第6話 顕現せし筋肉

トーナメント第二試合。

 大聖堂アヴァロン付属の巨大なアリーナ。そのステージの上に二人の男が立っている。片方は赤い髪に黒のメッシュが特徴的な少年―レイ・ヴィーシュカル。それに対しもう一方はと言うと……。

 百八十センチ以上ある高身長。彼の体は鍛えぬいた筋肉で埋め尽くされていた。どの角度から見てもマッスル。まごうことなき本物のマッスルボディだった。彼の首から上はもっとすごかった。褐色の肌に熱い意志の籠った赤い瞳、そして、日光を見事に反射している、毛の一本もないテッカテカな頭皮。この容姿で普通に生徒と同じ制服を着ているものだからすさまじい。彼にはもっとふさわしい服装があるのでは?いや、むしろ洋服などいらないか。とレイだけでなく、観客――学年生徒全員が思う。

 レイはそのあまりにも強い存在感に試合を間違えたのかと思い一応名前を確認する事に。確かトーナメント表にはアンソン・バーンズと書かれていたはず……。

「あのー、あなたの名前は?」

「あん? そんなの聞くまでもねーだろ。この筋肉! このワイルドな佇まい! この光り輝く頭皮! この俺様こそが、貴様の相手、アンソン・バーンズ様だ!」

 間違いじゃなかった。この筋肉の塊改めアンソンがレイの対戦相手のようだ。レイの決意が木端微塵になるかと思うほどの威圧感を放っている。

 レイは何とか心を落ち着かせ、アンソンに対抗して思いっきり強がる。

「へぇ、立派なもんだな。でもよ、筋肉だけじゃ俺には勝てないぜ?」

 アンソンがその場で固まった。彼の額には青筋が立っている。そしてだんだん彼の体に力が籠っていき、激しい音と共にアンソンの制服の両腕部分がはじけた。自身の筋肉を馬鹿にされた事にひどくご立腹のようだ。

「始め!」 

 そんな状況下で試合が始まった。

 アンソンは最初から全力全開だ。

「〈ボディチャージ〉――【アーム】!」

 アンソンが使った魔法――〈ボディチャージ〉は身体の各部位を強化する魔法だ。強化、と言ってもお気持ち程度なのだが、アンソンが使うとその限りではない。この魔法、使用者の身体能力に依存してより強い効果を発揮するのだ。剣道をやっていない人に竹刀を渡しても、それはそれで武器になるのだが、あまり強くはならない。しかし、剣道をやっている人に竹刀を渡せば、それは強靭な武器になる。みたいな感覚である。まさに鬼に金棒。

 アンソンが〈ボディチャージ〉を使えばどうなるか、そんなものは聞くまでもないだろう。

「食らえい!マッスルパーンチ!」

 アンソンが拳を構え妙な掛け声とともにレイに殴りかかる。レイはこの拳をあえて受けてカウンターをお見舞いしてやろうかと考えたが、彼の本能がそれを許さなかった。

 レイはとっさに回避行動をとる。上から振り下ろされた拳はレイの目の前を通り、地面に突き刺さった。

 レイに風圧だけ当てて地面に突き刺さったその拳。なんとそれは、拳を中心に半径一メートルはある、綺麗なクレーターを作り出していた。

「うわ、なんだよそれ……。一発でも受けたら終わりじゃねーか」

 レイもそのデタラメパワーにドン引きである。アンソンに近距離で戦うのはマズイ、やるならやはり魔法で距離を取って戦うのがベストだろう。

 レイはアンソンに魔法を撃つ。

「〈ライトニングショット〉!」

「フンッ! 〈ボディチェンジ〉――【ラバーアーム】!」

 アンソンに電流を流し、筋肉を麻痺させようと思っての〈ライトニングショット〉だったのだが、アンソンは腕の物質をゴムに変えて電流を防いでしまった。どうやら彼は身体強化だけでなく、身体変化も得意としているようだ。

「は、はぁ⁉ なんだよそれチートじゃねーか!」

「何を言っているんだ? 貴様はこの俺様の筋肉を侮辱したんだぞ? 全力で叩きのめすのは当然じゃないか。それともこのマッスルボディに恐れをなしたか?」

 アンソンは自身の筋肉をピクピク動かして見せる。

 レイはその筋肉に舌打ちをし、どう倒そうか熟考する。

 身体変化が使えるとなると魔法もあまり意味はないだろう。近接戦などもってのほか。となると可能性としてはリタが使っていた〈アブソリュートゼロ〉だろうか。レイが最も得意としていることは魔法改変だ。この才能をもってして、学院でのし上がっていったのだから切り札と言っても過言ではない。レイならば〈アブソリュートゼロ〉を相手にだけ作用させるようにすることができる。つまり、結界魔法から対象を指定して使う、指定魔法に改変することが出来るのだ。魔法を無理に弄るわけだから、多少効果は薄くなったりと、デメリットも存在するのだが、今回は少しでもアンソンの魔法を封じることが出来れば、それでいいのだ。

