第25話 幸せのために

 無数の星と綺麗な三日月が夜空を煌めかせる中、クリス奪還に動き出していたレイ、リタ、カロンの三人は目的地へ屋根伝いで一直線に向かう。元々のポテンシャルが高いため、魔法が使えない今でもそこそこの動きが出来る。

「そういやカロン、俺たちはどこに向かってるんだ?」

 ついてこいと言われて後ろについているが、その動きに全く迷いがないのでレイは少し心配になって聞いてみた。

「西の森だ」

「確かに森に潜んでる可能性はあると思うけど何で西? 森なんてどこにでもあるでしょ?」

「安心しろ、西を選んだ理由はちゃんとある」

 カロンは、自分の後ろにいる二人の疑問に段取りを踏んで答える。

「あの襲撃者が壊したのは東側の壁、これでまず東が無くなった」

「え? なんでだ?」

「はぁ、何でお前はこういう時に頭が働かない」

 レイの素の問いにカロンは溜息を吐く。

「光りで何も見えなくなったのはたった数秒、敵はその数秒の間に姿を消した。しかも人一人抱えてだ」

「あ、なるほど! 東に穴が開いてるのに、東に逃げたら目撃される可能性が高いってことか!」

「その通りだ」

 レイの回答に肯定をし、カロンは説明を続けた。

「そして残るは三方向だが、これは少し考えればすぐわかった。北には世界樹があり、その周りにこの国の重要機関がどっさり詰め込んである。学院の生徒ならその程度のことは知っているだろう。そして南は関所がある。これで残る可能性は西だけだ」

 あまりにも筋の通った推理にレイとリタは驚愕するしかない。カロンは簡単に言ったがこの短い時間でその答えを導き出したのだ。しかも襲撃された混乱の状況下で、だ。

 しかし彼は決して慢心せずこの程度当り前、といつもの凛々しい雰囲気を崩さない。

 それは天の教えを忠実に守り、天をより一層信仰している証だ。妹のために戦うと言う彼の決意は固いのだろう。

「もうすぐ森に付く。リタ、ちゃんと俺達にも気を配れよ?」

 屋根伝いで走り始めてしばらくしてカロンが告げた。レイも目に何の光もない暗闇だけが広がる地帯が映り込む。それがおそらくカロンの言う森だろう。

 カロンの指摘にリタは口をとがらせ文句を言う。

「分かってますー。さっきみたいな醜態はさらさないよーだ」

 さっきの襲撃での自身の行動を思い出したのか、その顔には多少の恥じらいが見えた。

 しかし緩やかな態度を見せたのもつかの間、リタは戦士の顔ぶりになりこれから会う仇を倒すことだけを考える。

「そっちこそ足引っ張らないでよね。配慮はするけど合わせるつもりは無いから」

「学年主席と二位によくもまあそんな大口をたたくものだ。だがその戦意だけは認めよう。敵は両親の仇なのだろう? 存分に励むがいい」

 カロンはリタに激励の言葉をかけ、次はレイに言葉をかける。

「レイ、魔法の調子はどうなんだ?」

 カロンの言葉をレイはすぐに理解した。天性力授与式の時に剣の錬成が出来てしまって天性力が得られなかった。といった結果に終わったのだが、襲撃の時は剣の錬成意外の魔法が発動しなかったのだ。しかしそれの原因は心当たりすらないので、レイは自分も分からんと言った調子で苦笑を向けて見せる。

「俺にもさっぱりだ。錬成はできるのにそれ以外は使えない。改変魔法も使えなかった。かといって天性力を持っているわけでも無い。多分俺が一番足を引っ張るぞ?」

「本当に何も使えないのか? 石は消えたのだから何かしらの天性力と言う可能性はないのか?」

「ないない。天性力って授かった瞬間に権能と使い方がわかるんだろ?それも生まれたときから使えたみたいに」

 レイは授与式で天性力獲得者がペラペラ喋ってたのを思い出しながら言った。

「石が消えても俺は何も感じなかったぞ? だから魔法は使えるって思ってたのになぁ……」

 レイは自分だけ力を得られなかったことに少しの疎外感を覚え目線の先、これから戦場となる暗闇に包まれた森を見つめた。

「天性力を獲得して初日の俺たちが考えても仕方がない、か。では質問を変えよう。レイ、剣のほかに何が錬成できる?」

 カロンはレイの心情を案じて―ではなく、あくまでレイ自身の戦闘力の確認として、聞いた。

「あー確かにそれは試してなかったかも。ちょっとやってみるわ」

 レイは屋根の上を走りながら右手に意識を集中させる。そして魔力を消費してレイの手中に入れ替わるように現れたのは、剣、槍、弓、鞭、斧、鎌、鎚、分類としては物理攻撃を主とする武器たちだった。

