第42話 筋肉と子供。そして新たな目的

「今日はここで野営にするか」

 森に入ってから約三時間、穏やかな小川を見つけたのでヴォルヴァの提案により今日はここで休憩だ。そうと決まればマッチョたちの仕事は速い。グラサンマッチョとロン毛マッチョと金髪マッチョが使えそうな枝集めに駆け出し、モヒカンマッチョとツルテカマッチョが大きななリュックから食料を取り出し、残る十三人のマッチョと唯一の正常体系であるシャヴィがテントを次々と組み立てていく。その手際の良さはまさにプロ。肉体を昇華させたマッスルたちの連携は実に素晴らしいの一言がよく似合う。――これが《筋肉は素晴らしい》という部隊名の由縁か。

 その中でも一番に衝撃を与えるのが彼らマッスルの隊長、筋肉の家系に生まれし者。ヴォルヴァ・バーンズだ。立派に根を生やす大きな木の前に立ち、どこからか一本の柄の短い鎚を取り出し、右肘に帯を巻いた。

 そして、

「〈トール〉――【打ち砕くもの】! うおりゃあぁぁっ‼」

 ヴォルヴァが叫ぶと、鎚が真っ赤に発熱して巨大化した。そのまま銀製の手袋で握った鎚を渾身の力を込めて振る。鈍い音が鳴り響いたかと思うと、打たれた木は根っこからなぎ倒されていた。

「……え?」

 レイは言葉を失った。もう絶句だ絶句。まず鎚が大きくなった時点で意味が分からない。それにあの怪力は何だ? あの真っ赤に染まった巨大な鎚が片手で振るえるわけがない。百歩譲ってそれはいいとしても普通木が根元から持ってかれるなんてことはあるのか?あるわけねーだろこの脳筋野郎が。

「何を呆けている。恐らくあれがやつの天性力だ。この期を逃がすな」

「……あ、ああ。そういやそうだったな」

 横にいるブラフマーの囁きでレイはようやく我に返った。忘れてはいけない。二人の目的は天と魔、人ならざる者を殺すこと。権能を使ったであろうヴォルヴァに聞けるまたとないチャンスだ。それじゃあさっそく――とレイは動き出した。

「よし行くぞブラフマー。時間が経つ前にさっさと聞こう――って、おい?」

 歩みだしても一切動こうとしない少女にレイは怪訝な視線を向けた。そしてそれに対する回答はこうだった。

「嫌だ」

「何が」

「筋肉に近づくのが」

「駄々っ子か」

 まさに見た目通りな理由の拒否を無視してレイは襟首を掴み連行を試みた。

「や、やめろっ! 私を放せ人間!」

「…………」

 必死の抵抗でじたばたと暴れだすものだからレイはちょっとキレた。そして、駄々っ子少女を鎮めるための魔法の言葉を告げる。

「そこまで嫌なら俺一人で行く。だが、お前に仕事を与えるよう言っといてやる。ここには身代わりとなるシャヴィもいない。筋肉と一緒に威勢よく働くんだな」

「……私も行こう」

 ブラフマーは一瞬の思考の後、抵抗を止めた。誰もいない筋肉ワーキングと、一人の仲間がいる筋肉ワーキングなど選択の余地もないのである。対してレイは――子供は御しやすい、と改心した少女から手を放し、目的を果たしに歩き出した。

「なあヴォルヴァ。そのハンマーって天性力か?」

「ん? ああ、オレの天性力は雷神〈トール〉。この鎚は〈トール〉の武器、名は【打ち砕くもの】だ」

 同じ天を信仰する者としてなのか、己の力をレイにすんなりと明かした。これは脈ありかな?レイは「ほんのついで」といった感じで更なる情報入手を試みた。

「じゃあそのごっつい手袋とかもなんか関係あるのか?」

 そして、その問にも、疑わしくなるほどの詳細込みな回答が返ってきた。

「コイツは【銀の手袋だ】。【打ち砕くもの】が真っ赤に染まるほど発熱するから握るには必ずコイツが必要だな。んで肘に巻いてるこれが【力の帯】。コイツは【打ち砕くもの】を振るうためのやつだ。どうも【力の帯】を巻かねぇとこれが振れなくてな。なんとも不思議なカミサマだぜ〈トール〉ってのは」

