第19話 夕食は激戦故に

レイ達五人は近くの商店街で買い物をすることにした。ここにはたくさんの店があり、アースガルドの中でも一、二を争うほど人が集まる場所となっている。しかも今はほんのり空が橙色に染まっていく夕刻に差し掛かろうとしている時間。夕飯の買い出しなどで人が特に多い。

 その人の多さは十七年ここで生きて来たレイ達が思わず苦笑いをしてしまうほどだった。

 もう目の前は身動きまともにとれなさそうな押し競まんじゅう。さすがにこの中で五人一緒に行動するのは不可能だ。そこでクリスが効率的な提案をした

「まず何を作るか決める。そして必要な食材を手分けして速攻で入手する。これしかない」

「そうだね……この激戦区を突破するにはその方法しかない…」

 どうやらクルスとリタはこの五人の中で料理に対する想いがより一層強いらしい。その雰囲気はまさに試合の時と同じである。二人にとって試合と料理は同等の存在と言うことか。

 というわけで、

「何食べたい?」

 クリスが作戦第一、メニューを決める、を決行した。

「うーん、わたくしたちにカレンさんを入れて六人、簡単で多くの量を作れる料理となると、やはり無難なのはカレーライス、でしょうか?」

「カレーかー。確かに簡単だけどちょっと定番すぎるって言うか?」

「となると次は揚げ物か?」

「おかずは後回し。先に汁物と副菜を決めるべき」

「主食はパンでしょ。そして汁物は……あ、そうだ! 私ポトフがいい!」

「ボルシチも捨てがたいですわね」

「ポトフとボルシチかぁ、俺は自分の髪が赤だからボルシチに一票! クリスとカロンはいかに?」

「私もボルシチ。ボルシチの方が、栄養価が高い」

「……俺は先に帰ってカレンを連れてくる。またここで会おう」

 カロンは話についていけなくなったのかカレンを呼ぶという口実で逃げてしまった。

 ともあれメニューが一つ決まったのは好事だ。そして次の議題、副菜へと話は進む。

「副菜となれば俺はカナッペを押すぜ! あの一口に旨味が凝縮されてるのが最高なんだよ!」

「あら、いいじゃないですの! レイさんさてはグルメですわね?」

「ならキノコとかハムを使おう!」 

 これでまた一つ標的をとらえた。そして最後は一食の八割が決まると言っても過言ではないラスボス、おかずを討伐しにかかる。

「後はおかずだけ、か……」

「ええ……ですがこれが一番の強敵ですわ」

「でもこれで最後。頑張る」

 何やらすっかりムードに入ってしまったらしく副菜の辺りからテンションがおかしい。これは誰かに見られて後日弄られたり、自分で思い出して何やってんだ俺、と頭を抱えうずくまるりたくなる、黒歴史、というやつである。

