第41話 筋肉のなぞ
レイ達二十二名が歩いているのは長い長い、どこまで続いているかもわからない深い森。森に入って十数分してすぐ、先頭を切っていた筋肉隊長――ヴォルヴァが足を止めた。
「なんだぁここは。随分と荒れてるじゃねえか」
ヴォルヴァが足を止めた理由は明白。目の前の木々が適当な高さで伐採されていて、なおかつ倒れた木々も処理されておらず、粉々に粉砕されていたり一部が焦げていたりした。
そう、ここはアースガルドの西の森。先日、レイ達が天使と戦った場所である。厳密にいえば今立っている場所は天使との戦闘によるものではなく、復讐を誓ったリタと、彼女の両親の敵であるノエルとの戦闘があった場所だ。
あの時は天使を殺し、森に静粛が訪れたものの、疲労やらなんやらがあり、事後処理などする余裕などなかったのである。と言うかそのこと自体が頭になかった。
「痕跡から見るに戦闘があったとみるべきでしょうか……?」
「それってもしかして天使が現れたってやつですかい⁉」
何やら考え込むようにつぶやいたシャヴィの言葉に、モヒカンマッチョが慌てた雰囲気で目の前の凝視していた。
「いや、この惨状は天使の仕業じゃねぇ」
部下たちの思考を遮るようにヴォルヴァが低い声で否定の言葉を口にした。何かを見通すように眼光を鋭くするヴォルヴァにシャヴィ(その他マッチョたち)が疑問の視線を投げる。
レイとブラフマーはそれを静観。この天人がどこまで読み切れるかを確認するためだ。
「これを見な」
ヴォルヴァは近くの切り株を指さしてから切り出した。
「この切り株、ちょっと焦げてんだろ?」
「確かに焦げ目がついてますね。それもこの木だけじゃなくそこら中にです」
シャヴィの言う通りここら一帯の切り倒された木々は、真っ黒な焦げ目がついていた。しかしその声音は説明が足りないと少し不満げで、ただ確定している事実を口にしているだけだった。
ヴォルヴァは自分の言葉を真実にするために、近くに落ちていた木版を拾った。
「それにこの木版、あまりにも不自然だとは思わねぇか?」
「不自然、ですか?」
「ああ、一見破壊されただけに見えるが、燃えやすいように加工されてやがる」
ヴォルヴァの持つ木版は確かに薄く、火をつけたならすぐにでも灰になってしまいそうだ。そして彼は此処であったことを、正確に暴いてみせた。
「天使がわざわざ木を燃えやすいように破壊するなんてことはしねぇな。自らが持つ力だけで十分だろ。となると残された可能性は一つ――ここで人間同士の戦いがあったってわけだ」
「――ッ! なるほど、確かにそれが一番自然ですね」
ヴォルヴァの非の打ちどころのない完璧な推理に、シャヴィは大きく首肯した。
それを聞いてレイは少し身構えていた。ヴォルヴァの洞察力が思った以上に鋭い。レイ自身も現場に居合わせたわけでは無いが、ここで戦闘を行った当事者の話とまったくと言っていいほど一致していた。
ここはどう切り抜けようか。レイは最適解を探し始めたのだが、その行動はどうやら意味がなかったようだ。――ヴォルヴァが首を横に振って、この場はもう諦めようと口にしたのだ。
「ま、この惨状を生み出したのが天使だろうが人だろうがオレたちに出来る事なんてねえな。人間は今を生きる生き物だ。さて、進むか」
マッチョ隊長の後に十八人のマッチョが続く。
「ほら、私たちも行きますよ? はぐれたら大変です」
この隊で唯一マッチョじゃない真面目ことシャヴィがレイとブラフマーにそう促す。レイは追求されなかったことに安堵し、筋肉が先に行ったと言うレイとは違った理由で安堵の息を漏らしている金髪少女を連れて、マッチョしかいない何とも不思議な隊の最後尾に続いた。
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「なあシャヴィ、この部隊は何でこうも筋肉が多いんだ?」
森の中を散策中、レイはこんな質問を投げつけていた。その発言に、レイの横を歩いているブラフマーは心底嫌そうな顔をしてレイに文句を言った。
「私の前でその単語を口にするな。貴様はあれに興味があるのか気持ち悪い」
「いやあれが多すぎるだけでお前にもあるぞ筋肉」
「死ね。というか殺す」
「なぜっ⁉」
デフォルトが暴言の嵐なブラフマーに抗議の声を上げるレイ。――しかしどちらも共通していて、自分たちより前を歩くマッチョたちを「あれ」と呼び一切人として認識していない。
言い合う二人を微笑ましく眺めているシャヴィは、タイミングを見計らってレイの質問に答えた。
「今いる隊は隊長自ら指導して鍛え上げた言わば筋肉部隊ですね。確か正規の部隊として名前もありましたよ。確か……《筋肉は素晴らしい》だったと思います」
「うぅ……もうやだ帰りたい…………」
猛烈な眩暈に襲われたブラフマーは頭を押さえて帰宅を呟いていた。レイは驚愕しすぎて、呆然とした様子でシャヴィに問いただした。
