第59話 衝突
総勢六十二人ともなると、流石に移動も時間がかかるため、発見した草原で一休みする流れとなった。この豪雨の中、天を遮るものがない草原もいかがのモノかと思うが、全員が終結できる場所がここしかなかったのだから仕方がない。
今行っていることは、主に荷物の整理だ。当然三部隊の所持物にばらつきがある。《筋肉は素晴らしい》とか言うクソ筋肉集団みたいに、人数分テントがない部隊もあるし、食事を狩りで補っていたため持ち越してきた食料が余っている部隊や、逆に携帯食だけ消費してきて、備蓄がもうほとんどない部隊もいる。その中間ぐらいに位置するのがヴォルヴァの部隊で、どの部隊も、現状が一緒ということは無かったのだ。
一度全ての食料を集めて、一人筒均等に配布する。この人数では一か所に留めておくよりも、個人に決められた量渡して方が何かと楽なのである。
熱系の魔法を得意とする人がいたため、ささやかではあるが、ひと時の温もりも手に入れた。
この人がいた部隊はさぞかし暖かかったんだろうなコンチクショウ、と心の中で復唱した者は少なくないだろう。それほどまでに、寒波漂う雷雨の森の中の熱源というものは尊い。
一通り作業を終え、多数決で今日は此処で一夜を明かすことに決まった。まだ夕方前なのだが、この土地と合流できた安心感が、これ以上の進軍を勧めようとしてこなかったのだ。ちょっと周りとは違う思考回路をお持ちの《筋肉は素晴らしい》の皆さんは何やら不満げな顔をしていたが、その他大勢が選んだことだから仕方がない。集団行動において、協調性は大事なのである。
サクサクとテントを草原に展開し、それぞれの荷物を指定の場所に置く。テントは人数分無いため、見張りの際はテントごと交替することとなった。人数が増えたから見張りの頻度は下がるのでは? と思ったが、人数が増えたからこそ、多方面をカバーするために見張りの数を増やした。四方に四人ずつ、計八人で見張りを替わっていく。早いものは、すでにテントの中で仮眠を取っていた。最早この森に昼夜など存在しない。ずっとどす黒い雨雲が空一帯を覆っていて、休めるときに休まないといざというときに動けなくなる。
レイとブラフマーは、木を屋根にして、他の隊がもっていたプロテイン入りじゃない携帯食をしみじみと口に運んでいた。特に味が変わったり、特段美味しいわけでは無いのだが、なぜか感動の涙が止まらない。やはり筋肉食から解放されたからだろうか。ここ数日で失いかけていた『正常な食事』を取り戻した気がした。
二人は天を仰ぎ、空は灰色だというのにお日様の光を浴びているような感覚に陥り、地面を叩く雨音を祝福の鐘の音に変換して、こう言うのであった。
ああ、生きててよかった、と。
筋肉圧から解放された事に生を実感している最中、何やら人の動きに変化があった。見張り以外の人が、皆野営地の中心に向かっているのだ。この雨のせいか会話が聞き取りずらい。慌てふためくというよりかは、興味本位と言うか何と言うか、そこまで危機感を感じていない様子だ。……おそらく、何か珍しいものでも捕まえたのだろう。
「何かきな臭い。行くぞ」
「ああ」
直接見ない事には要用を得ない。
レイとブラフマーは、何かが起きそうな予感を胸に、人の流れに沿って野営地の中心へと向かった。
今日の野営地と化した草原の中心位は、人だかりができていた。
「くそっ、放せ!」
レイ達が来た方とは真逆の方向から、初めて聞く女性の叫び声が聞こえてきた。
レイは人をかき分け一番前に行き、そこに広がる光景を見て、目を丸くした。
長い栗色のツインテールに、活気の強さを示す睨みつけるような眼光。体のラインを隠すように、あるいは中にある物を悟らせないたにあるとしか思えない漆黒のマント。顔立ちや背丈からしてレイと同い年か、一、二こ下か。
そんな少女の腕を後ろに回して拘束し、動作一つ見逃さないと冷たい瞳で見下しているシャヴィ。
シャヴィは少女の抵抗を無視してみんなの前に少女を立たせ、それから一気に地面に叩きつけた。
「ガハッ――‼」
「貴様は誰だ」
その行動で周囲にざわめきが生じ、あれやこれやと言葉が飛び交い始めた。
