第14話 最強の戦士
吹雪が吹き始めてから数分。レイとカロンはいまだに超人的なスピードで剣を交わしていた。
戦況としては、レイが攻めでカロンが守りのようだ。しかしこれはレイが優勢なわけではなく、カロンに攻める理由が無いだけなのだ。何せ今ステージの気温はとても低い。
氷結魔法を使うカロンと違いレイは寒さに耐性がないのだ。よってカロンはレイの攻撃を躱すか捌くかして時間を稼げばそれだけで勝利が確定するのだ。時間を稼げば勝てるのだから攻める必要はない。カロンは合理的な思考からそう判断しずっと受けに徹していた。カロンの判断は正しく、少しずつレイの動きも鈍くなってきた。
レイは熱系の魔法をうまく改変し、自分の周りの熱を調整するように魔法を使っていたが、この吹雪の中だ。寒いものは寒いのである。
身体強化まで使っても剣でカロンを倒せる気配もなく、このまま進めば先に力尽きるのはレイになりそうだ。
レイの体力が消耗しているのを見越してか、カロンが初めて攻勢に出た。
氷の剣を巧みに操りレイの四肢を狙う。最初にレイの右肩を、次に右足、左足、左肩。
円を描くように振るわれた剣は滑らかで滑るようにレイを襲う。レイは何とか同じ動きをすることで防ぐことに成功。しかしカロンの猛攻は止まらず、四肢から急所までどこでも狙ってくるランダム攻撃に切り替わった。
レイはこの寒さの中一撃でもまともにもらえば終わると悟り、寒さで軋む体を無理やり動かし攻撃をはじいていく。
単なる身体強化だけではなく動体視力も強化する。
一本の剣で防げなければ二本の剣で。
受けに徹していても絶対に間合いを開けず遠距離の攻撃をさせない。
常に自分の剣も当たる位置、相手に反撃のリスクを負せろ。
レイは自分にそう言い聞かせこの極寒の吹雪とカロンの超越した剣技に食らいつく。
攻撃の主導権がカロンに変わってからレイの消耗はさらに早くなっていく。防御はこんなに辛いものだっただろうか。カロンの攻撃が激しすぎて何か根本的なところから感覚が麻痺してきたレイである。さっきから少しずつかすり傷が増えたような気がする。
傷口に冷たい突風が刺さり、体のあちこちがヒリヒリした痛みが感じられる。その痛みのおかげで意識をちゃんと保てているのでもあるが。
この状況を打開するためレイは自分とカロンの間にある魔法を仕掛けた。
「〈ヴォイドリージン〉」
ゼロ距離で戦っている最中に突如として現れた「無」は二人とも巻き込みそうなほど近かった。その魔法を使ったレイは当然身を引き、カロンも何とか「無」に触れることなく体をそらしたが、彼の剣は「無」に触れたようで、跡形も無く消え去って行った。
「はあっ!」
レイはこの隙を逃さず、上半身をそり無防備な状態にあるカロンの胴体に渾身の力を込めて蹴りを入れた。
カロンはとっさにレイの足と自分の間に氷を張るが、レイの蹴りは身体強化の恩恵を受け強力な一撃となっていたため、蹴りの衝撃を受け数メートル後ろに飛ばされる。思わぬ一撃が入ったからか、レイの動きを蝕んでいた吹雪が止んだ。
レイは一気に熱を放出して辺りの気温を元に戻す。無くなりかけていた手足の感覚も戻り、カチカチになって動きが重くなっていた体もだいぶ軽くなった。
レイは自身の体調が無事なのを確認して、蹴りを受けせき込むカロンに楽しそうな笑いを見せる。
「やっぱカロンは強ぇな。お前は「俺の想像を超えていた」なんて言ってるけど、俺もそうだよ。長年ライバルとして一緒にいたのにまだお前にこんな力があるだなんて思ってもいなかったぜ」
「ああ、本当にな。互いは互いのことを侮っていたようだ」
