第7話 VS速度

トーナメント二日目。

 今日も今日とて大聖堂アヴァロンの隣、コロッセオのような石造りのアリーナでトーナメントは行われる。準決勝第一試合はレイ対クリスティーナとなっている。レイはステージの上に立ち、いつも以上に気を引き締めていた。何せ対戦相手のクリスティーナは昨日の試合でリタを完封して見せたのだ。当然策は用意してきた。後はこの作戦がうまくいくことを祈るだけである。

 レイが意識を集中させる中、向かいにいるクリスティーナはレイのことをじーっと見つめている。澄んだブルーの瞳に見つめられ、レイはむずがゆくなり声をかけた。

「なぁ、なんで俺のことをそんなに見つめる? 用がないならやめてくれ、なんか落ち着かない」

「私と同じことが出来るあなたに興味があるだけ」

 レイが出来るクリスと同じことと言えば身体強化の魔法の部分使用だろうか?

「そんなの試合が始まればわかることだろ?」

「試合前の相手の観察は常識でしょ?」

「……」

 レイは正論を言われ何も言い返せなくなってしまった。

「あなた、本当に強いの?」

「は?」

「見た目で判断するのはよくないと思うけど、なぜかあなたが強いとは到底思えない」

「ほう、言うじゃねーか。何を根拠にそう思ったかは知らねーけど覚悟しろよ、チビ」

 若干キレ気味でレイが言うと、クリスティーナからとてつもない殺気が溢れ出した。

「私はまだ成長期。言って良いことと悪いことがある。リタの下着姿を見た変態が」

「は、はぁ⁉ どうしてお前がそれを知って―じゃない! あれは事故だ!」

 何故クリスがリタの件を知っているのかレイは分からなかったが、一つだけ分かることがある。

 ――あ、やべ。これ地雷踏み抜いたわ。

「それでは準決勝第一試合を開始する。始め!」

 そんな剣呑な空気で試合は始まった。

 スピード型のクリスティーナに先手を取らせまいとレイは剣を錬成して距離を詰めた。だが、先手を取ろうとしていたのはレイだけではない。クリスティーナも試合開始と同時に動き出していた。普通に走ってクリスティーナに斬りかかろうとするレイ。

 対してクリスティーナは一瞬でレイの背後を取りナイフを振り下ろす。

「ッ⁉」

 レイは何とか反応しクリスティーナのナイフを剣で受け止めるが、衝撃に耐えられず錬成した剣が折れた。

(くそっ、速い……! けどあのスピードは身体強化じゃ無理だ。……っは! そうか……!)

 レイは思い至る。昨日クリスティーナがリタとの試合で使った魔法、〈ディバインゲート〉。空間の点と点を入れ替える効果得を持つあの魔法なら一瞬で背後を取られても何の不思議もない。序盤からクリスティーナの切り札ともいえる〈ディバインゲート〉を使ってるとなると、彼女はレイに何かしらの警戒を抱いているのか。あるいはもう初見ではなくなったから出し惜しみする理由が無くなっただけか。

 どちらにせよ、クリスティーナが最初から間合いを無視してレイと戦うことに変わりはない。

「〈アディーソブネット〉!」

レイはクリスティーナの行動予測先めがけて捕獲用の魔法〈アディーソブネット〉を撃つ。

 が、しかし、

「〈ディバインゲート〉」

 クリスはレイが魔法を使った後の隙を狙い、背後に転移。

(取った!)

 クリスは無防備な背中を見て勝ちを確信するが、

「それは読んでんだよ!」

「ッ⁉ 〈ディバインゲート〉……!」

 レイは剣を錬成し体をひねりながら振りぬく。クリスティーナはとっさに剣の間合いから退避した。

「……あなた、強い。さっきの言葉は撤回。こっちも本気出す。〈イグニッションブースト〉〈超加速〉〈ディバインゲート〉」

 えっと遠慮……。レイがそう口にしようとしたが、時はすでに遅し。クリスティーナはありとあらゆる身体強化の魔法を使う。しかも全部脚力に限定して、だ。

 クリスティーナはレイの周りを駆け抜ける。いろんな角度から見ることでレイの隙を探しているのだ。さらに相手を錯乱させる効果も持つ。クリスティーナはレイに攻撃を仕掛ける。右から、左から、正面から、背後から、頭上から、クリスはティーナ一度にたくさんの魔法を使っているが全て脚力限定だから、使用魔力も極限カット。よってクリスの攻撃が止むことは無い。

