第38話 宇宙の創造者

 九つの国の頂点に君臨するアースガルド。国土の中心に生えた世界樹を基盤に広がるにぎやかな都心。鋭角の屋根の建築物が立ち並ぶ町に、石畳の街路を赤地に金刺繍の軍服を着た、二人の男女が歩いていた。

 一人は金の瞳に、黒いメッシュが入った赤髪の少年――レイ・ヴィーシュカル。

 もう一人は、長い金髪に真っ赤な瞳。自らを宇宙の《創造者》だと名乗る少女、ブラフマー。

 この世界の真実を知り、天と魔が再び地上を自らの物としようとするのを阻止するため動きだした二人だが、流石に活動拠点がないとどうにもならないので、当分は天を信仰するこの国を利用するつもりだ。そのため二人は、――信仰心のかけらもないが――この国に滞在するために銀の十字架を首から下げている。

 住まいはブラフマーが上空に島を作ったのに、今こうして歩いているのは、レイの隣にいる金髪少女――ブラフマーの要望である。なんでも彼女は《創造者》として全世界を管理していたため、地上を見るのすら初めてなのだと。それで情報把握を建前に観光したいと言い出した次第である。

「人間。あの街灯らしきものは何だ? 私が知るそれとは異なるようだが」

 ブラフマーがレイの服を引っ張って、家に取り付けられている宝石のようなものを指さした。

「あれは魔法石って言う魔法を刻み込める石を使ってるんだ一定以上日が沈んだら勝手に光るんだよ」

「なるほど。人間は魔力を日常にも利用しているのか」

 この言葉には称賛が含まれていた。魔力――それは元はこの星に存在しなかったもの。世界樹としてこの星に降りた天恪、始祖ユミルから発生した謎めいた目に見えない力。それを人間は魔力を体内に取り込み、それを消費することで魔法が使えるようになったりと、色々な試みに挑戦しているのだ。

 そも他にもいろいろ聞かれた。町をぐるっと一周して色々な店にも出向いた。そうこうしている内に時間は進み、気づけば一日の半分は過ぎていた。

「腹が減った」

 と、そこで金髪少女がお腹を押さえて小さく呟く。その言動にレイはある疑問を持った。

「え、人外の存在のお前でも食事って必要なのか?」

 そう、食事である。この少女ブラフマーは宇宙の《創造者》だ。人間とは遠くかけ離れた完璧な存在。そんな彼女が急に「腹が減った」というものだから少し驚いた。レイの質問にブラフマーは少し不機嫌そうに答えた。

「私はの核は貴様の体内にあるだろう?魔力を通して実体化しているとはいえかなりの制限がある。――人間と堂々の能力に落ちる、というな」

「なるほど。つまり「人間の体になれたから食事を堪能したい。さっさと食わせろ人間」、と言いたいんだな?」

「余計な言葉が混じっているが要約するとそう言うことだ」

 レイの翻訳にブラフマーはさほど文句を言う様子もなく、さっさとよこせとばかりに視線をレイに向ける。

「はいはい、それじゃ商店街の方に行くぞ」

 レイは物をねだる子供に対するそれで、ブラフマーを連れて歩き出した。



 十分ほど歩いて、レイとブラフマーは商店街の入り口に着いた。先日旅立った友と夕食の買い出しをした時、人は多かった。そして、今も人数はそう変わらない。混雑する人々。いつでもここは賑やかだ。

 いつも通りの人の多さにレイは苦笑した。そして彼の隣にいる少女は初めて見る人ごみを見てその小さな口でこういった。

「人のゴミだな」

「おうそれ言うなら人ごみな? 間違っても人間をゴミだと言ってはいけません」

 目の前にたくさんといる人間をゴミだと言い放った少女にレイはすかさず訂正を入れる。人と共存するうえで言葉の選択はとても大事だ。この少女にはそれを知ってもらわなければ。

「で、こんなに人いるけどどうする? 別の場所探すか?」

 混雑する商店街を見据えて提案されたその言葉は、即答で拒否された。

「何を言っている。ここは貴様が選んだ食事場なのだろう? ならばここしか選択しはない」

 ブラフマーはレイの袖の裾を掴み、すたすたと人ごみの中に身を投じた。まだ出会って間もないと言うのに随分と信用されているようだ。レイ自身もそれに対する拒絶はない。と言うかこの少女と一緒にいると退屈しない。

 楽しそうに視線をあちこちに配るブラフマーを見て、レイも自分の昼食もかねて店探しに没頭するのであった。



「ほう。あれがよさそうだ」

ブラフマーが何か見つけたようで歩調を速めて目的地に歩き出した。と言うか歩くの速い。

「あちょ、待て!」

 レイの言葉に耳を貸さず、おいしそうな肉の匂いにつられて、匂いの発生源に一直線。このレイの言葉には二つの意味があった。一つははぐれないようにするため。そしても一つ――