「そりゃまたお似合いな神様だな。……ん? 雷神ってことは他にも何かあるのか?」

「おうよ。これからやるからよーく見てな」

 ヴォルヴァはそう言って【力の帯】を巻きなおし、肩を大きく回す。そして【打ち砕くもの】を握り天に掲げる。レイとブラフマーは只ならぬ雰囲気に一歩引き、彼の持つ〈トール〉がどこまでの力を保持しているかを見届ける。

「行くぜぇ! 〈トール〉――【天雷】!」

 瞬間。

 ほんのりと黄金色に染まり始めた雲一つない空から、雷が舞い降りた。ヴォルヴァがなぎ倒した木に雷が直撃し、葉を消し去り幹を丸焦げにした。ヴォルヴァは肩をポキポキ鳴らし、鎚の部分が小さくなった【打ち砕くもの】を仕舞い、レイに向かって誇らしげに胸を叩いた。

「どうよ! このオレのマッスルは!」

「あ、うん。筋肉は関係ないね。結局何したんだ?」

「あ? 炭化だよ炭化。これから燃料は大事だからな。ってことでお手頃サイズにバラすの手伝え」

 一瞬にして木を燃料に変えたヴォルヴァは荷物から普通のハンマーを取り出し、謎の雄叫びと共に鎚を木に叩きつける。レイもお手伝いのために大きめのハンマーを作りだそうとして、異変に気付いた。

(あ、あれぇ……? なんも出てこないなぁ……?)

 そう。自分が手にした創造の力が働かなかったのである。そこで考えられる可能性は……

「え、ブラフマー。もしかしてお前が実体化してると俺何もできなかったりします?」

 ヴォルヴァに背を向けブラフマーの肩を抱き寄せ冷や汗交じりに問うレイ。これは一大事だ。もしレイの仮説が正しければ、ブラフマーが実体化している時レイは創造の力を使えない。それに上乗せで、ブラフマーを自分の力として受け入れた時点で魔法すらすら使えない。あらま何ということでしょう。つまり今のレイは、文字通り何もできないただのお荷物だ。 

 そして、レイの問いに返ってくる言葉は勿論――

「その通りだ。と言うか今更か」

「オーマイ、ガァッ!」

 レイは小さな声で叫び頭を押さえて両ひざをついた。まさかの事実にかなりのショックを受けているのだ。そしてこういうときに限って事を悪くする言葉が飛んでくるのだ。ちょうどテントを張り終えたシャヴィがこちらに向かっている。もう最悪だ。

「あれ? どうしましたレイ? そんな絶望を目の当たりにしたような顔をして」

「いやちょっと本当に絶望を目の当たりにしてな……」

「? お嬢さんの方は何か知っていますか?」

 レイの言葉ではあまり容量を得なかったのでシャヴィはブラフマーの方を向いて問うた。そしてブラフマーはそっぽを向いて一切レイを慰めようとはしなかった。と言うかむしろ逆の言葉がレイに刺さる。

「知らん。強いて言えばようやく己の無能さに気づいたところだ」

「俺無能じゃねえし⁉ めっちゃ有能だし⁉」

「どこに否定する材料がある。頭が悪い「お兄ちゃん」が有能なわけ――うぷ」

 言葉の暴力に叩きのめされて拳を地面に叩きつけるレイと、嫌味のつもりで「お兄ちゃん」という単語を使ったら吐き気が襲って顔が青ざめるブラフマー。シャヴィはその二人を何とも言えない表情で眺めていたが、近くにいた上司の言葉に思考を切り替えた。

