第17話 語る溺愛に喜ぶお嬢

同時刻、巨大国家ユグドラシルの中心であり象徴、直径五キロはある巨木、世界樹。

 誰も知らないその内部は、外から見た茶色の幹に年中枯れることのない生い茂る緑の葉、などとは全くと言っていいほど違う、異質なものだった。

 少し白く濁った鉱石のようなもので全体が覆われ、どこから入ってきたかもわからない光を無造作に反射している。

 その空間の外側を埋め尽くす鉱石は、至る所から伸び、中心へと集まっている。もしくは中心から鉱石が伸びているのかもしれない。鉱石が集まる中心は球状になっており、その中に、人のような形をしたものが埋まっていた。その鉱石に埋まっているものこそが、ユグドラシル統括者、始祖と呼ばれているものの正体なのである。

 鉱石の球体の周りに無数の画面があり、ユグドラシル各所の映像が常に流れている。

 無数の画面の中、一際大きく目立つ画面には、大聖堂アヴァロンでの天性力授与式が映し出されていた。

『リタ・コリンズの天性力獲得はうまくいったようだ』

 その声は性別も年齢も分からない、何とも不思議な声だった。しかも球状の鉱石の中から発せられているはずなのに、声はこの空間全体から聞こえる。

『あれほどの才を持っていながら天性力を与えないのは実に惜しかった。――それにしても天使が四体、それも四大天使だとは、正直予想外だ』

 始祖も四大天使は特別視しているようだ。四大天使は天使の中でもさらにかなり有力、神に最も近いと言われている天使なのだ。その力は強大、天性力となった今でも天使の中では最高位に君臨している。

 その四大天使が、一度に姿を現したのだ。天の国としては有力な戦力となる。

 始祖もそのことに歓喜し、踊るような声音で声を響かせている。

『フフフ、これでこちらに戦況が傾くだろう。果たしてしのげるだろうか、魔の国ナイトメア』

 喜びをあらわにする始祖であったが、映し出されている画面でレイの石がまぶしい閃光を放ち、姿を消したところで声が止まった。始祖は映像を巻き戻し、もう一度さっきの出来事を観察する。

 しかし何度見ても、レイの持つ石が光を放ち画面を真っ白にして、景色が戻るころには石が無くなっていた。

『ふむ……。天性力が消滅した……? 否、これはあり得ない。天性力に閃光を放ち、姿を消す機能なんてものはない。そもそもこの少年が普通に剣を錬成しているのが不可解だ。天性力は手に取った者の本能的な願いによってその力を決定する。本当に何も願望が無い人間なんていないはず。だとすると創造系の力か?しかしそれだと少年の体に何の痕跡もないのがおかしい。――石は無くなったのだから何かしらの力は得たと断定していいだろう。……もう少し様子を見るか』

 始祖の声が鉱石に当たり、反射し、反射して何重にも響き渡る。

 レイの天性力に関してはユグドラシルの統括者でさえ詳細は分からないようだ。しかし始祖はそれをさほど気にした様子もなく、また上機嫌な声音に戻った。

『ああ、待っていろ。全ての天上に住む者よ。必ず魔を滅ぼしお前たちを解放してやろう。そして我らを封印した忌々しき創造主に報いを受けさせよう。――そのために今地上にいる我らを信じる人間を有効に使わなくては、全ては、我々の悲願のために。フフフフフフフフフフフフ』

 始祖の高い笑い声が世界樹を揺し、ユグドラシル全体に風が吹いた。



   #

 レイの天性力が消滅した騒ぎは収まり、別室に移されたレイ自身もだいぶ落ち着きを取り戻していた。

「悪いな、みっともないとこみせちまった。でももう大丈夫だ、天性力がなくたって魔法は使えるんだから」

 レイはそう言うがその顔は少し強張りとても辛そうにも見えた。しかしここで励ましの言葉など逆効果だと理解している天性力獲得者の四人は天性力のことに関しては何も言わない。

