第10話 復活への道

アヴァロンのアリーナでは三位決定戦が行われていようとした。後二試合でトーナメントも終了。観客席にいる生徒たちも大いに盛り上がっている。

 クリスとセレジアがステージに立ち、教官が試合開始を宣言しようとした時、クリスが両手を上げ一言、

「私は棄権する」

と言った。

 さっきまでの盛り上がりは一気に冷め、あちこちからひそひそとした声が聞こえてくる。セレジアも同様で、困惑しながらクリスに問う。

「えっと……冗談、ですわよね?」

「冗談じゃない。私はここで棄権する。」

「どうしてですの⁉ サンティス家のわたくしと試合をするのがそんなに嫌なんですの⁉」

 セレジアはクリスを捨てた一族の人間が嫌なのかと思い涙目で訴えるが、クリスはそれをきっぱり否定した。

「違う、別にセレジアが嫌なわけじゃない」

「じゃあどうして!」

「私とセレジアが戦うと、色々とマズイ事になる」

「あ……」

 セレジアはクリスの言いたいことを理解した。クリスの本名はクリスティーナ・プロア・サンティス。つまり、元がつくとは言えセレジアと同じ貴族令嬢。クリスは幼いころに捨てられている。これでもし試合でクリスが勝つようなことがあれば、「捨てた元貴族に現役貴族が倒される」という状況になるわけだ。クリスの素性を知らない人からすれば何の問題もないもだが、逆にクリスの素性を知っている人からすれば、大きな情報になるわけだ。クリスによってセレジアが敗北。これが公になればサンティス家の存亡にも関わってくる。

 クリスのそれは、こういった状況を見越しての棄権宣言であった。

「ですが……しかし……」

 クリスの気遣いと分かっていても中々納得できないセレジア。この試合をとても楽しみにしていたのだ。自分に不都合なことが起こるだけなら別に構わない、と思いクリスに棄権を撤回してもらおうとしたら、それより先にクリスが口を開いた。