 カロンはそれを見て、興味深く頷く。どうやら何か思いついたようだ。

「もしかしたら創造系の天性力かもな。だとしたら魔法が使えない理由も納得だろう?」

「確かにいつもよりスムーズに錬成できたような気がしなくもないか……? でも名前は全く分からないぞ?」

「名前なんてどうでもいいじゃん。レイはいろんな武器を作りだせる、それだけで今は十分でしょ?」

 長ったらしい二人の会話にリタが割り込んできた。どうやら少し気が立っているようだ。だがそれも仕方がない、リタにとってはようやく巡り合えた仇を討つチャンスなのだから。

 ここはリタの意志に賛同し、これ以上の詮索をやめこれから行われる戦闘及びクリス奪還に意識を切り替える。

「これから森に入る。お前たち、覚悟はいいな?」

 カロンは不敵な笑みを浮かべ、魔という絶対悪を滅するという使命感を感じる。

「当り前だろ? セレジアからナイフを預かってるんだ。クリスと一緒に連れて帰らなきゃな!」

 レイはポケットにしまった二本のナイフを触りクリス救出を宣言する。

「覚悟しなよ殺人犯。報いを受ける時間だ」

 リタは鋭い眼光で暗闇の中を睨みつけ、敵への殺意をあらわにする。

 伝う屋根が無くなったので、三人は地面を走る。

 それぞれが、それぞれの意志と目的を胸に森の中、クリス達がいるであろう戦場へと疾走した――。



   #

 ある森の中、明らかに人工的に開かれた円形に広がる草原で、魔法少女のようなピンクと黒の衣装を着て大鎌を担いだ少女――ノエルは溜息をついていた。

「えぇ……、クリスの武器無いのぉ?」

「無いものは仕方ないでしょう? この子には〈ガブリエル〉があるのだからナイフなんかなくてもいいじゃないの」

 かなりオーバーに落ち込んでいるノエルに、体のラインにフィットする戦闘用スーツに漆黒のローブを羽織った女性――ティミナは少し呆れた様子で言い放つ。しかしノエルはこれをかなり重大にとらえているようだ。

「いや、クリスにナイフは必須だってぇ! 学院の試合でも毎回ナイフ使ってたしぃ、あの時クリスが使ってたナイフ、かなりの上等品だよぉ⁉」

「……ごめんなさい」

 いまだに開けた草原の真ん中に生える木に縄で拘束されているクリスは申し訳なさそうに謝る。今の彼女に長い銀色の前髪はなく、黒い網膜に赤い結膜の厄魔の目―魔側が天の情報を得るために埋め込んだ異質な目が露出していて、その右目の下に刃物で付いた傷がある。おまけと言っては何だが頭の横にはノエルに付けらえたピンクのアスターの髪飾りがついている。

