第18話 それぞれの進路
「――失礼する。君たちが今年の天性力獲得者か?」
「その通りだが、まずお前は誰だ?」
カロンは鋭い相貌を向け警戒する。カロンの警戒した様子を見て王子服の男は子供をあしらうように笑って自己紹介をした。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名はナインと言う。これでもアースガルドの宰相さ」
「あら、ナインさんではありませんの。本日はどのようなご用件で? 天性力獲得のお祝い程度のことで腰を上げるほど暇ではないのでしょう?」
流石は名家の貴族。この国の政治を補佐するほどの権力を持つ宰相ですら面識があるようで、普段と変わらぬ様子で会話をしている。
「本当は王城に来てもらう予定だったんだがな、どうやらトラブルがあったらしいじゃないか」
「ああ……確かに、トラブルらしいことが起きましたわね」
セレジアが、バツが悪そうに言うので、ナインもその内容を聞くのをやめ、本題のみを告げる。
「何、詳しくは聞かんさ。俺にはどうでもいいことだからな。それよりの俺がここに来たのは大事なことを伝えに来たからだ」
「大事なこと、ですの?」
今まではセレジアと会話していたが、ナインは全員に視線を配り伝えに来た大事なことの内容を告げる。
「お前たち五人の中の数名は、明後日から他国に移動してもらうこととなった」
『はぁ⁉』
五人の声が重なる。そうなるのも当然か。学院を卒業して軍に入れば他国への移動がある事は知っているが明後日というのはあまりにも急すぎた。しかもまだ学院を卒業しただけで軍にすら入っていないのである。その状況ですぐさま納得するものなどいない。
「ちょっと急すぎるぜ、そもそも俺たちは軍にすら入っていないんだぞ?」
「そうだよ、何の説明もなしに他国に行けなんて納得いかないんですけど!」
「ああ、こちらも色々とやりたいことがあるんでな」
「そうですわ! いきなり現れて他国へ行けなどとおこがましいですわよ!」
レイ、リタ、カロン、セレジアが好き放題文句を言ってる最中、クリスだけは違うことを言っていた。
「それで、他国へ移動するのはいったい誰?」
彼女だけはいきなり他国へ行けなどと言われても何の文句もないようだ。それは、どこへ行っても自分のやることは変わらないという強い意志を持っているからこそできる事か。
ナインもクリスのことを興味深そうに見つめている。同時にクリスの質問ももっともだと思い他国への移動者を指名した。
「他国へ移動してもらうのは、リタ・コリンズ、カロン・アロイザー、セレジア・プロア・サンティス。以上の三名だ」
「わ、私ですか⁉」
「俺にはこのアースガルドに体の悪い妹がいるのだが」
「わたくしはこれでも貴族でしてよ⁉ それなりに地位の高いものが他国になんて行っていいと思っていますの⁉」
「まあまあ落ち着け。ちゃんと理由もある」
ナインは声を荒げるリタをセレジア、結構本気で睨みつけてくるカロンをなだめ、一人一人しっかり説明していく。
「まずリタ・コリンズ。お前はムスプルヘイムへ行ってもらう。これはお前自身の能力向上の目的とムスプルヘイムからのスカウトで決まった。ムスプルヘイムは炎を象徴した国だ。熱系の魔法や天性力を使う者が多くいる。どうだ? お前の天性力〈ウリエル〉を知り、磨くのにうってつけだと思うが」
「……そこで私は何をするんですか?」
「ムスプルヘイムの軍に入り天の国の兵士として活動してもらう。おそらく少人数で自由度がかなり効く部隊になるだろうから、何もかも命令通りにする必要はないと思うぞ」
「分かりました。ムスプルヘイムに行ってより強くなれるなら、私は行きます」
「お前より強いやるなんか山ほどいるからな、いい刺激になるだろう」
リタがムスプルヘイム行きの意思を示したのを確認して一呼吸。ナインは次なる移動者に説明を始めた。
「カロン・アロイザー。お前は氷国、二ヴルヘイムに行ってもらう。あの国は寒すぎるせいで人手が足りないと喚いていてな。寒さに耐性のあるお前なら氷の国だろうと生きていけるだろう?」
「ふざけるな。たかが人手不足で移動しろだと?今の俺は魔法が使えないのだから寒さに耐性があるだけで氷は操れん。それに年中氷が張っているほど寒いならカレンを連れていけないだろう」
「お前の意見はもっともだが二つ目はなんだ? 一体だれを連れて行こうとしている?」
カロンが妹を連れていくことを前提で話すものだからナインも少し困惑気味だ。しかしカロンもこの状況で妹を話に持ってくるあたり、シスコン確定の日は近いかもしれない。
「カレンは俺の妹だ。生まれつき体が悪くてな、常に誰かが面倒を見てやらねばならない。家族も父が戦死して母しかいない。妹一人残して離れるわけにはいかないんだ」
「おいカロン? さっきから妹、妹、言ってるけど、シングルマザーならちょっとは母親のことも頭に入れてやれよ」
