第15話 天の性質を持つ力
レイとカロンの試合であるトーナメント決勝戦が終わり、五年次生の生徒はユグドラシル最大の聖堂、アヴァロンへと集合していた。レイとカロンは試合の影響で疲弊してるも天性力授与式のため重い体に鞭打って聖堂に足を運ぶ。
天性力。
神や天使の力とされている天上の力。遥か昔、神話の時代に活躍していた神々や、それに仕える天使たちの力が、時や時空を超えて人々に与えられたと言われているのだ。
この力はユグドラシルに住む者は勿論、天を信じる者すべての象徴であり憧れなのだ。
天性力持っている人は天人と呼ばれ、それだけで人生勝ち組。住まいは一般住居を一人一つ支給。商店で商人にまけてもらえたり、軍事政権に関わることだってできるのだ。
天性力の中でも神の力を持つ者にはもれなく爵位が与えられる、などなど。
学院の最終試験は天性力を最初に獲得するチャンス。つまり、最終試験で天性力を獲得した者は、十七の若さにしてかなり裕福な生活を堪能することが出来る、ということだ。
こんなに適当でいいのかと疑問を持つものもいるとは思うがそんなものはこの国では通用しない。何故なら天性力を持つものは、「神を信じ天を信じ力を手に入れた者は、天の秩序に従っているのだから愚行を犯す心配は無用」と、国が発表しているからだ。
アヴァロンの内部は、皆が聖堂と言ってイメージするような構造であった。細長いホールの左右に木製の長椅子が長蛇の列を作り並んでいる。至る壁に取り付けられたステンドガラス。そして先端部分にある祭壇。
聖堂全体の色彩は主に白。何の穢れもないその色が床、壁、天井を占めていてその清潔さと神聖さを醸し出す。
並べられた長椅子には五年次生の生徒たちが座っている。そして生徒たちの前、一段上がった床に今回の天性力獲得者が並ぶ。
一位、レイ・ヴィーシュカル。
二位、カロン・アロイザー。
三位、セレジア・プロア・サンティス。
四位、クリスティーナ・ガルシア。
五位、リタ・コリンズ。
以上五名が天性力獲得の権利を有し、これから授与式を行う者たちだ。
――しかしここで生徒たち全員の時が止まった。
何故リタがここにいる⁉ と。
レイが全生徒を代表してリタに問う。
「リタ⁉ 何でお前が前に出てるんだ⁉ お前は初戦敗退で天性力に手が届かなかったはず……」
レイの戸惑いにリタは胸を張って誇る。
「実はね、私も天性力を獲得出来る事になったの!」
「そんな話誰からも聞いてないぞ……?」
「だって言ってないもん」
「そう言うことじゃなくてだなぁっ!」
「そうですわよ、ちゃんと理由を教えてくださいな」
「セレジアの言う通り。納得のいく説明を求める」
「リタ、天性力がらみとなると冗談じゃ済まされないぞ」
レイに他の三人も乗っかりリタを質問攻めにする。しかしリタはまともに応じずただ誇らしげにフフンと鼻を鳴らすだけだった。
その混乱と動揺が次第に感染しアヴァロン全体にいきわたったころ、ようやく教官が事態の収拾に動いた。
「まずは落ち着けお前ら。これにはちゃんとしたわけがある。今から説明するから一度座れ」
教官が説明するといったので生徒一同は長椅子に座る。しかしその眼は納得いっておらず、変な理由だったら暴動起こすぞコノヤロウくらいの思念が籠っていた。
教官はレイ達五人を除く生徒全員が座るのを待ってから説明を開始した。
「まずこの最終試験はお前ら知っての通り天性力を獲得できるのは四位までだ」
「だったらなぜリタが五位としてそこにいるんですか⁉」
一人の男子生徒が立ち上がり早くも教官に異を唱える。
「落ち着け、さっき言ったのは通常の場合だ。今回は少しばかり異例でな、いきなり学院長が「天性力獲得条件を五位にまで引き下げろ」と言ってきたんだ。こちらとしても今回のことに疑問はある」
「学院長に理由は聞いていないんですか?」
次は女生徒が教官に質問する。
「もちろん聞いたさ。だが理由は学院長も知らないらしい。なんでも獲得条件五位への引き下げは始祖の命令なのだと」
生徒たちがざわつく。しかし始祖なんて言葉を聞いたらそうもなる。
――始祖。
この巨大国家の中心、世界樹内部に住む謎多き人物だ。否、人かどうかも不明なのだ。
ただわかっていることは、九つの国全てを見ることが出来、時折始祖からメッセージが届くのだと。それも手紙などの手段ではなく直接脳内に声が聞こえてくるとか。国に一つずつ学院を設置するように言ったのも始祖なのだ。その情報量と行動力、ましては未来の出来事を見通しているとしか思えない発現もあったことから、巨大国家ユグドラシルの創造主、とも噂されている。
そんなとんでもない単語がポロリと出てきたものだから生徒たちは驚きを隠せない。乱れ始めた空気を、教官は手をたたくことで生徒たちの意識をこちらに向けさせる。
「始祖からの命令である事から学院も反対する理由が無く、トーナメント初戦敗退者での敗者復活戦の結果リタ・コリンズを第五位としたわけだが、納得いかない者はいるか?」
教官の問いに誰も異を唱えることは無かった。
リタはトーナメントまで進出しているので予選脱落の自分たちに否定する資格はない。――と考えている生徒がほとんどだった。
これで話は収まったようでリタはレイに向き直りニッっと笑って言う。
「どう? これで納得してくれた?」
「ああ、納得したよ。それにしてもお前も天性力獲得か、おめでとうリタ!」
レイは表面上は祝福していたが、内心では少し複雑な気持ちになっていた。何せ、天性力を獲得でき無かったリタのために自分は戦うと決めたのに、そのリタが天性力獲得に舞い上がってきたのだ。
