第40話 筋肉行進
「……あれが先輩の本性なのね」
どこまで続いているかもわからない深い森の中。視界が開けた草原で栗色の髪をツインテールにした少女、エルラ・ライズは森の一角を見下していた。彼女の今の装いは、彼女が通う栄光学園の制服に五芒星の描かれた手袋を左手にはめている。エルラが設計図から作った特注品の銃――なんやかんやあって名前が【珍銃・たまスケ】になった――は、分解状態のままで二丁の短機関銃は腰、その銃の基盤となる魔法石の埋まるグリップ部分は背中の辺りに付けている。それらを隠すように羽織られた漆黒のマント。そして、顔には半透明のゴーグルらしきものを着けていた。それはただのゴーグルではなく、彼女が住む国、ナイトメアが作り出した双眼鏡みたいなものだ。
遠くが鮮明に見えるのは勿論。フレームに付けられた小さなボタン一つで、熱源探知や魔力探知に切り替えることが出来る。
今エルラは魔力探知に切り替えて先輩である、ライトグリーンの三つ編みに中世的な顔立ちのユーリル・ブランシェットの戦闘を見ていたのだが、その短時間の戦闘で色々なことが分かった。ユーリルは一人で今回の任務の一つ、敵の先行隊の排除を遂行したのだが、エルラからすれば溜息ものだった。
相手は要所を鉄製装甲で覆った十五人。剣使いが六人にローブを羽織った魔法使いが七人。後の二人は支援に徹していた。いくつもの魔法と共に剣士が襲い掛かる。が、ユーリルが何食わぬ顔で左手を地面に当て何かを呟くと、彼を守るように土の壁が地面から生えた。魔法を防ぐが所詮ただの土。振り下ろされた剣は土の壁に見事刺さったのだが、その剣は二度と抜けなくなった。呆気に取られた兵士たちは次々と地面から生えた土に串刺しにされていった。
「先輩がああも簡単に人を殺すのは意外だったけど、それより衝撃的なのは相手の武装よね。自動式拳銃ならまだしも、回転式拳銃すらないってどうゆうことよ」
銃器を得物とし、学校でも《銃鬼》と呼ばれるほどの使い手だからこそ言える。――どうして皆銃器を使用しないのか、と。
確かに空気中に漂う魔力を取り込むだけで使える魔法の方がメジャーだ。エルラ自身も魔法は使う。だが、明らかに銃のほうが攻撃速度が速い。例外もあるが魔法はちゃんと見てれば後手に出たって避けれる。それに対して銃器は砲口初速は亜音速――つまり音速すら超えるのだ。さっきまで行われていた戦闘は近距離。鉛玉くらい魔法で防げないことは無いがそもそも脳が追い付かないのだから意味がない。つまり近距離において銃器は文字通りの最強。――のはずなのだが、銃器を使う人間が戦場にいない。ここに来る前にもらった資料では、敵国は回転式拳銃の製造はしているとのこと。それに先行隊ともなれば情報を持ち帰ることが何よりも重要なはず。それなのに拳銃の一丁も持っていない。
エルラが摩訶不思議といった様子で思考を巡らせていると、それを遮るようにポケットから微かに振動が伝わってきた。エルラはポケットから携帯端末を取り出し、送られてきたメッセージに目を通す。
『見てたと思うけど任務の一つ、先行隊の排除は終わったよ。これから森の中を適当に散策するから、とりあえずこっちまで来てくれるな?』
メッセージを読み終わると端末にユーリルの位置情報が表示されたのでエルラはゴーグルを外した。
「今行くわよ。これから何日ここにいるんだか。〈シフォロギア〉」
そして足元にある二つの大きなリュック――一つはエルラの魔法石と短機関銃の弾薬が詰まっている。もう一つはサバイバル用品が詰め込まれたユーリルのものだ――を手に取り、念動系の魔法を使用。かなりの重量があるリュックもエルラと共にふわりと浮かび上がり、ゆっくりと目的地に動き出した。
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レイとブラフマーの二人は、特にこれと言って持ってくるものが無かったのでもう少し町を観光してから集合場所に赴いた。西の方角に歩き住宅街を抜けると、胴体を甲冑で覆ったり、白のローブを羽織ったりしている軍服の人間一〇〇人近くが、一切の乱れなく整列していた。
「いや多すぎじゃね?」
軍全体からすれば少量なのだろうが、ただの地図拡大のために百人は多すぎる。敵の殲滅などの理由もあるのだろうが、天使を殺したのは紛れもないレイだ。よって敵が天使を殺したなんて証拠があるはずもない。
その観点からすると、今回の遠征は過剰戦力と言えるだろう。
レイとブラフマーが来たのを見て、列の前にいる男が大きな声を上げた。
「これで全員集またなぁ! これより、今回の任務を伝える!」
白地に金刺繍の軍服を着こなした筋肉ことヴォルヴァが張りのある声を響かせる。
「任務は二つ。敵国、ナイトメアまでの地図拡大と今こっちに向かって来ている敵部隊の殲滅だ!敵部隊は詳細不明だそうだ。だが、西の果てにある国から情報をよこしてくれただけでありがてぇ限りだ!」
ヴォルヴァの言葉をレイは興味深く聞いていた。ナイトメアに全面攻撃を仕掛けるのかと思っていたがそうではなく、地図拡大が主な目的のように聞こえる。それは敵部隊など敵ではないと言うことか。
(しっかし西の果てからよこされた情報ねぇ。どの国もやることは同じか)