 レイは最初の数撃こそ正確にさばいていたが、それもすぐに限界が来た。剣を錬成しても即、破壊されるのだ。あのマッハは軽く超えてそうなスピードでナイフを振ってくるのだ。よほど固い同等な鉱石ならまだしも、魔力から造った即席の剣など砂に等しい。             

 なので、レイは身体硬化の魔法――〈キュリング〉を使いクリスティーナの攻撃をその身で受けていた。身体硬化と言っても皮膚を少し硬くする程度のものなのでレイの体に少しずつ傷がついていく。レイはクリスティーナの猛攻に耐えながら考える。

(このままじゃリタと同じだ。中盤まで押され、反撃の一手を打った思えばそれを逆手に取られる。これじゃあ確実に負ける。加速系魔法は俺もクリスティーナと同じ使い方が出来るから何とかなる。だけどあいつには〈ディバインゲート〉があるからなぁ。間合いなんて関係なしに背後取ってくるし、魔法も当たりやしない。俺も使い方は知ってるけど、あの魔法は座標の計算、入れ替える対象の体積、質量、入れ替える先の環境把握とかいろいろ条件があるからな。そんな高度な計算を一瞬でやるなんて俺には不可能だ。対策はあるにはあるんだけどあいつが嵌る気配が一切ない。…まさか気づかれたりしてないよな?)

 レイが思案に浸っていると四方八方から空間の歪みが生じた。それと同時にクリスティーナも動きを止める。やっと相手を視認することが出来たことに安堵しようとするレイだが、彼女が抱えている物がそうはさせてくれなかった。

 何とクリスティーナは両腕いっぱいにナイフを抱えていたのだ。明らかに自分の身にしまえる量じゃない。あのスピードで走りながら一本一本錬成したとでもいうのか?それともナイフのバーゲンセールでもしていて、〈ディバインゲート〉を使って一瞬の間に大量購入したとでもいうのか?だが事実クリスティーナが腕いっぱいのナイフを持っていることに違いはない。レイはそのナイフで何をするのか気になり恐る恐る質問する。

「えっと……、お前はその大量のナイフを使って大道芸でもするのか?」

「は? あなたを殺s―ゲフンゲフン。息の根を止めるために決まってる」

「今殺すって言ったよな⁉ あと意味変わってねえよ⁉ チビって言葉どんだけ引きずってんだよ!」

「うるさい黙れ。これがナイフと〈ディバインゲート〉の合わせ技。安心して、ナイフには保護魔法掛けておいたから死にはしない。すごく痛いとは思うけど。〈ホーミングレイン〉」

 レイを嘲笑うような、悪い笑みを浮かべてクリスティーナが魔法を発動。すると彼女が抱えていたナイフがすべて消え、レイを囲むように現れる。

 レイの周りを埋め尽くしたナイフは推進力を持ち、一斉にレイへと降りだした。

「くっそ! 殺意丸出しじゃねーか! 〈アブゾーションフィールド・レイ〉!」

 レイは自身を覆うように防御結界を張るが無数のナイフによって少しずつ蝕まれていく。一点からナイフが飛んでくるなら余裕で対処できたが、全体から飛んでくるナイフの対処は難しい。何故なら結界全体に気を配らなくてはならないからだ。この死の雨が降っている間クリスティーナが攻めてこないのが唯一の救いだろうか。

(クリスティーナを怒らすんじゃなった! なにこれ怖すぎ!)

