第23話 反撃の火種

 カランッ。そんな音が鳴って二秒ほどたってからようやく閃光が止んだ。

 レイは顔を上げ視界がチカチカ点滅しているが、辺りを見回し状況を確認する。

 家のあちこちを焼き焦がしている炎。

 妹の目を隠すように抱きかかえているカロン。兄の服をつかみ目を瞑っているカレン。

 レイと同様に状況確認をするセレジアと、杖を立てて両膝をついているリタ。

「クリス! クリスはどこですの⁉」

 セレジアが最初に気づき声を荒げる。

 襲撃者の少女が壁に空けた穴から冷たい夜風が入り込んで来る。床に転がっているクリスが大切なものだと言っていた二本のナイフ。さっきの閃光の間に何があったのか、少年少女たちが意見を交わす中、ただ一人、リタだけは見ていた。

 ――首に手刀を落とされ、意識のなくなったクリスを担いで去って行った襲撃者の姿を。

「レイ、この炎を消せ!」

 カロンはこの中で唯一魔法が使えるレイに燃え広がる炎を鎮火するよう促す。

「ああ! 〈ロストフレイム〉!」

 レイは右手を前に突き出し魔法を使う―が、何も変化は起きなかった。

「な……何で魔法が発動しないんだ⁉」

「……いいよレイ、私が消すから」

 リタが杖で床を軽くたたくだけで高温の炎は跡形もなく消えた。

「クリス! クリスーーーーー!」

「落ち着けセレジア。レイ、カレン!ほかの部屋に人がいるか確認してこい!」

「分かった!」

「了解です、兄さん!」

 二人は急ぎで家中を駆け巡る。

「くそっ、視界がつぶれている間に何が起こった……ッ!」

「これはクリスのナイフ……! あの子はどこに行ったんですの⁉」

「だから落ち着けと言っているだろう。クリスは生きている可能性のほうが高い」

 カロンは今にもクリスを探しに飛び出しそうなセレジアの肩をつかむ。

「クリスは、生きてる……?」

「ああ、あの襲撃者がクリスのことを殺すつもりだったらあそこにいる奴と同じことになっていたはずだ」

 カロンはセレジアを落ち着かせるように言ってある箇所を指さした。それはリタの炎によって今は白骨のみとなったクリスの父親だった。

 セレジアは全身の皮膚が弾けたときのことを思い出し納得する。

「確かに……。あの方以外の血痕はありませんしそう考えるのが妥当でしょうか…。ですがだとしたらクリスは今どこにいるんですの? 一番可能性が高いのは、あの襲撃者に連れ去られた事じゃありませんの⁉」

「そう考えるのが妥当だが証拠がない。だが、この中にあの状況で視界がはっきりしていた人間が襲撃者を除いて一人だけいる。……そうだろう? リタ」

 カロンは片膝をついて俯いている少女に目をやる。

 セレジアも唯一の情報源に詰め寄り、威圧するように問う。

「何か知ってるんですの……? 知ってること全部話してくださいまし」

「……ごめん」

 リタは俯いたまま拳を握りしめる。

「クリスはあの大鎌を持った女に意識を奪われ連れてかれた。私が余計なことをして隙を作っちゃたから! 私が! 自分の思いを優先して気を配らなかったから! ……ホントにごめん」

「ごめんで済むと……」

 セレジアは立ち上がり、その綺麗な碧眼に透明な液体を浮かべ、

「思ってるんですの⁉」

 リタの胸ぐらをつかんだ。

「わたくしの大切な人を! 捨てられても誰かのために戦うと言ったわたくしの可愛い妹を! 自分勝手な理由で邪魔して奪われて! それで言うことがただ一言「ごめん」ですの⁉貴方なんかより……クリスのほうが……ずっと優しくて……いい子ですわ……」