 そして今の状況はノエルたちに甘い誘惑で誘われ天を殺すと言ったクリスを解放しようとしたところ、クリスの武器が無いと気づいたわけである。

「別にクリスが悪いわけじゃないよぉ。ノエルが回収するの忘れてただけぇ。ティミナ何かもってないのぉ?」

「持っているわけないでしょう。私は徒手格闘メインなのよ?」

「はぁ、クリスにも徒手格闘で頑張ってもらうかぁ」

 そう言って縄を解こうと手を伸ばした時、森の一角が光ったかと思うと、その方向から矢が飛んできた。

「――ッ⁉」

 死角から飛んでくる矢に反応しきれず、せめてもの抵抗に腕を交差させるが、その矢はノエルに到達する前に動きを止めた。

 ティミナがノエルの前に出て矢をつかんだのだ。そう簡単に対処できないほどの速度で飛んできたのだが、ティミナは一切矢じりに触れず、無傷で受け止めて見せた。

 次は矢を受け止めたティミナの死角から、

「死ねぇ!」

 リタが飛び出し、金と赤に輝く杖〈ウリエル〉を縦に振りかざした。

「させないよぉ!」

 次はノエルがフォローに入る。リタの杖はノエルの大鎌の柄によって受け止められた。

 さっきの襲撃の時もそうだったが、確かに杖は槍と形状は似ているが決して打撃に使うものではないと思う。

「ちょっと早すぎなぁい!?ここまで来るのにもうちょっと時間がかかると思ってたのになぁ!」

 ノエルはこれから起きる戦闘に高揚感を覚えつつ、リタに笑みを向けて言った。

「うるさい黙れ! こっちは――チッ!」

 リタはこのまま力で押し切ろうとしたが、横からティミナの拳が飛んでくるのを感じ取り後方に下がり距離を取る。

「文句を言う割には随分と楽しそうな顔をしているな。お前がアースガルドに潜入した魔のスパイでいいんだな? ノエル・ファウスト」

 暗闇からカロンが姿を現す。ノエルはカロンがどういった存在かを思い出し、手をポンと打った。

「そっかぁ! カロンがいるからこんなに早いんだぁ。それにしてもノエルのこと知ってるなんてびっくりだよぉ! ノエル学院では影が薄くて大人しい子を演じてたのにぃ。あ、もしかしてノエルに気があった? ごめんねぇ! ノエルあなたタイプじゃないのぉ」

 カロンは心底嫌がるように顔をしかめノエルに言い放った。

「黙れ悪が。お前たちはここで死んでもらう。安心しろ、墓は建てんさ」

「あっははぁ! それが正義だとかほざいてる人の言葉ぁ?」

 二人が嫌味と皮肉の応酬をしている中、弓をもって姿を現したレイは一人の少女しか見ていなかった。それはピンクの花の髪飾りをつけ、前髪が短くなり異質な右目が露出しているクリス。目の下にある傷と木に縛られたその様を見てクリスの近くにいる二人に怒りをぶつける。

「おいテメェらクリスに何しやがった!」

 ノエルはいがみ合いをやめおどけた声でレイを嘲笑う。

「別に何もしてないよぉ? ただちょっとお話をしただけでぇ」

「だったらクリスの前髪と頬の傷はなんだ⁉」

「これはぁ、必要過程ってやつぅ?」

「ふざけん――」

 レイの感情が爆発しそうになった時、ノエルの後方、開けたこの場所に唯一生えた木から小さな声が呟かれた。

「〈ガブリエル〉――【神の力】」

 少し腕に力を入れるだけで自信を縛り付けていた縄はあっさりとちぎれる。そしてそのまま木を踏み台にして大きく跳び、レイの隣に着地した。

「安心して、私は大丈夫だから」

 クリスは顔をノエルに向けたままレイの激情を鎮める。

 捉えていたクリスが逃げたというのにノエルとティミナは余裕顔だ。何かあるのかと思ったが、レイは先にセレジアとの約束を果たすことに。

「ほらクリス、落とし物だ」

「落とし物……?」

 次はレイの顔をちゃんと見た。異質な右目に直で見つめられ少し鳥肌が立ちつつも、ポケットから二本のナイフを取り出す。

「このナイフ、親からもらった大切なものなんだろ?もう落とすなよ」

 レイは優しく微笑みナイフを差し出した。クリスも受け取ったナイフを大事に握り、

「ありがとう。――これで天を殺せる」

 レイに向かってナイフを突きつけた。

「ッ⁉」

 至近距離で突きつけられたナイフは正確に心臓の位置を捉えていたが、レイは何とかナイフの軌道から逃れ、胸を少しかすっただけですんだ。

「……クリス?」

「あなた達天が悪い。私を否定する天を許さない。だからレイ、私のために死んで。〈ガブリエル〉――【神の力】」

 クリスは超人的な脚力と腕力を得て、二本のナイフを手にレイに斬りかかる。

「ああくそっ! どうしちまったんだクリス! お前の夢はどうするんだよ⁉」

 レイは弓を捨て、剣を作りだしクリスの猛攻を防ぐ。

「私の夢は私が幸せになること」

クリスはたった一言で今までの〝誰かのために戦う〟という言葉を否定した。

「なにしてるのクリス――ッ!」

 クリスの唐突の裏切りに動揺したリタをノエルが蹴り、森の中まで突き飛ばす。

「リタの相手はノエルだよぉ! あなたを両親のもとに送ってあげる!」

「黙れ趣味の悪い殺人鬼が! お前が与えた以上の苦しみを与えてやる! ただで死ねると思うなよ⁉」

 すっかり戦闘モードになり口の悪くなったリタの声が暗闇から聞こえる。ノエルは声のするほうに残虐な笑みを浮かべて突っ込んだ。何かがぶつかりはじく音がして、両者の叫び声と共に木々が粉砕し、炎が踊る。

 ――天の民と魔の民による、人を超えた闘いが幕を空けた――

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