第44話 先輩後輩

「〈アマイモン〉――【地暴者】」

 ユーリルが左手を地面につけると、先端が鋭利な土くれが数本、全身甲冑の男が踏んでいる地面から生えた。

「――ッ!」

 しかし流石は指揮官か、真下から生えた土を難なく躱した。そして、木に隠れているユーリルに向け剣を抜き射抜くような視線を送る。

「はぁ。奇襲が失敗した以上僕は正面切って戦った方がいいか」

 ユーリルは短い溜息と共に隠れるのを諦め、こちらに剣を向けている指揮官の前に立った。

「貴様は誰だ?」

「君たち天側の人間に名乗る名は無いかな?」

「なるほど、貴様は魔側の人間か。ならばこれ以上の言葉は不要。汚れた悪を俺自らの手で浄化してやろう」

 指揮官はユーリルの左手にある五芒星の描かれた手袋を一瞥し、威嚇するように声のトーンを下げた。甲冑のせいで顔は見えないが、その声には深い憎悪が感じられた。

 ユーリルはいつもの穏やかな雰囲気を殺し、敵である天側の人間を殺すために動く。

「〈アマイモン〉――【地暴者】」

 ユーリルが地面に手をつけると、指揮官の下の地面が液状化し、足を引きずり込もうと足首に絡みつく。その重い防具も合わさり沈み込むスピードは速いが、指揮官は一つの魔法でその状況をひっくり返す。

「〈ウェイドコントロール〉」

 指揮官が軽く上に跳ぶだけで、かなりの重量がある鎧を全身にまとっているにも関わらずその体は数メートル跳ね上がった。液化した地面から抜け出した彼はそのままユーリルに斬りかかる。剣が振るわれる度に進行方向に土の壁が生え防ぐ。だが、その一撃が重く、そして速い。攻撃を受けているのは地面から伸びだ土なのに、その衝撃はユーリルを襲う。しかもその動きは機敏で全身を金属で覆っているとは思えない。対象の重量を自在に制御する。それが指揮官の使った魔法〈ウェイドコントロール〉の能力だ。そして今戦っているのは指揮官だけではない。エルラの方に行った一〇人を除く実に六人が指揮官と同時に攻撃を仕掛けてくる。

 思ったより苦戦を強いられていることにユーリルは内心で舌打ちをし、彼の本来の戦い方に変えた。ユーリルの左手首にあるブレスレット――あれは魔性力、名は〈アマイモン〉。五大元素の内の一つ、「地」を司る悪魔だ。地面をその身で感じることでそれを操り、姿形も自由自在。そしてその力は〈アマイモン〉が地面に近いほど強くなる。だからユーリルはブレスレットのついた左手を地面につけて権能を使用していたのだが、別にそうしなければ権能が使えないわけでは無い。

「〈アマイモン〉――【地暴者】!」

 目の前の地面が盛り上がり指揮官の頭より高い坂となる。ユーリルはそれを一気に駆け上がり、空中に身を投げ出す。無防備なユーリルを狙って四人の剣士が次々と坂を上る。指揮官はそれを止めようとしていたがもう遅い。坂に足を踏み入れた途端液化し、足が沈んだところで再び硬化した。ユーリルは敵兵が混乱している隙に着地、地面に左手を着け、権能を使う。

「〈アマイモン〉――【地暴者】」

「グああぁぁぁ!」

「クソッ! 抜けねぇ―――ッ」

 敵を捕らえた地面から先端の尖った土くれが生え、身動きが取れない敵兵を貫いた。生命が終わりを告げ、力なく己の血で染まった土くれに身を任せている。これでユーリルの前に立っているのは全身甲冑の指揮官と、白のローブを羽織っている二人の魔法使い。一気に四人のも同志を殺したユーリルに対して身構えていると、三人を無数の銃弾が襲った。指揮官は全身の鎧が銃弾を弾いてくれたおかげで無傷だが、横にいた二人は不意打ちできた高速で飛んで来る鉛に気づくことも無く白いローブを血に染めた。