「それに、私にとっても不都合かも」

「どうしてですの?」

「もし私が勝つようなことがあれば、最悪私が消される」

 セレジアがショック顔になった。クリスはセレジアにのみ聞こえるくらいの声で続ける。

「そもそもクリスティーナ・プロア・サンティスという人間はいなかった。そうすればサンティス家にダメージはない」

「むう……それは……確かに嫌ですわ……」

「私の目的は天性力の獲得。その目的はもう達成されている。なら不都合なことはする必要はない。だからセレジア、お願い。私をここで棄権させて?」

「…………」

「……セレジア?」

 クリスは怪訝そうに首をかしげる。セレジアは長い沈黙の後、クリスの棄権を承諾した。

「はぁ、分かりましたわ。わたくしのプライドなんかよりクリスのほうがずっと大事ですもの。でも、いつかはわたくしと戦ってくれると約束して下さいな」

「うん。その時は、必ず」

 二人は約束を交わし、微笑む。そして教官の審判で三位決定戦は終わった。

「トーナメント三位決定戦は、クリスティーナ・ガルシアの棄権により勝者、セレジア・プロア・サンティス! 十分後に決勝戦を行う。出場生徒は至急支度しろ!」



 レイとカロンは観客席で同時に立ち上がった。

「さっきは悪かったな、カロン。手加減しないから覚悟しろよ!」

「お前こそ俺を失望させるなよ?」

「あったり前だろ! この試合でやっと決着がつくんだ。最高の試合にしないでどうするんだよ」

「違いない」

「それじゃ行こーぜ」

 二人は話しながらステージへと向かった。その背中に緊張感と言ったものは全く感じられない。

「ええ……私ボッチじゃん……」

 レイとカロンの姿が見えなくなり、寂しさがこみあげて来たのかリタが呟く。すると後ろから足音が聞こえた。

「クリス! セレジア! どうして棄権した……の?」

 こちらに歩いてくるものだがら、クリスとセレジアが帰ってきたものと思った。

だが、振り返った先にいたのは、

「リタ・コリンズだな」

 今までずっと試合の審判をしていたのとはまた違う教官だった。何故かリタの前で止まり、彼女の名前を呼んでいる。

「……そうですが何か?」

 教官に名指しされるようなことをした覚えがないリタは少し緊張する。リタが身構えていることなど眼中に無く、教官は用件を告げた。

「お前にはやってもらうことがある。ついてこい」

 それだけ言ってリタに背中を向ける教官の後ろに小首をかしげながらついていく。



 教官に連れられてきた場所は、アリーナからちょっと離れた所にある少し小振りな競技場だった。競技場の中に行くと、そこにはアンソン、ヴィンセント、テレサのトーナメント一回戦敗北のメンバーが集まっていた。リタが来たのを見て、アンソンが片手をあげ挨拶をする。

「よっ、やっと来たな、《藍炎》さんよ」

「これで全員集まりましたね」

「フッ。この僕が君たちを倒してあげよう!」

「えっと……何の話?」

 話が進み過ぎていて何が何だかわからないリタ。リタの疑問には教官が答えた。

「お前たち四人には敗者復活戦を行ってもらう」

「敗者復活戦?」

「そうだ。なんでも学院長からの命令でな。「天性力獲得条件を第五位にまで引き下げろ」と言われたんだ。それで初戦敗退者であるお前たちを集めたわけだ」

「つまり、この四人の中の一人が、天性力を獲得できると?」

「ああ、その認識であっている」

 その言葉を聞いてリタはすっかりやる気になった。クリスに負け、諦めるしかなかった天性力が今再び目の前に現れたのだ。

 このチャンスは逃さない。リタは集中力を上げ、闘志を燃やす。他の三人も感化されたようで、雑談がなくなり思考も戦闘モードに切り替わった。

 教官は少し呆れた様子で試合の詳細などを告げる。

「慌てるなお前ら。試合は逃げたりしない。ルールは何でもありのバトルロワイヤル。誰を狙ってもいいし、誰かと結託するのも戦略としてありだろう。この試合に降参はなく、戦闘不能となった者から脱落していく。最後まで立っていた者に、トーナメント第五位として天性力を授かる権利をやる。何か質問はあるか?」

 教官に筋肉マッチョのアンソンが質問をした。

「降参無しってことは、もし勢い余って相手を殺しても文句はないってことか? それによっちゃあ俺様も加減しないぜ?」

「構わない。ここで死ぬようなヤツは天性力を獲得する資格など無いからな」

「と言うことは使用魔法にも制限は無しかい?」

 次は金髪ナルシストのヴィンセントが前髪をかき上げながら問う。

「ああ、この競技場に修復不可能なダメージを与えなければどんな魔法でも使え」

 教官の言葉に四人はニヤリと笑う。相手を殺してしまっても文句はないと言われたのだ。よって死なないように加減する必要もない。本気で戦え、ということだ。

 四人はいったん離れ、ステージの四隅に移動する。リタはどう勝つかビジョンを組み立てていく。

(まずは誰を狙うか……。結界や超絶威力の拳は何とかなるからやっぱり罠使いから潰すのが妥当かな)

「始め‼」

 リタの思考を遮るように観客席から教官の声が響いた。

「お前から消えてもらうぜヴィンセント! 俺様の筋肉の煮えとなれ! 〈ボディチャージ〉――【アーム】!」

 ヴィンセントに殴り掛かりクレーターのバーゲンセールを行うアンソン。どうやらリタと同じで罠使いであるヴィンセントが邪魔なようだ。

 リタはこれを好機とみなし、一か所に固まっているアンソンとヴィンセントに向かって魔法を撃とうとした――が、急に視界がぼやけアンソン達が見えなくなった。

「私を忘れてはいけませんよ?リタさん、あなたはここで脱落してもらいます」

「テレサ……ッ! 結界使いか!」

 十字架を何個も首から下げた黒髪眼鏡の少女、次期アヴァロンの後継者テレサがリタの前に立ちはだかる。テレサは悠然とした態度で胸元の十字架を一個取り、天に掲げた。

「今こそ、審判の時! 〈天の大聖堂〉!」

 リタとテレサの周りが景色を変えた。広いホールに細かい装飾が施された柱や壁。天井は中心に行くほど高くなっている。それは文字通り聖堂のようだった。

「この結界内では、あなたの魔力をどんどん吸い込み、それがすべて私に還元するのです。よって私は強化、あなたを衰弱させる効果を発揮します。さて、魔力が無くなったあなたに何が出来るというのでしょう?」