「……、――――ッ! ……ごめん」

 リタは唇を噛み締め、何かを訴えようとして、やめた。この口からはこの言葉しか出てこない。

「またその言葉をッ!」

 セレジアがリタを叩こうと手を振りかざした時、カロンがセレジアの腕をつかみ二人を引きはがす。

「これ以上いがみ合っても何も起こらん。喧嘩をするなら後にしろ。……レイ、カレン。いつまでそこにいるつもりだ? 話し合いをするからさっさと出てこい」

 カロンが玄関につながる開けっ放しの扉を見ると、二人が顔を出した。

「いや~、ちょっと入りずらい空気だったから……」

「兄さん。この家に私たち以外は誰もいないようです」

「そうか。リタ、話す気はあるか?」

 リタはようやく顔を上げ自分の意志を示す。

「うん。今回の騒動は全面的に私が悪い。内に秘めとくつもりだったけど話すよ。――私の過去の出来事を」

 散々荒れたリビングだが椅子は無事だったので一同は腰掛ける。

 そしてリタは、クリスのみに伝えていたあの日の出来事をありのままに話した。

―――――

――――

―――

「そうして私は復讐を誓ったの。それでクリスのお父さんの死に方があまりにも似ていたから……」

「元軍人をあっさり殺すか……あの襲撃者はかなりの強者だな」

 カロンはリタの昔話に同情すると言うよりかは、過去の話も含めて襲撃者の脅威度などを簡単に計算している。

 セレジアは先ほど散々言ったがリタの話を聞いて複雑そうな顔をしている。クリスのことは許せないが、リタの過去を一蹴しようとも思えなかったのだ。

 そのため、

「……先ほどは言い過ぎましたわ」

 不満げに謝罪の言葉を口にした。リタはあまり気にしてない様子で返す。

「別に……。クリスの夢は聞いたことあるし」

 これで二人の仲直り? は達成した。

 ちなみにリタの話を、レイはリタの目的―仇討ちと魔の絶滅―を請け負うとしていたことに驚愕をあらわにし、カレンは顔色一つ変えず真剣に話を聞いていた。

 カロンが淡々と話を進めていく。

「母親のほうはグルだと考えていいだろう。死体になったのではなく姿を消したのだから疑いの余地もない。父親のほうは…俺たちの動揺を誘うためにわざとと死んだか、あるいは運悪く普通に殺されただけか。趣味の悪い死体を作り出すヤツだからな、こればかりは正直わからん」

「うわぁ……、カロンお前さらっと酷いこと言うな……。わざとであんな死に方したい奴がどこにいるんだよ?」

「なんだ、敵かもしれないやつに同情しているのか? 死人が喋るわけでも無いのだから俺達で決めるしかないだろう」

 カロンはやはり身内以外には薄情なようだ。その分身内に対する想いが強かったりもするのだが。

 白骨となったクリスの父親(敵勢力の容疑がかかっている)にはその辺にあった布をかぶせておいた。せめてもの弔いの意味もあるが、主な理由としては気分が悪くなるからだ。常に白骨が視界に映り込んでくるのは軽いホラーだろう。まあ、今はそんな話はどうでもいいのだが。

 カロンは話を続けた。今ではカロンを中心に物事を決定している。常に情に囚われず合理的な判断を下せる彼は重要なこのような状況下において重要な役割を果たすのだ。

「俺が一番気になるのはあの襲撃者が持っていた大鎌だ。ただの刃に刺した相手の皮を破裂させ腹に穴を空けるなんて芸当はできないはずだ」

「いや普通に考えてクリスの居場所と奪還方法が一番重要ではなくて⁉」

「そっちはあらかた考えがある。――話を戻すが、あの大鎌は普通の武器ではない。これはあの異様な死体を見たからわかるが、それが一体何なのか、これが一番のカギとなる」

「確かに。いきなりのこと過ぎて失念してたけど、普通の武器であんなことはできないよね……」

「なら魔法などではないのでしょうか? 刺すのと同時にああなるような魔法を使用した……なんて」

「それは考えられませんわ。あの時襲撃者が言った言葉は〈メフィストフェレス〉――【反神破壊】。このような魔法は聞いたこともありませんわ」

「ではまだ誰も知らない新しい魔法と言う可能性は?」

「それこそまさかだ。レイのような魔法を改変する人間ですら珍しいんだ。一から新しい魔法を作るなどあの背丈、しかも学院の生徒だぞ?無理に決まっている」

 少年少女は消去法で一つずつ可能性をつぶしていき、一つの答えを導き出そうと知恵を絞る。

「そういやリタ、両親が殺されたのはいつだ?」

 レイがふと疑問に思った、程度に質問する。

「今から三年半前、学院入学から初めての魔法試験の日だったよ」

「あれってリタにボコボコにされたやつじゃん……思い出したくなかった」

「確かにあれはいい思い出じゃないな。唯一リタに敗北した本当に笑えない屈辱の日だ」

「ねえ、今そんな話をする時間じゃないんだけど。……つかそんなに私に負けたのがショックなの?」

 あまりにもくだらないことで落ち込む男子達をリタが睨んだ。

「コホン。リタさん、今回の襲撃、三年半前の模倣犯だと言う可能性は?」

 カレンが咳払いをして話を戻す。

「それはないね。私は試験が終わってすぐ家に帰ったから。そして、今回あの死体が出来たのはほんの一瞬。刃を通すだけであの凝った死体を作り出せる人間が二人もいるとは到底思えない……それに、あの事件は無かったことにされたから」

