第13話 万能と氷結と
レイは現状に対して少し焦りを感じていた。カロンが強敵であることは理解していたのだが、想像以上に手強かったのである。
レイには魔法のバリエーションが多く存在するため、風の刃、超高温の水、小さいブラックホールなどの直接的な魔法から、視覚遮断、幻惑作用、行動鈍化などのデバフ効果を与える魔法など、あの手この手で攻めてみたが、それも有効打にはならなかった。
どこ攻撃に対しても、カロンは正確に氷を操り対処してしまうのだ。レイもカロンから一撃ももらってはいないが、レイのほうがより多くの手の内を明かしている。その焦りがレイの思考をどんどんマイナスな方向にもっていき、ついに思ってしまった、「勝てない」と。
しかし今は試合中。余計なことに意識を使えばその分行動がおろそかになる。現にレイは飛んでくる氷の塊に対処しきれず、直撃をもらってしまった。
「どうした、もう終わりか?」
「一発もらったくらいで終わるわけねーだろ。まだまだ余裕だね」
「その割には随分と焦っているようだが? ほら、額に脂汗が浮き出ているぞ」
レイは何とか誤魔化そうとしたがカロンにはお見通しのようだ。
「だがまだ余裕というのなら俺も一つ手札を消費しよう〈フリースヴェルグ〉」
カロンが魔法を使用すると、透き通るように綺麗な青い鷲のような大きな鳥が現れた。
その鳥が大きな翼を広げると、それだけで冷たい突風が吹き荒れた。風はレイを吹き飛ばさんとばかりにどんどん勢いを増していく。
「く……そおおぉぉお!」
風はあまりにも冷たく、レイの体を叩く。第一波は何とかしのいだが、レイの足は小刻みに震え、動かなくなっていた。しかしそれは凍傷などになったからではなく、ただ単に目の前に翼の生えた動物、鳥がいるからだった。
「おいこらカロン。嫌がらせか⁉ トラウマがフラッシュバックしたぞおい! てめぇわざとだったらただじゃ置かねぇからな!」
レイが鳥を嫌いになったあの日も、風が強かったのだ。あの目にも止まらぬ速さでサンドイッチをかすめ取った、あの翼の生えた生物を思い出すだけで鳥肌が立つ。
それに、カロンが今鳥を使った理由が嫌がらせにしか思えなかった。もっと選択肢はあったはずなのに寄りにもよって鳥。
レイは苛立ちを覚えた。そしてカロンの返事でレイの苛立ちは怒りに変わることになる。
「クク……嫌がらせ? わざと? 何を言っている、勝負は相手の嫌がることをするものだろう。相手がお前だから〈フリースヴェルグ〉を使ったんだよ。それにしてもさっきのお前の顔は滑稽だったぞ……」
カロンは笑いを堪えながら言う。
「カロン……てめぇはぜってーぶっ飛ばす!」
レイが右手を〈フリースヴェルグ〉に向け握りしめる。それだけで鳥は跡形もなく消え去ってしまった。レイはさっきまでの焦りなど吹っ飛び、ただトラウマを蘇らせた極悪野郎=カロンを倒すことだけで彼の頭は支配された。
これはカロンの思惑通りで、攻撃を仕掛けてくるレイの動きがいくらか単調になった。カロンはこのまま一気に決めようと思い、レイの攻撃を防ぐため氷を張ったが――剣を受け止めるはずだった氷が砕けた。
「ッ!」
カロンはとっさに攻撃をやめ、レイの剣を防ぐことに専念する。レイとカロンの剣が交差し、両方同時に粉砕する。両者すぐさま新たな剣を作りまた打ち合う。
次はレイが力で押し切り、カロンの剣が砕けた。剣を砕いた勢いのまま斬りかかってくるレイの剣をカロンは後ろに後方に跳ぶことで剣の間合いから外れる。
今のカロンの中はレイの攻撃威力が急激上がったことによる驚愕と、何故怒りに身を任せてまだ自分とやりあえている状況による混乱があった。冷静さを欠いたら相手の思うがままにされるのが普通である。
しかしレイにその普通は当てはまらなかった。むしろより強くなった気がする。考えれば考えるほど訳が分からなくなってくるのでカロンはそう言った雑念をすべて捨てた。
レイを正面から見据え、最も効果的な魔法を使う。
「これは学院を卒業してからお披露目する予定だったんだがな。お前は俺の想像をはるかに超えていたようだ。敬意を示しこれを使おう。極寒の吹雪よ、吹き荒れろ! 〈パーマフロスト〉!」
突如としてステージに吹雪が訪れた。突風が吹き荒れステージが凍る。気温もぐんぐん下がり、ステージ一帯が凍土と化した。この極寒の中、寒さに耐性のないレイは凍るか最低でも動けなくなる。――はずだったのだが、レイは全く揺るがない。動けなくなるどころかさらに速度が上がっているようにも見える。摩訶不思議な生物になりかけているレイだが、流石に長時間は耐えられないだろうと踏み、カロンは氷の剣と自分の剣の技量を武器にレイに白兵戦を挑むのであった。
#
レイとカロンの常人を軽く超えている試合は、見ている者全員を驚愕させた。魔法などと無縁な人は勿論、そう言った専門的なことを学んでいる生徒たちですら、数人を除いては何が起こっているのさえ理解できないほどにすさまじく、速い。
――その何が起こっているか理解している少数、クリスは観客席で二人の激しい剣戟をまじまじと見つめていた。
