第9話 どの場所も時は進む
午前中の試合がすべて終わり、残すは三位決定戦と決勝戦だけとなった。トーナメント第一試合で勝利を収めた、レイ、カロン、クリス、セレジアは天性力獲得が確定している。それでも順位は出さなければならないので、試合は行う。天を信仰する国は序列と秩序がすべてだからだ。
それはそうと天性力獲得確定者四人とリタは、昼食をともにすることにした。
さすがはお嬢様なのか、セレジアが奢ると言い出したので、彼女の案内で五人はアヴァロンから徒歩十分くらいの所にある、少しばかり高級そうでおしゃれな雰囲気のレストランに行くこととなった。
席に着き、メニューを渡された瞬間から次元の違いを見せつけられた。セレジアとクリスを除く他三人が、メニューに書かれてある金額を見るなり吹き出した。これだけのお金があれば、少し質素な生活であれば一週間は持つのだ。それでもセレジアは何でも好きなものを頼めというものだからレイ達は勇気を出して店員さんに注文を口にする。クリスは途中から孤児のはずだが、まだ貴族としての感覚が残っているというのか。
――余談だが、レイはさっきの試合の観戦中、クリスの過去と彼女の右目を聞き、リタと同様受け入れることにした。厄魔の目を見た瞬間は怪訝な顔をしたものの、リタもクリスのことを受け入れたと聞いた途端、クリスを拒絶する理由は無くなった。何故なら、レイはリタのために戦うと決めたからだ。リタがクリスを受け入れるのならば、自分もそうする。それだけなのだ。
しばらくして料理が運ばれてきた。
ピザ、パスタ、ミネストローネ、パン、カルパッチョなどの料理が並び、イタリアンなテーブルとなった。
高級(具体的な数字はとてもじゃないが言える数字ではないので高級、とだけ言いっておく)料理を食べながら試合の感想などを話し始めた。
「レイとクリスの試合はすごかったねー。見てるこっちもひやひやしたよ」
それはリタの言葉だが、準決勝から始めるあたり、初戦のことは話題にしてほしくないのであろう。
クリスは空気を読み、配慮する。
「絶対勝ったと思った」
「ええ、本当にわたくしはクリスに勝ってほしかったですわ。ですが結果は結果。仕方がありませんね」
「……なんだよセレジア、そんなに俺が勝ったのが嫌だったのか?」
「本音を言うと、まあ。ですがいいですわ。天性力をもってすれば、貴方なんかクリスの相手じゃないですもの」
「セレジア、私のことを持ち上げすぎ」
「あっ! 申し訳ございませんわ!クリスが目の前にいる事をすっかり忘れてましたの……」
セレジアがホイホイクリスを持ち上げるものだから、クリスも居心地悪そうにしていた。しかも忘れていたと言われたのだからもうマジふざけんなという話である。
クリスが薄笑いしてセレジアにお返しをする。
「セレジアの試合もすごかったよ」
クリスの笑みを見て、リタも参加した。
「ホントにね。ステージのど真ん中でみんなが見てる中、夫婦喧嘩してたもんね~」
「ふふふふふふ、夫婦⁉ な、何を言ってますの⁉」
セレジアは顔を真っ赤にして叫ぶ。クリスはこれを好機と見るや、さらに畳み掛ける。
「何を否定するの? あんなに息ぴったりだったのに。それに最後負けを認めた。これ以上の理由はある?」
セレジアと数年一緒に暮らしていたからこそ、クリスは分かる。セレジアは負けず嫌いで、何があろうとも負けを認めなかったのだ。
そのセレジアが負けを認めた。なぜか? カロンに惚れたから。
これがクリスの出した答えだ。そしてそれは概ね当たっていた。
「ぐ……、カロンさんも何か言ってくださいまし! このままじゃいらぬ誤解を生みますわよ!」
セレジアは何とか逃れようとカロンに助けを求める。
「好きにしろ。俺は知らん」
しかしカロンは救援要請に応えず、セレジアを一瞥だけして再び料理を堪能しながらレイと話を始めてしまった。