重い一撃を受けてもライバルであり第一の親友であるレイの言葉にちゃんと返事を返す。
「レイ、お前はさっきの吹雪で消耗しすぎたようだな。もう勝負は見えているんじゃないか?」
「何言ってんだよ、お前だって結構苦しそうだぞ? 大規模な魔法の使用で魔力のほとんどを使ったんだろ?」
「まあな、だが俺には魔力が無くても剣技がある。さあ来い、今こそ決着をつけようじゃないか!」
カロンは残り少ない魔力を使い、氷の剣を作り正眼に構える。
これから二人の最後の力を振り絞った最後の剣戟が行われる。これが普通の流れで、アリーナ全域がそう言う雰囲気になっているが、レイはその空気をバッサリと否定した。
「何言ってんだカロン。これは試合だぞ? 勝つためならどんな手段でも使う、お前のやり方なんかに付き合うつもりはねーよ」
レイはクリスの受け売りのような言葉を並べ、「ライバル兼親友の決闘」的な雰囲気をぶち壊した。これにはカロンもポカンと口を開けている。
「何を言っているんだレイ。決着と言えば同条件での殴り合いが鉄板だろう?」
「相手ごと凍らすやつが何こういうところだけ律儀になってんだよ。それにカロン、俺が思うに真の決着は互いに全力を出し切っての決着だと思うがそこんとこどう思う?」
カロンは数秒黙り込んでから、
「……お前の言う通りだな! さあ来い、お前の全力を見せてみろ!」
お前はそれでいいのかよ! ――観客席にいる生徒全員は思わずそうツッコミを入れていた。何せカロンは自分に有利な剣のみの白兵戦を自ら捨てたことになるのだから。
しかし決めるのはカロン自身、他人がどうこう言う筋合いはないのである。
レイはカロンの言葉を聞き、心底楽しそうに笑う。
「お前のそう言った意外と素直なとこ好きだぜ! ――そんじゃ俺の全力を見せてやるよ! 俺が改変できる最大級の魔法、全て貫け! 〈グングニルエクスキューション・レイ〉!」
レイの頭上に巨大な投槍が現れる。――グングニル。この国、アースガルドが崇める主神、オーディンが使用していたその投槍は、投げれば必ず相手の心臓を貫き手元に戻ってくる。この特性の心臓を貫くだったり、戻って来るだったりを消し、さらに威力を大幅ダウンさせて、ようやく十人がかりで使えるようになったのが〈グングニルエクスキューション〉だ。
レイはこの魔法をさらに改変し、威力や規模、消費魔力などを調整して立った一人でも使えるようにしたのが、いま彼の頭上にある巨大な光の投槍〈グングニルエクスキューション・レイ〉だ。
その投槍を直接持つことはできないのでレイはその場で投げるようなしぐさをする。その動きに合わせ投槍も推進力を持ちカロンへとまっすぐ跳んで行く。
「――ッ! 〈多重氷壁〉!」
カロンはこれを受けたらまずいと思いありったけの魔力を使い氷の壁を何重にも重ね防壁を築く。しかし神の武器の力の一端である投槍と氷の壁では、同じ魔法でも天と地の差がある。圧倒的なエネルギーの前に氷の壁など最早意味をなさない。投槍が直接当たるまでもなく余波だけで何重にも重ねられた氷は吹き飛び溶ける。
カロンは最後の力を振り絞って氷の壁の維持に徹する。しかしそれもすぐ限界がきて、氷の壁はすべて消え去った。
さすがにレイの魔力も少なかったからか、カロンの氷をすべて吹き飛ばしたあたりで投槍がどんどん薄くなっていき、さっきまでの圧倒的なエネルギーが嘘のようにその投槍は姿を消した。
ステージは氷が解けたことで水蒸気に埋め尽くされていた。
レイとカロンはどちらからともなく同時に走りだす。
そして――同時に剣を振り下ろした。
ステージを覆う水蒸気が晴れ、ステージの今の状況が露になる。