 ごく普通の、今まで通りの会話をする。

「やっぱりここは皆さんで打ち上げをするべきだと思いますわ」

 セレジアの唐突な意見に皆速攻で食らいついた。

「さんせー!」

「いいなそれ! なんか新鮮だな!」

「私も。学院を卒業したんだし」

「ああ、俺も構わない。――そうだ、妹を呼んでもいいか? いつかお前たちに会わせたいと思っていたんだ」

「カロンさんの、妹⁉」

 セレジアが目を見開きカロンに迫る。

「もちろんご参加ください! と言うか参加しなかったらすべてが台無しな気もするので絶対に来るよう伝えてください!」

「落ち着いてセレジア」

 妹という単語にすっかり興奮しているセレジアの脳天をクリスの手刀が穿つ。

 それなりに威力のこもったチョップに、セレジアはふにゃふにゃと崩れるというよりかは溶けるようにその場に倒れる。その顔はにやけてきっていてどうやら妹、という単語がかなり好きなようだ。その理由はクリスという妹でありながら離れ離れに暮らしていたからか、ただ単に好意を寄せている人の身内に会えるのが楽しみなだけかは本人に直接聞くしかわからない。

 床で不気味な笑い声を発しているセレジアを無視し、一同は打ち上げの話を進める。

「打ち上げするにしても場所はどうするんだ? 昼にレストランは行ったからやっぱ誰かの家?」

 レイの問いに地べたに這いずっていたセレジアが勢いよく立ち上がり提案をした。

「でしたらわたくしの住まいにご招待しますわ! 広さは申し分ないですし、何よりいい職人といい食材がありますもの!」

 セレジアは自慢げに言うが、四人は乗り気ではなかった。打ち上げという名目だけでこの国の貴族、サンティス家にお邪魔する勇気は出てこなかった。一番嫌そうにしているのはクリスだ。――当然である。自分を捨てた家に入ろうだなんて誰が思うだろうか。しかも名前を偽りセレジアの友達として、だ。

 クリスの心底嫌がる視線をようやくセレジアは感じ取り、自分が何を言ったのかを自覚し額に脂汗を浮かべる。

「え、えーっと、さっきのは嘘ですわ……忘れてくださいの……」

 長い金髪の弄り視線を泳がせながら逃れようとするセレジアを見てクリスは一層目を鋭くした。

 逃れられないと悟らせるには十分なクリスの目には、呆れとほんの少しの殺意が籠っていた。――言うことはそれだけか、みたいな。

 クリスの目に射抜かれたセレジアはその場に正座し、額を床にガンガン打ち付け平謝りを開始した。

「ごめんなさいごめんなさいクリスさん。わたくしの発言が軽率でしたわ配慮が出来ていませんでしたわこの腐った頭が悪かったですわわたくしの存在そのものがいけないのですわ本当に申し訳ございませんわたくしみたいなごみ屑は速やかに退出しますのでどうかその憐みの視線はやめてくださいませ殺意を向けるのも止めて下さいませどうか、どうかご慈悲をーーーーーー!」

「ええと……」

 クリスは困惑すると同時にかなり引いていた。セレジアのドジを踏む性格は知っているがここまで謝られるのは初めてなのである。

 この光景を眺めている三人も何をどういえばいいのかわからず、とりあえず生暖かい目で見守っている。

「私までその眼で見ないで。と言うかコレどうすればいい?」

 クリスはセレジアと同類にされたのを不満に思い文句を言う。そしてクリスが指をさしてコレと言い放ったのはセレジアのことである。一緒に暮らしていないとはいえ同じ人の腹から生まれた人をコレと言い放つクリスも意外とひどいのではないか?

 セレジアが額を叩きつける動作をやめようとしないのでリタがフォローに入った。

「えっとセレジア……これ以上変な目で見られたくなかったら落ち着きなよ」

「落ち着く……ですの?」

「うん。クリスだってセレジアがわざと言ったんじゃないってことくらいわかってるからさ」

「そう……ですの?」

 セレジアは涙目でクリスの目を見る。その今にも大粒の涙を流しそうな瞳を見て、クリスは溜息をつきセレジアの近くまで歩みしゃがむ。

「私も睨んで悪かった。でも私は信じてたから、セレジアがそんなこと言う人じゃないって。だから元気出して?」

「クリス……グスっ、そうですわね。わたくしたちは絆よりも固い確かなものでつながっていますものね。――ふしだらな姿をお見せしましたわ」

 クリスの手を握り立ち上がるセレジア。そのとても熱い熱情に当てられリタも涙目になり、二人を微笑んで見守っている。

 三人の空間は――そう、ちょっとしたことでキラキラする少女漫画のようになっていた。

「何だあれ」

「さあな」

 少女漫画の世界へ突入した三人を一歩引いたところから眺めている男二人。この甘ったるい空気がなぜかうっとうしく感じる。そして何より女子特有の行き過ぎた友情が理解できない二人はなぜちょっと励ましただけでキラキラっし出すのかが不思議でたまらなかった。