「おいシャヴィ! 暇ならお前さんも手伝え!」

「あ、はいはい! 燃料作りですか? 私の剣でも流石にその太い幹は切れませんよ?」

「マジか」

「マジです」

「おいレイ! お前さんの創造の力でコレ砕けるものなんか作れ!」

「ねえちょっとブラフマーマジでやばいんだけど⁉」

「うるさい私はこの世界に過度な干渉はしない。……揺らすな死ぬ」

 絶体絶命のピンチにレイは慌ただしく《創造者》に助けを乞う。――もちろん顔色が優れない金髪少女にしか聞こえないボリュームで。

「なに過度な干渉はしないって! 思いっきり天空に島造っただろ⁉」

「あれは必要不可欠だったからノーカンだ」

「なんだよノーカンって。十歳のガキが洒落た言葉使ってんじゃねーよ!」

「ああ? ぶっ殺すぞ人間」

「ねえ! ほんとにお願い! これで俺がなんも出来ないってバレたら俺たちの目的がパーだから!これも必要不可欠だろ⁉な?」

「…………はぁ」

 ブラフマーは数秒の沈黙の後、諦めを示した溜息を一つ。これはレイの言い分が最もだ――よりかは、揺らされ過ぎてこれ以上は三半規管がもたないと思った結果である。ブラフマーが指を鳴らすと、レイの手中に大きなハンマーが収まった。ブラフマーの内心を知らないレイは、目の前にいる救世主に深々と頭を下げてから満面の笑みでヴォルヴァのもとに駆け出した。

「ありがとうございますブラフマーさん! 流石は俺の相棒、愛してる!」

「気安くその単語を発するな気色悪い。――うっぷ。ダメだ。おぞましい肌肉と言い謎の兄妹設定と言い、ここはあまりにも体に悪い。さっさと〈トール〉を殺して帰ろう。やはり我が家が一番だ」

 ますます顔色を悪くして小さく呟くブラフマー。この時彼女はこの遠征を甘く見ていた。――そもそも期間が定められてない遠征で早々と帰れるわけがないだろう。という意味も込めて(意味深)。

 その後は特にこれと言って特殊なことは無かった。ヴォルヴァお手製筋肉増強料理にブラフマーがテントに逃走。レイは鶏肉が嫌だと言う理由で同じくテントに籠ろうとしたのだが、悲しいことにシャヴィによって捕獲された。迫りくるマッスルたちに、レイは涙目で筋肉増強料理を食すのであった。

 水場があるということで男――いや言いなおそう。漢たちはパンツ一丁で己の肉体を清めた。レイとシャヴィは隅っこで苦笑いを浮かべ体を拭いていた。

 漢と男が焚火を囲み雑談中。たった一人の女性であるブラフマーの水浴びの時間だ。筋肉を避けている彼女はレイとシャヴィにだけ間違っても覗くなと念を押して脅迫。暴力的な少女にそんな命知らずなことをするはずもなく、「俺達はここでお話をしてます。と言うかあなたのありのままの姿を見て得することはございません」とレイは礼儀正しく言ったのだが、なぜか渾身のビンタをその身に食らった。シャヴィはその食い違いに気づいていたのだがあえて言わなかった。それは口を開いだけで殺されそうだったからだ。

 テントの割り振りの結果、レイ、ブラフマー、シャヴィが同じテントで寝ることに。内々の会話ができないので正直シャヴィは邪魔だった。まあでも筋肉と一緒に一晩過ごすわけでは無いから良しとしよう。実に平和的な妥協ではないだろうか。しかも見張りは筋肉たちが出しゃばってくれたおかげでレイ達はやらなくていいのだと。これでぐっすり安眠コースだ。

