第34話 それぞれの進路

 それからは特に何事もなかった。思い出話やこれからの生活に期待を膨らませたりと、適当に雑談している内に王城に着いた。

 以前大聖堂アヴァロンを見て、王城くらいあるのでは? と思っていたレイだが、その言葉は撤回する他選択肢はなかった。世界樹を背景に聳え立つ王城は、もう言葉に表せなかった。一言でいえばでかい。二言で言えばすごくでかい。白をメインに建てられた王城に言うことはそれくらいしかない。

 この中に入るのかと思うと緊張で変な汗が止まらなくなるレイだが、今はそんなことは無かった。何せ、敷地とつながる大きな門の前に、見知った人物が大荷物を抱えて立っていたのだから。

「いやーはっはー。お待たせみんな。レイを連れて来たよ」

「待たせ過ぎだ。どうせレイとどこか行っていたんだろう」

 リタのわざとらしい発言に漆黒の髪に漆黒の瞳をした、見るからに冷静沈着な少年、カロンが半眼を作った。ちなみにその横には同じ色の髪を長く伸ばしている彼の妹、カレンと、母親らしき人が気を使ったのかそもそも人前が嫌いなのか、後ろにある荷物と同化するように小さくなっていた。

「レイ、お前はもう大丈夫なのか?」

 目の前にいるリタを無視してカロンはレイに声を掛けた。カロンの「大丈夫か」は、レイの体調のことではなくリタに振り回されたことを指していた。が、そんな分かりずらいことが理解できるレイではなかった。

「まあな、特に何もなく眠かっただけみたいだ」

「そうか。まあ最後にお前の顔が見れてよかった」

 この言葉にレイは感銘を受けた。もう今日でお別れだからだろうか、カロンの雰囲気がいつもより柔らかい気がする。

 そのあとすぐ、王城の巨大な門――ではなく、その横にある通用口が開いて三人の人物が出てきた。一人は天性力授与式にていきなり他国行きを宣言してきた超大物、この国には欠かせない人物となっている、ナイン宰相。それと長いウェーブのかかった金髪を持つ貴族令嬢のセレジア。そして彼女が押している車いすに一人の少女が座っていた。

「おや、主席の少年じゃないか。見送りか?」

 ナインはレイの姿を見るなりそう言った。その言葉に何か不穏の感じはないし、それ以上何も言われなかったので天使の騒動は知られてないとみていいだろう。天使を殺した張本人が王城の目の前にいて歓迎するはずがないのである。

 ナインに適当に返すと、レイはセレジアの方に駆け寄った。その行動はセレジアと話すためではなく、車いすに座っている少女の容体を確認するためだ。

「おはようセレジア」

「おはようございますレイさん。……ほら、クリスも」

 セレジアはそう言って視線を下に向ける。

 視線の先、車いすに座っているのは、小柄な体形で、長い銀色の髪を蓄え、透き通るように綺麗な二つの碧眼を持った少女、クリスティーナ・ガルシア本人であった。

 しかしその顔に感情と言ったものは見受けられず、その瞳でただレイのことを見つめているだけであった。

 レイはクリスの右目を覗き、体を触って反応があったのを確かめて、その頭を優しくなでてほっと安堵の息を吐いた。どうやら自分の策はうまくいったようだ。レイはその策を提案されたときのことを思い出した。



   #

 一昨日、天使が現れ、セレジアも合流しこれからの行動を話し合っているときのことだった。

 レイの頭に直接刷り込むように聞こえてくる謎の声は、こう言ったのだ。

〈あの天使を殺しただけでは、乗っ取ら得た小娘は本当の意味では助からん〉

(どういう意味だ?)

〈ガブリエルの印が破壊されたとき、それとは別のものも一緒に破壊された〉

(別のもの?)

 ノエルが大鎌の権能を使った時のことだろうか?確かにカロンは植物状態とか何か言っていたような気がする。レイはその時のことを思い出しながら言った。

(植物状態ってやつと何か関係があるのか?)

