第8話 氷で温まる心もある

観客席にて、黒髪クールのカロンと金髪貴族令嬢セレジアは二人の試合について語り合っていた――否、言い争っていた。そんな言い合いを目の前で見ているリタはとても居心地が悪そうだ。

「ふん、だから言っただろう。レイには秘策があると」

「何を言ってますの? 不正に決まってますわよ! あんなタイミングでトラップが発動するなんてありえませんわ! 不正ですわ! イカサマですわ!」

 セレジアは言いたい放題だった。実際トラップが発動したのは偶然なのだが、二人はそんなことを知る由もない。

 カロンはアリシアを嘲笑する。

「何だ、お前クリスティーナが負けたことがそんなに悔しいのか?」

「当然ですわ! 大体、あんな人として終わっているような人間がこの学院、いえ、アースガルドにいること自体がおかしいんですわよ!」

「レイのことそこまで言わなくてもいいんじゃない?」

「リタさんは黙っていてくださいまし!」

「あ、はい……」

「フッ、人に当たることしかできないとは。サンティスの名が泣くぞ」

「うるさいですわね! とにかく、わたくしはクリスが負けたなんて認めませんわよ‼」

「お前がいくら喚いた所で現実は変わらないのがだな。と言うかお前、そんなことを気にしている暇などあるのか?」

「は? 何を言ってますの?」

「そこまで知能がないとは驚きだな。お前はこれから俺に倒されるんだぞ?」

「あら、寝言は寝て言うものですわよ? それともあの人間以下の屑と一緒にいて貴方も何かに感染したんですの?」

「……俺は確かにレイのライバルだが、一緒にするのはやめろ」

「二人とも喧嘩はよくないよ……。てか、何で会話の中心がレイなの?」

「リタ、お前は少し黙ってろ」

「リタさんは引っ込んでいてくださいまし」

「あ、はい……」

 喧嘩を仲裁しようとしたリタがなぜか睨まれる。それより誰かレイに同情するものはいないのだろうか。

 そんな不穏の空気の中、ついさっきステージでも罵られていたレイが観客席に姿を現す。

 そして少年は空気を読まず、油を注ぐ。

「あれ、何してんの? 次二人の試合なのにいちゃついてさ」

「「違う‼‼」」

 レイのボディに二つのストレートが入った。レイは地面に横たわり体を九の字に曲げ痙攣させている。

 カロンとアリシアは別々の方向からステージへと向かった。

「……息ぴったりじゃねーか……」

 喧嘩腰の二人がいなくなり、平和を取り戻した観客席に、レイが悶えながら言った言葉が響く。



   #

 観客席で一悶着あってからの準決勝第二試合。

 それはそれは、もう、とても神聖なる天性力を求めての戦いには到底見えなかった。

 試合こそちゃんとやっているのだが、その内容が酷過ぎる。ほとんど口喧嘩しかしていないのだ。割合で表すと、魔法一、口喧嘩九、といった感じだ。

 ――喧嘩すんなら魔法でやれよ。生徒一同が冷たい視線を送るが黒髪クールと金髪お嬢様は気にしない。

「ホントムカつきますわね! 何がクールで完璧主義ですの⁉」

「俺が言い出したわけではない。この程度で憤るのか小心者め」

「それがムカつくって言ってるんですのよ!」

「知らんな」

「キィー‼ ウザすぎですわ! 〈ニードルケージ〉!」

 ステージから金属の棒が現れカロンを覆うように伸びていく。すぐさま棒は完全にカロンを囲み、鉄格子の檻と化した。そしてその檻から先端の尖った、人肉など簡単に引き裂きそうなものが伸び、カロンを串刺しにしようと襲い掛かる。

「その程度の小細工が通用すると思っているのか? 〈カストラルマジック〉」

 が、それはカロンの体に到達する寸前に動きを止めた。

「な……ッ⁉」

 セレジアは目を見開く。カロンを串刺しにしようとしていたものが、分厚い氷に覆われていたのだ。その凍った部分から氷が侵食し、檻全体が凍る。完全に凍った檻は、カロンが腕を一振りするだけで崩壊した。

