第16話 学院の卒業

それぞれが自身の天性力に見入っている。獲得した者だけでなく、この場にいる生徒全員が。それほど信者にとって信仰対象の力とは神聖で崇高なものなのだろう。

セーラは別の意味で驚いているようだった。

「まぁ、まぁ! まさか一度に四大天使様がお集りになられるなんて! 今年はいい年になりそうですね」

セーラは何やら四大天使がどうのこうの言っているようだが、それらを獲得した四人はいまいちピンとこない。カロンが四人を代表して言った。

「四大天使とはなんだ?」

 それを聞いたセーラはなぜ知らないのか的な雰囲気で回答をする。

「天使の中でも有力なミカエル、ラファエル、ガブリエル、ウリエルを総称してそう呼ぶのですよ。その四大天使が一度にお見えになられるなんて! なんて幸せな日なのでしょう!」

 セーラはすっかりテンションが上がり他にもいろいろと熱弁している。

 自身の天性力を自慢しあっている四人の外側に、レイは突っ立っていた。

 ――そう、レイの石だけはいまだに変化が見られなかったのだ。

 そうとは知らず、リタが無邪気にレイに声をかけた。

「ほら、私も天性力を獲得したんだよ。それも私の得意分野の強化版! これは魔法捨てて正解だったね~。レイはどうだった?」

 リタは金と赤の杖〈ウリエル〉をレイに見せびらかす。

「……」

「どしたのレイ? ――って、あ」

 リタはレイの反応が無いのを見て今の状況を察したようだ。――察した、と言ってもレイは棒立ちのまま右手で石を掴んでいるのだから一目瞭然か。

 そして状況を理解していながらも、今言ったら確実に混乱を招く言葉を、言った。

「もしかして、天性力が現れなかったの?」

 アヴァロン内部の視線がすべてレイに集中する。混乱の視線が漂う中、レイ自身も混乱していた。

「なあ、何で俺は天性力を得られないんだ?」

 声と視線でセーラに訴えるもセーラも怪訝な顔をして首を横に振るだけだった。毎年天性力授与式を執り行ってる彼女でさえ、分からないと言うのだ。

 混乱に動揺がプラスされ、空気はどんどん悪くなっていく。

「おかしいですね……。天性力を獲得する条件は満たしているはずなのですが……。あ、もしかしてレイさん何も願わなかったりします?」

「――いや、そんなことは無いような気がするけど」

 何かここで正直に言ってはいけないような気がして、レイは嘘をついた。

「そうですか。でしたら無いがいけないんでしょう……」

 セーラは顎に手を当て熟考を始めてしまった。どうやらホントに何もわからないらしい。

「何もないぞ……全くどうなってんだ……」

(それに願いが獲得条件だなんて思わなかったぞ…)

 レイが吐き捨てるように溜息をついて右手に持った石をかざした途端、目を開けているのすらきついほどの閃光が迸る。直視したら失明するくらい眩い光だったが、どうやらこの光を直視した者はいないようで、皆が手や腕で顔を覆っている。

 ――たっぷり数秒後、ようやく光が収まったようでちらほら目を開け始めた。

「――ッ。何だったんだ……?」

 光りの一番近くにいたレイも視界がチカチカ点滅しているが目に異常はないようだ。ほっと胸を撫で下ろすが、ここである違和感に気づく。

「レイ、石は?」

 クリスの言葉で違和感は確信へと変わった。

 レイがさっきまで右手に持っていたはずの石が、天性力が無くなっていたのだ。

「なっなっ、なんてことでしょう! 天性力が無くなってしましましたよ! レイさん、体に何か異変は感じませんか? 天性力は武器や物として現れるか、クリスさんのように体のどこかに印が浮き出るはずなのです」

 セーラは慌てふためきおどおどし始めた。

「――特に何も。体に違和感も感じないけど……」

 レイは体に意識を集中させどこか変わったところがないか確認する。しかし結果は何もなし。天性力は体に宿ったわけではないのだ。

「だとするとなぜなのでしょう……。まったく手掛かりがありません」

 この中で天性力に一番詳しい彼女が乱れると、それは感染する。再びアヴァロンに不穏な空気が漂い始めた。そんな中、天性力獲得済みの四人は、驚いてはいたが混乱までは行っていなかったようである。

「ホントに何もお願いしなかったの?」

「…………ああ」

 絞り出すような小さな声を聴き、リタは俯いて問う。

「それってやっぱり私のせい?」

 リタはかなり申し訳ない気持ちになっていた。

 リタのせい。

 自分のために天性力を獲得し使うと言ってくれたレイの気持ちは嬉しかった。レイには任せないと言っても彼は勝手にやると言った。そう思えるレイの心はすごいと素直に感心したのだ。でも、リタはそんな彼の決意を踏みにじったのだ。天性力を獲得でき無かったはずの自分が、敗者復活などの本来の予定にも無かった方法で。リタがもし敗者復活などしないでそのまま最終試験が終わっていれば、レイは「リタのために戦う力をください」と願ってちゃんと天性力を獲得出来ていたはずだ。

 そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「リタ、お前が気に病むことは何もないぞ」

 レイとリタの会話に横からカロンが割り込んできた。

「レイ、お前今魔法は使えるか?」

「……?」

 カロンの言葉の意味が分からずレイは首をかしげる。

 対してカロンは、混乱気味のレイに一語ずつ、はっきりと頭に入るように言う。

「いいか? 天性力を手にする前、言っていたな。「天性力を手にすれば魔法が使えなくなる」と。だったら今魔法を使ってみればいい。もし使えたらお前は天性力を身に宿していない。――逆に、魔法が使えなければ、お前は天性力を手にしていることになる」

