天魔再来

第12話 復活の戦

アリーナから少し離れた競技場で、リタの大声が響く。

「〈アブソリュートゼロ〉！」

　リタが叫ぶと、目の前でリタに拳を振りかざしているアンソンの動きが元に戻った。普通の人間よりちょっと早い程度の拳をリタは体をそらし難なく躱す。拳を外したアンソンは再びリタに攻撃しようとするがここで異変に気付く。

「ああああああああああああ！　俺の、俺様の！　マッスルボディが縮んでいくゥ！」

　アンソンの制服まで破ったムキムキの筋肉がみるみる縮んで、元の筋肉に戻ったのだ（戻ったとしてもかなりのマッスルボディ）。アンソンは自分の筋肉が無くなったことに驚いているようだが、その後ろにいる金髪ナルシストのヴィンセントは違う意味で驚いているようだった。

「なんで……どうして僕の〈ノームの束縛〉が解けているんだい⁉」

　ヴィンセントはさっきまで維持していた魔法の感覚がなくなったことに疑問も持つ。何かの勘違いかとも思ったのだが、さっきアンソンの拳を避けるときにリタが動いていたのをしっかりと見ていたので魔法自体が無くなったという認識で間違いない。

　そして黒髪眼鏡の十字架さんことテレサも何かに驚愕しているようだ。

「私の結界も破られている⁉　――リタさん、いったい何をしたんですか？」

　三者三様だが、混乱しているのは変わらない。リタはニヤリと笑って種明かしを始めた。

「条件指定の絶対停止〈アブソリュートゼロ〉。私とクリスの試合を見てればわかるでしょ？　今回私が禁止したのは熱系魔法以外の全魔法。だからあなたたちの身体強化、罠、結界魔法は全部使えなくなったの。説明はこれでオッケー？」

「だったらなぜ最初から使わなかったんですか？」

「この魔法結構魔力使うんだよ。それに手の内ホイホイ見せたくないし……。でも三対一になっちゃたから使わざるを得なかったんだよね」

「……なるほど。でもあのリタさんにここまで善戦できたのならよしとしまし――」

「よくねーだろぉ！　返せ！　俺様の筋肉を！　俺様の、マッスルを返せえぇぇぇ‼」

　テレサの言葉を遮り、チャームポイントを盗まれたアンソンが怒り狂う。

　アンソンは怒りに身を任せ正面からリタに突っ込むが、怒りで冷静さを欠いた者の末路は決まっている。

「それじゃあまずはあなたから。〈フレイムネット〉」

　アンソンの進行方向に炎が網状に展開した。目の前に現れたものだから、アンソンは勢いを殺しきれず炎に直撃。

「アッちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」

　アンソンの全身が高熱に襲われ、体からプスプスと煙を立ててその場に崩れ落ちる。

　分厚い筋肉が壁となって体内への影響は防いだのか、意識は失っているが命に別状はないようだ。テレサはその焦げた肉をみて顔が青ざめた。降参がない以上、自分もこうなるのかと恐怖を感じて足が小刻みに震えだすが、世界は無情。ヴィンセントが導火線に火をつける。

「フッ、盲点だったね。熱系魔法以外が封じられたのなら、熱系魔法で戦えばいいじゃないか！　僕は爆発系の魔法だったら大の得意なんだ、熱系なら負ける気がしないね！　残念だったねリタ君、君は僕を本気にさせたらしい」

「は？　爆発が強い？　熱系なら勝てる？　ヴィンセント……それはこの私、学年内最強の炎使い、《藍炎》に対して言ってるのかなぁ⁉」

「《藍炎》なんて実にセンスがないね。もっとこう、僕みたいに《黄金の貴公子》みたいな二つ名にしたらどうだい？」

　ヴィンセントの発言が重なるごとにリタから火花が散っていく。リタのしかめっ面をみてテレサは涙目でヴィンセントに訴えるがもう遅い。

「ちょっとヴィンセントさん⁉　それ以上はまずいですって！　このままじゃ私たちまで丸焼きにされちゃいますよ⁉　それにあなたに二つ名なんてものはないでしょう！」

「安心してテレサ。あなたはせいぜい半焦げで済ませてあげるから」

「ひいぃ！　全然安心できない！」

「安心しなよテレサ君。僕がリタ君を倒せば何の問題もないだろう？　っとそうだ、君のことを助けてあげるから今度一緒にお茶でも―」

「あ、いいです。あなたに助けられる命なんてありませんので」

「フ、フフ……、即答かい……。僕にここまで精神的ダメージを負わせるのは君が初めてだよ。だが僕は諦めない！　そのためにはまずこのナンセンスな怪物を倒す！　〈エア・ボム〉！」