「お前がどんな魔法を使おうとも、その魔法自体を凍らせてしまえばいい。わかったか? お前じゃ俺には勝てない」

 カロンは凛々しい態度(今だけ)で言い放つ。その言葉にセレジアはさらに気分を害したようだ。

「さっきから随分と上からですわね。もしかして、「俺のほうが強い~!」なんて思っている自意識過剰ちゃんですの?」

「思うも何もそれが事実だろう」

「……」

 カロンの発言にドン引きするセレジアだったが、カロンはそれを別の意味で捉えたようだ。

「言葉も出ないか? まあそれも当然か。相手が悪かったな没落貴族」

「貴方死にましたわよ!」

 こうしてまた攻撃ではなく口撃が交わされる。試合の行方は全く見当もつかず、見る者もだんだんと退屈になっていくのであった。



   #

 その退屈になっている生徒の中の一人、レイは二人の試合?を、ぼーっと眺めている。最初は二人の言い争いを面白がってみていたのだが、時間がたつにつれてどんどん退屈になって行った。レイが殴られた後、リタが、用事があるとかで隣からいなくなり、現在進行形でボッチなのだ。あまりにも退屈過ぎてもう寝てしまおうか、と思い始めた頃、不意に肩をたたかれた。

「一人にしてごめんね、寂しかった?」

「ホントにボッチなんだ」

 そう言って二人の少女は席に座る。

「ん? ああ、リタか。あれ、何でクリスも一緒?」

 クリスの言葉をスルーしてレイは平然と言うが、リタが帰ってきて脱ボッチを果たしたことに少し喜んでいる。―と、それよりも気になるのは敵同士だったリタとクリスが一緒にいることだ。

「そんなの聞くまでもないでしょ。昨日の敵は今日の友ってやつだよ! クリスのこと気に入ったからね!」

「私もリタと友達になれて嬉しい」

「ふーん。そうなんだ」

 リタも「クリス」呼びしていることにさらに驚いたが、二人の友情は確かなもののようなのでこれ以上の口出しを慎む。レイは友達が少ないからこそ、他人の友情は大切にできる人なのだ。

 一通りの挨拶を終えて、リタとクリスはステージを見るなり言葉を失った。

「え? なにあれ……」

 何をしているのか理解も出来ないようだ。それもある意味正しい。今ステージで行われている場景を見せられて、「今何が行われているでしょう」なんて問われても、

 カロンとセレジアのこと知らない人から見れば「神聖なる聖堂アヴァロンのアリーナで喧嘩する無礼者」。

 カロンとセレジアのことをある程度知っている人から見れば「神聖なる聖堂アヴァロンのアリーナで喧嘩するケンカップル」。

 としか言えないだろう。

 ここで「天性力獲得者が決まる大事な最終試験のトーナメント準決勝」などと言える人は果たしているのだろうか。

「カロンキャラ崩壊してるじゃん……。それに使う魔法がいちいち高度で綺麗なのムカつく」

「セレジアは負けず嫌い。でもここまでヒートアップしてるのは初めて見た」 

「……本当にこの試合はすごいよな…いろんな意味で」

 三人は思い思いに試合に対してコメントしていく。

「そういやクリスとセレジアってどんな関係なんだ? クラスメイトでもないのに互いのことをやたらと語るような気がするんだけど」

 レイが何気なく質問した。以前リタとクリスの試合の時、セレジアが「クリスが勝つ」と豪語していたのと、今回もクリスがアリシアを知った風に語ってたのが気になったからだ。その言葉を聞いたクリスの体がピクリと動き、リタも慌ててレイの言葉を遮ろうとする。

「え、えーっとね、レイ。クリスに人間関係のことは聞かないであげて? あまりそういうの好きじゃないみたい……」

「お、おう……?」

 リタの謎の慌てぶりに困惑するレイ。しかし空気を読み、この会話を終わらせようとした時、クリスから待ったがかかった。

「いいよ、リタ。レイには話しておこうと思ってたから」

 クリスは一呼吸おいてから告げる。

「私の本当の名前は、クリスティーナ・プロア・サンティス。セレジアと同じ、貴族の娘」



   #

 時はさらに進み約五分後。まだ続いている準決勝第二試合。

 流石に疲れたのか、随分と口数は減ったようだ。しかし減っただけであり、完全になくなったわけではない。

「はぁ、はぁ……。あなた、しぶといですわね……。イキりナルシストの癖に……」

「フン、お前も中々やるじゃないか。浮遊お嬢様」

 消耗した中でも憎まれ口を言い合うその姿にはある意味尊敬できる。

 今どちらが有利かと言うとカロンが優勢。カロンが得意とする氷結系魔法は対魔法であれば大いに優位な立場になれるのだ。氷結、凍らすとは現象の停止のことだ。魔力を介して現象を進行させることで成立する魔法にとって行動の停止とは大きなダメージとなる。つまり、魔法が凍れば現象の進行は停止、その魔法が機能しなくなるのだ。

