第55話 人口洞穴

「いやーはっはっはー、流石に死んだかと思いましたよ?」

「……すげぇなコイツ。そこら中打ったくせにピンピンしてやがる」 

 全員が坂を下り終えるとほぼ同タイミングで起き上がったシャヴィは、頭を掻きながら元気よく笑っていた。

 全身に泥がついて見た目は悲惨だが、肉体は強靭だったようで筋肉たちに多少小突かれても平然としたままだった。

 この出来事は、《筋肉は素晴らしい》の中でシャヴィが一番タフではないのかという疑惑を生むこととなった。

 森を襲う豪雨は、今日一日止むことは無かった。どこもかしこも水浸し。

 もうそろそろ日没に差し掛かろうとしたところで、隊を率いているヴォルヴァが何かを見つけたようで、声を少し弾ませている。

「喜べお前さんたち! こんなところにいい崖があったぞぉ!」

 は? 崖?

 ヴォルヴァの発言の意味が理解できなかったレイとブラフマーは断崖を見上げて首をかしげていた。

 その後のマッチョたちの行動でその疑問は晴れたが、それはとても気分の良いものではなかった。まあ、岩と筋肉という構図でなんとなく想像がつかないでもなかったが。

「よぉし、分かってるな?」

「当り前ですぜ隊長!」

「任せてくださいよ!」

「ふっははぁ! 漲ってきたぜぇ!」

 ――などなど。

 ヴォルヴァを引き立てるように一歩下がったところで横一列に並ぶ十八人のマッチョ。泥で汚れた軍服を纏い腕を組み仁王立ちしているその姿は、後ろから見れば青春を謳歌している男たちに見えなくもなかった。ここではっきりと言い切れないのは、今もなお体を叩く豪雨と、何をどうしたらそうなるのか見当もつかない行き過ぎた筋肉のせいだろう。

 (レイからは見えないが)獰猛な笑みを浮かべて【力の帯】を右肘に巻くヴォルヴァ。右手には【銀の手袋】、その上から金色の鎚、雷神〈トール〉が宿る武器【打ち砕くもの】が握られていた。

「よっしゃ行くぜぇぇええええええええええ‼」

 太い声で雄叫びを上げて丹田に力を籠める。彼には漲る闘志のような気合のような?……何と言うか、凄すぎて凄いまでのオーラが感じ取れた。

「あーナニガオコルンダロウネー」

 ヴォルヴァの叫びに応じるようにマッチョ全員が力を貯め始めたので、レイは半場投げ遣りに白い目で漲るマッチョを眺めていた。ブラフマーはとっくに退避済み。レイの後ろに隠れてしゃがみ、目をぎゅっと瞑って耳を手でがっちりと押さえている。

「なあシャヴィ」

「なんです?」

 レイはこのあほみたいな隊の中で唯一常識人であるシャヴィに悲痛な顔でこういった。

「あいつらマジ何なの⁉」

 シャヴィはレイの言いたいことがわからんでもなかったが、経験と言うか何と言うか、彼らの異常な行動は何度も目にしているので、紳士的な顔でレイにこう返すのであった。

「慣れです。諦めてください!」

「――」

 もう助け船は無いらしい。この雨の中でも平常運転過ぎるマッチョたちに、レイは笑顔でこう思った。

(筋肉なんて、滅べばいいのに)

「あ、立ったままだと危ないですよ」

 レイの思考を遮るようにシャヴィは一言だけい言い残し、後ろを向いてしゃがみ、両腕で自身の頭部を覆った。

「? いきなりどうし――」

「〈トール〉――【打ち砕くもの】ッッッッっ‼」

 次はレイの発言を遮るように真っ赤に発熱した巨大な鎚を振りかざすヴォルヴァの叫びが響いた。

 直後。

 雨が降る音などかき消すほどの轟音が鳴り響き、レイの顔の真横を何かが高速で通り過ぎた。レイが風圧を感じたところに切り傷がついて、血がたらりと頬を伝る。

 そしてすかさず、

「〈ボディチャージ〉――【アーム】ッッっ‼」

 十八人のマッチョが魔法を発動してヴォルヴァが【打ち砕くもの】で打ち付けたところを、息ぴったりで殴打する。そのたびに飛び散る破片がレイ達三人を襲って(既に防御行動に出ていたブラフマーとシャヴィは無傷)、