この国にも、ノエルとティミナというスパイが紛れ込んでいた。彼女たちが散々やってくれたおかげで一人の少女は全てを振出しに戻された。向こうでも同じようなことが行われているのだろうか?人ならざる者を殺すと決めたが、案外人間も性根が腐っているのかもしれない。レイはそんなことを頭の片隅に置きながら、ヴォルヴァの話を聞いた。
「諸君らは隊を組んでもらう! 二十人と一隊とし、それぞれ別方向からとにかく西を目指し、地形を書き込んでおけ! もし交戦状態になったら地図を死守しろ! それだけは失うな!」
「ハッ。紙切れのために命を捧げろとは。実に下らん」
ブラフマーは小さな声で嘲笑した。此処にいる人も同様で、不満げな表情を浮かべる者がちらほらいた。だが、それはあくまで個人の感想だ。軍として、等しく天を信仰する者として、祖国の、天のためならば命すら捧げる。そう思い戦うのが今整列している異常者たちだ。
隊列から外れて立っている二人の正常者は、天に対する熱い思いの籠った演説を半場呆れ気味に聞き流していた。
「我々はこれより、天の復活の為の第一歩を踏み出す! 天を信じる同胞達よ、今こそその信仰心を示す時だ! 各員、行動開始‼」
『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお‼』
ヴォルヴァが銀製の手袋を着けた右手を握りしめて天に掲げると、それに習うように整列している軍人たちも拳を天に掲げ雄叫びを上げた。
叫び終わるなり軍人たちは隊を組んで早々と森の中に消えていった。やはりベテランは切り替えが早い。レイは完全に置いて行かれたのかと思ったが、そんなことは無く、ヴォルヴァがこっちに向かって歩いてきた。
「さて、オレたちも行くか」
「あれ? この子供たちが例の協力者ですか隊長?」
ヴォルヴァの後ろにいる十九人の軍人の内の一人が、レイとブラフマーを見て首を傾げた。
「なんだ? 応援が子供二人で不満か人間」
その言葉に突っかかったのは意外なことにブラフマーだ。いや、意外ではないか。彼女は筋肉に怯えているだけで、それ以外に対しては傲岸不遜な《創造者》なのだ。
「そうだぜ? こう見えて俺、学院の主席だからな」
「二人の言う通りだ。人を見た目で判断しちゃいけねぇ」
三人に迫るような視線を向けられた男は、一歩後ろに下がって頭を下げた。
「これは申し訳ございません。ご無礼をお許しください」
「いや別にそこまで怒ってないけど……」
「諦めな。アイツは根っからの真面目だぜ?」
ヴォルヴァのため息交じりの言葉にレイは苦笑したのち、一本の剣だけを装備している男に向き直った。
「俺はレイ・ヴィーシュカル。これから数日間だけだがよろしくな」
「私は副隊長シャヴィ・レスクと言います。こちらこそよろしく、レイ」
互いに名乗り握手を交わす。と、そこでシャヴィからこんな質問が飛んできた。
「ところでレイ。君は天人じゃないのですか? 見たところ信仰の証しかありませんが」
怪訝な顔で発せられた言葉に、レイは思考が止まりかけた。さっきレイは自分で学院の主席だと言い放ってしまった。最終試験で高成績を残したら獲得できる天性力を、主席が手にしてないのは当然おかしい。見事に自爆したレイは急いでこの場を凌ぐ言葉を探す。
「授与式の時ちょっとトラブルがあってな。多分創造系の天性力なんだと思うんだけど、名前が分からないんだ。だから俺は力を自覚するまで天人を名乗ることをやめた」
レイは真実の一部を秘匿して話した。下手な嘘をつくよりこっちのほうがよほど自然だ。そして当然かのようにその言葉は受け入れられた。
「なるほど……いい心がけですね。私も精進しなければ」
シャヴィは何なら感銘を受けたようで、うんうんと首を縦に振っている。
「挨拶は済んだか? 隊長たるオレの隊だけまだ出発してねぇんだが?」
ヴォルヴァの声に応じてレイが辺りを見渡すと、そこには退屈そうにこちらを眺めているヴォルヴァの隊員(なぜか全員マッチョ)以外誰もいなかった。
「ッ! 私たちは正面でしたよね? さあ、行きましょう! 我らが天のために!」
失態を取り戻さんがために森の奥を指さし意気揚々と宣言するシャヴィ。
「お前さんが話を伸ばしといて何仕切ってやがる」
「どうやら身長が高くて顔が良いだけで、頭にはピンクと黄色のユリが咲いているようだな。貴様には黄色のカーネーションを贈ろう」
ヴォルヴァの何にも包まれてない直接的な現実と、ブラフマーに捻りに捻って偽り、虚栄心、軽蔑と言われたシャヴィは心をえぐられ、その場にうずくまって大粒の涙をこぼした。
「うわあぁぁぁっん! 隊長のばかぁっ! お嬢さんの大人げなしっ!」
「まあまあ元気出せって。あの小さいほうには俺もよく言われるから」
レイはいい年して上司に「ばか」年下に「大人げなし」と泣きわめく真面目を慰め、大人を泣かせた筋肉と十歳(設定上)に呆れ顔で視線を送った。
そして心の中で大きなため息をこぼすと同時に大きな不安に駆られていた。
(えぇ……、このメンツで数日間過ごすの……………?)
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