変だったんだよ。俺が防ぐとリタが怒ってさらに魔法撃ってくるしさ~、お前なら俺の気持ち分かってくれるだろ?」

「は、はぁ⁉ ちょっと私を巻き込まないでよ! と言うか私追撃してないし! レイはもともと遅刻ギリギリで全力疾走してたじゃん!」

「仕方ねーだろ、朝起きたら鳥がいたんだから! 鳥に魔法撃ったら隣の家まで貫いちゃって説教されてたんだよ!」

「うわ~、鳥に魔法とか無いわ~。しかもその鳥殺したってことでしょ? もしかしなくてもレイってバカなの?」

「朝から人に魔法使うやつにバカとか言われたくないわっ!」

 カロンそっちのけでレイとリタが喧嘩しだした。

 このやり取りを聞いたカロンはついに限界を迎えた。

「おい、さっきから何の話をしている?」

 パキィィ! カロンから溢れ出る冷気が教室を凍らす。しかもそれだけでは飽き足らずレイとリタを下半身まで氷漬けにしてしまった。

 ちなみに他のクラスメイトはすでに教室にいない。カロンが一度冷気を発した時から逃げ出すように教室を出て行っていたのだ。しかしそれは賢明な判断だったといえる。まだ教室に残っていればレイ達と一緒に氷漬けにされていたであろう。

 二人は氷漬けにされてやっと自分たちが何を言ってたのかに気づく。――二人、と言っても主にレイだが。

「え、えっとその、違くて…、いや違わないけど、と、とにかく! スミマセンデシターーーー‼」

 土下座しようとしたが下半身が凍って動かないため腰を九十度曲げて心からのゴメンナサイ。その潔い謝罪にカロンも毒気を抜かれ、溜息をこぼす。

「まあいい、結果遅刻せずに来れたのだからな。今回はリタが登校の邪魔をしたということにしておこう。お前と戦えるのを楽しみにしてるぞ、レイ」

「ああ、俺もだ!」

 カロンが氷を消す。レイの謝罪をカロンが受け入れこれで和解――したと思ったのだが、一人納得してないものがいた。そう、リタだ。レイの遅刻ギリギリの理由を自分が悪い、と言い切られレイもそれを指摘しない。それどころか二人仲良くグラウンドに行こうとしている。これにリタは異議を申し立てる他あるまい。

「〈フレイムショット〉!」

 普通にさっきのは嘘だ、訂正しやがれ――と言えばいいものの、リタは何をとち狂ったのかカロンに魔法を撃った。

 炎の玉がカロンに飛んでいく、しかも五つ同時に。

「〈アイスウォール〉」

 カロンは氷の壁を作ることで炎の玉をしのぐ。

「何の真似だ?」

「うるさい! 私だけ悪いみたいに言いやがって! お前の頭はお花畑か‼」

「……。レイ、こいつを何とかしろ」

 わめくリタをカロンはレイに押し付け教室を出て行ってしまった。

「はぁ⁉ おいカロン俺一人でリタを宥めろって言うのか⁉ さすがに限度ってものが――」

「おい逃げんなカロンー!私に一発殴られろー!」

 レイの言葉を遮り、カロンにとびかかろうとするリタを急いで羽交い絞めにして抑える。

「あーくそ! さっさと正気に戻ってくれリタ! じゃないとマジで試験開始に遅れちまうぞ⁉」

「私を放せレイ!」

「今放したら人殺しそうだからやだ!」

「じゃあ力ずくで! 〈フレイムショット〉」

「だから人に向かって魔法を撃つなって言ってんだろ! 〈ヴォイドリージン〉!」

 またもや人に魔法を撃つリタ。レイは防ぐが本当にこのままではリタが人殺しになってしまいそうだ。

レイがリタを宥め、炎を鎮火させるにはもう少し時間がかかることになるだろう。



    #

 面積一万平方キロメートルもある巨大なグラウンドに五年次生総数百二十六人は整列している。

 レイは何とかリタの機嫌を直し、またもや遅刻ギリギリで列に入る。

 今度は教官もすでにグラウンドにいたためレイとリタが慌ててグラウンドに出てく様をがっつり見られた。教官と生徒から向けられる視線が痛い。

(うわー、私何やらかしちゃったんだろう。レイにも迷惑かけちゃったし今日調子悪いな……っと、ダメダメ! 弱気になっちゃ! 私はこの試験のために今まで頑張ってきたんだから!)

 さっきまでの行動にやっと自分がおかしかったと理解したリタは赤面だった。今日の一連の行動の原因をリタは理解してるため、気持ちを切り替えることが出来た。

 それに対し、レイは朝からいろいろとありすぎて試験が始まる前だというのにもうくたくただった。無論、そんな姿を見せれば、教室での言葉をクラスメイトに非難されるのは目に見えているので表には出さないが。

