第22話 日常の終わり
「凄い物音がしたが何かあったのか――ん?」
いろいろと会ったリビングにクリス父が現れた。彼が目にした光景は扉に押しつぶされ死にかけている赤髪の少年、その扉を踏んでナイフを構えている義理が先頭につく娘、それを止めようともせず、冷たい目で見つめるギャラリーたち。
「……はぁ。クリス、その足をどけなさい。その足は人を踏むために生えているのじゃないだろう?」
「……分かった」
クリスは父親に従い扉に乗っけていた足をどかす。ようやく起き上がることのできたレイは立ち上がるなりクリス父に駆け寄り手を取った。
「ありがとうございますお父様のおかげでようやくことが収まりました感謝してもしきれないですありがとうございます!」
「お、おう……。私は君の父親ではないのだが?」
事情を知らないクリス父は困惑気味だった。だがここはにじみ出るやさしさでレイの延々と続く感謝の言葉を聞いてあげることに。
その後ろではカロンがナイフを持ち主に返していた。
「このナイフ、デザインは単純だが質はかなり上等だな、どこで手に入れたんだ?」
カロンは腹を挟んだのに指に傷をつけたナイフを賞賛する。
それを聞いたクリスは嬉しそうに頬を緩ませる。
「これは最初で最後にもらった大切なもの」
「最初で最後? どうゆう意味だ?そして誰からの贈り物だ?」
「私の本当の家から。これはお父さんとお母さんからもらった」
「本当の家? クリスさんは孤児だったんですか?」
カレンが横から口をはさむ。
「……カロンたちには言ってなかった。私はサンティス家の人間。厄魔の目をもって生まれたから捨てられた」
クリスはそう言って受け取ったナイフをスカートの下にあるホルダーにしまった。
カロンとカレンはクリスの前髪によって隠れた右目を見つめるだけで、何も言わなかった。クリスに気を使ったか、あるいは厄魔の目を拒絶するもいまの環境を壊したくないだけか。
「ああそうだ。君たちにあげるものがあったんだ」
レイの長話にうんざりしてきたクリス父が強引に話を変えた。
「俺達に渡したいもの?」
レイも興味を持ったようで握っていたクリス父の手を放す。
「そんなたいそうなものでもないから期待しないでほしいんだけどな。まあ、とりあえず席に着きなさい。せっかく君たちが作ったんだ。冷めないうちに食べるべきだと思うぞ?」
子供たち六人は言われるがままに席に着く。一悶着あったがまだ料理たちは湯気を上げている。
クリス父はキッチンに向かい、帰ってきたときに持っていた紙袋をあさっている。
「あったあった。学院の卒業を記念して中々手に入らない飲み物を入手してきたんだ」
そう言って液体の入った一升瓶を持ってきた。
「ジンジャーエールと言うらしくてな。酒じゃないのに炭酸があるんだと!」
アースガルドは酒以外の炭酸飲料は生産していない。そのため他国から少数だけ輸入する炭酸ジュースはとても珍しいものなのだ。クリス父はグラスにジンジャーエールを注いでいく。シュワシュワを細かい泡が子供たちを魅了する。
「さあどうぞ。そして卒業おめでとう! 私たちは二階で酒を飲んでいるから何かあったら声をかけてくれ」
クリス父はそう言って再びキッチンへと向かう。
「それじゃあ、学院卒業と天性力獲得、そして新たな生活に!」
リタが仕切り、グラスを掲げる。それにみんなが合わせ、グラスを交わす。
『乾杯‼』
その時だった。グラスが甲高い音を立てるのを合図にしたかのように、突然としてクリス宅の壁が、崩れ落ちた。
「ッ⁉」
いきなりすぎる展開に思考が追い付かない。
崩れた壁から学院の女制服をまとい、左手に五芒星の描かれた手袋をはめ大鎌を担いでいる一人の少女が現れた。そして、その少女の一番近くにいるのは、酒の入った一升瓶を両手で抱えてるクリスの父親だった。
「お父さん!」
クリスは椅子を蹴飛ばし父のもとに駆け寄るが、遅い。
少女は一瞬でクリス父の背後を取り、胴体の真ん中にめがけて、後ろから大鎌を振りかざした。
肉がつぶれ引き裂かれる音がしたかと思うと、大鎌はクリス父にめり込み、刃の先端が胴体を貫通していた。