『あ、すまねぇ大丈夫か?』

 十八人のマッチョの声が綺麗に重なり、レイはやけくそに叫ぶのであった。

「マジお前ら何なんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」



 頭のおかしい筋肉集団こと《筋肉は素晴らしい》が叩き割った崖は、憎たらしいことに全員が入ってもそれなりに余裕がある洞穴になっていた。

 魔法が使える人間総出で効果の魔法を使ったので崩落の危険性もない。

 中は意外と温かく、光源さえあれば一晩くらい此処で過ごすのに文句はない。

「光源は俺に任せろ! 〈イルミネイト〉!」

「「ぶっ――」」

 真っ暗な洞穴に光りが灯り、その光源を見てレイとブラフマーが吹いた。

 光魔法を使ったのは、筋肉野郎の一人――筋肉隊長の弟アンソンによく似たテカテカのスキンヘッドが特徴的なツルテカマッチョ。その頭が、皆を照らす唯一の光源となっていたのだ。

 彼はいたって善行をしているのだ。外は豪雨。湿気のせいで燃料は全滅、即席で作った洞穴には何の設備もない。そこで自ら名乗り出て無駄に消費するべきでない魔力を使ってくれたのだ。頭に光魔法を使ったのも頭皮で反射してより多くを照らすためなのだろう(そんなことが出来るのかは定かではないが)。

 ――でも、光るハゲは正直言って反則だ。

「おいおい? 人のこと見て笑うのはよくねぇぜ?」

 レイとブラフマーの反応を見たツルテカが二人の方に頭皮を輝かせながら歩み寄る。

 当然レイ達は迫りくる筋肉圧を拒否するが、口元は歪み切り、言葉の端々も震えていた。

「こっちくんな……(プルプル)」

「それ以上近づくな気色悪い(ぶふっ)」

「ああん? なんだってぇ?」

 聞こえているのにもう一度言わせようとする教師のように腰を曲げで耳を近づけるツルテカ。その光り輝く頭皮を、間近で見せられて、赤地に金刺繍の軍服を来た二人は限界に達した。

「あっはははははははははははっ! お前その不意打ちはマジで反則だって!」

「案外笑いを取るのが上手じゃないか人間。貴様はコントの道でも進めはどうだ?」

 ――ポカッ。

 笑い転げる二人の脳天にシャヴィの拳が叩き込まれた。

「笑ってはいけませんよ? 彼は私たちのために頑張ってくれているのですから」

 仲間を馬鹿にされたことというよりは、レイ達の行動自体をお叱りのようだ。

 あのツルテカには感謝こそすれ笑うな、と。

「むぅ……悪かったよ」

「笑ってはいけないのならさっさと私の視界から消えろ筋肉め」

 レイとブラフマーは謝罪の言葉(約一名は疑惑の判定)を発して、込み上げてくる笑いを押さえるために光り輝くツルテカに背を向けた。

「それでいいのです」

 シャヴィは満足そうに笑みを浮かべ、ヴォルヴァ荷物の整理をしているヴォルヴァの方に去って行った。その時彼の口元は緩み、今にも笑い出しそうなのを必死にこらえていたのだが、それは別に言わなくていいだろう。だって、光り輝く筋肉ハゲはどう考えても笑いを取るためにしか存在しないのだから。

 ――ちなみに、皆の光源となったツルテカマッチョは、洞穴の中央でずっと立ち尽くすことになったのであった。



 砕いた岩の破片を熱魔法で焼き石にして、冷えた体を温める。直接触ることが出来ないため気休め程度にしかならないが、ずっと雨に打たれていた体にじんわりと熱が伝わりひと時の至福を得ることが出来た。燃料さえ生きていれば、熱と光源が同時に得られたのだが仕方がない。それにツルテカの頭皮がこれまた意外と明るい。仲間の顔を見て話せるというだけでそれなりに気分はよくなるのだ。