 レイは心の中で叫ぶ。

 あなたも想像してみてはいかがだろう。自分を囲むように先端を向けてくる沢山のナイフ。そのナイフたちは自分にだけ降ってくる。刃にカバーがついているとはいえ、当たる感覚はある。そしてそれを仕向けてきたのは、可愛らしい少女だというのだ。どうだろうか、控えめに言って絶望。大げさに言えば――世界の終わり。ではないだろうか。

 まぁ、そのような地獄を体験しているのがレイなのだが。

 レイの結界が壊れるのと同時に、ナイフも止んだ。何とか耐えしのいだのだ。

 結界維持のために結界全体に神経を使っていたレイに対してクリスティーナはただナイフを転移しただけ。どちらがより消耗しているなど聞くまでもない。クリスティーナは再び二本のナイフを構えた。

 レイは額に変な汗を浮かべている。クリスティーナの攻撃がいやらしすぎたのだ。レイはクリスティーナを怒らせたことを後悔し、これからは言葉を慎むと誓う。それと同時に逆転のピースがそろったことを心の中で喜んだ。

 このチャンスは逃さない。レイはそう思いクリスを見据える。

「〈イグニッションブースト〉〈ディバインゲート〉」

 が、瞬きの一瞬でクリスティーナの姿はまたもや目の前から消えた。

(くそっ、やっぱ奇襲か!けど、これを避ければ俺の勝ちだ‼)

 クリスがレイの周囲を疾走する中、レイはこの一手に全てをかける。何の確証もないが、これさえよければ勝てると思ったからだ。

 数秒目を閉じ、そして次の一瞬、レイは己の直感に従い右半身を後ろに傾ける。するとレイが動く前の位置(今ではレイのほんと目の前)に〈ディバインゲート〉で転移したクリスティーナがナイフを突き立てていた。レイは見事あの間合いを無視する攻撃をかわしたのだ。レイはその無防備な背中に拳をお見舞いしようと振り下ろすが、当たる直前の一瞬でクリスティーナが〈ディバインゲート〉で距離を取った。

 異変はそこで起きた。クリスティーナが〈ディバインゲート〉で転移した先は何の変哲もないステージ―のはずだったのだが、クリスが今踏んでいる位置に魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 そしてその魔法陣はそのままクリスの足を拘束した。

「……ッ⁉ なにこれ……動けない?」

「ふー、やっと俺の罠に引っかかってくれたぜ。ステージの至る所に踏んだ対象を地面に縛り付ける〈ノームの束縛〉をばらまいていたんだけどよ、中々踏まないから気づかれたのかと思ったよ」

「こんなもの私の魔法で――」

「やめとけって、〈ディバインゲート〉で転移可能なのは最大でもせいぜい自身の一人半くらいが限界だろ? 一定以上の質量をもつものは転移出来ない。そうだろ?」

 クリスは黙って俯くだけだった。レイはそれを肯定と受け取り言葉を続ける。

「〈ディバインゲート〉は触れた物、または自身を転移する魔法だ。だからお前は〈ディバインゲート〉を使うときは必ずジャンプして使っていた。そうしないと踏んでる地面ごと転移することになるからな。だったら地面に括り付けてしまえばいい。そう思っての〈ノームの束縛〉さ! それにその状態なら身体強化も意味ないだろ?」

 レイの言う通りでクリスはこの状態では何もできない。自分の得意魔法全てを封じられたのだ。クリスは苦し紛れにナイフを投げる――が、ただの投擲ではレイの敵じゃない。レイは簡単に弾かれてしまった。

「それにしてもお前、強すぎじゃね?〈ディバインゲート〉とか初見で対処できないぞ……。そこはリタに感謝だな! まぁ、それはそれとして勝負を終わらせますか!さっきのナイフ、実は全部回収してたんだ!」

「……は?」

「お前のナイフの雨を受け止めてた魔法、あれ俺が改変して造った特製防御結界なんだよ。普通の〈アブゾーションフィールド〉は、ただの防御結界だが俺はそこに〈スパイラル〉の効果を追加したんだ。そしたらなんとあら不思議、結界で受けた攻撃はすべて自分の物になる最強防御結界の完成です!」

「なにそのチート魔法、反則」

「ふっ、どうとでも言え。え~っと確か、「安心して、ナイフには保護魔法掛けてるから死にはしない。死ぬほど痛いとは思うけど」だったか? 自分の技は自分で食らえ! 〈リフレクション〉!」

 レイは何とも屑なセリフ(女の子に対して言っているからマジもんの屑)と共に回収したナイフをクリスティーナの周りに展開する。

 そしてリプレイを見ているかのようにそのナイフたちは動き出す。〈ノームの束縛〉によって回避手段がなくなったクリスティーナは、ナイフの雨を受けるしかなかった。

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