 しかし彼らの中の数名はこれから他国に行くことになっているので誰かに弄られる、という路線は無いか。

 ともあれ今冷静な思考の持ち主はいないため、謎テンションのまま話は続く。

「ミートボール、カヴァルマ、ミートフォンデュ。――くっ……種類が多すぎるよ……」 

「くそっ、肉料理って言ったらステーキしか思いつかねぇ」

「わたくしが食べるのはいつも高級料理ばかり……! 庶民に作れる簡単な肉料理など存じておりませんわ……」

 結構本気で考えてるリタ、と使い物にならない戦力外レイとセレジア。どうやら難航しているようだ。クリスなんかその場に突っ立って、ブツブツとなにか呟いている。

「「「う~ん」」」

 三人が同時に唸り声を上げたとき、

「――ッは⁉」

 クリスが目を見開き、天を見上げた。

「……どうしたの……?」

 あまりにも奇怪な動きだったのでリタが恐る恐る問う。

 クリスはこの世の全てを見通したかのように勝ち誇り、ラスボス(今晩のおかず)にチェックをかける。

「そう、肉なんかハーブでも振って焼けばいい。大事なのはその上にかける物、それはソース」

「はっ! そうか……」

 リタもクリスの考えに至ったようだ。額に脂汗を浮かべ、クリスのことを一目置いてみる。

「流石だよクリス……まさか、ソテーにしようだなんて!」

「「その手があったか⁉」」

 レイとセレジアも目を見開き叫ぶ。なおクリスの追撃は止まらない。

「ソテーにすればコストが下がり、かつすぐできる。更にバターや油の風味も楽しめる。そして決め手はソース。今回使うのは――」

「つ、使うのは?」

 ごくり、そんな効果音が聞こえてきそうだ。クリスの言動一つ一つにとてつもないほどの力が籠っている。――そしてクリスは、ラスボス(今晩のおかず)にチェックメイトをかけた。

「――赤ワインチーズソース」

 クリスは目を伏せ無言で拳を天に掲げる。その姿に宿る闘志、最後まで戦い抜いたその雄姿、今のクリスは、とても輝かしく見えた。

 三人はその場に両ひざを突き神は此処におられた。と、拝めている。

 ――その状況が数秒続き、四人は急に冷め元に戻った。羞恥心がようやく仕事をしたのか、その頬は少し紅かった。

「では早速食材の確保に。調味料とパン類はあるから肉と野菜二人づつで。―私は迅速かつ丁重にハムと牛肉の確保に行ってくる。それじゃまたここで」

「あ、ちょっと待ってくださいのー!」

 クリスはそう言い残し一足早く人ごみの中に姿を消し、クリスを見逃さんと必死に人ごみを凝視して自らも突入するセレジア。魔法が使えなくても結構早い。これはやはり食への想いゆえだろうか。

 それを見てリタは苦笑しつつも自分たちの役割を果たしに行く。

「それじゃ私たちも行こっか」

「そうだな、必要なのはえっと……キャベツ、ビーツ、玉ねぎ、にんじん、きのこか」

 レイはクリスに渡された(速攻で書いたため結構雑)材料の書かれた紙を読み上げる。

そして、二人も商店街の人ごみに挑むのであった。



   #

 商店街の一角、クリスの正確に品質を見極める観察眼で状態のいい、しかも天人と言うことで安く牛肉と鶏肉、生ハムを手に入れた肉組―クリスとセレジアは早くも集合場所目指して歩いていた。

 戦利品はクリスが持っているため手ぶらでクリスの横を歩いているセレジアが前を向いたままクリスに話しかける。

「クリスは……ここに残るんですのよね」

「……うん」

 やはり、もうすぐ離れ離れになるのは心にしこりを残すらしい。

 これからお祝いしようにも心の底から楽しめそうにない――そんな心境だ。

「寂しくないと言ったら嘘になる。セレジアは唯一今でも私のことを気にかけてくれる血族。そんな優しい人といつ会えるかわからない状況になるのは……正直嫌」

「クリス……」

「でも、私だって成長した。捨てられたときは孤独感と怒りでいっぱいだったけど、今は違う。レイみたいな友達も出来て、私の目を見ても拒絶するどころか私の夢を応援してくれる人とも出会えた。学院生活を通して実感した。私は孤独なんかじゃない、決して一人ぼっちなんかじゃないって。だったら私はもう迷わない。手にしたこの〈ガブリエル〉で夢を現実に変える。この国を私のような差別のされる人がいない国にする。だからセレジア、離れ離れになっても私のことを忘れないで、私のことを覚えていてくれる人がいるだけで、私は戦えるから」

 クリスはそう言って首に付いた天性力〈ガブリエル〉に手を置く。その言葉を聞いてセレジアは微笑み、クリスの頭をなでた。

「わたくしは心配してましたの。小さい頃は無邪気で活発な貴方が学院で再開したら無口で誰とも関わろうともしなかったんですもの。でも、今の言葉を聞けて安心しましたわ。クリスは変わってない。あの頃の周りに気を配れる、誰よりも平和を望む、優しいクリスのまんまですわ!」