 ツルテカはずっと魔法を使いっぱなしだが、「見やがれこの頭皮を!」とか「隊長! 俺は最高にイケてる男だと思いませんか!」などと意味不明な発言と共に上裸でボディビルをしているので特に問題は無いだろう。

 レイとブラフマーは筋肉のことなどすでに他人事で、光源となった〈イルミネイト〉に感謝してシャヴィも含めた三人でお喋りをしている。

「にしてもすごい雨だな」

「そうですね。梅雨にはまだ早いと思いますが」

「自然現象にどうこう言っても仕方無いだろう。私たちは今の環境を受け入れそれに対応しなければならない」

「……お前は説教くせぇババアか」

「あ゛?」

「ひぃっ! ゴメンナサイ何でもないです!」

「いつもこんな光景ですよね二人は」

 今後の生活を見越して少量の乾燥食料をぱくつきながら三人は降り注ぐ豪雨の音を聞いていた。今晩はドライフルーツと干し肉、後はお湯だけだ。狩りをしたところで、火が使えないのでは無駄な殺生だと判断した故である。

 洞穴の入り口には今まで調理場に使用していたタープを垂らしておいた。暗めな色のタープであれば外に漏れ出る光も遮れ、動物や敵の襲来も未然と防げるという寸法だ。

 それで今はレイ、ブラフマー、シャヴィが見張りの時間というわけである。

 見張りと言っても洞穴の外に出て寒い中雨に打たれるわけではなく、入り口付近でなにか雨以外の音が聞こえないか耳を澄ませているだけでいいのでとても楽だ。

「二人はこの生活に慣れました?」

 シャヴィが適当に会話を持ち出した。

「慣れた……ねぇ?」

「ああ、全くだ」

 意味深な返しでレイは相変わらず隙あらば筋トレをする筋肉たちを一瞥した。

 ブラフマーもレイの言いたいことを理解して呆れ交じりに首肯した。

 シャヴィもなんとなく察したような顔で、

「やっぱり……すぐに、とはいかないですよね」

「まあな。森での生活自体は新鮮だったけどさすがにあれとすぐ打ち解けろって言われてもなぁ……」

 レイはあたかもルックスが原因かのように言ったが、実のところはもっと別の理由があった。

 それは、どんなに毎日を楽しく過ごそうとも、結局彼らは敵ということだ。今隣に座っているシャヴィも例外ではない。

「彼らも別に悪人というわけでは無いんですけどね。むしろ優しい性格をお持ちの人格者です」

「それは分かってるさ」

 この遠征でも手伝ってもらったり一緒に笑ったりと、何かと助けてもらっていることが多い。それに彼らは実力があり、軍人としても、人間としても優良な集団なのである。

 だからこそ、レイはいまだに決心がつかない。――人ならざる者の力を持つ人間を殺すかどうか。

(……ガブリエルの時に宿主ごと殺させるべきだったか?)

 ブラフマーはレイの複雑そうな顔をみて思案に浸っていた。

 ブラフマーの目的はこの星を本来あるべき姿に戻すことで、別に種自体が根絶しなければ人間が何人死のうとどうでもいいのだ。それでもクリスを助けるための手助けをしたのは、貸しを作って持ち掛けた話を飲ませるためであった。

 だがレイはブラフマーの提案に二つ返事で乗ったことで、彼女が用意した保険は使うことなく意味もなくなったが。

 だが、今の状況を見ればその保険が裏目に出たことになる。あそこでクリスを助けさせたから、人外の生命だけ殺すことの難しさを正しく理解していない。ガブリエルはたまたま核が露出してただけであり、普通はそんなことないのに。さらに人を手にかける事に多少の拒絶も伺える。このままでは、レイは確実に死ぬ。でも、何か思考を改めるきっかけがあればそれは覆されるかもしれない。ブラフマーとてレイが死ぬことを望んでいない。けれども人間の問題に人間でない彼女が過度に干渉するつもりもなかった。

 故に、ブラフマーはレイに迫るようには言わず、彼自身が決めるまでゆっくりと待つことにしたのである。

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