「だ、れ、が！　怪物だって⁉」

　ヴィンセントの爆発をリタは自身から溢れ出る魔力だけで無効化した。

「遊びの時間は終わりだ！　踊れ！　〈フレイムショット〉〈ファイヤーアロー〉〈フレイムピラー〉〈フレイムネット〉〈インフェルノ〉〈エクスプロージョン〉！」

　いつもと一変して雑で荒れた口からありったけの熱系魔法が放たれる。炎の玉が、矢が、柱が、網が、渦が、爆発がテレサとヴィンセントを襲う。

「きゃあぁぁぁぁ‼」

　リタの〈アブソリュートゼロ〉の影響で熱系魔法以外すべての魔法が使えなくなった状況で、熱系魔法などロクに使えないテレサは抵抗するすべもなく圧倒的熱量に押しつぶされた。それに対してヴィンセントはなんとも器用なことに自分に向かってくる魔法を一つ一つ丁寧に爆破していたのだ。

「この程度僕の敵じゃないね」

「チッ、だったら！」

　リタは舌打ちをしてから、自身の切り札の制御に魔力を全部りするため、有利な状況を作っていた〈アブソリュートゼロ〉を解いた。ヴィンセントはリタが次の魔法を使うまでの一瞬を使い、リタの動きを封じる。

「〈マテリアルバインド〉〈音声遮断〉」

　リタの肉体を縛り行動不能にし、リタの声帯をいじり声が出ないようにした。ヴィンセントは勝ちを確信し、リタを見下し言う。

「どうして結界を解いたんだい？　魔力が尽きたのかな？　それとも、この華麗な僕に見とれちゃったかい？」

「……」

　呆れて言葉すら出てこない、と言うかヴィンセントのせいで声が出せない。リタはこの勘違い野郎をほんとにぶっ殺してやりたい、としか思っていないのである。

　ヴィンセントもヴィンセントだ。どうしたらあそこまで人をイラつかせることが出来るのか不思議でしょうがない。その才能を正しく使えばそれなにの役職に就けるだろうに、何とも残念なことか。

「――、―――――――――――（ねぇ、それ本気で言っているの）？」

　と、ジェスチャーでそう訴える。

　もしかしたら彼はわざとやっているのかもしれない。とんでもないほどの希望的観測だが最後の希望を載せて一応聞いてみる。

「ああ、大丈夫だ分かっているとも。ただ少し待ってくれないか？　先客が何名かいてね、だが安心したまえ。君に素敵な一夜をプレゼントすると誓おう」

　もうこいつはだめだ、ここで殺せ。

　「思っていた」が「命令」に変わるほど彼の返事はひどすぎた。何をどう勘違いすればリタがヴィンセントをデートに誘ったように見えるのか。もうこの話はしたくもないのでリタは話題を変えた

「―――――――――――（どうして私の声を封じた）？」

　次はちゃんと伝わったようで、質問の内容にあった返事が返ってきた。

「魔法っていうのは簡単に言えばイメージだろう？　イメージの鮮明さで強弱が変わるほどに。普通は魔法の名前を呼ぶことでイメージを確定させて発現させているわけじゃないか。それなら声を封じてしまえば魔法は使えない。そうだろう？」

　それを聞いたリタはやれやれと言った感じで溜息を吐く。

　そして彼の言葉を否定するように声が出せない今、魔法を使って見せた。

「〈――――――〉！」

　リタの上で炎が何かを形どっていく。ヴィンセントの顔がみるみる青く染まっていった。しかしそれはリタが魔法を使ったことではなく、リタの魔法が作り出したものに、だ。

　炎が形どったものは、蛇と鳥が合わさったハイブリッド型のドラゴンだった。頭から尻尾までが蛇で、蝙蝠のような翼が首元から生えていた。前足や後ろ足などはなく、リタの頭上に八の字を描くように浮遊していた。