「あちゃー。振られちゃった?」
「いや、カロンは好きにしろって言っただけ。まだチャンスはある。頑張れセレジア」
つらい過去や何かを背負っている二人も、まだ十七歳の少女。この手の会話は大好きなのだ。すごくノリノリである。
それに対して、さっきから好き放題言われていたお嬢様はついに限界に達したのか、顔を両手で覆い他の客の迷惑にならない程度のボリュームで叫ぶ。
「もうイヤですわーーー‼」
どんなに辱められようとも、カロンのことは好きではないと否定しなかったセレジア。それも込みでセレジアのことを理解しているリタとクリスは、真っ赤に染めた顔を隠すセレジアをニヤニヤしながら眺めるのであった。
五人のランチタイムはもうしばらく続き、セレジアのメンタルは崩壊寸前まで追い詰められていた。
テーブルに突っ伏すセレジア。彼女が元に戻らないと会計が出来ないので、ここまでやった二人が責任を取って機嫌直しを行う。
カロンとレイは関係ない&残っていてもやることが無いので、先にアヴァロンに向かう事にした。
アヴァロンまでの道中、レイは歩きながら言った。
「なあ、カロン」
「何だ?」
「お前は、何で天性力が欲しいって思ったんだ?」
「……」
少しの沈黙の後、溜息を吐いてからレイの質問に答えた。
「俺に妹がいることは知っているだろう?」
「いや初耳」
「……まあいい。俺の妹は元気こそあるんだが持病持ちでな。医者に見せても現代の技術じゃ治せないどころか余命は今からして後十年だと言われた。だが人間ではなく神なら妹の体もよくなると言われてな。死者さえ蘇らせることが出来る治癒の神アスクレーピオス。俺はこの神を天性力として手に入れるか、魔を滅ぼし復活させるために天性力を求め、学院に入った。ただそれだけだ」
カロンはそれだけと言ったが、レイにとってはとてもすごいことだ。妹のために戦うと宣言したカロンは普通に尊敬できると思った。
誰かと天性力の話をするたびに思う。
自分は何故学院に入ったのか、と。
確かに自分も天を信じ、天の復活の為に戦いたいと思ったこともある。だがそう思った動機、理由が全く思いつかないのだ。周りの人間にはちゃんとあるのに。
レイはこのことについてたまに思いふけることがある。今もそうだったようでカロンにいらぬ心配をかけさせた。
「どうした? 自分が天性力を求める理由なんてものを考えているのか?」
「……なんでわかった?」
「フン、お前のライバルを何年間やってきたと思っている。誰かに同じようなことを聞かれたのか?」
「まあ、な。でもカロン、お前もすげぇよ。ちゃんと理由がある、戦う理由が。俺なんかとは比較にならねぇほど立派なやつだよ。それに比べて俺なんか……」
レイが何か諦めたように呟くと、カロンはレイのネクタイを掴み、顔を引き寄せた。
「お前は何が言いたい!」
一喝してから続ける。
「お前は何かしたいと思ったかた学院に入学したんだろう! 理由がない? 他の人にはあって凄い?だからどうした! お前にも何かがあるはずだ! それが分からなくてもいい、自分を信じて最後までやって見せろ!」
カロンの叱責にレイは動かなくなってしまった。しかし、その眼には燃え盛るような闘志が漲っていた。カロンはそれを見て少し微笑み、
「この決勝戦でお前の答えを見せてみろ。お前ならきっとできるさ」
と、それだけ告げて先にアヴァロンへと向かう。その場に立ち尽くすレイは長い溜息を吐いた
「あー、何ぐずぐずしてんだ、俺。そうだよな、理由なんて人それぞれ。俺はとりあえずリタの分として戦えばいいんだ。自分の理由なんか二の次だ! カロンに目にもの見せてやるぜ!」
レイは頭を掻きむしり自身の頬を数回叩き、気合を入れなおす。そしてさっきまでとはまるで違う軽い足取りでアヴァロンへと向かうのであった。
