第31話 得た本当の力

「ちょっとレイそれ本気で言ってるの?」

 謎の声から助言をもらったレイが提案を話すと、リタがマジかよコイツ、と返してきた。しかしその態度は反対というわけでは無く、むしろ歓喜が混じっていた。

「勿論賛成ですわ! いくら天上の者だろうとクリスを利用するような下種に対する信仰などありませんもの」

「俺に敵対するやつは天であろうと魔であろうと全て等しく敵だ」

 他のメンツも反対する素振りも見せずレイの意見に賛成した。

 レイはこの食いつきように苦笑するしかなかった。まさかこうも容易く信仰対象である天使を殺すことを了承するとは思ってもいなかったのである。―まあ、嬉しい誤算だ。

「あの天使は俺が〈ミカエル〉を使って落とそう」

「え、〈ミカエル〉の権能って字面からして天使は斬れないんじゃ……?」

 レイが眉をひそめて言うと、カロンがあっけらかんと言う。

「【正義断悪】は所有者が定めた悪を所有者の正義をもって切り裂く権能だ。俺があの天使を悪だと定めれば斬るのは容易い」

 カロンの言葉にレイはまたもや苦笑した。天使を堂々と悪だと言い張るその様はある種の尊敬まで覚えさせる。カロンの言葉はまだ止まらない。――と言っても、次は結構マジな方のやつだったのだが。

「後はどうやって天使の元へと行くかだ」

 一同が「あー」と唸って固まった。忘れていたが今この時の天使の音響兵器じみた攻撃は続いているのである。今はカロンによって防がれているが攻勢に出るとなればそれも難しい。

 行き詰ったようで沈黙がその場を走る。それから数秒経って、その沈黙を破るものがいた。

「……解決した」

 またもやカロンである。彼は今後参謀としても有能そうだ。――と言っても自分で建てた壁を自分で壊しているだけでもあるのだが。

「リタ、セレジア。お前らも【守護天使】が使えるはずだ」

「「え?」」

 二人同時に疑問符を浮かべた。そして両者自身の天性力を眺め数秒、

「「あ、ほんとだ」」

 完璧なタイミングで声が重なる。

「そもそも天使と言う存在自体が神の使いとして人間を導く役を担った者だ。天使の天性力を持つものすべてが【守護天使】を使えると仮定してもいいだろう。……俺のは剣型のため地面に差さなければ発動しないが、杖と指輪なら発動条件はもっと簡単だろう?」

「そうだね。私のは、杖を天に掲げるだけでいいみたい」

「わたくしなんて発動を宣言するだけでいいみたいですわ」

 カロンの予想は的中し防御壁がこれで二つ増えたことになる。

 これで全ての障害が無くなったので、ついに本題に入る。

「セレジアが俺に防御壁を使え」

「了解致しましたわ」

「リタは残る三人を守れ。俺みたいに音遮断を一方通行にできるならそうしろ。別にできなくても構わん」

「はっ! 楽勝でしょ。天性力って魔法と使用感は似てるからカロンにできたことが私にできないはずがないよ」

「……そうか、それは何よりだ。そしてレイ、お前は足場を作れ」

「足場?」

「ああ、俺が跳ぶのに合わせて空中に盾を作れ」

 流れ作業のように酷な要求を押し付けてくるカロン。それでもレイがやらなければこの作戦は成功しないので実質拒否権は無いのだが。

「まったく無茶ぶりを言ってくれるなあ……。やってみるけど期待はするなよ?」

「フッ。俺に勝ち越したやつが早々へまなんかしないさ。……と、ここからが一番重要だ」

 カロンはより一層神妙な顔つきになって緊張感を漂わせる。

「俺が天使の翼を切り落とす。そして天使が落ちたところを……レイ、お前がとどめを刺せ」

「お、俺ッ⁉」

 重要な役割を任され声が裏返った。てっきりカロンがそのままとどめを刺してくれるものだと思っていたのだ。

 けれども、これは好都合かもしれない、さっき言われた最後のひと手間を実行するには。

「分かった、俺がやってやるよ。……その時音波が飛んでこないことを祈るばかりだな」

「いい返事だ。――それじゃあ、やるぞ」

 全員が深く頷く。――これから天使を殺すのだ。

 カロンが地面から剣を抜く。

「〈ウリエル〉――【守護天使】!」

 防御壁が解かれると同時にリタが杖を横向きで天に掲げ新たな防御壁を生み出した。それはカロンと同じ音を一方通行で遮断した。若干リタの張った防御壁の方が性能が高い気がする。――本当に気がする程度だが。