「先輩。こっちは終わったわよ」

「ありがとう。さすがに人数差が凄くて苦戦しちゃった」

「ホントよね。まったく……上司も融通が利かないわね。二人で一〇〇人とか無理よ普通」

 エルラは両手に持つ短機関銃を手のひらで遊ばせながら不満げにそう言った。そんな彼女の後ろにあるのは大量の死体。皆見事に急所を貫かれ血の海に身を沈めている。

「あ……あぁ…………いてぇ、いてぇよぉ…………」

 死体の中の一人がかすれた声で身をよじっている。どうやら防具のおかげで死は免れたようである。しかし急所の代わりに体中に穴が空いている。

「あ、まだ生きてたのね。苦しかったでしょ、ゴメン」

 エルラは生にしがみつく一人の人間に、憐みの視線を向けてトリガーを引いた。その一発の銃弾は綺麗に眉間を貫き、最後に赤い花を咲かせ一つの生命が途絶えた。

「な、なんなのだ貴様ら……っ!」

 人数差をもろともしない大胆な立ち回りで見事部隊を壊滅させた二人に指揮官は震えた声音で問うた。二人に向けた剣も小刻みに震え、そこには恐怖と戸惑いが感じられる。対してユーリルは興味なさげに自分の三つ編みを弄っていた。

「戦場に立つならもう少し覚悟を決めてきたら? 味方が死んで怯えるような奴は僕大嫌いなんだ」

「何だと? この俺がまだ子供の貴様らに恐怖しているとでも言いたいのか!」

「その通りだね。実際この状況で立ち止まているのは君じゃないか」

「言わせておけば……! 俺は隙を伺っているに過ぎない!」

 指揮官の言葉を聞くたびにユーリルの視線の温度が下がっていく。最早その瞳は目の前にいる全身甲冑の男を人として見ていない。捕食者を前にして何もせずただ死に恐怖するだけの小動物。いつも全でいるから個では何もできない哀れな生物。そしてユーリルは零度の瞳でこう言った。

「部下の前では威厳をばら撒き、一人になったら保身に徹する。欺瞞にもほどがあるよ」

「――ッ! 貴様ァァァァァッ! 俺は、天のために戦うと決めた戦士! ならば、ここで命付きようとも必ず貴様らの命はもらっていく!」

 指揮官は恐怖と理性が吹き飛び正面からユーリルに斬りかかる。ユーリルはさっきよりは情の籠った瞳で突貫してくる敵に小さく笑みを浮かべた。

「それでいい――でも、死ぬのは君だけだ。〈アマイモン〉――【地暴者】」

 ユーリルの背後から生えた土くれが指揮官の胸を貫いた。指揮官を先頭に乗せたまま土くれはどんどん伸び、上空十メートルくらいで止まった。鎧の間から血が垂れ、痛みを緩和するため渾身の力で叫んでいる。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

 指揮官は最後の力を振り絞って握っていた剣をユーリルに向かって投げた。天を信仰し、天のために戦うその男は、最後に親指を下に向けてその命を天のために使い果たした。

「〈シフォロギア〉」

 ユーリルに迫る剣は、エルラの魔法によって動きを止めた。これで一部隊は全滅。こちらに損害は無し。エルラは達成感に身を任せ一息ついた。

「とても疲れたわ。これを後四回繰り返すとなると先が思いやられるわね……」

 エルラはやれやれとため息を吐きながら魔法で置いてきた荷物を引き寄せる。対してユーリルは左手首のブレスレットを無心でさすっていた。

「……? どうしたのよ先輩」

 敵の戦意を沸き立たせたりそれで笑みを浮かべたりと、先ほどから言動が自分の知る彼とは異なることにエルラは疑問を覚え恐る恐る伺うように声を掛けた。それを聞いたユーリルは、視線を胸を貫かれぐったりしている一人の戦士に向けて答えた。

「エルラは、どうして戦う道を選んだの?」

 ユーリルの言う「戦う道」は学園の魔導科のことだ。栄光学園に入学する事自体は特に何の不思議もない。だが、そこで普通科ではなく魔導科を選んだ理由を聞きたいのだ。「軍人になりたい」「魔性力が欲しい」なども一つの理由だろう。だが、軍人になったところで待遇が凄くよくなるわけでは無いし、能力さえあれば軍事でなくとも魔性力を得ることは不可能じゃない。