「あの筋肉隊長に鍛えられたらみんなあんなになるの?」
「まあ、結果から見るにそう取っていいと思いますよ? ……あ、厳密にはバーンズの名を持つものにでしたね。これは隊長の口から直接聞いたことなので間違いないかと」
「なにじゃあアンソンと試合した俺終わりじゃね? つかブラフマー。あの店行くの止めね?ちょっとあの手で作られた食べ物を摂取するの怖くなってきた」
「同感だ。二度とあそこには近づかない。くそっ、人体とはなんとおぞましい……」
「それほどですか。……お嬢さん、ブラフマーというのですね。正直に言えば何とも女の子らしくない――」
「ふんっ」
「ぐはぁっ」
「何とも正直だな人間。真面目は行き過ぎると遠慮が無くなるのか?」
シャヴィの失言に対する代価は股間に炸裂する少女の回し蹴りが支払われた。周りに筋肉しかいない今、彼女の暴力行為はすべてレイとシャヴィどちらかに向かう。
一人だけ立ち止まるわけにはいかないシャヴィは、苦痛に悶えながらも置いて行かれないように歩く。
「え、何お前その名前嫌なの?なら何か新しい呼び名の考えるけど?」
少し以外な反応を示したブラフマーにレイはちょっとした思いやりの気持ちで提案する。ブラフマーはしかめっ面だったが、数秒経ってその提案を受け入れた。
「私は別にこのままでも構わないが、貴様らが付けたいのであれば好きにしろ」
その控えめな回答を肯定と受け取り、レイとシャヴィは共闘で金髪少女――推定十四歳、設定十歳――宇宙の《創造者》ことブラフマーの呼び名を考え始めた。
しかし悲しいかな、シャヴィの頭は本当にどうかしてる。
「あまり原型を崩したくはないですね。ここは無難な略称で「ブラ」――」
「ばっかじゃねえの⁉ まずそれはないって気づけよ‼」
第一声で爆弾の導火線に火を近づけたシャヴィに急速で割り込むレイ。しかし本当にそれは無いだろう。こんな背丈の低い胸部装甲皆無の少女に、ある程度裕福な者が装着する装備品の名前を使うなど言語道断。そんなのただの皮肉でしかない。
「その言葉の意味はよく分からんがものすごく侮辱された気がするんだが?」
「い、いや⁉気のせいじゃね? だからさ、その拳を下ろそ?な?」
少女の拳に力が籠っていくのを確認して、被害被るのを避けるため必死になって訴えるレイ。元凶は横にいるシャヴィなのだが、そんな冷静な思考を吹き飛ばすほどに今のブラフマーは恐ろしい。何せ――笑っているのだ。いつもの人を嘲笑う時とは違う優しい笑み。疑いたくて仕方がなかったが、確かに彼女は口元を緩めてレイとシャヴィを交互に見ていた。その優しい笑みがより一層恐怖を沸き立たせる。
というわけで、
「「ゴメンナサイ‼」」
レイとシャヴィは威勢よく謝罪を口にした。悪いことをしたらこれが正解。何事も引きずるより早急に終わらせるのが一番。――今回は、生命の存亡にかかわっていたのでなおのこと。
「はぁ……。やはり私は私のままでいい」
「おう、そうしてくれ」
これ以上シャヴィがやらかさないためにもレイはしっかりとブラフマーの言葉を拾っておく。
「そういやシャヴィは副隊長なんだよな?」
レイは話を変えるべく、一つ疑問に思っていたことを聞く。
「そうですけど?」
「ならば重大な問題が生まれてくる」
「……と、言いますと?」
「――ッ! 確かにそれは気になる。いや、聞かないほうが幸せなのかもしれんが」
ブラフマーはレイの言いたいことを理解して目を見開いた。二人の顔からじりじりした焦りが感じ取れる。
「どうしました二人とも?何か変なものでも食べました?」
純粋に何が何だかわからんと疑問符を頭に浮かべるシャヴィに、レイは意を決したようにこう告げた。
「――なんでお前だけ筋肉バカじゃないんだ?」
「…………?」
「いや、シャヴィもヴォルヴァに鍛えられたからここにいるんじゃないのか?」
「鍛えられた、とはちょっと違うかもしれませんね」
「あ、そうなの?」
「私は普通に学院を卒業して普通に軍に志願したんですよ。それでまあ、私の実力が隊長の目に留まり今ここにいるわけです」
「この中でシャヴィだけが直々の訓練を受けなかったのか?」
「もちろん鍛えてくれと言いましたよ?でもね、きっぱり断られたんですよ。「お前に過剰な筋肉はいらねぇ」って」
全く似ていないモノマネでそういうシャヴィ。特に深い理由もなくレイはほっと安堵の息を吐いた。筋肉に耐えられず自らそぎ落としたとかじゃなくてほんと良かった。しかし隊長でありこの国最強の軍人であるヴォルヴァにそこまで言わせるシャヴィの実力は未知数だ。装備は剣一本だけ、防具の類も一切ない。レイはそっとシャヴィの危険度を上方修正するのであった。
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