〈その通りだ。あの小娘は脳を破壊されている〉

 レイは次の言葉が出てこなかった。いきなり脳が破壊されているなんて言われても話についていけない。謎の声は呆けているレイを無視して言葉を続けた。

〈脳を破壊と言っても全てが壊れたわけじゃない。あの大鎌が壊したのは生命維持機能以外――認知、言語、記憶、行動、人格。これらすべてが消えてなくなった〉

(は……?)

 スケールがでかすぎてもう何が何だか分からなくなってきた。そもそも今言った六つが本当に消えてなくなっていたとしたらそれはもうクリスと言える個体なのだろうか?

 周りが見えなくて言葉を発するどころか言語自体を理解していない。今までの記憶が無くなっていて自分の意思で動くことが出来なければ、まず自分と言う存在そのものを理解していない。

 それでも謎の声は淡々と言葉をつなげる。

〈貴様もただ息をしているだけの友を見たくないだろう?〉

(そんなの当たり前だ。でも、だからってどうするんだ?)

〈簡単な話だ。お前があの娘の脳を作れ〉

 レイは呆れた。あまりにも現実離れしすぎて信憑性をなくしている。そもそも人の身に脳を造るなんてことはまず不可能だ。

〈本当にそう思うか?〉

 その声はレイを見下すようだった。自身の言ったことを何一つとして疑っていない。この声の主は本当にレイが脳を造れると思っているようだ。

 そこまで言うならいいじゃねえか。最後まで聞いてやるよ。レイは半場投げ遣りにそう思いその言葉を信じてみることにした。

(で、俺は何をすればいい?)

〈そんなの自分で考えろ。貴様はすでにやり方を知っているはずだ。自身の周りに無を作り出したように〉

(無……?)

 レイは一瞬思考が止まるが、すぐ一つの心当たりを見つけた。天使の二回目の攻撃の時、体内を圧迫するような音響攻撃を受けたとき、なぜかレイだけ無傷だった。カロンとリタは苦しそうにしていたのに。だけどそこに「無」という単語を付け足すだけで納得できた。

 あの時、レイは無意識の内に自身の周りに無を作り出していれば、そこに音は通らず、レイは攻撃を受けない。

なるほど、この権能自身の思った通りの物が何でも作り出せるのか。レイは自身の力を確信し、決めた。

(クリスの脳を俺が作る。あと無くなった右目も)



   #

 それで今現在。見事レイの行動が功を期してクリスは失われた機能を取り戻した。

でも、これは元に戻ったわけでは無い。

 レイはクリスの脳を〝再生〟したのではなく、新しく〝作った〟のだから。失われたものは元に戻らない。今までの思い出はすべて消え去り、今まで積み上げてきたものもすべて振出しに戻った。それは、彼女が夢を達成するために求めてきた天性力さえも無くなったことを意味する。

 要するに、今のクリスティーナ・ガルシアと言う人間は、何もかもが新しい、第二の人生を歩み始めたのだ。

「クリスもわたくしと一緒にヨトゥンヘイムに行くことにしましたわ」

 セレジアがクリスの肩に手を当ててそう言う。レイはこの国がよく許可したなと思うも、まあ妥当な結果だろうと納得した。

 国としても、戦う力を失い、文字通り何も知らない人材など、いなくなったところで何の損害もないのだから。

「れい……」

 クリスがレイのほうに手を伸ばしながらそう言った。

「凄いな、もう言語が理解できるのか」

 レイは震えているクリスの手を包むように握り笑いかける。にしても凄まじい成長速度だ。脳自体はある程度発達しているからだろうか。それとも、この単語だけセレジアが教え込んだか。どちらにせよ、こうしてクリスの声を聞けたのは嬉しい限りだ。

 そうこうしている内に別れの時間は訪れた。次は大きいほうの門が開きそこから三台の馬車が現れた。アースガルドの威厳を示すためか、それなりに上等な馬車だ。

 まず最初に馬車に乗ったのは、精霊国ヨトゥンヘイムに行くセレジアとクリスだ。

 車いすのクリスを抱きかかえ馬車に乗り、扉を閉めようとしたところでカロンの妹、カレンが呼び止め手帳のようなものを渡していた。クリスの家での態度と比べるととても大人しい。それほどまでに彼女の精神はまいっているのだろうか。しかしそれもむりはないだろう。最愛の妹が命以外すべてを失ってしまったのだ。

