第43話 魔の力

 敵部隊全滅のため、エルラとユーリルは、森を北東に進んでいた。ユーリルのサバイバル技術で凹凸の激しい大地や、草木が入り組んだ荒れ地でも難なく進む。

「わ……! ここは絶景じゃない」

 行動開始から三十分ほど経ち、エルラは目の前に広がる光景に歓喜の声を零した。随分と登ったようで、下に広がる大地はまさに自然界の絶対王者。若葉が生い茂るみずみずしい若木。そして透き通った巨大な湖。それらを強調する瑠璃色の空。エルラは気づけば端末を取り出しその光景をカメラに収めていた。

「確かにこれは凄いね……」

 ユーリルもこの光景にかなり見入っているようで、その翡翠色の瞳を輝かせている。この森は天魔関係なく自然界で育った誰のものでもない純粋な土地。ここは信仰や敵対など関係無しに、本心でいれる場所。

 二人は美しい絶景を堪能してから課された任務に再び動き出す。

「ここからどうやって下に降りるの? あたしの魔法で行けなくもないけどさすがに二人プラス大荷物は疲労が半端ないかも」

「じゃあ僕に任せて。〈アマイモン〉――【地暴者】」

 ユーリルが一歩前に出てブレスレットのついた左手を地面につけると、突如として何もなかった前方に道が生えた。その新しい地面はどんどんと伸び、下の地面まで続いた。

「流石先輩。これだけの現象を引き起こしておいて顔色一つ変わらないって普通に凄いわね」

「お褒めに預かり光栄だよ《銃鬼》さん?」

「ちょ、その呼び名嫌いなの知ってるでしょ?」

「いやなんか嫌味を言われて気がしてね」

「はぁ⁉どこに嫌味を感じたのよ⁉」

「「流石先輩」の辺りが。ずば抜けた銃の才能がある人にそんなこと言われたくなったね」

「分かったわよ。先輩とあたしは対等な立場。どっちが上とか比べない。これでいいんでしょ?」

「そうだね。それじゃ行こうか」

 二人は適当に雑談をしながら現れた道を歩く。二人が歩いた道は崩れるように消え去った。

「そう言えばエルラのその銃。オーダーメイドなんだよね?」

「? そうよ。それがどうかしたの?」

「どうしてそんな形の銃を考えたの? 全く新しいデザインだし」

 その全く新しいデザイン。というのはまさに誰もが疑問に思うところであろう。あの近未来的なシルエットに短機関銃を魔法石を合体させて魔力弾の打てるライフルにするなど、いったい誰が思いつくのだろうか。ユーリルの問いに、エルラはその時を思い出すように話した。

「……そうね。最初はあたしも汎用型の銃で戦うつもりだったわ。でも普通のトップはちょっと味気ないって感じてね。それで誰にも真似できない方法で上を目指したのよ」

「もう既に銃器部じゃ一番の実力者なのにまだ物足りなかったの?」

「そりゃそうよ。先輩だって魔法部のダントツ一位だけど更に上を目指すでしょ?」

「確かにそうだね」

 エルラの当り前のことを言うような態度にユーリルは苦笑で肯定を示した。

「そこであたしは初心に戻って考え直したのよ。常識に囚われてはいけない。なんでもアリな自分が望むままの武器を想像したのよ」

「それでそれが頭に浮かんだと?」

「そうね。アニメとか漫画も漁りまくったわ。とりあえずたくさんのアイディアの取り入れようと思ってね」

「なんだ【珍銃・たまスケ】はエルラのロマンの塊だったのか」

「なんだとは何よ⁉ 実際有用なんだから文句言わないでよね‼」

「はいはい。【珍銃・たまスケ】はすごく強い。エルラと生涯を共にする相棒だね」

「――うるさいっ!」

 ユーリルの微笑みの混じった言葉にエルラは顔を紅く染めて叫んだ。【珍銃・たまスケ】という単語が意外と刺さる。名付けたのはさっき無茶ぶりを押し付けてきたエルラよりも年下のΔであるのだが、所有者はエルラだ。よって【珍銃・たまスケ】に対して何を言われようと全てエルラが受け止めなければならない。別に銃そのものに対しての言葉はどうでもいいのだが、名前に関してはかなりの赤面ものだ。もう学校のやつらと会いたくない。