 そして彼女はまだ学生なのだ。原則軍人としての教育を受けられるのは高校を卒業してから。栄光学園だけが例外であり実際魔導科より普通科の方が人数比も多い。それでもという者が魔導科に入り戦いを学ぶ。

「……………」

 その「それでも」に属するエルラはユーリルの問いに沈黙した。栄光学園に入学した理由としては家が近いから。偏差値もそこそこで進学もそれなりのところが期待できる。魔導科の存在を知ったのも説明会の時が初めてだった。それでエルラは「あたしたちの国を成り立たせている魔のために戦うのもありかな」程度の気持ちで魔導科を選び、自分の特技を模索している内に銃と巡り合っただけなのである。そのすこしありきたりな理由が恥ずかしくてエルラは言えなかった。――なので、彼女ははぐらかした。

「そういう先輩こそどうしてなのよ? 聞く話だと家もかなり遠いみたいじゃない」

 ユーリルはエルラが回答を拒否したのを気づいていながら、それを指摘せずに自分の理由を語りだした。

「僕だけ近寄りのマンションに引っ越したんだけどね。確かに実家は遠い。それでも栄光学園の魔導科に入りたかった理由があるんだよ」

 ユーリルは視線を全身甲冑の死体からエルラに変え、その瞳を正面から見据えて続ける。

「僕の住む地方じゃ実績が全てでね。いかにたくさんの実績を収めるかで生存権すら関わってくるんだ」

「それって東側の?」

「そう。家族のために腕を磨き功績を挙げる。これが僕の行動理念かな」

「あっちには栄光学園みたいなところはないの?」

「ないね。あそこは頭脳特化だから。僕そこまで頭がいいわけじゃないし」

 意外。というのがエルラの抱いた感想だ。運動神経抜群、座学も学年トップ、そして在学軍人の彼がそのような理由で遠い学校に通い常日頃から努力をしていたとは。それで見事有言実行を果たした彼は褒め称えられるべきだろう。

 エルラもその家族想いな先輩に感銘を受け、素直に尊敬の声を口にした。

「すごいじゃない。あたしみたいなただ使える得物をふり回すんじゃなくて、先輩はそこに理由がある。それはとても立派なことだと思うわよ」

「ふーん。後輩にそう言われたのは初めてだよ」

「え、あたし今そんなに上からだった?」

「結構。なんか落ち込んでるところを恋人に励まされているみたいだったけど? ……特に落ち込んでたわけでも無いけど」

 ユーリルの思いもしなかった指摘にエルラは少し顔を赤らめ誤魔化すように腕をブンブン振る。

「ちょ、違うわよ! あたしは単純に凄いと思ったから口にしただけで、別にそういうんじゃないから!」

「ほんとにそうかな? 今二人きりだし本心を隠せてないだけかもよ?」

 ユーリルは年上としての余裕の笑みで後輩をからかい始めた。彼女にそんな気はないことを理解してやっているので本当にただの遊びだ。もし本当に気があったらこんなことはしていない。

 何故かって? ――そのようなことにも気づけて気を使える紳士がユーリル・ブランシェットという人間だからである。そんなことよ知る由もないエルラは顔を真っ赤に染めて否定の言葉を叫ぶ。別にユーリルのことは尊敬できる先輩くらいにしか思っていないのだが、嘘でも言葉にされると少しは意識してしまうものだのだ。

「だから違うって言ってんでしょ⁉ それとも何? 言葉巧みにあたしに先輩のこと意識させようとしてるわけ⁉」

「そんなこと一言も言ってないけどね。その発想が出てくるあたりそっちの方が意識してるんじゃないの?」

「ッ、な、なにおう!?」

「ほらもう口調がおかしい動揺してる。おーい視線が泳いでるよ~?」

「バカ! もういい先輩ハチの巣にしてあげる! 入試の時と違って実弾だから覚悟しなさい!」

「え、ちょと待って! 僕が悪かったから! 謝るから! だから銃口をこっちに向けないで――ッ! 〈アマイモン〉――【地暴者】!」

 卓越した実力を持つ二人。固い意志がある先輩と、実力だけで戦う後輩。特に深い関係があるわけでも無い二人は、圧倒的な数の敵に対峙して無事に帰ることが出来るのだろうか。

 ――人間に、未来は分らない。

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