そして少女が一言呟く。
「〈メフィストフェレス〉――【反神破壊】」
軽いはじける音がこの空間に響く。
その音の正体は、クリス父の全身の皮がはじける音だった。
「な、ん……で………」
これがクリス父の人生最後の言葉となった。
口から血をたらし、全身の皮が無くなったため元の顔すらわからない。力なく崩れ落ちるその胴体には、向こう側が見える、大きな穴が空いていた。
辺りに血しぶきを花火のように飛ばし、人の命が一つ終わりを告げた。
たったさっきまでは笑い、普通にしゃべっていたのに今は違う。今では、言葉を発せなければ自分の意志もない、ただの肉塊だ。
人が一人死んでようやく思考が状況に追いついたのか、それぞれが行動に出る。カロンは妹をかばうように立ち、無駄に前に出ず〈ミカエル〉を構える。
攻撃手段のないセレジアも同様で攻撃の邪魔にならないようにカロンの隣で静止する。
レイは剣、クリスはナイフを構え襲撃者に斬りかかる。
「〈ガブリエル〉――【神の力】!」
クリスが天性力を使うと彼女の首に刻まれた印が淡く光り、瞬発力と判断力が格段に上がった。〝力〟と付くものなら何でも強化できる権能を早くも自分のものにしている。
「〈イグニッションブースト〉! ……あ、あれ? 魔法が発動しない⁉ ああくそ!」
レイも身体強化で底上げを試みたがなぜかうまくいかない。
なので、レイは仕方なく自分の器量だけで応戦する。
しかし大鎌を持つ少女の腕は卓越したもので、この狭い空間の中でも器用に大鎌を振り二人に対して善戦している。
レイとクリスが敵と攻撃を交わしている中、リタはただ一人何もせずその場に呆然と立ち尽くしていた。目の前にいる襲撃者、襲撃者によって殺されたクリスの父親。
その死にざまになぜか既視感を感じる。辺りに飛んだ血しぶき、皮膚が無くなりむき出しの肉、胴体に大きな穴を空けた死体。
――そう、それはまるで…………自身の母親と同じ殺され方ではないのか…?
「ああ……あああ……」
リタの頭に昔の記憶が次々と映されていく。
天性力を獲得して養うと宣言した入学の日。
頑張って勉強した毎日。
「あああ……あああああああ!」
最優秀をもぎ取り学年最強の魔法使いになり《藍炎》と言う二つ名で呼ばれるようになった学院生活一番の嬉しかった思い出。
そして家に帰ったら帰らぬ人となっていた両親。
この国に認められなかったその死。
「ああああああああああああああああ!」
襲撃者の大鎌がテーブルを引っかけた。
クリスと一緒に作った料理が宙を舞う。その中に、金と赤に輝くものが混ざっていた。
それはリタがずっと追い求めていた復讐のための力。両親の仇を討つために使うと決めた杖。
その力の使い方は知っている。杖を手にもって天使の名前を叫べばいい。
――メノマエニリョウシンノカタキガイルヨ?
「〈ウリエル〉――【神の炎】!」
気づけばリタは〈ウリエル〉を握りしめ叫んでいた。
一瞬にして家が炎に包まれる。その炎は生きているかのように動き回り、今この場にいるすべての生命を根絶させようと襲い掛かる。
幸いその炎は、威力は高いが精度は悪かった。生身の人間でもしっかり見れば避けられる。
「おいリタ何すんだ!」
レイが叫ぶがリタには届かない。
「死ねぇ!」
リタは襲撃者に向かって杖を振り下ろす。が、力任せの一撃は曲線を描く大鎌に受け流され、リタ自身も大鎌の柄で突かれ後方へ跳ばされる。
「チッ、〈ウリエル〉――【神の光】!」
リタの杖から閃光が迸り、眩い光で視界をつぶす。これで自分以外の動きが止まり、そのうちに襲撃者を倒す。――と、考えていたリタだが、この光が状況を最悪にした。
襲撃者はフードを目深にかぶっていたのだ。ちょっと下を向けば光の影響を受けない。襲撃者の少女は、顔を覆い静止している一同を見るや行動に出た。
――カランッ。
簡素な金属音が、炎に包まれし一部屋に響く。
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