第49話 魔側の無双

 視線の先にいる軍人たちが次々と倒れていき、黒の軍服を纏っているユーリルは薄く笑った。エルラが狙撃を行い、混乱に乗じてユーリルがそこに付け込む。そしてエルラがいい感じに敵軍隊を混乱状態に持っていき、ましてや敵指揮官までも潰してくれた。

 上出来だと心の中で称賛を贈り、ユーリルは自分の身を戦場に投じた。

「〈アマイモン〉――【地暴者】」

 陣形を組み四方全てを警戒してる敵兵の一人を真下から尖った地面を生やして串刺しにした。

 これによってさらに混乱は強まり、耐えきれなくなったものから焦燥、苛立ちに変わり陣形が乱れる。そして、一つの乱れは肥大化して取り返しのつかないことになる。

「おい! これはどういうことだ!」

「知らない! そもそもこの遠征って地図拡大が目的じゃなかったの!?」

「今はそれどころではない! とりあえず警戒を怠るな――――ガッ!」

 一人、また一人と白い軍服を纏った人間が真下から生えた鋭利な地面に串刺しにされていく。

 最初の死人が出てから僅か四〇秒。それだけで、二〇人いた軍隊は残り三人にまで減ってしまった。

 生き残った三人が怯えながらも辺りを見回していると、ある木陰からユーリルが姿を現した。

「やあ、こんなところに何の用かな?」

「誰だ――ッ! 〈ライトニングショット〉!」

 ユーリルの存在にいち早く気づいた女軍人は、彼が纏う黒い軍服と、左手に着けた五芒星の描かれた手袋を見るなり魔法を撃った。

「……む。いきなり攻撃してくるとかちょっと礼儀がなってないんじゃない?」

「奇襲で十七人も殺したお前が言うか!」

「あ、それもそうだね……僕としたことが」

 飛んでくる電撃を〈アマイモン〉の権能で防ぎながら口をとがらせてみたら、ど正論が返ってきてユーリルはゴメンね? とでも言いたげに片目を瞑った。

「ナイトメアの軍人がここに何の用だ?」

 要所を鎧で覆った男が、一歩前に出て真意を探るように声音を低くして問いを投げた。この男は奇襲にあっても比較的冷静に対処していた。だからこそ、ユーリルは今この状況になるまで生かしておいたのである。

「ここには命令で、君たちは?」

「任務だ……対してお前らと変わらない」

「だよねぇ。こんないつ殺されるかもわからない森に来るなんてそれ以外ありえないしね」

「さっきから随分と舐めた口きいてんじゃねぇか兄ちゃんよぉ!」

 ユーリルの悠然とした態度が気に障ったのか、細身の男が剣を抜いて先をユーリルに向けた。

 仲間を殺した張本人を前に憤る男に対し、ユーリルは一切表情を変えない。

「そうかな? 僕はいたって普通の会話をしてると思うんだけど?」

「あぁ? 天を信仰する同志を殺したどぶみてぇな魔の信者さんが何口開いて声発してんだ? 空気が汚染される。さっさと失せろ」

「へぇ。君たちの国で僕たちのことはそんな風に思われてるんだ――実に不愉快だね。奇跡とか何とか言って拝むだけの劣等生物が世界の心理を追求する魔を口にするな、品が落ちる」

「テッンメェ……ッ!」

「待て、これ以上彼を刺激するな!」

 ユーリルの視線が覚めたのを感じ取った男は隣で怒りを滾らせる細身に静止の声を掛けるが、彼は言葉に耳を貸してくれなかった。

 細身の男は感情のままに剣を構え、憎き仲間の仇に向かって走り出した――が、突如彼の体は地面に沈みだした。

「な、なんだこれぇ⁉ クソッ! 動けねぇ!」

 抵抗しても地面に沈んでいく自分の体に動揺を隠せず細身の男はユーリルを見上げ叫んだ。それをユーリルは零度の瞳で見返し、口元に小さく笑みを浮かべて絶望を与える。

「君はそれなりに腕が立つようだったから生かしておいたけど、失望したよ。……ねえ、生き埋めって経験したことある? 痛くはないけどかなり苦しいらしいよ? ……学校で習っただけだけどね」

「ま、待ってくれ……俺はまだ、死にたくな――――――」

 嗚咽交じりの命乞いも聞こえなくなり、一人の人間が地中に埋まった。ユーリルは完全に埋まったのを確認して液化していた地面を硬化。これでもう這い上がってくることは不可能だ。あとは酸素が無くなり息が途絶えるか、地中に住む幼虫やらなんやらに食われて死ぬか。どちらにせよもう助かる道は残されていないのである。

「お前は……俺、……たち……何を……来たんだ……?」

 仲間が地中に埋められたことによる恐怖で男は口を開いてもうまく言葉が出なかった。ユーリルはその声を聴いてやっと本題を思い出し、さっきの行動はなる出なかったかのような仕草で生存者に向き直る。

「いやさ、ちょっと聞きたいことがあって、いいかな?」

「……」

 男は沈黙で返す。ユーリルはそれを肯定と解釈し、咳ばらいをしてから切り出した。

「リーダーはどこ?」

「お前が脳天を撃ち抜いただろう」

「いやあれは僕がやったわけじゃ――と、そうじゃなくて、この遠征自体を指揮した人はどこ?」

「……それを知ってどうする?」

「そりゃあもちろん、殺すよ? 敵だし」

「――ッ」

 あっけらかんとした口調で言われたその言葉に嘘偽りを全く感じず、本気で殺すと言っている子供を見て男は、こぶしを握り締めて奥歯を噛み締めた。その行動の理由は、あまりにもこの世が残酷だったからだ。