激しいエネルギーのぶつかり合いにより空いた、ステージ全体に広がるクレーター。
その真ん中で、
――カロンの剣がレイの肩口に、レイの剣がカロンの喉元に当てられていた。
あの水蒸気の中、お互いにほぼ限界の状況で剣を振り、微かにレイのほうが僅かに早くカロンの喉元をとらえていたのだ。
「そこまでっ! カロン・アロイザーは致命傷みなし、勝者、レイ・ヴィーシュカル!」
教官の試合終了の合図を受けレイとカロンは互いに剣を捨て、笑顔で拳と拳を合わせてから、地面に背中を預けた。
観客席から歓声が沸き上がる。今、決勝トーナメントの優勝者、学年の主席が誕生したのだ。
「ハハッ! 楽しかったなカロン!」
「ああ、お前の勝ちだが納得のいく試合だったな」
「にしてもあの吹雪は寒すぎたぜ。ほんとに凍え死ぬかと思ったよ」
「お前も最後の魔法はデタラメ過ぎだ。あのエネルギーは何だ? 確実に正規の魔法じゃないだろう?」
「そこは企業秘密ってやつで。まあ大体予想は付くと思うけどな」
「ああ、お前の得意分野を追求はしないさ」
「――ところで、俺とお前の勝負は俺の勝ちでいいんだよな?」
「無論だ。この最終試験でお前が勝ったわけだしな」
最高の一戦に、二人の少年は笑みを浮かべた。
#
レイとカロンが笑い合っている中、観客席もワイワイと盛り上がっていた。決勝戦は勿論、トーナメントやさらに遡り予選の感想を言うやつもいた。
ステージを囲むように造られた観客席の最前列の一角、リタ、クリス、セレジアのトーナメント参加者三人は今の決勝戦の話で盛り上がっていた。
「いやー凄かったね! 私たちとは次元が違うわ!」
「ええ、本当に。レイさんが最後使った魔法は一体何なんですの? あれほどの出力の魔法など見たこともありませんわよ」
「最後のレイの魔法は多分改変魔法。もとは〈グングニルエクスキューション〉? だったっけ? 確かその魔法は十人以上でようやくまともに使える代物だったはず……」
「十人以上で使う魔法をたった一人で使用したと?レイさん本当に人間辞めているんじゃありませんの? ――あの魔法さえ無ければカロンさんの勝ちでしたのに……」
「人間辞めてるってのちょっと洒落にならなくなってきたよね……後で聞いてみよ」
「二人の剣戟がとても参考になった。《神速必殺》なんて言われてるけど、私もまだまだ」
三者三様に感想を述べている。
リタはどこか浮かれた様子でとりあえず褒め称え、
クリスはこの試合を分析して自分の糧にしようと思い、
セレジアはただただカロンが負けたことが悔しいと喚く、
といった感じだろうか。
アリーナ全体に浮いた雰囲気が漂う中、教官の声が生徒たちの鼓膜に響く。
「これでカテドラル学院第六十七期生最終試験が終了した。天性力獲得を見事果たした者もそうでない者も天の教えを忠実に守り、天のために戦ったと言えるだろう。――これからアヴァロンで天性力授与式を行う。各自アヴァロンに移動するように」
教官の言葉が終わりゾロゾロとアリーナを後にし、アヴァロンへ向かう生徒達。
「私たちは先に行こっか! どうせレイとカロンは疲労でもうしばらく動けないだろうし」
「ん。どうせすぐ会えるし」
「そうですわね。……殿方を気遣えるわたくし、かなりポイント高いんじゃありませんの……?」
「セレジア、全部丸聞こえ」
「ひえぁ!」
クリスの声にセレジアが言葉になっていない声を上げ、ぴょんと体が跳ねる。
「べ、別に好感度を稼ごうとしてるわけではありませんのよ! こ、これは思いやり……、そう!思いやりですわ!」
「あーハイハイ分かったから。ほら行くよ」