「〈ラファエル〉――【守護天使】」

 次はセレジアがカロン個人に対して防御壁を生み出した。なんと驚くことに、セレジアも音を一方通行で遮断することに成功していたのだ。これは彼女のプライドか、それともただ単にカロンが負傷していたため一方通行の遮断が出来なかっただけか。

 カロンは天使に向かって走りだした。

 ここからがレイの出番である。カロンに任せろとは言ったが足場を空中に作るのは結構難しいのである。何せレイが造れるのは何の効果もないただの盾、空中に出すことは出来るがすぐに重力によって落ちてしまうのである。だから作り出すタイミングがかなり重要になってくる。レイの動機が少し激しくなっていると、またあの直接頭に来る謎の声がした。

〈何だ、緊張しているのか貴様〉

(あったり前だろ? 俺がミスればすべてが水の泡だ)

〈安心しろ。私が少し手助けしてやる〉

(?ただの声がどうやって――)

〈ほらそろそろ跳ぶぞ〉

 謎の声に指摘されてレイは思考を切り替える。不確かな声よりも今は目の前にいる友だ。レイは右手を前に出し意識を集中させ感覚を研ぎ澄まさせる。

 そして、カロンがついに跳んだ。

 レイが狙うは一番踏み込みやすい位置、跳んだのと逆足が伸び始めた瞬間である。そうすればばねの力も利用できてレイの盾を作り出す数も減る。レイは慎重にカロンの動作を見て、空中に盾を作った。

 盾をしっかりと踏み込んだカロンが高く飛ぶ。足場にされた盾はそのまま重力に従い地面へと落ちる。

「よっしゃ!」

 レイは歓喜の声を上げる。だが安心するのはまだ早い。

 レイは次々と盾を作りだす。そのたびカロンも高く跳ぶ。この分だと後三つくらいで届きそうだ。

新たな盾をカロンが踏む。後二つ。

 少し計算が狂ったがこれは許容範囲。カロンは気にせずさらに高く飛んだ。あと一つ。

〈人間。貴様もそろそろ行く頃だろう〉

(ああ!)

 レイはリタの張る防御壁から出た。一番危惧していた音波はすべてカロンの方へと向かっているようでレイには飛んでこなかった。

 レイは天使の真下に行く途中、地面に何か光るものを目にした。クリスのナイフである。レイは剣を造りだし天使を殺すつもりだったが、考えるまでもなくクリスのナイフを拾った。コストの削減の意味もあるが、なぜかこっちのほうがいいと思ったからだ。 

 クリスを救うにはクリスの武器で、これが一番しっくりくる。切れ味も申し分ない。

 レイは走りながらカロンの足元に最後の盾を作りだす。これまでにないほどの完璧な位置。カロンも称賛の笑みを浮かべていた。

 カロンは盾を思いっきり蹴り天使の数メートル上空まで跳びあがる。そして重力に身を任せ天使へと落下する。

 ――ここで最悪の事態が起きた。ずっと音波を放っていた天使に取り巻くラッパが、直接カロンを攻撃するように動いたのだ。

「カロンッ!」

 レイが叫ぶが防御壁に覆われた彼にその言葉は届かない。

 そして、カロンの背中にラッパの尖った方が、突き刺さる――と、誰もが思ったのだが、そこで予期せぬことが起きた。カロンを刺そうと迫るラッパとカロンの間に、一枚の盾が現れたのだ。更に次々とカロンを串刺しにしようと襲い掛かるラッパをすべて盾が防ぐ。

「〈ミカエル〉――【正義断悪】!」

 そして、カロンの剣が、天使が生やす四枚の翼全てを切り裂いた。

 天使が力なく落下する最中、レイは最後のひと手間を行うために自身も盾を足場に空へと跳ぶ。人ではなく自分なので盾を作るタイミングは分かりやすい。ひょいひょいと盾を足場に上昇する。

 二、三回跳んだ辺りでまたレイの頭に謎の声が響いた。

〈どうだ? 私の手助けは役に立っただろう〉

(お前のおかげで助かったよ)

 レイは素直に感謝の言葉を告げる。この声の主がカロンを守ってくれたのだ。確証はないがなぜかそう確信した。

〈さて、人間。わかっているな?〉

(もちろんだ!)