「お前、歳はいくつだ?」

「? 十八だけど」

 その返しに男は表情が苦痛に染まり、ユーリルから視線をそらし俯いて語りだした。

「俺にお前と年の近い息子がいてな、つい先日学院を卒業したばかりだ。自信過剰ですぐ誰かにちょっかい掛ける馬鹿だけど実力は確かなんだ」

「へぇ。で、その子は今どこで何してるの? 聞いた話じゃ学院を卒業したら大半が軍に志願するって聞いたけど」

「軍に志願させるのはやめさせたよ。幸い天人にはなれなかったしな」

「学院に入学させたのに軍を諦めさせた? 一体君の思考はどうなってるの?」

 ユーリルが呆れ交じりの嘲笑で返すと、男はそれを一切否定せず言葉を続けた。

「全くその通りだよなぁ。第三者から見ればみんな揃ってそう思うだろう……だがな、嫌なんだよ、父親としては。息子が変わり果てた姿で帰ってくるのが、親を置いて先に逝くのが。だから俺はあいつに職を与えそれに縛り付けた……何とも親ばかな話だ」

「そうだね、実に自己中だ」

 ユーリルは一切同情を示さずにそう返し、理由は分からなかったが己がここにいる理由を話した。

「僕の生まれ故郷は実績で全てが決まる。優秀なものは優雅に暮らし、そうでないものは切り捨てられる。だから僕は努力した。力をつけていち早く軍人になるために遠い都心部の学校にまで通った。それで成功して今ここにいる……でもね」

 ユーリルはそこで一回言葉を止め、呼吸を挟んでからもう一度口を開いた。

「家族からの連絡は一切ない。それなりに収入を得て半分近く実家に送ってる。帰省した時は笑顔で元気な声を返してくれる……でも、向こうから連絡があったことは一度もない。結局人間なんてそんなもんなんだ。もらえる物は遠慮なくもらって何も返そうとしない。どうせ自分の子供だからどんな風に扱っても構わない。そこまで分かっていているのに僕も仕送りを止めない……僕はこの世界が嫌いだ。人間という生物が嫌いだ。僕自身も嫌いだ。だけど誰かの言うことに従って家族を養ってる。だって……僕は自分を生かしたいと思う人間だから」

 そこまで言い切って、少量の涙がユーリルの頬を通過した。

「はは……なんで泣いてるんだろ。そもそも何でこんな話をしたんだろうね、さっぱっり分からないや……」

 ユーリルは波を隠すように空を仰ぎ、涙がこれ以上流れないことを確認してから魔のために戦う軍人に戻った。

「それで、君たちのリーダーの居場所は?」

 男はユーリルの話にかなり同情していたが、天のために戦う軍人としてこう答えた。

「悪いが答えられない。俺はアースガルドの戦士だからな」

「まあそうだよね、そっちは?」

 ユーリルは男の隣にいる女軍人に視線を向けた。

「残念ながら私も答えは一緒よ。そして――敵は殺すッ!」

 懐から古式拳銃を抜き一気に引き金を引いた。砲口初速亜音速で銃口から駆け抜けた銃弾は、進行方向に突如生えた土の壁によって阻まれた。

「君たちはここで終わりだよ、サヨナラ。〈アマイモン〉――【地暴者】」

 壁に手を触れさせると、そこからユーリルの前方を覆うように壁は伸びた。そして、彼らの後ろから発砲音が連続で鳴り響き、銃弾が体のあちこちを貫き軍服を真っ赤に染めて地面に倒れこんだ。

 銃声が止んでからユーリルは壁を解除し、硝煙の立った二丁の短機関銃を持ている少女に向かって手を振った。

「お疲れさまー。いい狙撃だったよ?」

「そう? ありがと」

 エルラはちょっと気恥しそうに眼をそらし、短機関銃をホルスターに仕舞った。

「それで? 敵主力の居場所は聞けたの?」

「まさか、もともと可能性が低いのを承知での問いかけだよ?」

「その割には随分と長話してたようだったけど」

「ちょっと色々交渉してみてたんだよ……ま、結果はダメだったけどね」

「ふうん……じゃあこれからどうするわけ? このまま南下?」

 ユーリルは数秒唸ってから口を開いた。

「南下はするけど……今まで見たいにすぐ仕掛けたりはしないかな。さすがに危険すぎる」

「危険? あたしは余裕だったけど先輩は違うの?」

「もう、分かってないなぁ」

 なぜか自分が下にされたことに不満げな顔をして、人差し指をピッと立ててからユーリルは分からず屋に説明を開始した。

「いいかい? この森には敵が総勢一〇〇人もいるんだ。そのうちの四〇人を殺したとはいえまだ半分以上の勢力がいる。それに僕たちの存在が知られている可能性もゼロじゃない。四〇人を殺した二人ともなれば残った部隊全てが合流することも考えられる」

「――要するに、敵に何かしらのアクシデントが無いと動いたって返り討ちになるだけ、ということね。完全に理解したわ」

 完全に人のセリフを最後だけ持ってったエルラにまたもやユーリルは何か言いたげな視線を送るが、彼女の堂々とした態度にため息しか出ず文句は飲み込んだ。

「まーそう言うわけだから、南下しますか」

 彼らは、血みどろの戦場を後にした。

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