「あうっ」

 ――人ごみの中で急げば人にぶつかる、だ。

 ちょうど今それが起きたようで、急いでいたブラフマーが人に当たって跳ね返った。

「ほら言わんこっちゃない。――えーっと、大丈夫ですか?」

 レイは溜息を吐いてからブラフマーの方に駆け寄り、ぶつかったであろう女性に声を掛けた。

「いえいえ。自分は大丈夫ですよ。そっちのお嬢さんの方こそ大丈夫?」

「フン。私を心配するとはいい度胸だ人間」

「それはそれは要らぬおせっかいを」

 差し出された女の手を払いのけて、ブラフマーは自力で立ち上がる。このどうしようもないお子様の代わりにレイが頭を下げた。

「もしかして少年は今年卒業した学院の主席さんです?」

 内側が赤い黒髪ショートヘアに赤縁眼鏡。ブラウンのネイビースーツを適当に着崩し、スーツと同じ色のハンチング帽をかぶっている。見るからに知的な雰囲気の女はレイのことを興味深そうに眺めている。

「そう、ですけど?」

「おお! でしたら敬語なんてやめて堂々としてはどうです?」

 どうやら学院の主席というだけでそれなりに名は広がっているらしい。しかし情報源はどこからなのだろう。レイはそんな疑問を思いながらも、敬語を使わなくていいと言われたのでいつも通り話す。

「俺の名ってどれくらいが知ってるのか?」

「おや、もしかして新聞を読まない人ですか? こう見えて自分新聞記者なんですけど。ほら、今日の新聞です」

 少し驚いた風の女が肩掛けカバンから新聞を一部取り出してレイに差し出した。

 『樹界新聞』。手渡された新聞の名はそう言うらしい。この名前はレイも知っている。天を信仰する九つの国なら成る巨大国家ユグドラシル。そのすべての国の情勢が書かれた、この国でも最もメジャーな新聞だ。

 ということは今目の前にいる女性がこの新聞の記者か。レイは有名な新聞記者とお近づきになれたことに少し満悦感を覚えながら記事に目を走らせる。

  大体の内容とすれば学院の天性力獲得者や他国移動。後は敵国との交戦状況だったり各国の政情だったりと、子供には難しい言葉が羅列されていた。別に新聞なんて読まなくても不便しないな………と、ページをめくり、レイの動きが止まった。そのページには、大きな見出しと共にこんな記事が書かれていた。



『天使殺し。軍も大規模侵攻か⁉』

 先日、アースガルド都心部西の森にて、二対四枚の純白の翼を生やした天使らしきものが確認された。「我らが天が降臨された」「あれは智天使、ガブリエル様です」など、森付近の住人も証言。記者もそれを目撃しており、唯一姿が映った写真を記載。天使が現れる前から木々が倒れる轟音が鳴り響いていたと言う。そして、それより前に住宅で火災があったと軍も通報を受けていることから、何なら戦闘があったと軍の総司令部も判断。しかし突如として天使が居なくなった。記者と住民から発せられた言葉は同じで、「天使の翼が何者かに斬られ、その神々しい存在感も感じ取れなくなった」と口にした。その後記者は軍総司令部にこの記事を提出。そのことを受けて、アースガルド総隊長、ヴォルヴァ・バーンズは以下のことを発表した。「天を信仰する人間はこのことに強い衝撃を受けた。我らが天使を殺した者がいるとなるとこちらも黙ってはいられない。よって我が軍は調査隊を結成。精鋭のみで構成された部隊で戦闘があった西の森――さらに奥、森の果てにある敵国を目指し、天使殺しの手がかりを得る。証拠がつかめ次第、アースガルドは全軍を用いて敵国の殲滅に当たるつもりでいる」とのことだが、アースガルド国王は全面交戦に反対。軍の大半はこの国に残し、スパイの存在を疑え、とのこと。ちょうど天使殺しが起こったのはカテドラル学院の卒業と日付が重なっている。これにも何か関係があるのだろうか。今、世界全部を巻き込む嵐が訪れようとしているのかもしれない。



 これは結構マズイ。どのくらいマズイかと言うと「超☆絶」がつくほどマズイ。そもそも天使の騒動は知られていないと見ていた。まあ天使が現れた、だけなら他人事で済ませることが出来た。しかし、「天使を人が殺した」「スパイの存在を疑え」となると話は変わってくる。人に対する疑いが発生すると、行動の制限もされて、レイ達の目的である「天と魔を殺す」が実行しずらくなる。さらに事の重大さを突きつけてくるのはその記事に載ってある一枚の写真だ。ピンボケしていてモノクロのため詳細は分からないが、当事者であるレイには分かった。