外野であるレイからツッコミが入った。確かに他国行きに反対するときも妹のことしか反論の材料にしていない。それは母親のことなんかほとんど心配してないからか、もしくは妹に対する想いが強すぎるためか。どっちかは定かではないが、彼は、身内は大事にする人間なのでおそらく後者だろう。
カロンも「あ、忘れてた」みたいな感じで固まってしまった。
それを見てにやけるレイ、リタ、クリスの三名。この三人の頭の中には同じ言葉が流れていた。
――こいつはシスコン確定だ、と。
セレジアはそう言うのに鈍感らしく気づいていない。
ここにいる個人を詳しく知らないはずのナインまでもが、カロンを憐れむような生暖かい目で見るようになった。
その視線にカロンは気づいているも、それを正しく認識する感覚がマヒしてるのか普通だったらその場に転げ回り悶えてもいいはずなのに「何なんだこいつら」程度で流してしまう。
そんな重度のシスコン認定されたところでカロンの意思は変わらない。
「わかったわかった。だったらミズガルズはどうだ?実はここからも戦力の補充要請が来ていてな。ミズガルズは「人は死を免れない。だからいかに死を遠ざけるか」をモットーに日々研究を重ねているんだ。そして研究者ばかりいるから戦力が乏しい。ミズガルズであれば家族全員での移動は可能だぞ?」
「ふむ、アースガルドに残る選択肢はないのか?」
カロンはわざわざ家族総出で行くくらいならここに残っていたほうが楽だと思い聞いてみるが、それには即答でノーが返ってきた。
「無いな。そもそも戦力の分布が目的での移動でもある。ここに残っては本末転倒だ」
「了解した、俺は家族と共にミズガルズに行くことにしよう」
カロンも納得したので残すはセレジアのみ。ナインは随分と手慣れたようでセレジアに流れよく説明を開始した
「サンティス家のご令嬢は精霊国ヨトゥンヘイムに行ってもらう」
「ヨトゥンヘイム、ですの? さっきの話を聞く限りわたくしもミズガルズに行くものだとばかり思ってましたわ」
確かに死を遠ざける研究をしている国、などと言われたら癒しの天性力〈ラファエル〉を持っているセレジアがミズガルズに行くと思っても何の不思議もない。
しかしナインの考え方は違うようだ。
「お前の天性力はとても重要なものだ、どの国も重宝するだろう。しかしお前には攻撃手段がない。自衛できないやつを前線に送るわけにもいかない。そのためのヨトゥンヘイム行きだ、分かるか?」
「わたくしにヨトゥンヘイムで精霊魔法を習得しろと?」
「その通りだ。知っての通り精霊魔法は契約した精霊自体が魔法を使うからな。天性力を持っているお前でも攻撃手段が得られる。議論するまでもないと思うが?」
「……そうですわね。了解いたしましたわ」
もしかしたらカロンと一緒の国に移動できると思っていたセレジアは少し不満げな顔をするも自身の攻撃手段取得を優先してヨトゥンヘイム行きを了承した。
「何か質問があるやつはいるか?」
ナインはもう何もなければ仕事があるからさっさと帰る、と言いたげに疑問がないか確認した。
すると一人の少女が質問した。
「私はどうして移動じゃないの?」
と言ったのはレイと一緒にアースガルドに残ることになったクリスである。どうやら移動しない理由も教えてほしいようだ。ナインはクリスの質問に簡潔に答えた。
「全員を他国に行かせたらここの戦力が無くなるからな。いくら多国を合併した巨大国家だろうとよそはよそだ」
クリスはナインの回答にとても安堵している様子だ。おそらく自身の異質な右目が理由かと思っていたのだろう。そしてその心境はレイも一緒であった。天性力が消滅したせいで、その原因が発覚するまで監視下に置かれるかと思っていたのだ。
そんな残留組の心境など知る由もなく、ナインは話を終わらせる方向へともっていく。
「他に何かあるか? ……無いようだな。では明後日、王城まで来い。移動手続きなどはこちらでやっておく。それまでは五人で最後の思い出作りでもしてるといい。俺はこれで失礼する」
ナインはそう言うなりアヴァロンと後にした。さっき言ってた移国手続きをしに行ったのだろうか。それにいつもの仕事もあるのだからそれはもう忙しいのであろう。
「それじゃ、お別れ会も含めたお祝いのために、買い出しいこーぜ!」
「おー!」
レイの掛け声にリタが元気よく応じ、それについていくその他三人。
他国への移動やらなんやらがあるが、それは明後日の話、今は目の前にあるお食事パーティー優先である。
五人は卒業の証である銀の羽のバッチをローブに付け、天性力を持ち天人となった証として十字架が刻まれた金の首飾りをかけ、アヴァロンを出る。ちなみにレイは首飾りを着ける事は許されなかったが、持つ事は許可された。いずれ天性力が発覚した時に着けてもいいとのこと。
アヴァロンを後にする五人の背中は堂々たるもので、力を持ち使用することの自覚と覚悟が感じられる。
これでカテドラル学院第六十七期生全員が卒業を果たしたのであった。
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