 それなら簡単。レイは即行動に移す。

「今からお前の筋肉をただの飾りにしてやるよ」

「それは不可能だ! 俺様とこの筋肉は一心同体! 俺様が破れぬ限り、筋肉は生き続ける!」

「うるっせーよ! 筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉! お前はあれか! 頭も筋肉でできているのか⁉ 文字通りの本物の脳筋なのか⁉」

「本当にそうならむしろ本望!」

 レイは思った――だめだ。こいつは本物だ、と。

「とりあえず貴様は俺様の筋肉にひれ伏すがいい! 〈ボディチャージ〉――【アーム】! 〈ボディチャージ〉――【レッグ】!」

 アンソンは腕力と脚力を強化し、レイに正面から襲い掛かる。

 それに対してレイは、にやり、と笑って、

「〈アブソリュートゼロ・レイ〉!」

 アンソンを指さして言うと、アンソンの動きが急に遅くなった。否、元に戻った。

「〈ライトニングショット〉」

 レイはすかさず魔法を撃ち、今度こそアンソンの動きを止めることに成功。

「なんだ、動けない……! それよりさっき何が起こった! 俺様の魔法が急に消えたぞ⁉」

「言ったろ? お前の筋肉を飾りにするって。〈アブソリュートゼロ〉を使って身体に影響の出る魔法を封じた。そして丸裸になったお前に〈ライトニングショット〉を使って体を麻痺させたってわけだ」

「ならばなぜ貴様の魔法は俺様に通じた? 麻痺だって身体への影響のはずだが?」

「んー、まあそこは企業秘密ってやつで。っと、それよりお前、さっさと降参しな。ご自慢の筋肉に穴をあけてほしくないだろ?」

 レイはそう言いながら右手に魔力と熱を凝縮し始めた。それは人間の皮膚など簡単に焼き切れるほどの熱を帯びている。

「確かにそれは嫌だな。筋肉を守るのも俺様の勤め。降参だ、俺様は降参する」

 アンソンの降参宣言で第二試合はレイの勝ちとなった。



   #

 第三試合はアンソンがクレーターを量産したため、少し間が開いてからの開始となった。

第三試合はカロン対ヴィンセントという金髪ナルシストとの試合だった。罠系統の魔法を得意とするヴィンセントは、最初こそカロンと互角の戦いをしていたものの、途中から、

「君、氷とか実にナンセンスだね」

だとか、

「君、実に品がないよね」

 とかとか、カロンを煽りだした。そんなヴィンセントをうざったいと思い(若干キレた)、罠ごとヴィンセントを凍らせてカロンの勝利。

 ヴィンセントは決して弱いわけではないのに、何故途中から相手を煽るなどの行動に出たのかは分からない。きっと彼なりの理由があるのだろう。――そう思いたい。



 続く第四試合はレイから情報を巻き上げた金髪お嬢様セレジアと、首から十字架を沢山下げた黒髪眼鏡の少女、テレサの試合だった。

 お嬢様と修道女。風格は違うが両者結界魔法メインの戦いだった。この試合を観戦していたものは皆同じ感想を抱いたであろう。

 ――これが女の闇の最終形態なのだろう、と。

 アースガルド名家の貴族令嬢セレジア。

 ユグドラシル最大聖堂アヴァロンの次期後継者テレサ。

 それなりの権力を持つもの同士が一緒の学院、一緒のクラスにいればどうなるだろうか?

 ――答えは簡単。つまりは、潰し合いである。

 互いが互いを罵倒しながら戦うのもだから、それはもうすさまじい。片方が魔法を使うと、もう片方がその魔法を打ち消す。両者、領域を必要とする魔法ばかり使うので中々試合は進まない。それでも口は回るようで激しい口撃は交わされている。罵倒は勿論、権力乱用だの闇取引してるだの、裏で工作員が動いているだの、真実かは定かではないが聞いた者全員が消されてもおかしくない内容も聞き取れた。

 そして試合は持久戦へ。最後はセレジアが実力で何とか押し切り、第三試合はセレジアの勝利で幕を閉じた。



 これでトーナメンント一日目は終了。明日は午前に準決勝二試合をし、午後に三位決定戦と決勝戦を行う予定だ。レイとカロンは互いの試合の話題で盛り上がりながら帰宅、セレジアは悔しがりながら目の前に崩れ落ちているテレサに大笑い。

