第52話 先輩の想い

 パチパチと後を上げて人の体温を保つのには十分な熱を発している炎を眺めながら、ユーリルは一人考え事をしていた。

(後の敵部隊をどう見つけたものか……)

 ユーリルの悩みの種はそこだ。

 任務開始から約一週間。地理不明のという状況で、一週間で先行隊と二部隊を潰せたのはかなりの功績になるのだが、ユーリルはさらに上を目指している。出来れば後一週間以内に主力部隊も含めたこの森にいる敵勢力の全滅を目標としている。

 今までは奇襲で順調に進んでいたが、これからもそううまくいくとは限らない。むしろ、一部隊ずつ消したことで情報に穴が開き、相手に感づかれる可能性の方が高い。天側がどのような手段をもって情報を交換してるかはわからないが、軍隊ともなれば何かしらの情報網があってもおかしくないだろう。だからこそ、情報が完全に伝わる前に主力部隊を叩きたいのだ。でも居場所については、ここより南側という情報だけ。南北が解っても東西がはっきりしないのであれば、発見の短縮には繋がらない。

 さらに付け加えて、敵は残り六十人もいる。今までのに十人だって、奇襲というアドバンテージがあったからこそスムーズに事が運んだだけであり、正面からぶつかってたら今ここに二人そろって立っていることは無かったかもしれない。

 本来この任務は好きなところで切り上げてもいいのにユーリルがここまで執拗に全滅にこだわっている理由は、正直な所、彼自身も自覚していない。

 ただ単純に魔への忠誠心と言う名目もなくはないだろうが、もっと根本的な理由はもっと別のところにある。それは、今日敵兵に話した家族への想いだ。

 実績や功績などの結果が全てな地方で育ったユーリルは、家族を養うために都心まで来て在学軍人として活躍している。彼の家族は別に貧乏というわけでは無いのだが、やはりこれといって大きな功業を成し遂げたわけじゃない。両親は共働きで稼ぎを集め、兄弟は普通に学校に通っている。ユーリルの上京は、今後の安泰を図ったための行動であった。その行動は勿論効果を発揮し、先日送った資金と都心の名物などのお返しに来た手紙には、「ユーリルのおかげで家族一同安心して暮らせています」との言葉が含まれていた。さらにはユーリルの活躍が認められて、領主から子供たちの学費を免除するとも言われたらしい。そのおかげで母親は働かなくてもいいようになり、今はユーリルは顔も名前も知らない新しい弟の世話や主婦業に専念できているとか。

 これはユーリルにとってとても誇らしいことだ。日付的にも彼は学校を卒業しており、この任務が終わり次第「在学軍人」から、正式な「軍人」に昇格し、給料も上がると上司であるΣの従者――フェクスから聞いている。

 なのにも関わらず、彼は行く必要のない危険な道を歩もうとしている。

 それは、彼の家族からの連絡が一切ないことだ。手紙のやり取りは常にユーリルから始まっているし、向こうが都心に来ることは無く、家族全員が集まるのは必ず地方になっている。最後に里帰りしたのは、四年くらい前のことだった。その時彼はまだ栄光学園に入学しておらず、地方の学校を飛び級で卒業して都心の暮らしになれようとしているころだった。ユーリルは故郷が恋しくなり一通の手紙を出してから帰省した。両親と都心の暮らしや故郷の現状などの話題に花を咲かせ、二つ下の妹と、四つ下の弟に憧れの眼差しを向けられたので都心の凄さを教えてあげた。といっても建築などはあまり変わらないので、人口の多さなどや何でもできる便利な携帯端末なるものをわかりやすく教えてあげた。

 一週間くらい故郷で過し、ユーリルは都心に戻った。その後も何度か手紙でやり取りをしたが、やはり向こうから連絡がくることは無かった。家族みんなでいるときはあんなに楽しく会話していたのに、都心のことを興味津々で聞いてきたのに、だ。

 贈られてくる金が目当てでご機嫌取りの対応をしているだけなのか?

 それとも新しくできた地方の決まりでもあって、一方的なやり取りしか許されてないのか?

 その答えは聞かなかった。否、聞けなかった。

 もしそれが前者だとしたら、本当は自分のことを都合のいい財布だとしか思っていなかったら、と思うとその答えを聞くのが怖くて聞こうにも聞けなかった。曖昧が一番だ。正でも無ければ悪でもない。好でも無ければ悪でもない。答えを聞くのが怖い。真実がはっきりするのが怖い。だからユーリルは今の今までずっとその話題は口にしなかった。そのせいか、最近は全く帰省する気も起きないし、資金だけ送って手紙は一切書いていない。

 ユーリルはただひたすらに任務をこなしていた。よくわからない恐怖を薄れさせるために、どんどん功績を上げていき、いつか向こうから言葉がかかるかもしれいないという縋るような希望を胸に、命令のままに、最高の結果を残すことだけを考えていた。今回とて例外ではない。この森に入り込んだ敵勢力をすべて殺しつくして、一〇〇人の軍勢をたった二人で全滅させたとなれば、それはとても大きな偉業となる。 