見苦しい言い訳をするセレジアの腕を引っ張り連行するリタであった。
#
生徒全員がアリーナから姿を消し、残るはレイとカロンと教官の三人のみとなった。
「立てるか?」
「ああ、問題ない」
教官の問いかけにカロンは自力で立ち上がり返事をした。あれだけ激しい戦闘をしたのだというのに意外とタフな男である。レイは体力を使い果たし自力で立つ体力も残ってはいなかった。
なので、レイはカロンの手を借りて立ち上がる。二本の足で立つと少しふらついたが何とか姿勢を保つ事は出来た。
「そうか……これから天性力を授かるのか……」
「これから行う儀式がこの学院に入学する者の憧れであり目標だ」
レイのつぶやきに教官が答えた。更に教官は続けて、
「天性力は秩序と実力のもと授かることが許される。『最終試験で四位以上を取る』が、学院共通の秩序と実力だ」
「天性力である神や天使の力は望んだものが手に入るのか?」
カロンは何か心配そうに教官に問う。おそらく妹の病気を治せる治癒の神アスクレーピオスが獲得できるのかが心配なのだろう。そんなことを教官が知る由もなく、ただ事実だけを告げる。
「必ずしも望んだものが獲得できるとは限らない。ただ、過去の天性力獲得者を見ても、大体の者が自身の望んだ能力を持つ天性力を獲得していたぞ」
「……そうか」
カロンはそれ以上の発言をやめ、口を閉じた。しかしそれは悪い意味ではなく、妹の病気を治せるチャンスが現れたことを噛み締めての行為だった。
レイはカロンの妹のことを聞いているので、カロンの行動に何も言わず、アヴァロンに向かうよう促す。
「こんな所で話してないで速くアヴァロンに行こうぜ。同じ天性力獲得者のクリスとセレジアだって待ってるんだし、アヴァロンに行かないと何も始まらないだろ?」
レイの言葉にカロンは薄く笑みを見せて、
「お前の言う通りかもな。それじゃあ行くか」
レイとカロンの後ろに教官が続きアヴァロンに向かい、さっきまで熱気に包まれていたアリーナは粛然とした場所となった。
#
誰もいないはずのアリーナに人影が一つ。生徒たちと同じカテドラル学院の女性服を着ている。が、フードを目深に被っているためその顔は見えない。
その少女はレイとカロンの魔法のぶつかり合いで生まれたクレーターを下りその辺に落ちたステージの破片を拾う。
「天性力を持っていないのにこの威力。うーん、これはちょっと予想外かなぁ。それにリタも天性力獲得者に復活したしぃ、流石に今仕掛けるのは時期尚早かなぁ。でもΔ様の命令だしねぇ。結構無茶ぶりじゃなぁい? 「今回の天性力獲得者を一人でも多く殺せ」なんてさぁ。まぁ命令だからやるしかないんだけどね。やるとすればそう、例えば少人数での祝勝会とか。アハ! いいこと考えちゃったぁ! まずはあの目に信号を送ってぇ……。よし、うまくいった!後はあの二人に連絡して、と」
少女はそう言いながらポケットから手のひらサイズの四角い物を取り出すと、指でそれをいじり始めた。
「フフ、これからが楽しいぞぉ。さぁ、天なんぞを信じる愚か者どもに罰を下そう! 奇跡なんかを信じる愚か者どもに現実を突きつけよう! あぁ、待っててね、リタ。すぐあなたを両親のもとに連れてってあげるから!」
少女はそう言って担いでいる大鎌を縦横無尽に振りかざし、ステージに無数の傷をつけて、
「動作確認~。〈メフィストフェレス〉――【反神破壊】」
と言った。
それだけで、広い面積を持つステージが木っ端微塵破壊された。
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