第50話 なりたいもの
荷物は重い。これは当たり前のことでありいちいち考え直したりなどしない。でも、魔力という不思議な力があり、魔法という便利な技術を使えばその限りではない。
現在、方角を南の方向に進んでいる二人の男女・エルラとユーリルの荷物は宙に浮いていた。何の比喩でもなく、物理的に。
この現象を引き起こしているのは、エルラ得意の念動系魔法〈シフォロギア〉。対象物を使用者の思いのままに動かす能力によって、短機関銃の弾倉が詰まったリュックと、サバイバル用品が詰め込まれたリュックがエルラの後ろをすいすいーっと移動している。
「ねえエルラ」
不意にユーリルが振り返って心配そうな顔でエルラのことを見た。
「どうしたのよ先輩」
「その、さ。今更過ぎるんだけど――ずっと魔法使ってて魔力切れないの?」
「切れないわよ。あたし凄いから」
どや顔で放たれた自画自賛に苦笑しつつも、ユーリルはそのからくりを知りたくなっていっそのこと聞いてみた。
「その仕組みを是非とも教えていただきたい」
「別にそんなたいそうなものじゃないわよ。魔力というものを正しく理解できればこの程度朝飯前よ」
「魔力を理解って……魔法が使えるとかじゃダメなの?」
「ダメね。先輩は魔力ってみたことある?」
「いや、無いけど。あ、そっか、銃器部はみんなゴーグル持ってるのか」
「御明察っ♪」
エルラはユーリルに向かっていたずら気な笑みを向けた。でも、その顔はまだ何か隠してるようにも見える。
「でも、魔力が見えるだけじゃ理解したとは言えないわ」
「というと?」
「ん~説明するより見たほうが早いわね」
エルラは口元に片手を当てそう言った後、懐からいつも使っている半透明のゴーグルを取り出しユーリルに差し出した。
ユーリルはそれを着け、言われたとおりに操作して魔力探知に切り替える。
ユーリルがゴーグル越しに見たのが魔法や魔性力などの使用に使う言葉じゃ説明できない力。
どちらかといえば空気を見ている感覚に近いかもしれない。何重にも重なって空気中に漂う光の線。息を吸うと共に体内に入り込み、吐くと共に体外へと排出される。人体は魔力で満ちていた。魔力の光だけでシルエットが形成され、体の中心に行けば行くほどその輝きは強くなっている。
「どう? 今先輩の視界に広がる光の帯が魔力。あたしたちの生活に欠かせない物よ」
ユーリルはゴーグルを外しエルラに返す。
「たしかに実際見てみて感動したけど、これといって何かわかったわけじゃないかな」
「そう! そこが重要なのよ!」
ユーリルのつぶやきに食いつき、少し興奮気味にエルラは語りだした。
「このゴーグルを使えばだれでも魔力を見ることは出来る。知ることも出来る。でも、解る事だけが出来ない! でもあたしはそれが解った! 説明しろって言われたら無理だけど見た瞬間解ったのよ! ああ! やっぱりあたしって生まれながらの天才なのかしら!?」
「うん、わかったから少し落ち着こうか?」
「……」
ようやく我に返ったエルラは恥ずかしさのあまり赤面して顔を背けた。落ち着かせるために咳ばらいを一つして、結論を述べた。
「なぜかあたしは魔力を理解できて、魔力をほとんど消費せず魔法が使えるってわけ。納得?」
「納得……多分」
「何よ多分って……でもあたしにもちょっと気になることがあったんだわ」
「それは?」
「魔力ってそろってある方向から流れてくるのよ。それで気になって流れてくる方向を見たんだけど――」
エルラは今もなお変わらずある方向から流れてくる魔力を感じてあの日見た光景を思い出した。
「ゴーグルの遠視倍率最大にしてホント小さく、それも薄くだけど見えたの。魔力が流れてくる方角には――木のシルエットが映っていたのよ」
「その方向は?」
「あっち」
ユーリルはエルラの指差した方角をリュックの中から出したコンパスで確認し、目を見開いた。
「ねえエルラ。君が言う魔力の流れてくる方向――天側だよ?」
「え⁉ それホントに言ってる⁉」
「うん」
エルラもそこまで頭が回っていなかったんだろう。その事実にあたふたと慌てユーリルに何回も確認を取った。
ユーリルもユーリルでこのことを興味深く心に留めていた。
「この魔力って言うのは天からもたらされたものなのかもね――いつか行ってみたいね」
