第37話 始まる遊戯
「……なるほど。それで、僕は何をすればいいんですか?」
ユーリルは数秒間をおいてから本題を聞く。
「んー? まあキミたちはボクの部下じゃないからね。任務は簡単。今こっちに向かっている敵の先行隊の排除。後は森林の地図情報の更新。どう?結構簡単でしょ?」
「先行隊の人数と武装は分かりますか?」
「えっとね、人数はざっと十五人くらい。装備は――あの国で一般的な鉄版装甲。帯剣してるのもいるけど、んー、でもほとんどが魔法メインじゃない?」
Δはその漆黒の瞳で今もなお何かを見ているかのように視線を遠くをやり答えた。ユーリルは何かを考えこむように数秒唸ってから、隣にいる思考放棄をしていたエルラに向き直った。
「ねえエルラ」
「……」
「? おーいエルラー?」
「は、はいっ⁉」
ようやく我に返ったエルラはぴょんと体が跳ねた。そして少し顔を紅く染めたままユーリルに問い返す。
「えっとなんですか?」
「ちょっと確認なんだけどさ、魔法を使う敵十五人を一度に相手できる自信はある?」
「それって、あたし一人で、ですか?」
「うん」
「……」
エルラは数秒思考を巡らせたのち、隣に置いてある巨大なアタッシュケースを触ってこう答えた。
「コイツがあればできますね」
「……そういえばそれ、昨日までもってなかったよね?銃新調したの?」
ユーリルが不思議そうに問うと、それに食いついたように他の三人も興味ありげな視線を送ってきた。視線が全部自分に集中して戸惑うエルラだが、すぐこのケースの中身が知りたいのだと察してアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
「いや半年前くらいに頼んでいた銃が今日やっと届いたんですよ」
そう言いながらエルラがケースを開けて――その中身にある物を見て、エルラを除く四人の頭に疑問符が浮かんだ。
「ん?」
「これって……」
「銃?」
「なんですか?」
一言ずつ言葉を繋げて一つの疑問文を作る四名。何せ、そこにあったのは自身の知る銃とはかなりかけ離れていたのだから。何とも近未来的なデザインの、シルエットで何とか銃だとわかる物が二つ。後は大きな穴が開いたグリップ付きの四角い物体と、大きな水晶が入っていた。何が何だかわからんと首をかしげる一同にエルラは一つずつ説明していく。
「この二つあるのは短機関銃です。こんななりですけど実弾使用ですよ?」
エルラは細長い平行四辺形にグリップであろうパーツが取り付けられた銃を取り出し正体を明かす。確かによく見ると銃口らしきものと、マガジンを取り付ける箇所もあった。
「へえ、じゃあこの四角いのは?」
Δはすっかり心を奪われたようで、興味津々にエルラの銃を凝視している。その姿が物をねだる子供に見え、エルラは子供をあやすように笑みを浮かべて解説を続ける。
「それはこの銃の基盤とも言ってもいいくらい重要なものですね」
「ほうほう、と言うと?」
そのキラキラした瞳に答えるようにエルラは「ふふ、見ててください」ともったいぶるように言ってから、ケースからグリップ付きの四角い物体を取り出し、二本の短機関銃を互いに背を向けるように取り付けた。
「おお……!」
大きな銃と化したエルラの持つそれを見てΔは大きく目を見開いた。
「Δ様、まだまだこれで終わりじゃありませんよ?」
「な、なんだって⁉」
Δは大げさに体をそらして驚愕の声を上げる。この国の上層部にいる紛れもない天才少女だが、今の姿は完全に子供だ。エルラも無邪気な笑みを浮かべ、ケースから彼女の髪と同じ色の水晶を取り出し、グリップの上にある大きな穴にはめた。
「こうやって念動系の魔法を刻んだ魔法石を埋め込むことで、魔力弾が撃てるライフルになるんです‼」
「すっご! 何か感想言えって言われたらこう答えるね。スッゴ‼」
Δからの純粋な称賛の声。
「ねえねえコレ触ってもいい?」
「良いですよ。世界に一つしかないので慎重に、ね?」
エルラから手渡しされた銃を様々な角度から見て、歓喜の声を上げるΔ。エルラが微笑ましくはしゃぐ子供を眺めていると、疑問と戸惑いの混じった声を掛けられた。
「ちょっと待て。お前エルラて言ったな?」
「そうですけど? 栄光学園魔導科銃器部所属、エルラ・ライズです」
エルラを自己紹介を聞いて違った意味で眉を少し上げるΣ。そしてすぐ神妙な面持ちに戻り、事実を確認するようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「これオーダーメイドなんだろ? だったら、この銃を一からテメェが発案したのか?」
「そうですね。この銃はあたしが設計図を作りました」
「ぅわーお……」
Σは数秒天井を仰いだのち、そのくすんだ瞳でエルラの顔を正面から見据える。
「エルラ。お前正式に軍人にならないか?」
「それって……」
「ああ、ユーリルと一緒だな。この任務が終わり次第、俺の部下として働く気はねェか?」
片側の口角を上げて告げられたスカウト。ユーリルは「いいんじゃないかな」と賛成し、Σの後ろに立っているフェクスも微笑み異論はない、といった様子だ。エルラ自身も願ってもないことだ。てことでその申し出を受けようとしたところで――エルラの銃をこれでもかと舐め回すように眺めていたΔがエルラの思考を遮った。
「これオーダーメイドってことは何か名前あるの?」
「え? 名前? そんなもの付けられるんですか?」
「うん。魔力弾撃てるってことはコレ魔法具でしょ?魔法具に名前を付けると所有者以外は使えないようにできるんだよ」