「私がこの程度で倒れるとでも思ってるの⁉ 〈インフェルノ〉!」

 リタを囲うように炎が沸き立つ。だんだんと回転し始め、炎はどんどん上昇していく。すぐ炎は聖堂の天井にまで達し、聖堂を貫いた。聖堂の形が崩れ、結界が霧散する。

「――ッ! 流石は《藍炎》。圧倒的なエネルギーですね。ですがまだ終わってません!」

「反撃するのはこっちだよ! 〈フォールストーン〉!」

 空から人の頭くらいはある岩が降ってくる。その岩たちは〈インフェルノ〉によって沸き上がった炎を通り、熱々の焼石となってステージに落ちる。

「〈氷の抱擁〉!」

 テレサは自分に向かってくる岩を、水でたっぷりの泡で受け止め一瞬で凍らす事で速度を消す。魔法相性を考えた、最適の防御だ。テレサは攻撃を凌いだことに安堵するが、リタの標的はテレサだけではなかった。岩はアンソンやヴィンセントも含む、ステージ全体に次々と降り始めたのだ。

 リタはここで一人脱落させる予定だったが、流石はトーナメント進出者。一筋縄ではいかないようだ。

「〈ボディチェンジ〉――【不燃表皮】! 〈ボディチャージ〉――【アーム】、フンッ!」

 アンソンは自身の腕を不燃物質に変えてから自慢の拳で岩を砕く。

「フッ、〈エア・ボム〉」

 ヴィンセントはやたらと格好つけて空気中で爆発を起こし、岩を粉々にする。ステージは火の海と化すが、肝心の敵にダメージは一切無かった。

(これは……マズイ状況になっちゃったかな)

 この攻撃で一人も倒せなかったことでリタの計算が狂う。そして、一番危惧すべきことが起こってしまった。

「《藍炎》さんよぉ、俺様とヴィンセントの戦闘に首つっこむたぁ、随分と礼儀知らずなんじゃねぇか?」

「全くだね。君のセンスのなさにはがっかりだよ。もっと僕みたいにエレガントに行こうよ!」

「あらあら、リタさん一度に喧嘩を売り過ぎでは?いくら二つ名を持っていようとそれはあまりにも傲慢ですよ」

 自分が強いからって一度に全方位に攻撃をすればどうなるか?答えは簡単、攻撃された同士が結託して反撃に来る。今はまさしくその状況だ。

 リタは額に脂汗をかくも、弱気なところを見せればそれこそお終いなので、精一杯強者の威厳を見せつける。

「ハッ! 束にならないと私と戦えないほどあなたたちは弱っちいの?」

「知らないね、僕は君に消えてもらえばそれでいいんだ。そして君の今いる位置、実にパーフェクトだよ! 〈ノームの束縛〉」

 リタの足元でトラップが発動し、リタはそこから一歩も動けなくなった。テレサがそれを褒める。

「ヴィンセントさんナイスです!」

「そうかい?ならこの後一緒にお茶でも―」

「あ、そういうのいらないんで」

 即答で拒否られ、ヴィンセントがその場で石のように固まった。

 テレサはナンパ野郎のことなど頭の片隅にも入れず、リタに魔法を使う。

「〈対炎結界〉」

 リタの半径二メートルに範囲に結界が張られた。

「この結界内にいるリタさんは熱系の魔法が使えなくなりました。さあどうぞアンソンさん!キツイの一発かまして下さい!」

 テレサは無邪気にリタを指さし腕をブンブンさせている。リタが追い詰められているからだろうか、何故かハイテンションのようだ。そしてアンソンは、

「今から準備するからちょっと待ってろぉ!」

と言ってボディビルをやりだした。これには観客席にいる教官も苦笑い。リタなんか笑顔で額に青筋を浮かばせている。

「……」

 コイツらうぜぇ、心底殴りたい。と思うリタだが、今下手なこと言ったら本気で命に係わるので自重する。

 それからしばらくたち、やっと満足したのか結託した三人がリタに向き直る。数十秒が経ったというのに、まだトラップと結界の効果は切れていない。アンソンが一歩踏み出し、体の前で拳を合わせ、闘気を練り上げている。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ 今こそ筋肉の裁きを! 天誅を! 断罪を! これがバーンズ家に伝わる最終奥義! 〈筋肉こそ正義なり〉!」