 ――その写真は、レイがガブリエルの核にナイフを突き刺しているときの光景を写していた。

「どうかしました? 浮かない顔してますけど」

「――っ!」

 その言葉にレイの意識は現実に戻され、気を引き締めた。今は余計なことを勘繰られないようにしなくてならない。何せ――今目の前にいる女こそが、この最も危険な新聞記事を書いた張本人なのだから。見た目的にも悪意を感じないから、なおのこと気を付けなければならない。

 てことでレイは新聞に興味のない普通の十七歳を演じた。

「いや? 大規模交戦とかちょっと物騒だなって思っただけ」

「それ思います? 自分もこの記事書いてるときしんどかったですよぉ。読者増やすためにああは書きましたが個人としては乗り気じゃないですねぇ」

 女はやれやれと言った感じで首を横に振った。どうやらこの記事についての感想を追求してくる感じでもなさそうだ。レイが心の中で安堵の息を吐いていると、女がふと疑問に思った。程度のノリでこんな質問をしてきた。

「そういえば貴方たちが着ているその軍服、正規の軍のやつじゃないですよね? 確かに私服に軍服を選んでも何の文句もないですが、何か思い入れでもあるんですか? 二人一緒というのが気になりますねぇ」

「えっとー……。それは――」

 その予想もしなかった質問にレイはおどおどし始めた。それを見て向かいにいる女が疑わし気な視線を送ってきた。

 マズイ! 何でもいいからこの場を凌ぐ言葉を――

「私とこいつは兄妹だからな。ともに軍に憧れを持っているんだ。何の不思議もないだろう?」

 レイが嫌な汗を掻いていると、横にいる少女から救いの手が差し伸べられた。その演技とは思えない完璧なデフォルト状態で放たれた言葉は女にも届いたようだ。女は申し訳なさそうに笑ってこくんと頷いた。

「なるほどそうだったんですか。これは失礼しました。まさか――兄妹だと認めるのが恥ずかしかったとは」

「…………」

 正解をかすりもしない回答にレイは否定しようとしたが我慢。せっかくブラフマーが差し伸べてくれた救いだ。自分の名誉なんてくれてやる。

 レイは横にいる相棒を信じて「あはは……」と笑った。バレちゃったら仕方がない、ぐらいの感覚で。だが――ブラフマーが調子に乗った。

「それもそうだ。何せこいつは実力に劣っていてな。学院の主席だか何だか知らんが私よりもずっと弱い」

「なるほど……! これは特ダネです! なになに、「カテドラル学院主席、レイ・ヴィーシュカル。妹にコンプレックスを持っていた!」っと」

「え、ちょ……」

 訳の分からないことを言い出したブラフマーと、懐から手帳を取り出し爆弾を書き込む女を静止しようとしたが、彼の言葉を耳に止める者はいなかった。確かにレイとブラフマーを比べたら、宇宙の《創造者》であるブラフマーのほうが圧倒的に強いだろう。しかしな新聞記者よ――その解釈はあまりにも非道ではないのか?

「学院の主席であるこの少年より強いと言うことは、つまりどういうことです?」

「フッ。私はこいつに対する社会的地位が遥かに高い」

「……っ! 是非ともその内容を教えていただきたいですね」

「悪いがこれは教えられない。こんな事を言えば私にも影響が出るからな」

 これまでにない商売道具が手に入りそうな女は、不敵な笑みで汗をぬぐっている。ブラフマーがここで回答を拒否したと言うことは少しはレイのことを想っているのだろうか。レイはちょっと、ほーんのちょっとだけブラフマーのことを見直した。が、すぐ評価を元に――否、もう下がらないくらいどん底に落とした。

「しかしこれだけ言っておこう。こいつは重度のシスコ――」

「おい何堂々と嘘ついてんだこら。それと無い胸張って――ぐふぉっ」

 我慢の限界に達したレイが間に割り込むも、ブラフマーの拳がみぞおちに炸裂。大ダメージを負ったレイはその場に膝をついて呻いた。そんな彼をゴミを見るような目で見下している女性が二名。

「なんだ貴様デリカシーという言葉を知らないのか?」

「いや、この少年は言葉を知っていて意味を理解していないタイプの人間ですね」

(わーお。理☆不☆尽)

 さっきまで人で遊んでおいていきなりのこの暴挙だ。しかしこれ以上の被害を避けるためにもレイはその言葉を心にしまっておく。

「さて、随分と長話してしまいましたし、自分はこの辺で。あ、少年の記事はいつか近いうちに書いときますねぇ~」

女は赤縁眼鏡をくいっと上げて、二人に笑いかけてから去って行った。

――何とも不思議な女性だ。

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