「その時は意外と早いかもね。魔側と天側じゃ文明の差が圧倒的だし」
新たに発覚した真実に花を咲かせ、二人は南に向かって歩き出した。
#
「生まれ変わるなら何になりたい?」
「え?」
突然ユーリルの口からそんな言葉が発せられた。
「生まれ変わり――転生が出来るとしたらエルラは何になりたい?」
「転生ねー……」
エルラは特にこれといってなりたいものも無かったので、とりあえず無難な回答をしておく。
「やっぱり人間、かしらね。出来れば何の才能もない本当の凡人ってやつになってみたいわ……先輩は?」
己がもつ銃の才能のおかげで学校の居心地が悪くなったのでその意味も込めておいた。
「僕は、鳥になりたい」
ちょうど真上を通り過ぎてった一羽の漆黒の鳥に手を向けてユーリルそう言った。
「自由に大空を羽ばたきたい。何にも縛られず、自分の思うがままに世界を見てみたい」
「ふうん。でも、鳥にも一応社会があるから何もかも自由ってわけにはいかないんじゃない?」
「なんでそう人の夢を壊すようなこと言うのかなぁ……」
「え? あ、ごめんさない」
エルラにジト目を向け、ユーリルは深く溜息を吐いた。
「あー早く帰りたーい!」
「真面目の先輩が早く帰りたいだなんて明日は雨でも振るのかしら?」
「みんな僕のことを真面目だの完璧だの言うけど僕そんなにいい子じゃないからね?……頭はいいけど」
「うわ、こーゆうのがいるから堕落したチンピラが増えるのよ。先輩知ってる? 栄光学園の周辺って相当治安悪いのよ?」
「知ってる知ってる。僕有名人だからよく絡まれるよ――なんでも誰かのせいで人生い終わったらしいね、あの辺のチンピラ」
ユーリルの軽い言葉にエルラは笑みを浮かべて首を傾げた。
「原因のほとんどが先輩なんだけど?」
「それまたどうして」
「え、嘘でしょ? ほんとに自覚してないわけ?」
「?」
エルラの彼を見る目が変わった。
今までは一応の尊敬の眼差しで見ていたが、今は農作物を脅かす害虫を見る目だ。
先輩の目を見て、真実を告げる。
これは彼自身にも関わることだから、割とマジで。
「先輩が何も威張ることなく実力を見せつけるものだから女がみんな揃って先輩の方に振り向くのよ。それで青春したがり野郎どもが野垂れ死んでるってこと」
エルラに深刻な表情でそんなことを言われ、ユーリルは以後気を付けよう――なんてことにはならず、そのかわいそうな男子どもを笑って一蹴した。
「そんなの僕の知った話じゃないね。力だけで僕を選んだ女子が悪いし、行動に出ない男子どもが悪い」
「先輩ってそんなキャラだっけ?」
どうやら思っていたような人間ではなかったようである。ユーリル・ブランシェットという人物は。
学校トップの実力を持った在学軍人。面倒見がよく、いかなる時でも笑顔を絶やさない完全無二の超絶イケメン。
だが実際は、特に他人に興味がなく自分に直接的に関わらない問題はすべて他人のせいだと言い放つその辺に居そうな一般人。
でもまあ、こっちの方が人間っぽくていいかもしれない。エルラはこれ以上疑問を持つのをやめ、今の発言は聞かなかったことにした。
でも、彼に対して物申すのをやめたわけでは無い。
「でもさ、その発言だとエルラの僕のことを気にかけているって事になるけどそれはそう解釈していいやつなの?」
「いいいいいいわけないでしょ!? それともし本当にそうだとしても本人の目の前で言う普通⁉」
全くこの無神経は、冗談だとしてもたちが悪すぎる。そもそも学校であれだけ笑顔を振りまいておいてどんな結果になるかなんて自然と想像がつくもの。なのにこの三つ編み男子は、ユーリル・ブランシェットという人間は全くそっちの方に気づいていない。知ろうともしないし、まるで興味がない。
あるいは、そんなこに思考を回せるほど余裕がないのかもしれない。
「もうなんなのさ。ここは一応戦場だよ?」
「わかってるわよ! 先輩が悪いのよ!」
緑三つ編みは思考を切り替えて先に進むが、栗色ツインテールは顔の赤みが完全に引いていなかった。
「この森はちょっといいかもね。開放感があって」
本人は気づいていないが、確かにこの森での彼は、いつもより雰囲気が軽い。
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