「今日はお疲れさまでした。また明日から頑張りましょう」

「おう、お休み。また明日な」

「ちなみに聞くがあと何日ぐらい森に滞在するんだ?」

「さあ? 決めるのは隊長ですし、他の部隊とも連携を取らなければなりません。最短でも後五日はかかるんじゃないでしょうか?」

「なん……だと……」

「諦めろブラフマー。世界は俺達を中心に回っちゃいない」

「そういうわけです。さ、明日も早いですし、明かりを消しますよ」

「いやだ! 私は帰る!」

「うっせぇ! 子供はさっさと寝ろ!」

「誰が子供だ殺すぞ人間!」

「どう考えてもお前しかいねーよバーカ!」

「死ね」

「あいたたたたたっ! 髪引っ張んな顔蹴んな殴ってくんな!」

「あはは……」

 一日目はこれで終わり。明日から、また筋肉と共に長い長い森を歩まなければならない。



   #

 天の国と魔の国を隔てる巨大な森。手つかずの爽やかな空気。温かい朝日に照らされて、一人の少女が目を覚ました。

「ふあぁ~。工業化革命後の高層建物に汚染された空気とは違ってここの空気は新鮮ね。ま、あたしは生まれたときから革命後の世界なんだけどね」

 そう言って自分の体温を感じる毛布をどけて、大きく伸びをした。少し乱れた栗色のツインテールを整え、昨日見つけた水場で顔を洗う。

 濡れた顔を拭き、朝食の携帯食料をリュックからあさっていると、後ろから声をかけられた。

「おはようエルラ。初めての野宿だけどよく寝れた?」

「おはよう先輩。先輩が選んだ場所のおかげでぐっすりよ」

「そう。それはよかった」

 適当に朝の挨拶を交わし、ライトグリーンの髪を三つ編みした黒い軍服のユーリルが焚火の方からコップをエルラに差し出した。

「ん。ありがと」

 エルラは暖かいコーヒーの入ったコップを受け取り、携帯食料と共に朝食をとる。ホカホカと湯気が立っているコップに息を吹きかけちびちびコーヒーを口にしている様子は猫を連想させる。

 エルラとユーリルは同じ学校の先輩後輩という立場にありながらラフな口調で会話しているのは、先輩であるユーリルが「これからは同志になるんだから敬語は不要」といったので、「先輩」という敬称だけ残して素で会話するようにしたのである。

「でも食の方はすこし寂しいわね。温かいお米が恋しいわ」

「それは同感だね。やっぱりナイトメアの技術はかなり進んでるね」

「ホントにそれよ。アースガルド? だっけ。あの国いつの時代よ」

 それからは沈黙で朝食を終え、焚火を消しコップを洗ったりしてから散策の支度をする。支度と言っても、ユーリルは特に装備品などは無いため厳密にはエルラの支度である。

 【珍銃・たまスケ】と名付けられた世界に一つしかない銃を体の箇所に付け、それを隠すように漆黒のマントを羽織る。エルラの支度が終わったのを見計らって、ユーリルが今後の方針を話す。

「実は昨日の夜、Δ様からメールがあってね。なんでも任務追加みたいだよ?」

「ええー。後二日でも散策して帰ろうと思ってたのに」

 エルラはむっとした顔で軽く文句の言葉を並べ、ユーリルの持つ端末を覗き込んだ。


『先行隊の排除お疲れ様。でもってもう一つやってほしいことが出来たからよろしくね。ちょうど昨日の昼くらいに天側もこの森に軍を進めていてね。総数一〇〇人。今は分散して二十人一部隊で別々の方向からナイトメアに向かっているよ。これで大体わかったかな?キミたち二人にはこれらの隊全てを全滅してほしいんだ。大丈夫、命の危機を感じたら撤退していいから! それじゃ、ヨロシク!』


「え、何あの子供。さらっとあたしたちに百人の軍人を殺せって。無邪気はすべてが許されるわけじゃないのよ?」

 エルラはあまりにも無茶ぶりの書かれた画面にジト目を向けた。

「あまりそう言ったことを口に出さないほうがいいよ? Δ様は地獄耳って噂が多発してるからね」

「え、マジ?」

「マジ」

「……」

「大まかな位置情報はもらったから、とりあえず外側から攻めてこっか」

 ユーリルはΔの無茶ぶりに対して驚きや文句がある様子もなく、ただ任務を遂行することだけが頭にある。それは彼が軍人としての志である。エルラはそんな先輩の姿を目の当たりにして、これ以上の文句を飲み込み、ともに戦う魔の軍人として彼の背中について歩みだした。

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