「リタさん……」

 セレジアが同情した。クリスがサンティス家の人間じゃないとされ続けていたから彼女の痛みに共感できるのだろう。

「しかし同一人物だとするとそれそれでえげつないですわね。リタさんの家を襲撃したのは最低でも十三歳の時なのでしょう?」

「マジか」

 僅か十三の歳であのような殺し方をしているとなるとそいつの精神は完全にイカれていることを示す。しかし、学院の中にそのようなことをしそうな精神病質者の顔は思い浮かばない。

 犯人の特定が行き詰ったので議題を変える。

「犯人捜しはこれくらいでいいだろう。どうせこの後会いに行くんだからな」

「あ」

 リタが何か思い出したようで天井を見上げ固まった。

「あの大鎌たぶん魔性力だ」

「ほう、それは何故だ?」

「個人は分からないけど、あいつは魔の信者だよ。そいつが使う魔法ではない異様な力って言ったら魔性力しかないじゃん」

 リタの言葉に一同があー、と唸って固まった。――なんて簡単なことだったのだろう、と。

「魔性力ってあれか。確か悪魔の力って言われてるやつのことか?」

「そうだ。あの大鎌が魔性力なら謎の死因も説明がつく。そしてなりより、相手が魔を信じる人間であれば何もためらう理由はない」

「そうだね。やっと見つけた仇だもん。ちゃんと報いを受けてもらわないと!」

 カロンとリタがやる気を漲らせ立ち上がる。

「レイとリタ、そして俺の三人でクリスの救出、および魔の抹殺に行く。セレジアとカレンはここで待っていろ」

「なっ! ちょっと待ってくださいまし!わたくしもクリスのもとへ向かいますわ!」

 お留守番を命じられたセレジアが抗議の声を上げる。しかしカロンはそれをあっさりと切り捨てた。

「正直に言ってお前の力は必要ない、むしろ邪魔だ。癒しの権能を持つ〈ラファエル〉は回復役としては有能かもしれんがそれだけだ。攻撃手段のないお前を連れて行くわけにはいかない」

 カロンはセレジア自身のことを案じての待機だったのだが、彼女はそれに納得しないようだ。

「わたくしのことは気にしないでくださいまし! 自分の身くらい自分で守れますの! 決して足手まといにはなりませんからわたくしも一緒に行かせてくださいませ!」

「じゃあ誰がカレンを守ると言うんだ?」

「……え?」

 もっと直接的な意見が来ると思い身構えていたセレジアは意表を突かれた。

「お前にはカレンを守ってもらいたい。コイツには何の力も無いんだ。ましては体も弱い。お前にピッタリだと思うんだが?」

「ああ……そう、ですの……」

 カロンにこんなにも信用してもらえているとは思っていなかったセレジアはちょっと嬉しそうに笑った。そして、

「わかりましたわ。クリスを無事に連れて帰るという約束でなら、わたくしはカレンさんと共に待つことにしますわ」

「ああ、約束しよう」

 次にセレジアはレイのほうに体を向け、クリスが落としていった二本のナイフを差し出した。

「レイさん。これは貴方に預けますわ。クリスもレイさんのことを気に入っていたようですし、これをクリスに渡してください」

 レイはそのナイフを受け取った。

「任せとけ!」

「やっとこの時が来た、必ず死んでもらうよ」

「よし、行くか」

 レイ、リタ、カロンの三人は覚悟を決め外へと向かう。天の国に忍び込んだ異物―魔の信者を殺すために。

「カレン」

 カロンは去り際に妹の名を呼ぶ。

「何ですか兄さん」

「いや、何でもない。俺の戦う理由を再確認しただけだ」

 カロンは薄く笑みを見せてから背を向け外へと出た。

(なんて素直じゃない兄さん何でしょう)

 カレンは兄の見せた笑みに彼の意思を感じ取った。やはり血族だからだろうか、兄の伝えたいことが鮮明に読み取れた。

 兄たちが姿を消して、カレンはセレジアにこう切り出した。

「セレジアさん、あなたはどうしたいですか?」

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