「あれ……ほんとにわたくしたちと同い年ですの?」
「疑う気持ちは分かる」
「はぁ……。あんな化け物と試合をしていただなんて、わたくしたち完全に見せ物じゃないですの」
セレジアがそう呟くのも無理はない。あまりにも展開が早すぎるのだ。
最初は全然ついていけたのだが、カロンが鳥を出したころからもう無理だった。カロンが鳥を出したらレイがブチ切れ、レイが優勢になったと思うとステージに吹雪が訪れたのだ。
今は目で追うのがやっとで、どっちが何をしているなど詳しく理解できないのである。
「おーい! クリスー、セレジアー」
観客席の後方から、リタが頭の後ろで一つにまとめた藍色の髪を左右に揺らしながら最前列にいる二人に駆け寄る。
走ってきたのだろうか、リタの頬はほのかに紅く染まり、少し息が上がっている。
「リタさん! 今までどこに行ってましたの?」
「んー、ちょっと野暮用でね。それよりどう?試合今どうなってる?」
「見ればわかりますわ。まぁ、わたくしは見たところで全く分かりませんが!」
「ふーん、どれどれ――」
リタはステージを見るなり言葉を失った。今の季節に反する豪雪、ステージに積もっているのは雪ではなく氷、そのステージの中央は銀色の光と青白い光が高速で移動しているだけで、人は一人も見受けられない。
リタは口をぽかんと開け何が何だかわからないまま呟く。
「は? 何あれ?」
「分かりますわよ、その気持ち……」
セレジアはリタの肩に手を置きこれまでの経緯を伝えた。
「――なるほどねぇ……。鳥を出したカロンにレイがキレて、それに対抗してカロンがこの吹雪を出した、と。はぁ……決勝戦で喧嘩じみたことやってんじゃねぇよ!」
リタはあまりのくだらなさについ口が悪くなってしまった。リタもセレジアと同様でレイとカロンの動きを正確に理解できないがために喧嘩と一蹴したが、喧嘩でここまでガチになる人間が果たしているかどうか。
投げ遣りになりかけている二人と違って、クリスは一生懸命試合を追いかけていた。
「……凄い。あの二人ここまでできるなんて……」
「どーゆうこと?」
リタの質問にクリスは今起こっていることをありのままに話す。
「レイはあの吹雪の中で全く動きが鈍ってない」
「それがレイさん得意の魔法改編と何か関係があるんですの?」
「うん。多分熱系の魔法をうまく改変しているんだと思う。身体強化の魔法も無駄がない。まるでレイのためだけに作られた魔法みたい」
「その認識で間違ってないと思うよ。レイが改変した後の魔法なんて何がどうなっているか分かんないもん。改変した後の魔法はまさしく『レイのための魔法』だね」
「でも、魔法改編ってそんなに簡単に出来るものではないでしょう? 確か元の魔法を完璧に理解しなくてはならないんですもの。レイさんにそんな計算能力があるとは思えませんわ」
「あぁ……セレジアもそう思うんだ。レイって言動がまるで子供だからなぁ」
「レイさん実は頭いいんですの?」
「うん、レイは魔法を見ただけで大体の構造が理解できちゃうらしいんだ。空間系の魔法は無理って言ってたけど、それ以外ならどんな魔法でも改変できるんじゃない?」
「まあっ!」
「知らなかった」
二人は本気で驚いている。レイはよほど見た目で侮られていたようだ。リタはなんだかレイが哀れに思えてきて、無言で合掌した。
クリスとセレジアは訝し気な視線でリタを見るが、なぜか触れていけないような気がしたのでスルーすることにした。
「凄いのはレイだけじゃない。カロンは身体強化の魔法を使っていない」
「「はぁ⁉」」
クリスのいきなりすぎる発言にそれを聞いた二人は思わず大声で叫んでしまった。周りからの視線が集中していることに気づき、コホンと咳払いしてから少し小声で話す。
「それってそのままの意味でいいんですの?」
「うん、カロンは自分の剣技だけで戦ってる」
「なにそれ、要するにカロンはドーピング無しでドーピングしまくってるレイとまともに剣を交わしてるってことでしょ。……もう人間辞めてんじゃん」
「同感」
「クリスには今の二人が見えているんですの?」
「うん。私はスピード系だから」
「ああ……納得ですわ……」
リタとセレジアはもう完全に投げ遣りだった。こんなの見たところで参考になりやしねぇ、自分が虚しくなるだけだ、と。
そんな諦めムードが漂う中、クリスがいきなり変なことを言い出した。
「この試合、レイが勝つよ」
「ずいぶんといきなりですわね。何かわかったんですの?」
「見てればわかる」
「ついにレイのドーピングが切れた⁉」
「見てればわかる」
「それともカロンさんがついに力尽きましたの⁉」
「見てればわかる」
「……、えっとクリス――」
「見てればわかる」
クリスはこれ以外の言葉を発する気が無いようなので、リタとセレジアは再びステージの吹雪の中にいる、いるはずなのに見えないレイとカロンを、甲高い金属音を目印に探し始めるのであった。
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