 すさまじいオーラと共に、アンソンの体が一回り大きくなった。制服も破れ、鍛えられた上半身があらわになる。褐色の肌(頭皮も)が神々しい光を放ちこれでもかとばかり筋肉が強調されている。アンソンが使った魔法は先祖が編み出した魔法らしく、なぜかバーンズの名で生まれてくる人は必ずこの魔法が使えるらしい。つまり、アンソンの家族みんなが「力こそパワー」みたいなデタラメ筋肉頭をしているわけだ、それも男女問わず。想像しただけで恐ろしい。と言うか想像もしたくない。

「さて、お前はここで沈んでもらうぞ。安心しろ、この最終奥義を受けて悶えた者は、一人としていない!」

 アンソンはそう言うが、リタは全く安心できなかった。あの拳を受けて悶えた者がいないとなると、それは一撃で死んでいるからに他ならない。

 アンソンが一歩踏み込むだけで地面に亀裂が走る。そしてその圧倒的筋肉は脚力もデタラメにしていた。一歩で五メートルは進んでいるだろうか。とてつもないスピードで走り、体のばねを利用して高く飛ぶ。そして落下の勢いも合わせ、特大の拳をふるう。

 絶体絶命のリタは、身動きはいまだに取れないが、その顔には笑みがあった。そしてリタは言う。

「私は負けない! 私の悲願のために! 天性力を手にするために!」

 ありったけの空気を吸い込み、勝つための魔法を叫ぶ。

「〈アブソリュートゼロ〉‼」



   #

「リタさんはどこに行ったのでしょう……」

 リタが三人同時に喧嘩を売っていたころ、アリーナではついに決勝戦が始まろうとしていた。それなのにリタの姿が見えないことにセレジアが心配している次第である。

 ちなみに二人の席は一番前。レイとカロンの友達だからと、席を譲ってくれたのだ。

 ここなら試合がよく見える―周りと比べると背丈が低いクリスも上機嫌である。レイとカロンがステージに現れたのを見て、クリスがセレジアに問いを投げた。

「セレジア、この試合どっちが勝つと思う?」

「難しいですわね……。どちらも卓越した実力を持っていますわ。それも、この学年の人なんか相手にならないくらい」

「カロンはなんとなくわかるけど、レイもそうなの?」

「カロンさんと対等に渡り合っている時点で同等の実力はあるはずですわ」

「私はレイに勝ってほしい」

 クリスの発言にセレジアがツッコミを入れる。

「それじゃ願望ですわよ……」

「セレジアはどうなの?」

「わたくしはどちらが勝っても構いませんわ」

セレジアが回答をはぐらかしたので、クリスはジト目を向けセレジアに攻撃ならぬ、口撃を放った。

「そんなこと言って、心の中でカロンを応援してるくせに」

「ななな、何を言っているかわたくしにはさっぱりですわ!」

 見事な慌てっぷりである。クリスは口元を歪め、更なる口撃をする。

「そんなにカロンのことが好きなの? 一目惚れ?」

「べ、別に惚れてなど……ッ! あの見事な戦法にカッコイイ…い、いえ! 尊敬しただけですわ!」

 クリスは口元に手を当て、わざとらしく笑う。

「プー。セレジアから見ればカロンは白馬に乗った王子様?」

「~~~ッ! 違いますわよ! ほらっ、もうすぐ試合が始まりますわよ!」

 セレジアは強引に話を遮った。クリスもこれ以上の追撃をやめ、試合にステージに意識を向ける。クリスは引き際が分かっているからたちが悪い。セレジアは密かにクリスの危険度を上方修正するのであった。

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