天魔再来

白上 なる

第1話 天の国で

巨大国家ユグドラシル、国のど真ん中に世界樹と呼ばれる巨大な木が生えた、計九つの国から成る超大陸。

 そこの頂点に君臨するアースガルドという国がある。アースガルド唯一の魔法教育学校、カテドラル学院が設置されたその国は立ち並ぶ建物が鋭角の屋根なのが特徴的で、中世のヨーロッパのような街並みをしている。

 やはり最大国とだけあって人口も多く、朝から賑わっている。そんな国の一角に、レイ・ヴィーシュカルと言う一人の少年がいた。赤い髪を左側だけ逆立たせ、前髪の一部に黒のメッシュが入り、黄金の瞳をした、十七歳の少年である。

 ワイシャツにネクタイをつけ、スラックスのボトムズで上から袖付きのローブを羽織り、天を信仰する証として首から十字架を下げた彼は、街の人々から猛烈に注目を浴びていた。その理由は簡単。朝っぱらから街を全力疾走している人間がレイだけだからだ。

 身長はやや高く、顔も中の上位と中々のイケメンなのだが、今は汗をかきまくり顔には苦痛が映し出されていた。レイはついに耐えられない、といった様子で叫ぶ。

「やばいやばい遅刻だ‼あーもう、何で今日に限って窓枠に鳥がいるんだよ!」

 遅刻する者お決まりのセリフを叫ぶ。――パンは咥えていないが。

 レイは鳥が嫌いなのだ。幼い時、お昼のサンドイッチをかすめ取られて以来、レイはずっと鳥のことを敵視していた。何ともくだらない理由だが、本人はずっと根に持ち、今も鳥のことを敵だと認識している。

 そんな状態で朝、起きたら窓枠に鳥がいたのだ。普通に追い払えばいいだけなのにレイはその限りではない。なんとレイは鳥に対して魔法を使ったのだ。熱を一点に凝縮して撃ち出し、鳥の命に終焉を与える。

 条件反射でそんなことをするのだからレイの鳥に対する敵意はかなり強い。しかしここである事に気づく。

 さっき使った魔法は飛距離が十メートルくらいあったのではないか、と。窓→鳥→そのあとは…。レイは青ざめ、窓枠から顔を出す。

 するとそこには直径五センチくらいの穴が屋根にあり、その穴からはもう一つ奥の屋根が見えていた。空いた穴の周りは焦げ、レイの行為を強調するように、高く煙を立てている。レイは鳥だけでなく人の家の屋根にも終焉を与えていたのだ。さらに空いた穴をまじまじと見ているその家の主と目が合った。

(ああ…終わった…)

 レイは諦め、お説教されに行くのであった。

 そのお説教が長引き、今の状況である。今日は学院で行われる最終試験当日、神や天使の天上の力と言われている天性力を獲得する最初のチャンスなのだ。遅刻など洒落にならないので、レイは走る。朝から呼吸が荒れるほど走っているので周りの視線は冷たいが、レイは気にしない。気にしない、というよりは気にしている暇などない、のほうが適切だろう。なにせ遅刻したら最終試験に参加できず、今までの苦労が水の泡になるからだ。

 と、レイが結構マジな方で走っていると後ろからこっちに走ってくる足音が聞こえた。

 誰だろう?と、レイが首だけ後ろに向けるとそこにあったのは炎の矢だった。

「うぉ…!ゔ、〈ヴォイドリージン〉!」

 レイは一瞬ポカンとするが、すぐに現状を把握し、炎の矢を防ぐべく魔法―空気中に充満している魔力を利用し特殊な効果をもたらす技―を発動する。レイの魔法が発動すると炎の矢の進行方向に黒い球体が現れる。炎の矢が球体に触れた途端、炎の矢は跡形もなく消え去った。

 無事炎の矢を消せたことに安堵し、レイは炎の矢が飛んできた後方を見る。すると手を振りながらこっちに走ってくる一人の少女がいた、レイはその少女を見て、ため息を一つ、そして思いっきり叫んだ。

「おい!リタてめぇ殺す気か⁉街中でいきなり魔法使うとか頭おかしいんじゃねーの⁉」

「えー、いいじゃんレイはどうせ防ぐんだし」

 リタ――そう呼ばれた少女は藍色の長い髪を頭の後ろで一つにまとめ、青緑の瞳が特徴的な少女だ。ブラウスの上にネクタイを着け、その上からレイと同じ袖付きのローブを羽織り、下はプリーツスカートと膝上まである長い靴下を履いている。

「俺が防ぐ防がないの話じゃないだろ、こんな街中で人に向かって魔法を使うなって言ってんの」

「はいはい。チェ、ちょっとした挨拶だったのに」

(挨拶代わりに魔法とか意味わかんねぇ)

 レイは心の中でツッコミを入れる。リタの思考回路がわけわからないのでとりあえず話を変える事にした。

「そういえば何でリタはここにいるんだ?」

「ん?愚問だねレイ」

 リタはさも当然、といった様子で両手を腰に当て言う。

「今日の試験に緊張して全然眠れなかったからに決まってるじゃん!」

「……」

「……」

 沈黙がその場を支配した。リタは寝坊とかに全く無縁な人間だから何かあったのかと心配していたが、あまりにも拍子抜けな理由にレイは言葉を失ってしまった。

「……あ、あれ?」

 リタは予想した反応と全く違う反応をされたのに困惑した。

「そんなことお前が気にすることじゃないだろ。何をそんなに心配してんだ?」

「だって最終試験だよ?これで将来が決まるといっても過言ではないくらいに大切でしょ」

「それもそうだけどよ、お前は魔力量と魔法技能が学年トップなんだからその辺のやつらなんか相手じゃないだろ。リタなら天性力も狙えるんじゃないのか?」

「あのねぇ、天性力って神や天使が使う天上の力のことを言うんだよ?確かに天性力獲得条件に『学院の最終試験で実力を示せ』って言うのがあるけど、あるところでは信仰心も必要だって言うじゃん。私そこまで天って信仰してないんだよね」

 リタはあきれ顔で言う。

「じゃあ何でリタは学院にいるんだ?学院の入学条件は『天への信仰』だろ」

 レイの問いにリタは言いよどむ。しかし返事をしないわけにもいかないので、

「…色々あったの」

 リタは言葉を濁した。レイはいつもと違う、少し俯いたリタを見て「何かあったのか?」と聞こうとするが、それを口にする前にリタが先に口を開く。

「そういえば私たちこんな所で話してる暇なくない……?」

「……」

「……」

 再び沈黙が訪れる。二人の顔が青ざめてく中、レイが沈黙を破った。

「やっべぇ!このままじゃ完全に遅刻するぞ‼」

 レイはもうこれしかないとリタに手を差し伸べる。

「掴まれ!一気に学院まで行くぞ!」

 リタは一瞬固まるが、レイの言葉の意味を理解し、レイの手を取った。

「さぁレイ、私を学院まで送りなさい!」

「うるせえ!しっかり掴まってろ!〈イグニッションブースト〉‼」

 レイは身体強化の魔法を使い、脚力を増加させ疾走する。レイ達二人は軽自動車を軽く超すスピードで学院に向かうのであった。

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