 だが、魔法を凍らすなど簡単にできる事ではなく、この状況は間違いなくカロン自身の努力の結果だ。

 流石にこのままではマズイと思ったのか、セレジアがついに決め手に出る。

「これで終わりにしてさし上げます。惨めに跪くがいいですわ! 〈ファンタズムアルカディア〉!」

 セレジアは自身が使える、最大の結界魔法を使った。セレジアから放たれた魔力がステージ全体を覆う。そして結界内部がみるみる姿を変えていく。

 何もないステージが草原となり、色とりどりの花が咲き誇る。川が流れ、鳥が羽ばたくその場所は、まるでどこかの楽園のようだった。それを作り出した張本人セレジアは、山なりになった地形のその山の頂点に、パラソルとお茶やお茶菓子が置いてあるテーブルの横に、カロンを見下すように腰掛けている。

「ようこそわたくしの楽園へ。美しいでしょう? 素晴らしいでしょう? ここはわたくしが作り上げた楽園。つまりこの空間は全てわたくしの意のままですわ!」

 セレジアが手を動かすだけで魔力が揺らぐ。小鳥のような姿をした魔力の塊がカロンを襲う。カロンはうまくさばくが、セレジアは何でもあり。小鳥の対処をしているカロンの背後に向かって炎の玉を放つ。

 カロンは小鳥を無視して危険度が高い炎の玉のほうに意識を切り替える。氷の盾を造り受け止めるが、炎は中々鎮火しない。氷が停止であるなら炎は加速。対にある二つがぶつかれば、互いは互いの性質を打ち消しあう。その硬直した一瞬に小鳥がカロンに直撃した。カロンの体が宙に浮き、数メートル飛ぶ。セレジアはにっこりと笑ってお茶を飲みながら手を次々と動かしていく。

 カロンが飛んだ先に突如として木が生え、木にぶつかったカロンを枝が拘束する。カロンがいる木を中心に、円錐のような形をした炎が渦を巻いて、いくつも宙に浮かび上がる。

「フフッ、どうですの? わたくしの〈ファンタズムアルカディア〉は。実に素晴らしい結界だとは思いませんこと?」

「確かにこの結界はよくできている。それは認めてやろう。だがもう一度言うぞ。相手が悪かったな」

「……よくその状態で大口叩けますわね。望み通り、ここで終わらせてさし上げますわ!」

 無数の炎がカロンめがけて降りかかる。これでセレジアの勝利―本人だけでなく、生徒全員がそう思ったが、その予想は覆された。

 渦を巻きながらカロンのもとへと向かっていく炎が、カロンに当たる寸前で、蒸発した。

 それだけではない。カロンを拘束していた木も、彼の体の接触点からどんどん凍っていくのだ。

「な……ッ! わたくしの結界にどうやって勝ったと言うんですの⁉」

「簡単なことだ。干渉力の差だ」

 カロンは簡単に答える。

 魔法同士がぶつかる場合、その勝敗は魔法が現実へ現れる際の干渉力で決まる。ほとんどの場合、魔法の相性で大体は定まってくるが、その干渉力も自身の魔力で補うことが出来る。今回の場合は、魔法を凍らせるほどの干渉力を持つカロンのほうが有利だ。だからこそ、セレジアは〈ファンタズムアルカディア〉で一気に仕留めようとしたのだが、それが裏目に出た。

 自身の切り札ともいえる魔法を使ったことで、魔力をかなり消耗してしまったのだ。それによって氷結の侵食を完全に防ぐことが出来なくなってしまった。

「お前が俺に唯一勝つ可能性があったのは、熱系魔法による持久戦だったな。だがお前は自身の得意魔法を優先してしまった。自ら勝利を手放したわけだ」

 カロンの解説が終わるころには、セレジアの結界は機能停止。緑豊かな草原、何の不純物もない透き通る川も、すべてが凍り、崩壊した。

 カロンは呆けていたセレジアの四肢を凍らせ、抵抗できないようにしていた。身動き一つとれないセレジアに氷の先っちょを突きつけ、口を開く。

「負けを認めろ、セレジア」

「くっ! わたくしはまだやれますわ!」

「その状態で何が出来る?」

「……」

 セレジアは自分が凍らされていることを忘れていたのか、無言で赤面する。

「まだやるというのであれば、俺はお前を容赦なく攻撃する。だが、ここで降参すれば戦い方の一つや二つ、教えてやってもいいぞ。セレジア、お前は才能を持っている」

 カロンのその言葉は完全に口説き文句だ。セレジアは数秒の沈黙の後、溜息をついて負けを認めた。

「あーもう! わたくしの負けですわ! ……サンティス家ともあろうものが降参だなんて……、一生の恥ですわ!」

 カロンはセレジアの言葉を聞いてから拘束を解いた。自由を取り戻したセレジアはカロンのもとへと駆け寄り、優雅に一礼する。

「戦い方の教授の件、よろしくお願いいたしますわね。楽しみにしていますわ」

 そして、ステージから出てくカロンの後ろにピッタリと張り付きニコニコするのであった。

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