 エルラはちょっとした絶望を胸に任務の標的を探す。



 小一時間ほどたち、ユーリルが急に足を止めた。

「止まって」

「……何か見つけたの?」

 ユーリルの警戒するような低い声にエルラは反射的に身を屈め前方に目を凝らす。ユーリルも同様に木に身を隠し、眼光を鋭くしてエルラに指示を出す。

「敵影視認。数は二十。エルラ」

「わかってるわ」

 エルラはリュックから半透明のゴーグルを取り出し、遠視に熱感知を上乗せして確認する。

「……熱感知でも人は二十人。これ以上は居ないとみていいわね」

「武装は?」

「全身甲冑の剣使いが一人とその他剣使いが九人。弓が二人。魔法使いが八人。……さすがに二十人は多いわね」

 エルラは遠視で敵がはっきり見えているがため数の圧倒的不利を突きつけられ難しい顔をして唸った。対してユーリルは、冷静な思考で確実かつ迅速に敵を討つための策を絞り出す。

「あの全身甲冑があの部隊のリーダーかな。できればあれを一番最初に消したいところではあるんだけどね」

「流石にあれじゃ簡単には倒せないわよ」

 エルラとユーリルはこちらに全く気づいていない二十人を見て思考を巡らせる。しかしそう悠長に時間をかけていられない。時間が経てば経つほどそれほど人数が少ないほうが不利になる。

「どうするの? 遠距離から潰すのが妥当だけと思うけど?」

「…………」

 ユーリルは黙り込んだ。あのリーダーを倒せない以上、エルラの言う通り遠距離からの攻撃を潰してそのまま白兵戦に持ち込むのが妥当だ。全員を近距離戦に巻き込むことで他部隊に連絡を入れることも防げる。だが、ユーリルの答えは違った。何としてでも先に指揮官を殺る。自分たちの存在が明かされるのを阻止するために数を減らすのではなく、確実に指揮系統を崩して混乱に乗じて一気に殲滅するそれは、彼が軍人として今まで戦ってきた経験と彼自身の信念によるものだ。そう決めたユーリルは、できるだけエルラに負担をかけないよう最低限の気づかいをする。

「僕一人であの指揮官を倒す。エルラ、君に弓と魔法をお願いしてもいいかな?」

「え? それ本気で言ってるの?」

 ユーリルの言うことがいまいち理解できないエルラは怪訝な視線を向け本心をそのまま口にした。戦場を良く知らないエルラにとっての第一優先は数を減らすことだ。銃という圧倒的なアドバンテージがあろうと、多方向から同時に攻められては対処のしようがない。だから先に遠距離系を確実に消す。ユーリルは、そんなエルラの思考を理解したうえで今の提案をしたのだ。――戦場においては自分の方がよく知っているから。

「本気だよ。僕は指揮官を殺す。君は遠距離を殺す。これで万事解決でしょ?」

「そうね。先輩のほうが経験豊富だろうしここは言う通りにするわ」

「ありがとう。それじゃ、エルラが先に動いて、混乱に乗じて僕も行動に出るから。……僕たちは任務を遂行する。この手袋を着けている限り」

 ユーリルは行動開始の合図として五芒星の描かれた手袋をエルラに見せる。エルラも自身の左手に着けた手袋を数秒眺め、不敵な笑みと共に場所を変えた。

(さて、と。あたしも軍人になるためにちゃんと生きて帰らなきゃね。あ、こういうのフラグって言うのかしら?)

 これから命の取り合いとするのだというのに何とものんきなことを考えているノエル。でも体はちゃんと動いているのだから問題ないだろう。ユーリルのちょうど反対の位置に立ち、リュックを下ろし二丁の短機関銃を手に取った。ゴーグルの遠視を解除し、魔力探知に切り替えておく。こうすることでいつ魔法が放たれるかもわかるのである。

 物音一つ立てずにある程度の距離まで近づき、こちらに気づく素振りもないがら空きの背中に向かってトリガーを引いた。

 パパパパパンッ。乾いた音が連続で鳴り響き、一人の弓使いが断末魔を最後に地面に倒れた。

「て、敵襲!」

「狼狽えるな! 各員戦闘用意! 敵は遠距離攻撃を仕掛けてくる! 防御魔法はいつでも使えるようにしておけ!」

 隣にいた人間が急に倒れ、パニックになりかけるも、全身甲冑の指揮ですぐに統率されてしまった。全員がエルラの方に体を向け己の武器を構えている。

(先輩のためにもう少し撹乱しとこうかしら)

 このまま正面切って銃を乱射してもいいのだが、もう一人の仲間のためにエルラは茂みの中を移動しながらトリガーを引く。

「流石だねエルラ。僕もそろそろ出ようかな」

 エルラの見事な立ち回りで弓二人と魔法一人が真っ赤な血に染まった辺りでユーリルは標的――指揮官であろう全身甲冑の男に奇襲を仕掛けた。

「〈アマイモン〉――【地暴者】」

 ユーリルが左手を地面につけると、先端が鋭利な土くれが数本、全身甲冑の男が踏んでいる地面から生えた。

 その土塊は人と刺し貫かんと、容赦なく突き上がる。

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