「ん……ありがと」

 クリスは短くそう言うと、なでられた部分をさすっている。

 ――そして、二人は集合場所に戦利品をもって帰還した。



   #

「これで最後っと……」

 リタがお金を払いビーツを入手して野菜組も食材の確保を終えた。

 買った食材を持っているのはレイだ。五種類と言えど六人分ともなるとそれなりの量になる。野菜が詰め込まれた紙袋が〝二つも〟あるのにそれを持つのはレイだけだ。

「こんにゃろ……てめぇも持ちやがれ!意外と重いんだぞこれ!」

「知らないモーン。じゃんけんで負けたほうが全部持つって言い出したのはレイでしょ?」

「ぐ……、何も言い返せない……」

とんでもないほどの正論で返された。ぐうの音も出ないぜコンチクショウ。

「ほら、行くよ。私たち量が多いんだから絶対遅れてるって」

「はぁ……よいっしょ!」

 レイは紙袋を二つ同時に抱き上げ、わざとふわふわした感じで歩き、あからさまに煽ってくるリタの背中についていく。

 集合場所まであと半分くらいのところでリタが止まり、レイに振り返る。

「なんだようぜぇからこれ以上煽ん――」

 レイをまっすぐ見るリタの視線は何の感情もなく、ただレイを見つめているだけだった。

 そして、口を開き彼女はいま一番知りたいことを聞いた。

「レイは、天性力が欲しかった?」

 リタの顔は逆光で見えなかったがその声はしっかりしていた。いつもの気楽で接しやすい感じとは違う、しっかりと鼓膜に響く声で。

 レイはなぜか身動きが取れなくなった。今は動いちゃいけない、リタの質問のみに答えなければならない。なぜかそう思い、リタの質問に本心で答えた。

「――正直、分からない」

「―――、え?」

 リタは思いもしなかった回答が返ってきて思わず思考が止まった。

 レイは続けて、

「ホントにわからないんだよ、天性力を求める理由が。カロンには「お前にも何かがあるはずだ!それが分からなくてもいい、自分を信じて最後までやって見せろ!」って言われたよ。それで決勝戦に勝っても理由は浮かばなかった。天性力授与式で何も願わなかったのもリタが敗者復活を果たして俺の決意を踏みにじったからじゃない。石を持った瞬間思たんだよ。ほんとに天なんか信じていいのかって」

「天なんか信じて……?」

 リタは訳が分からない、というよりは何か自分に近いものをレイから感じた。それが復讐か憎悪かはたまた奴それ以外の何かかは、分からなかったが。

「何だろうな。天性力を得られなかったことに虚無感はあるけどなぜか執着は無いんだ。手に入らなかったものはしょうがない……? いや違う、そもそも天性力みたいな力は必要ない? …………もう既に別の力がある…………?」

「ふうん……。ま、レイが私のことを恨んでないってことは分かったから良しとしよう! ほらレイ、私も一つ持つからさっさとくよー」

「……ん、あ、ああ」

 二人は何もなかったかのように並んで歩き始めた。しかし、それは表面上だけである。二人とも心の中のもやもやの正体を必死に探す。

 レイは思う。――リタに何で本心をありのまま伝えたのだろう、と。

 別に言う必要はなかったはずだ。普通に「天性力は欲しかったけど無いものは仕方ないよな。俺にはまだ魔法があるんだし」とでも言って笑っていればこんな訳の分からない思いをする必要なんてなかったのに。

 でも、言ってしまった。リタともう別れるからだろうか。否、それは違う気がする。去り際の人間に自分の思いを伝えるはずがない。

 何なんだこれは、分からない――――――。


 リタは思う。――何であんなことを聞いたんだろう、と。

 レイが自分を恨むことなんてあった覚えがないのに。いつも通りレイをおちょくってバカみたいなことしてればいいのに。そう言えば予選の時もだった。レイに天性力のことを聞いたのは。あの時は求める理由を聞いた。でも答えは返ってこなかった。

 ……そもそも私は何でレイにばっかり天性力がらみのことを聞く? 予選の時はレイが何の考えもない浮かれ野郎か、自分やクリスみたいな成し遂げたい目的があるかを知りたかった。じゃあ今回はなんだ。……答えが出ない。

何なんだこれは、分からない―――――――。

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