質問に質問で返したエルラにわかりやすく伝えるΔ。エルラは「名前かー」と思考を巡らせ始めた。Δも銃の名づけに参加しようとエルラにこんな質問をした。
「こんな見たことも無い銃を作るってことはそれなりのトコだよね?」
「えーっと確か製造頼んだところは……」
エルラは銃の入っていたケースを漁り、中から一枚の紙きれを取り出してそこに書かれた文字を読み上げた。
「どんな要望にも応えます。武具の製造ならここにお任せ。最強武器屋タスマニアデビル。――って、何領収書に広告じみたこと書いてんのよ」
あまりにも典型的な口説き文句にエルラは小さくツッコミを入れた。
「え、最強鍛冶屋タスマニアデビル?そんな店がこの国に存在するの?」
全く聞き覚えのない店名にユーリルは困惑。
「なあ、お前知ってるか?」
「いえ、私も今初めて聞く店名ですね」
Σは後ろにいるフェクスに聞くも、従者は首を横に振るだけ。
「あたしもこの銃の発注が初めての利用なんですよね。これの設計図、この店以外投げ出しちゃったから」
当のエルラもこの店のことはよく知らないらしい。謎めいた店に困惑していると、Δがエルラに歩み寄り、悪戯っ気な笑顔を浮かべて告げた。
「エルラは動物好き?」
「まあ猫は好きです」
「フムフム。じゃあこの銃の名前は――【珍銃・たまスケ】で決定!」
「………は?」
Δが張った声でそう言うと、近未来的なデザインの銃の、宝石が埋まるとこの下ぐらいに文字が刻まれた。
エルラはΔに銃を返してもらい、この銃に付いた名をよーく見つめる。
――【珍銃・たまスケ】、ここに爆誕。
「ちょっと何してくれんのよッ⁉」
エルラは叫んだ。目の前にいる人間がどんな立場なのかなんて思考の奥底から追い出して。自分の銃に付いた名を眺めながら。目の前にいる元凶に向かって、感情を言葉に込めて叫んだ。
「これオーダーメイドよ⁉ 世界に一つしかない超レアものよ⁉ あたしだって今日という日をどこまで待ち望んだか……ッ。この銃と一緒に成り上がろうと思ってたのに! その相棒の名前が【珍銃・たまスケ】⁉ それはいくら何でもあんまりよぉォォォォォォォッ‼」
「アハハ……。やっちゃた。ゴメンね?」
目の前で崩れ落ちるツインテールを見て、アホ毛少女は罪悪感に駆られ謝罪を口にした(それでも笑みは崩さなかった)。
傍観していたΣもこれ以上の長話は不可能だと悟り、話を終わらす方向に持っていく。
「それでエルラ、お前はやんのか?」
「はい……。頑張ります……はぁ」
エルラの了承を得たのでさっさと行くよう促す。
「おいユーリル。今回の任務の地図更新だが、この端末を持ってけ。特に操作しなくていいってよ。……あ、コレはコイツに渡しとけ」
「分かりました。可能な限り広範囲を散策してきます」
ユーリルは受け取った携帯端末と、エルラの分であろう五芒星の描かれた手袋をカバンにしまった。
「ほら行くよエルラ。君の初陣だよ?」
ユーリルはエルラに立つよう促し、へばっている彼女に肩を貸して部屋を後にする。
「ご主人様。私はライズ様が正常に戻るまで付き添ってきます」
「おう、ちゃんと見送って来いよ」
「もちろんです」
Σの後ろに控えていたフェクスがエルラの銃をケースにしまって二人の後を追った。
にぎやかだったリビングも静かになり、Σが眼光を鋭くしてΔを睨んだ。
「Δ。なんで俺の部下を使う?」
対して、Δはいつもの変わらない楽しそうな口調で返す。
「いやだってボクの部下死んじゃったんだもん。これ以上消費したくないもんね」
「だからって魔性力使用者――魔人、それも人の軍隊からとかありえねェだろ」
「よく言うよΣ。ユーリルが使ってる魔性力――」
ΔはΣの正面に立ち、その漆黒の瞳でくすんだ瞳を覗き込む。
「――あれ、キミの管理下じゃないよね?」
「はぁ……知ってんのかよ。だったら何で黙認してんだ?」
Σは短く溜息を吐いて「調子が狂う」と頭を掻いた。このやり取りすら楽しむように、Δは屈託のない笑みを浮かべる。
「それはボクがあの魔性力を利用したかったから。後は戦力を一つ削いだくらいでキミに何の支障もないから。ねえ? ――栄光学園の設立者さん?」
「俺は何もしないで有力な人材が欲しいからな。普通科の高校に軍をねじ込む――俺の権力で出来る最もな最適解だ。実際今日エルラ・ライズという有力株が手に入ったしな」
ニヤリと笑って言うΣに、Δはわざとらしく驚いてみせる。
「わーお。見事な怠惰っぷりだね。そのことに関してはキミの右に出る者はいないんじゃない?」
「テメェこそ人様の者を欲しがったり私利私欲のために敵国に部下を送り込んで――大層強欲なこった」
両者不敵な笑みで視線を交わし、どちらからともなく笑った。
「アハハ! やっぱりΣとは息が合いそうだよ!」
「分かったらさっさと出てけ。――どうせまた情報収集だろ?」
「その通りだよ。それじゃキミの部下の成功を祈ってるね! ……ボクもあの銃発注しようかな?」
Δはパーカーのフードを目深に被って部屋を出て行った。誰もいなくなってΣはコードが床を侵食する自室に戻り、コンピューターを起動した。
「さて、俺はゲームでもしますかね。……天と魔。信仰対象の復活、か。まったく……この世界は飽きないねェ」
くすんだ瞳をブルーライトが照らす。彼が座った椅子の前にあるモニターに、始まりを告げる文字が浮かび上がった。
『GAME START』
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