 自分のことも覚えていない。ましてやクリス自身も自分のことを覚えていない。何もない空っぽな脳。原因が明確な上、記憶喪失だと自分をだますこともできない。それが何を意味するか。

 ノエルが残した言葉、「死以上の苦痛」である。

 実際セレジアは昨日一日部屋にふさぎ込んでいた。嗚咽を漏らし泣き叫んでいた。もう今までのクリスは死んでしまったと。

 日没まで涙を流し、セレジアは決めたのだ。

 ――自分の目的はクリスを幸せにすること。自分がいないときのクリスの言葉は聞いた。なら姉として責務を全うしなければ。もうクリスを危険に晒さない。ずっと一緒に暮らすのだ。クリスが幸せな毎日を送れるように。

「それでは皆さんごきげんよう。またいつかお会いできる日を楽しみにしていますわ。――汝らに天の御加護があらんことを」

 その言葉を最後にセレジアとクリスを乗せた馬車は旅立っていった。

「さて、次は俺達だな」

 カロンたちはせっせと荷物を荷台に積んでいく。その間彼の母親はいち早く馬車へと姿を消してしまった。どうやら人前が苦手な方で間違いないようである。

 荷物が積み終わるなりカレンも馬車の中に消えた。こちらは多分気を使ってくれたのだろう。

 レイとカロンは正面で向き合い、互いに激励の言葉を交わす。

「一人になって寂しいか?」

「まさか。俺とお前はどんだけ離れていようと親友だろ?」

「フッ、そうだな。次会った時は天と地の差をつけてやろう」

「その時が楽しみだな!」

 どちらからともなく笑い拳を合わせる。長ったらしい別れなんていらない。――どうせまた会うのだから。

 拳を離すと、レイに目を合わせることも無くカロンたちはこの国から出立した。

 リタにも言ったがやはり別れとはあっさりしている。だが、これでいいのだ。引き延ばせば引き延ばすほど踏ん切りがつかなくなるのだから。

 リタもレイと同じ考えのようで、既に荷物は積み終わっていた。いつもの文句の付け所のない完璧な笑顔で馬車を背にレイに別れを告げる。

「これでサヨナラだね、レイ」

 本心なのか押し殺しているのかは知らないが、その顔に寂しさは感じられない。少なくとも彼女も別れに涙はいらないようだ。

 ならば、とレイも笑って見送ることにした。

「でもそれは永遠じゃない。この星は丸いんだ。途切れることは絶対にない」

「うわ、何それくっさ」

「別にいいじゃん! 少しはカッコつけたって文句ないだろ⁉」

 自分なりに頑張って絞り出した言葉を即答で返されレイはちょっと落ち込む。

「レイは平常運転だね」

「俺いつもこんなか……?」

「そんなとこが」

 リタの意味深な言葉にレイは頭に疑問符を立てるが、それに答えてはくれないようだ。

「じゃあねレイ! またいつか!」

 リタは少し急ぎ足で馬車に乗り込みそのまま去って行った。意外とこういう場面を得意としていないようだ。最後に貴重な一面を見ることが出来た気がする。

 リタの乗った馬車も見えなくなって、レイははぁ、と息を吐いた。やっぱりいざいなくなるとちょっと寂しい。でもいつまでもこうしてられない。時間は待ってくれないのだ。

 レイはそう思いそれ以上の溜息を飲み込んだ。するとレイの肩をポンポンと叩き、ナインが声をかけてきた。

「レイ・ヴィーシュカル。お前は学院を卒業した。軍に志願するなら書類を手配するが?」

 レイは熟考一秒、相手の目を見てしっかりと自分の意志を伝えた。

「いえ、まだ軍はいいです。自分なりに気持ちの整理が出来たらまた伺います」

「そうか。その時は期待しているぞ、主席」

 ナインはそれ以上言わず門をくぐり王城の敷地内へと入る。大きな門が閉ざされ、今門の前にいるのはレイのみとなった。

 レイは深呼吸を一回して、これから行こうと思っていた目的地へ走り出した。

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