 上昇しながらレイは意気揚々と答える。謎の声もフッと笑って言う。

〈なら使え、私の力を。貴様はすでに知っているはずだ〉

「はぁああああああっ‼」

 レイは最後の盾を跳び終え重力でふわふわしている金のプレートにナイフを突き立て、壊す。

 レイは今この瞬間、天使を殺したのだ。プレートに刻まれたガブリエルの核である印が光となって消え去った。それを合図に次々と事は進む。まず宙に浮いている数十本のラッパが同様に光となって消える。そして、天使の体を覆っていた純白のぺプロスも少しずつ消え始めた。

 レイは落下するクリスを抱きかかえるように体を寄せ、頭に手を置いた。そして、最後のひと手間をクリスに施す。彼女を、人として救うために。


「―――――〈ブラフマー〉―――――」


 レイは優しく、安心させるように権能を使った。この名前は聞き覚えが無いのに真っ先に頭に浮かんだ。――まるで、生まれたときから使えたように。

 クリスの体数秒抱いてから、体を放しセレジアの方へと押した。

「クリス‼」

 もう防御壁を展開する必要のなくなったセレジアは【守護天使】を解除して落下するクリスの体をしっかりと受け止めた。その時にはすでにクリスを覆っていたぺプロスは霧散し、裸体となっていたためセレジアは自身のローブをクリスの体にかける。

「クリス! クリスティーナ!」

 セレジアはその場に座りクリスを介抱し、彼女の名前を必死に叫ぶ。セレジア自身もその言葉に意味がないことは理解していた。何せ、ノエルが使った権能によってクリスの脳は破壊されてしまったのだから。それでも彼女は諦めなかった。

(どうか、どうかこの一瞬だけでも、クリスの目を見させてくださいまし!)

 その時だった。セレジアの願いが通じたのか、脳を破壊されたはずのクリスが目を開けたのである。透き通るような二つの碧眼でセレジアの顔を見て、一滴の涙を零し、クリスは小さく呟いた。

「……………が………ぅ」

 それだけ言ってクリスは再び目を閉じた。その顔には、小さな笑みが浮かんでいた。

「……わたくしのほうこそですわ。おかえりなさい、クリス」

 セレジアはいっぱいの涙を流し、無言でクリスの体を抱いた。これだけでも十分だ。自分の記憶がある彼女とこうして最後に話せたのだから。それに彼女は最後、こう言っていた。

 ――――――――――――――――ありがとう。

「ふう、一件落着だね」

 クリスとセレジアを温かい目で見ながらリタが言った。

 今日はいろいろとありすぎた気がする。トーナメント最終日、激戦から始まり天性力授与式、そして襲撃から今達成したクリスの救出。夜風が今の時刻を強調する。もう空は全面の漆黒。明後日にこの中の数名は他国に移動なのだ。もう今日は休むべきだろう。

「ああ、全くだ。さっさとカレンを回収して家に帰る」

「あー疲れたっ! もう当分動きたくないわー」

 レイは腕をめいいっぱい伸ばしながら一同の元へと歩く。本当に今はお疲れ様としか言う他ないだろう。

「まあレイは移動もないし数日ならいいんじゃない?」

「何を言う。ここで怠けてはダメだろう。レイは明日にでも軍に志願するべきだ」

「ちょっとカロンそれはさすがに無理があるぞ?」

 ようやく訪れた日常会話にレイはアハハと苦笑する。これが平和と言うものだ。

 と思ったのだが、突如レイを強烈な眠気が襲った。それは抗い難く、レイにはどうしようもなかった。

「やっべ、ねむ……」

 レイはその場に倒れこむ。リタが駆け寄り名前を叫んでいたがそれもすぐに聞こえなくなった。

 ――そして、レイの意識は完全に暗闇へと落ちた。

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