「っ! なるほど!」

 レイはそれを聞くなり試してみることに。

 使うのは一番なじみ深い剣の錬成。

 この魔法を使えば一瞬の間で手中に片手剣が収まっているはず。

 レイは両目を祈るようにギュッと瞑り、剣の錬成を開始した。――すると、

 レイの手中に、剣が収まっていた。

「はは」

 レイは笑った。悔しがるでも絶望するでもなく。自身の右手に握られているいつもの片手剣を見つめている。

 レイは悟った。――自分は天性力を得られなかったのだと。天性力を求める理由が、戦う理由な無かったために。

 今握っている剣が何よりの証拠だ。

「ははは」

 ――レイは盛大に一歩を踏み外したのだ。しかし彼は何も感じない。

「ははははははははははは」

 ただ、もう何もかもが吹っ切れたように、乾いた笑みを浮かべていた。



 レイの天性力未獲得が発覚し、収拾がつかなくなった大聖堂アヴァロン。

とりあえず教官はレイを含む天性力獲得者を別室に移動させ、今残っている生徒たちを対処することに。

「お前らカテドラル学院第六十七期生はこれにて卒業となる。異例に異例が重なったがこれも天の導きだろう。学院を卒業した生徒全員には軍の志願資格があるが、絶対軍に入れ、ということではない。各々が自身を尊重し、自身のやりたいことをするべきだろう。――長話は好きではないのでこれで終わりにしよう。我らの行動はすべて天のために」

 教官の合図に、生徒全員が合わせる。

『汝に天の御加護があらんことを』

 この天の信者お決まりの挨拶をして彼らの学院生活は終わりを告げた。

 今後は例年通りだと約六割が軍に志願し、残りの四割が至る所で商人や聖堂管理、鍛冶などサポート系の職に就くこととなる。この国にニートや無職といった概念は存在せず、皆天のため毎日を働いて過ごしているのだ。――もちろん、休暇はある。いくら天のためだろうと毎日労働じゃ働く人がいなくなるからだ。

 学院を卒業した証に、銀色の羽の形をしたバッチを渡す決まりがある。

 これは証明書みたいなもので、このバッチは「一定以上の魔法の技術と知識」「優先的に職に就く権利」「軍に志願する権利」の意味がある。魔法の技術と知識があれば民から信頼と好意を勝ち取ることが出来、就職のとき倍率が高ければ優先的に仕事に就くことが出来るのだ。

 要するに学院を卒業するだけでも意外と裕福に暮らせる、ということだ。しかしそれは(結構)多額な学費を払って学院に五年間も通った結果なのだからそれくらいの権利は与えられて当然である。

五年次生の生徒は思い出話に花を膨らませながら銀色の羽のバッチを受け取り、アヴァロンから姿を消していく。次々と生徒がアヴァロンから去り、残るは圧倒的筋肉アンソンと黒髪眼鏡テレサ、金髪ナルシストヴィンセントのみとなった。この三人はずっと立ち話をしており最後になるまで卒業したことに気づいていなかったようだ。

「私たちも卒業ですね。長いようで短い五年間でした」

「そうだね、僕としては君と出会えたことが何よりの思い出、かな」

 テレサのほうをさっきからチラチラ見てカッコつけるヴィンセント。どうやら彼は「ナンパ野郎」の属性を追加し「金髪ナルシのナンパ野郎」に昇格を果たしたようだ。

「私と初めてちゃんと会話したの、最終試験でしょう?何最近のことを熱く語ってるんですか?」

 どうやら昇格してもこの即答で振られるのは変わらないようだ。――それでもめげない彼のメンタルも相当のものだが。

「はぁ、兄貴みたいに筋肉で学院を踏破できなかったぜ。まだまだ筋肉の磨きが足りなかったようだな」

「へ、兄貴?」

 テレサが素っ頓狂な声を上げて問う。こんな筋肉の塊の兄となるとそれはもう、ねえ。

「おう。お前らも知ってるだろ?このアースガルド最強の戦士、ヴォルヴァ・バーンズとは俺様の兄貴のことよ!」

 この発言にはテレサだけではなくヴィンセントまでもが驚愕した。

「君のお兄さんはあの《雷帝》だっていうのかい⁉君もすごい大物だったんだね」

「まあな。だがまだ俺様は兄貴には追い付けん。少なくとも最終試験で優勝できなかった時点で自身の未熟さがひしひしと伝わってくるぜ」

「え、アンソンさんのお兄様は学院を首席で卒業したんですか?」

「おうよ! 俺様と同じ身体強化で対戦相手をボコボコにしたって話だぜ! やっぱり筋肉はイイナ!」

 思わぬカミングアウトに驚かされた二人だが、最後の筋肉と言うフレーズだけは完全に無視していた。

「さて、私たちもそろそろ行きますか。新たな天地へ」

「そうだね、更なるビューティフルを目指して頑張るとしようか」

「俺様は一から筋肉を鍛えなおそう」

「それはちょっと辞めたほうがいいかと……」

「僕もそれ以上はまずいと思うよ。確証はないんだけど、何か、これ以上筋肉をつけたらお終いな気がするね」

 アンソンに対しては二人とも意見が合うらしい。――まあ、テレサとヴィンセントの息が合っているのではなく、明らかにアンソンが尖りすぎているからだろう。

 三人は、面白おかしく雑談しながらアヴァロンを後にした。

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