「あれって俺らが入っちゃいけないやつだよな?」

「入るも何もあの空間に足が全く動こうとしない」

「あ、カロンもか? 俺も本能があそこだけには行くなってうるさいんだよ。……お前の妹もこんな感じなのか?」

 レイはこれから会うことになるであろうカロンの妹に、少しの恐怖を覚え恐る恐る問う。

「そんなことは無い。カレンは節度を守れる人間だ。いま目の前で起こっているような事にはならないと保証しよう」

 カロンは目の前の女子三人組(まだキラキラムードは続いている)に、もし自分の妹がこんなのだったら死ねる、くらいのまなざしを向け答えた。

「そうか、よかった……」

 レイが胸をなでおろして安堵し、瞬きをした一瞬――カロンの目の前にセレジアの姿が。

「……」

 カロンはあまりの驚きに言葉を失った。

 剣技に冴え、相手の動きを完璧に読み取るカロンが目で追えなかったのだからセレジアの速度は尋常じゃない。

 そしてえげつない速度でカロンの目の前に移動した金髪少女はさっき見せた、カロンの妹の話をする時のキラキラした目になっていた

「カロンさんの妹、カレンさんっていうのですわね! いい名前ですわ! 容姿もカロンさん似でさぞ可愛らしくも凛々しいのでしょう?」

 セレジアのブレーキのないセリフにレイはドン引き。

 カロンさん似で~=セレジアから見たカロン――と、解釈しニヤニヤしているリタとクリス。

 そしてセレジアに訳の分からない言葉を連呼された当事者カロンは、

「ああ、その通りだ」

 ――セレジアの言葉を全肯定した。

「おいカロン?」

「ええ……」

「うわ、キモ」

 三人はドン引きした。まさかカロンからこんな言葉が出てくるとは。いつも通り、そっけなく「何を言っているんだお前」とセレジアを一撃で沈めてくれると思ったのに、まさかの全肯定である。

 今この瞬間、カロンにシスコン疑惑の容疑が掛けられた。

「やはりそうでしたのね! それでカレンさんは毎日をどのように過ごしていらしてるのでしょうか? やはり剣の稽古とかでしょうか?」

 セレジアはさらに目を輝かせ興味津々、といった様子で質問をしていく。

 カロンも気分を害しておらず、と言うかいつもより態度も軽く、心なしか口も饒舌になっていた。

「カレンは剣や魔法など戦闘目的のことは学んでいないからな。カレンは服を作りたいと言っていてな、今は縫物の練習をしているだろう」

「まあ! なんとおしゃれな夢でしょう! 具体的にどのような洋服を作っていますの?」

「俺も詳しくは知らない。これから会えるんだ、直接聞いたらどうだ?」

「はい! ぜひそうさせていただきますわ!」

「凄く話脱線してるんだけど。結局場所はどこにするの?」

 リタのおかげで話がようやく本題に戻りそうだ。しかし誰も打ち上げにふさわしい場所がないのか、自分から話を切り出さなかった。

 数秒の沈黙の後、クリスが小さく手を上げ発言した。

「私の家」

「クリスの家?」

「そう。お父さんとお母さんは皆で食事とかそういうの好きだから。スペースもあるし、これだけの人数がいるならみんなでご飯作ればいい」

 クリスの意見を聞いた四人は熟考ゼロ秒、他にいい案があるわけでも無いので賛成した。

 一同の意見が一致し、これから買い出しに向かおうとした時、レイ達のいる部屋に、白地に金刺繍の王子服を着た、見るからに貴族か何かだろうと思わせる一人の男が入ってきた。

 男はレイ達一同を軽く見渡し、確定事項としてこう問うた。


「――失礼する。君たちが今年の天性力獲得者か?」

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