「ななななななな、なんだこれは……⁉　これを自身の頭の中だけでイメージを確立させたとでも言うのかい⁉り、理不尽だ！　やっぱり化け物じゃないか！」

「―――――！　―――――――――！　（ごちゃごちゃうるさい！　さんざんキモイことしたんだから少し反省しろ！）」

　炎のドラゴンが慌てふためくヴィンセントを下からすくい上げ頭にのせて上空へと飛行。ある程度の高さになったらヴィンセントをのっけたまま競技場上空を縦横無尽に飛び回る。

　ヴィンセントが声にもならないような悲鳴を上げているような気もするがリタは無視。満足するまで振り回したら、今度は進行方向をステージに向けて九十度回転。そしてそのまま急降下、ヴィンセントは落下時に感じる謎の浮遊感を味わいながらステージへと叩きつけられた。

「こそまで！　今ステージに立っているリタ・コリンズを勝者とする！」

　教官の審判で試合が終了した。アンソンとテレサはすでに回収されているため、今ステージ上には二本の足で立っているリタと、目を回し、手足が痙攣しピクピクさせてステージにのびているヴィンセントだけだった。

「リタさん、さっきの炎のドラゴンは何ですか？」

　試合が終わり、テレサはステージに戻ってくるなりさっき見た魔法のことを問う。

「あの魔法は〈アンピプテラ〉。ドラゴンってよりは翼の生えた蛇のほうが正しいかな。私の最後の切り札だったんだけどね、使っちゃった」

「なぜ……リタ君は名前なしで……あんなに強力な、魔法が使えるんだい……？」

　ヴィンセントは意識が戻ったようだが痛みは引いてないようで、とぎれとぎれに聞いてくる。

「ヴィンセントが言ってた魔法は名前を呼ばないと発現しないってやつだけど、あれ魔力をちゃんと制御できてない人限定のことだからね」

「ん？」

「魔法の名前はほとんど補助。確かに名前を呼んだら使いやすくはなるけど私にとってはあまり関係のないことなの。なにせ魔法実技なら学年一位だからね！」

「ああ……そうかい。やっぱり理不尽だ」

　ヴィンセントはこれ以上聞いたら絶望すると思ったのでリタが異常、のところで止めておく。

　教官がステージに降りてきて、リタに声をかけた。

「お前の勝ちだ、リタ・コリンズ。よくやったな」

「いえいえ、勝てたのも偶然ですよ。三対一でそう簡単に勝てるわけないじゃないですか」

「そう恐縮するな。実際お前は三対一の状況で勝てたんだからそれはお前の実力だ。――さて、天性力についてだが」

「はい！」

　リタは速攻で食いついた。天性力のために試合をしていたのだからそれも当然か。リタの食いつきぶりにさすがの教官も苦笑した。

「そう慌てるな。で、天性力のことだがあまり混乱を招きたくないからな、授与式まで黙っておけ。これは守秘義務だ」

「了解しました！　それでは私は決勝戦の観戦に行ってきます！」

　リタは教官の話が終わるなり風のようにアリーナの方へと走って行った。天性力がよほどうれしかったのだろう。まさに欲しかったものをもらえた子供である。

　そんな微笑ましい姿をテレサは母親のように眺めていた。

「リタさんは可愛らしいですね。私たちも行きましょう、ヴィンセントさん。決勝戦ですよ、必ずこの目で見なくては」

「そうだね、この学年の最強二人が戦っているんだ。参考にさせてもらおうじゃないか」

　二人は並んでアリーナへと向かう。

「天性力がどうのこうのと言っているが、やはり子供はこうでなくてはな」

　少年少女の楽しそうな後ろ姿を見て教官は微笑みそう零す。

　――忘れ去られていたがこの競技場にはもう一人の人物がいる。

　そう――圧倒的筋肉、アンソン・バーンズである。

　制服が破れたり燃えたりしたので今は着替えてあるが、体のあちこちにまだ焦げ跡が残っている。っと、彼の見た目などどうでもよく、今一番大事なのは彼の精神状況、メンタルの崩壊である。最終奥義だのなんだの言ってボディビルをしたら、その最終奥義はリタに無効化され、その挙句怒りで我を失い丸焦げにされたのだ。

　いくら肉体が強靭であろうと、その肉体自体を否定されたら何が残るか。答えは何も残らない。アンソンはステージの壁に寄り掛かり燃え尽きたかのように何かを呟いていた。

その内容は何だったか。――ああそうだ思い出した。筋肉スキンヘッドが呟いていた言葉は確か、

「ｏｈ……ｍｙ……筋肉ぅ……」

　だったか。