 そしてリタは――クリスティーナと共に、世界樹の根っこで黄金色の光に照らされていた。

「クリスはすごいね、私よりずっと強い」

「いきなりどうしたの?」

「いやー、さっきの事を思い出したらちょっとね」

「ん。リタだって今まで精一杯努力してきたんでしょ?」

「それもそうだけどさぁ。クリスの話聞いたら自分がちっぽけに見えてきちゃった」

 リタはそう言って、医務室での出来事を思い出す――。



「どんな闇を抱えているの?」

 医務室に入ってきた片目が隠れた銀髪少女、クリスティーナは問う。

「なんで私のところに来たの? 慰めのつもり?」

「お見舞い。私との試合で負傷したんだから当然。それで、あなたは過去に何があったの?」

「何の話? もし私の過去に何かあったとしてもほぼ初対面の人に話すと思う?」

「……わかった。じゃあ私から話す」

 そう言ってクリスティーナは右目に覆いかぶさっていた長い前髪をどかす。そこにあったのは黒い結膜に赤い角膜をした右目だった。明らかに人間の目じゃない。

 リタはその異質な目を見て驚愕した。

「それは……厄魔の目?」

「私はセレジアと同じ、サンティス家として生まれた。でも私は厄魔の目をもって生まれてきてしまった。当然蔑まれた。迫害され、家の名誉にかかわるからって地下に監禁もされた。厄をもたらすと言い伝えられているだけの目をもって生まれてしまっただけで」

「そんな……」

 リタは厄魔の目をあまり忌避していない。だからクリスティーナの目を見ても恐怖や拒絶などはしなかった。

「そして、七歳くらいの時、私はついに捨てられた。でも私は親に感謝してる。七歳までは面倒を見てくれたから」

「そのあとはどうやって生きて来たの?」

「私が捨てられてから一年くらいは路上生活してた。路地裏に身を潜め、何とか生きて来た。一週間くらい水だけで過ごした時もあった」

 クリスティーナは思い出話でもするように言うが、齢一桁の少女が一人で生きていくことがどれだ過酷なことか想像もできない。

「そんなある日、民間人が私を拾ってくれたの。私は久しぶりに感じた温もりに幸せだった。そして決めたの、今後私のような人が現れないようにしようって。誰も差別されない平和な国を作ろうって、そう思った。だから学院に入って天性力を獲得して、平和のために戦うと決めた」

 リタは思い知った――自分はなんて小さい人間なんだろう、と。自分だけがかわいそう、悲劇にあった。そう思っていたがちょっと顔を上げて見ればどうだろう。目の前には人に拒絶されながらも人もために何かしたいと言っている少女がいる。それに対して自分はどうだ? 今までの行動はすべて私利私欲の為じゃないか。それで人様に心配させて、さらにはレイに「俺が受け継ぐ」なんて言わせて、他人を縛り付けて、最低じゃないか。

「そっか、大変だったんだね。あなたがそこまで話したなら私も話すよ」

 リタはそう言って自身の過去を話した。

 両親が殺されたこと。それが悪魔による犯行だったこと。この国の警備兵がロクに話を聞いてくれなかったこと。自分が天を信仰しなくなったこと。

 ――そして、復讐を誓ったこと。

 リタは肩の荷がいくらか降りた気がした。誰かに話すと気持ちがすっきりするものなのだ。

 互いの過去や目的を共有しあった今、二人の間に友情が生まれる。

「似た者同士仲良くやろうね、リタ。私のことはクリスって呼んで。クリスティーナって呼ばれるのあまり好きじゃないから」

「分かった。これからよろしくね、クリス」

 二人で握手を交わす。

「それじゃさっそくレイの試合を見に行こう!」

「レイってさっき医務室から飛び出していった人?」

「そうそう。私の下着姿を見た覗き魔さんだよ」

「……そいつ殺したほうがいい」

「じょ、冗談だよ。ただの事故だからそんなこと言わないで」

 レイに矛先が向かないようにリタはとっさにフォローする。そして二人でアリーナへと向かうのであった。



 こうして芽生えた友情は今では絶対のものとなっていた。二人とも人に言えない秘密や過去があるため、こうして二人きりの状況を作り互いにため込みすぎないようにしようと二人で決めた。

空が黄金色からだんだんと紺青色へと変化していく。リタは世界樹の根っこから腰を上げ、クリスティーナに別れの挨拶をする。

「暗くなってきたね、そろそろ帰ろうか。じゃあねクリス、また明日!」

「待って」

 リタが背を向け家に向かって歩き出そうとするとクリスから待ったがかかった。

「さっきリタは自分のことをちっぽけと言ったけど、だからと言って目標を捨てたりしないで。復讐って言う目的も立派なリタの一部。だから、捨てないで、諦めないで、最後までやり遂げて! それが、リタの成長にもつながると思うから……!」

 クリスはどこまでできた人間なんだろう。と、リタは思う。自分よりも身長も低く、小柄だというのに、自分よりも過酷な過去を過ごしてきたというのに、この少女は、クリスティーナと言う人格は、人のために戦うと誓い、今まで自分のことしか考えてなかったリタのことを心配し、励ましてくれる。こんな完璧な人間が他にいると思うか? いいや、いない。だからこそリタはこの少女の夢を応援しようと思ったのだ。このくそったれな世界に希望をもたらしてくれるかもしれない。――そう思ったから、また何かを信じる気にさせてくれたクリスティーナを守り、助けようと思った。

「ありがとう。天性力は獲得できなかったけど、また別の方法を探してみるよ。また明日!」

 リタはそう告げて背を向け去って行った。クリスティーナも笑みを浮かべ、さっきより生き生きしているリタを見送るのであった。

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