 そしてピッタリ三十分後、教官が試験開始を宣言した。

「これより一組、二組、三組、四組による最終試験予選を行う。ルールはバトルロイヤル形式のポイント戦、誰と試合をしてもいいが必ず一対一で行うように。皆には最初に二ポイント配布する、試合に勝った者は負けた者から一ポイント奪うことが出来る。勝敗は対戦相手の降参か戦闘続行不能で決まる。致死性のある魔法や、必要以上に相手を傷つける魔法の使用を禁止する。この二つに反しない限りすべての手段の使用を許可する。なお、試合に負け〇ポイントになった時点でその生徒は決勝トーナメントに進む権利は無くなるのでポイント管理に十分注意するように。決勝トーナメント進出者は十ポイント集めた者、先着八名とする。それではカテドラル学院第六十七期生最終試験を開始する!」

 教官の宣言でついに最終試験が始まった。試験開始と共に生徒たちは星型のバッチを二つ渡された。おそらくこれがポイントを表すものだろう。すでにグラウンドのいたるところで魔法が飛び交っている。

「よし、まずは決勝トーナメント進出しないとな。それじゃ誰かやろーぜ! ……って、誰もいねぇじゃねーか!」

 レイはポイントの為にとりあえず試合を申し込もうとしたが、レイの周りには人っこ一人としていなかった。たまにあるのだ、何か大切なことがある時に限って人が周りにいないことが。レイはあまりにも人望が無いのだ。学院生活五年間の中で出来た友達はリタとカロンだけ、これだけでもうかなり絶望的だろう。しかしそれもちゃんと理由があり、レイは入学当時からとてもずば抜けた才能を持っていたため、特段努力しなくてもそれなりに出来てしまうのだ。それは称えるべきことなのだが、魔法が使えようと所詮思春期の少年少女、レイの才能に嫉妬し距離を取るようになっていたのだ。

その結果が今の状況である。

(はぁ、またか…)

 レイは落ち込み、溜息を吐く。しかし今は試験中、人がいなかろうと試合をして勝たなければ決勝トーナメントには進めない。どうしたものかと考えていると声をかけてくるものがいた。

「おい、そこのお前、俺と勝負しな! さっき負けちまってもうポイント失えねーんだ。弱そうだからお前でポイント補充させてもらうぜ!」

「は?」

「だーかーらー、弱いお前でポイント補充しようって言ってんの。この最強戦士ゲイルに惨めに倒されるくそ雑魚ちゃん、名前だけ聞いといてやるぜ? ま、すぐ忘れるがな!」

 レイを煽った少年――ゲイルはローブを腰に巻きをシャツを肩のところで切っている。さらに頭は……

ピカーン! シャキーン! ――そんな擬音語が似合いそうなモヒカンだった。

 見た目と言い口調といい、完全にチンピラである。

「お前何言ってんだ? 俺が弱い? アホか。母ちゃんの腹の中からやり直してこい」

「ハッ! 俺を怒らせたらどうなるか思い知らせてやる! 〈ライトニングショット〉!」

ゲイルの言葉にレイはキレ気味だが、ここでポイントがもらえるのは好機なので真剣に戦う。

「〈スパイラル〉」

「んなぁ⁉」

「何だよ、ちゃんと授業受けてれば一度は見たことあるだろ? ……ほんとに知らないのか? まあいいや、お前はここで脱落だ。〈リフレクション〉!」

ゲイルが飛ばした雷を、軌道を無理やり変え自分の腕に巻き付くように収束させ相手の雷を自分のモノにするレイ。それにゲイルは驚き、〈リフレクション〉――軌道逆走の魔法で雷が自分に返ってくるのに対処できず直撃してしまった。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 全身に電気が流れ意識を失ったゲイルは断末魔を最後に崩れ落ちた。彼の制服は焦げ、プスプスと煙を上げている。

 これでこの試合はレイの勝ちとなり負けたゲイルのポイントがレイに移る。

 横たわっているゲイルの星を回収してそれを自分の胸に付けてから一呼吸。

「ふー、まずは一勝だな。そういやカロンとリタは今何ポイントだろ……」

 レイはグラウンドを見渡し戦況を把握する。グラウンド全体に飛び交う魔法、広い面積を持つとはいえ百人超が魔法を使うのだから、魔法と関わりのない者から見れば地獄絵図に見えるだろう。そのくらい今のグラウンドは混戦状態にある。

 グラウンドの端のほうから轟音と共に火柱が沸き上がった。おそらくリタだ。彼女は相当やる気に満ち溢れているようだ。そうでなければあんな高くまで火柱が立つことはないだろう。

 また校舎側ではカロンが教官と何か話をしている。バッチを十個渡すのが見えたので十ポイント獲得したのだろう。

 カロンがバッチを渡してすぐ、教官の声がグラウンド全体に響き渡る。

「今、カロン・アロイザーが最初のトーナメント進出者となった。残り七名だ」

 生徒たちのやる気(殺る気)が一気に跳ね上がる。トーナメント枠が一つ無くなったことに焦りを感じているのだ。

 さっき火柱が上がっていたところから次は爆発が起こった。火柱といい爆発といい、あれは死人が出てもおかしくないんじゃないだろうか? あそこで何が起きているかとても気になるレイだが自分はまだ三ポイント。ほかのことを気にしている暇はない。

 レイは逃げられる可能性を考慮して逃げ道などないポイントの少ない者から狙っていく。この作戦は的中し、レイと戦わなくてはならない状況を作ることが出来た。そして順調にポイントを稼ぎ――ついに、最後の八人目として十ポイント獲得しトーナメント進出を果たしたのだ。

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