#
現代建築のビルなどが立ち並ぶ発展した土地。ビルには大きなモニターが取り付けられ、今日の天気などの平和的なニュースが流れている。緑豊かとは言えないが、歩道の脇に等間隔で草木が植え込まれている。光源もランプではなくLEDなどの消費電力の少ない光。アスファルトを敷き詰めた道路には四輪の鉄の塊が高速で移動し、街路を歩く人々も老若男女それぞれで、服装も均一性はない。共通していることと言えば、街ゆく人々のほとんどが手のひらサイズの薄い板をいじっていることくらいか。
そんな国に、一際目立つ巨大な建物がたたずんでいた。
その建物の内部、黒をメインに彩られた薄暗い部屋に五人の男女が丸いテーブルを囲むように座っている。が、たまに数名からノイズのようなものが走っているから実体ではなくホログラムのようだ。部屋が暗いせいかその顔は見えない。五人が囲んでいるテーブルにはいくつもの画面が表示され、カテドラル学院の最終試験の映像が流れている。映像はすべて、誰かの目線から映し出されているようにも感じられた。
「今回の天性力獲得者は中々に厄介な者ばかりだな」
「特にこの赤髪は危険じゃな。成長すれば妾の障害になりかねん」
「後は氷使いの黒髪くらいじゃなーい? 俺たちの相手になりそうなのは」
トーナメントの映像を見て、次々と危険度や、推定戦力などを解析していく。
「それにしても『魔眼移植計画』、この計画は大成功ね。敵国の中枢部の情報が簡単に手に入るわ。あの国の人たちは厄魔の目、なんて言っているけど」
「そうでしょ? この計画を考えた人は天才だと思うよ!」
「ぬかせ。この計画を発案し、実行したのは君だろう」
「アハハ、実行したのはボクの部下だけどね。まあこれもすべて、愛しきもののため、かな」
そう言って頬杖をつきながらカッコつけるパーカーのフードを目深に被った少女(この少女はホログラム映像である)。しかしそれは見事にスルーされた。
「それにしてもさー。あんな胡散臭い目してるのに、どうして誰も気づかねえの? ひょっとしなくてもバカなんじゃね?」
「それもボクの部下の仕業だね。ていうか、部下の事なんかどうでもいいからこの画面に映っている人達の対応を考えようよ」
「それもそうじゃな。だがどうするかのう」
「確かにな。情報を得るのは簡単だが、討つとすれば適地のど真ん中だ。こちらの駒をみすみすとやるわけにもいかないからな。慎重に事を構えなければらならい」
しばらくの沈黙の後、ポン、と手をたたき、身を乗り出して発現する者がいた。
それは、またもやパーカーフードの少女だった。
「ハイハイ! ボクに任せて! 天性力獲得確定の四人と一緒にいる青髪ポニーなら簡単に殺れるかも!」
「理由は何かしら?」
「ちょっとした実験でね、天の国で魔性力を使って殺人はできるかって試したことがあったんだよ。その時に部下が殺した人間がこの青髪ポニーの両親だったっぽい!」
元気な声でここにいる者さえ知らなかった実験の話をする。これには全員が溜息。
「いいかΔ? そういうことはちゃんと報告するべきじゃと思うぞ」
「アハハ、ごめんごめん」
Δと呼ばれたパーカーフードの少女は軽く謝る。身長や声音からして十四、五くらいだろうか。
「それでみんなはΔに任せるってことでいいの?ちなみに俺は賛成。俺にやることはないから……というか凄く眠い……」
「異論はない」
「別に構わん」
「他に策があるわけでもなから任せるわ」
この場にいる全員から承諾を得て、Δは満足そうに笑う。
「ボクに任せといて! 戦力をできるだけ削いで見せるよ!―そう、全ては」
「「「「「魔王サタン様の復活の為に」」」」」
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