また天性力を求める理由が、天性力を使う理由が無くなった。
レイの心が虚無感にとらわれる。
しかし目の前のリタは天性力が獲得できることに喜び、笑顔で笑っている。心からの喜びを見せている彼女に余計な心配をかけることはできないと思い、今は自分のことなど思考の外に追いやることにした。
生徒たちが落ち着きを取り戻し、ついに天性力授与式が行われる。
このアヴァロンの現管理人、セーラ・クルス。テレサの母親に当たる女性が式を執り行うこととなった。テレサと同じ黒髪だが、修道服に隠れて顔以外の肌は全く見えない。その顔は少し皺が出ているようだが老いてる感じは一切せず、常に美容を気にかけているのが感じ取れる。セーラはレイ達の前に赤いスカーフの敷かれたトレーを持ち出した。
そこには形こそ整った宝石のようになっているが、灰色のまるで石のようなものが五個、置かれていた。シーラはその石を見せつけ言う。
「これが私たちの信じる神や天使と言った天上の力、天性力です」
「この石が?」
レイは思わず声に出してしまった。シーラから少し殺意のこもった視線が送られてきて、ちょっと怖くなったレイはスッと視線を横にずらす。
シーラは気づかれぬよう深呼吸をしてから続ける。
「これはただの石ではありません。それでは天性力を授かる資格がある優秀な戦士さん、最後に問います。天性力を手にすれば天上の力を得ることが出来ます。しかし、今まで使っていた魔法は一切使えなくなるのです。これは絶対の事実であり、魔法が使えなくなるのが嫌で天性力を手にすることを拒んだ人もいます。どちらを選んでも構いません、あなたは天を信じ切り、天性力を手にしますか?」
シーラの最後の問いかけに五人は沈黙一秒、正面を向き自身の決意を示す。
「俺は天性力を選ぶ」
「私は最初から決めてたからね。天性力のために今まで頑張ってきたんだから」
「俺の目的を達成するために天性力を手にする他ない。妹のためにも天を信じよう」
「私は平和を望んでいる。だけど力なきものが何を言ったところで意味はない。私は天性力を選ぶ」
「魔法が使えなくなる程度でわたくしの信念は変わりませんわ」
そう魔法を犠牲にすると言った五人の目には信念が宿り、その決意が本気だと思わせるには十分だった。
シーラは微笑み両ひざを突き胸元に両手を添え、目を伏せ祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「祈りなさい、自身の信じるものに。願いなさい、己の成し遂げたいことを。誓いなさい、この身を尽くして天に仕えると」
五人もそれに習い片膝を立ててしゃがみ、祈りを始めた。
それぞれの願いに応じ、灰色だった石は輝かしい光を放った。
――リタは願う。
(あなた達に捧げる祈りなんてないけど、力をくれるというならちょうだい。仇を討ち、魔を滅ぼすための絶対的な力を!)
リタの願いに応じ石は赤と金が混ざったような色に光り、次第に石は金と赤の杖に変わった。
「これが天性力……。まるで生まれたときから使えたような感覚……光と炎の天使〈ウリエル〉、私にピッタリかも!」
リタは自身の目的である仇討ちに必要な力が手に入ったことを嬉しそうに笑う。権能も炎と光と、自分の得意分野であることからとても嬉しそうに杖となった〈ウリエル〉を眺めている。
――カロンは願う。
(妹を救う力を、その行為が正義だと誇らしく言える力を、俺によこせ)
カロンの願いに応じ石は青白い光を放ち、次第に青のグリップに、光りを反射し美しい銀色の光沢を放つ細長い刀身の片手剣に姿を変えた。
「正義の熾天使〈ミカエル〉か、――俺らしいな」
カロンはどこか寂しそうにそう呟く。〈ミカエル〉を天性力として獲得したのは妹より自身の正義を信じる心のほうが勝ったからだろう。しかしそれはなんも恥じる事ではなく、カロンはもっと正義を貫き通せる自分も誇るべきだ。カロンは剣の柄をぎゅっと握り、一緒に現れた青と白銀の鞘に〈ミカエル〉をしまう。
――クリスは願う。
(私はこの国を差別のない誰もが幸せに暮らせる国にしたい。その為に民を、全ての人を導く力をください)
クリスの願いに応じ石は彼女と髪と同じ色の銀色に光り、彼女の首に印として痕をつけ石は手の中から消え去った。
「力を司る天使〈ガブリエル〉……私脳筋じゃないし、ただ単純な力なんて望んでないような……?」
クリスは首を傾げ、怪訝な顔をしてぽそっと零す。単純な力は使い方次第でどんなようにも応用可能なのでこの〈ガブリエル〉はクリスにピッタリの天性力だと言えるだろう。クリスはまだそのことに気づいている様子はなく、首に痕として付いた〈ガブリエル〉をさすっている。
――セレジアは願う。
(双子の姉として、捨てられたクリスの心を完璧に癒す力をくださいまし。ちっぽけに聞こえるかもしれませんが、これがわたくしにとって一番大切なことなのですわ)
セレジアの願いに応じ石は暖かい金色に輝き、指輪となってセレジアの左手薬指にはまった。
「天使〈ラファエル〉――わたくしの望んだ通り、癒しの力ですわ!」
クリスに対する思いが、彼女の望んだ癒しの力を引き寄せたのだろう。セレジアは左手を天に掲げ黄金の輝きを放つ指輪〈ラファエル〉をキラキラさせた目で眺めている。
――レイは、
――――――――――――――――――何も願わなかった。
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