 だから彼にここで引くという選択肢はない。前に前に、更なる高みを目指して任務をこなすだけだ。


 ピロリン♪


 ユーリルのリュックから能天気な着信音が鳴った。

 ユーリルの端末は通知を切っているため音はならず、この着信音が鳴ったのは別の端末――この任務のサブ目的である、地図を読み取るための物からだった。

 この端末を渡されたときΣに「特に操作する必要はない」と言われたのでリュックの奥深くにしまい込んでいた端末を取り出し、画面に映るメールをタップした。

 そこには、長文でこんなことが書かれていた。



『やあユーリル。Δからのメールだよ?ちょうど今一人だしエルラを起こさないようにしてね』



「……」

 なぜ今の状況を知っているのだろう? ユーリルは紫髪のパーカーアホ毛少女を頭に浮かべながら端末の明かりを少し落とした。この少女は何か重要な情報をくれる。ユーリルななぜかそう確信し、端末に指を走らせた。

『Δ様。どうかしましたか?』

『別に返信しなくていいよ?あまり時間があるわけでも無いし、ボクはキミに情報を提供するだけだからさ』

 その文章にユーリルが怪訝な顔を向けると、ちょうど彼が文を読み終わるのを見計らったのように次々とメッセージが送信されていく。



『まずはお疲れ様、とでも言っておくよ。まさか一週間でここまで出来るとは思わなかったね』

『それでそれで、キミのことだからまだ任務を続行するでしょ?』

『ならその威勢を称して最新情報を教えてあげるよ!』 

『残りの三部隊は合流する方向に話を決めたよ。といっても、今晩決めたことだから動き出すのは明日からだと思うけど』

『いまの位置的には主力部隊がちょっと進み過ぎているから合流のために少し前線を下げるはずだよ』

『今のキミ達の位置からして……南東に進めばちょうどかも?』

『あ、そうそう。キミに一つどうしてもお願いしたいことがあってね』

『大丈夫、そんな難しいことじゃないから!』

『ヴォルヴァ・バーンズ。雷神〈トール〉の力を使う天人。主力部隊にいる彼を何としても殺してほしいんだ――キミの〈アマイモン〉を使って』

『何せ彼はアースガルド軍の総司令官だからね。今回は、《筋肉は素晴らしい》っていう直属の部隊を使ってるよ。この部隊はとてもタフな人間が多いから用注意ね!』

『もしこれに成功したら、キミの悩みの解決を手伝ってあげる。まあ最も、Σに許可を取らないと勝手な干渉はできないんだけどね』

『それじゃあ頑張ってね! ……あっ、Σから伝言を預かってるんだ。記録には残したくないから紙で渡すね。読んだら燃やしてね! 当然――エルラには見せちゃだめだよ?』



 一方的に言葉が寄越され、その端末はひとりでに電源を落とした。それは怪奇現象であるのだが、ユーリルは何食わぬ顔で端末を再びリュックの奥底にしまった。

 そう時間が経たないうちに、真っ暗な森からガサガサと物音がした。

「……」

 ユーリルは体勢を変えないまま背後から聞こえた音の方に意識を向ける。

 ……特に敵意は感じない。というか人間にしては小さすぎる気がする。否、四本の足で歩いている……?

 ユーリルが顔をしかめていると、暗闇から影が一つ現れた。それはユーリルの方に進んでいき、焚火の光が微かに当たってその姿が露になる。

 金色の体毛に覆われた一頭の狐。その体躯は平均的なものと比べても大きく、何より赤い瞳に黒く縦長の瞳孔がただの狐じゃないことをはっきりさせる。凛々しい佇まいの狐の口には、二つに折られた一枚の紙が咥えられていた。ユーリルはそれが伝言であろうと受け取り、ユーリルの手に渡ったのを確認した狐はすぐさま暗闇に姿をくらませた。

 Σからの伝言。いままでの任務でそういったものを受け取た記憶がないユーリルは、少し緊張して紙を広げた。

「……――ッ!」

 紙に書かれた一言の文章を見て、ユーリルは目を丸くした。

 ああ、確かに――これはエルラに見せられない。見せてはいけない。これを見られたものなら、ここに書かれたことを達成できなくなる。ユーリルは伝言を頭に刻み込み、丸めて焚火の中に放り投げた。

「本当なら今すぐにでも南東に向かいたいところだけど、三時間経ったら起こしてって言われたしね。もうちょっと待つか」

 ユーリルは安心しきった顔で小さな寝息をたて仮眠を取っている後輩に微笑を向け、確実に近づいている戦闘に闘志を漲らせた。

 ――もしかしたら、心の中にある恐怖に打ち勝つことが出来るかもしれない。

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