あんな子供に何をしているんだと非難の声。
こんな森に何しに来たんだと疑問の声。
敵がいると聞いていたがまさかこの少女が……と困惑の声。
口は動かしても、誰一人として、この状況をどうにかしようと動かない。
「あたしはここの野生児だって言ってんでしょ⁉」
少女は地面に叩きつけられた状態で必死に訴える。何故自分がこんな扱いを受けなければならないのか、と。
「じゃあこの服は何だ」
シャヴィは冷徹な対応のまま、少女が羽織っているマントを剥ぎ取った。マントの下にあったのは、白の長袖ブラウスにプリーツスカート、襟に通したリボン。その容姿は、あまりにも野性的とは言い難かった。
周囲の目もだんだんと変わっていき、確信に近い訝しの視線がいくつも少女の降り注ぐ。
それでも、少女は必死に自分の正当性を訴える。
「服なんてやろうと思えば何でも作れるわよ!別にあたし一人で生きているわけじゃないんだし」
「副長、この少女丸腰ですよ?」
「……確かに、そうではありますが……」
そこら中に泥を付けた少女を憐れんだのか、一人の男が助け舟を出した。彼の言う通り、少女は何の武装も所持していない。シャヴィは一応は肯定したものの、何か納得いかず考え込んでいる様子。少女に対して、何か疑問点があるのだろうか。
「なんだぁ、随分と騒がしぃじゃねぇか」
沈黙が漂い雨音だけが鼓膜に響く状況の中、ついさっきまで仮眠を取っていたヴォルヴァが、この状況を支配した。
「隊長。野営地付近でこの少女を発見しました。所属を確認しようと声を掛けたところ、逃走を図ったので確保した次第です」
「……そうか」
ヴォルヴァはそれだけ言って、少女がシャヴィに組み伏せられて泥と雨両方に攻撃を受けていることに関しては一切触れず、近くにしゃがんで少女の目を見て話す。
「お前さん、名前は?」
「……っ、エルラよ」
その圧倒的なまでの威圧感に気圧され、それでも少女はヴォルヴァのことを睨み返す。
「そぉか。エルラ、お前さんはどこから来たんだ?」
「……あっちの方」
少女は視線だけ動かして、ここに来た方角を示した。
「ほぉ……お前さんが来た方角の果てに、ナイトメアっつー糞どもの国があるんだが?」
「ナイトメア? なにそれあたしは知らないわよ。あたしは小さな村から来たんだもの」
「何も持たずに、か?」
「だってすぐそこよ。人の気配がしたから様子を見に来ただけ」
「……」
ヴォルヴァは立ち上がり、どうしたものかと唸った。
何か嘘をついていて、疑わしいのは明白なのだが、何より証拠がない。服装などは技術さえあれば本当に作れてしまうし、偵察に来て帯剣した男に見つかったらまず逃げる。
適当に謝罪して返そうかと思い少女のことを見下ろして――
「――ッ‼ 総員警戒態勢! 三人一組で周囲を警戒! 敵はどこに何人いるかわかんねぇぞ‼」
少女の服の下にあるものを見て、ヴォルヴァの思考は一瞬で切り替わった。
軍人たちは、いかなる状況でも命令の通り動くよう指導されているため、ヴォルヴァの指示が下りすぐ行動に移す。三人一組を組み、ヴォルヴァを中心に草原全体に散開していく。その手際はお見事の一言。三十秒足らずで、草原全体をアースガルドの軍人が埋め尽くした。
そして今草原の中心にいるのは、ヴォルヴァ、シャヴィ、レイ、ブラフマー、そしてエルラと名乗った少女。シャヴィは少女を地面に組み伏せたまま、視線の温度をさらに下げて、敵意と共に殺意を送る。
レイとブラフマーは、一切関与せず傍観。ここで、この少女が敵となるか味方となるか、はたまた何もなかったことになるかを見届ける。
ヴォルヴァは獰猛な笑みを浮かべて、少女の服に手を伸ばす。
「ちょ、ま――ひゃっ!」
ヴォルヴァの手が少女のブラウスをスカートから引っこ抜き、地肌の方に進んでいく。雨に濡れて冷たいものが肌に当たるたびに少女から小さな悲鳴が聞こえて、顔が赤くなり目をぎゅっと瞑っている。
そしてヴォルヴァはスカートの骨盤のあたりから、あるものを取り出した。
「五芒星の描かれた黒い左手袋……確定だな。雨でブラウスが透けてたぜ?」
ヴォルヴァの手にあるものを見て、シャヴィが大きく目を見開いた。遠征前にヴォルヴァから聞いていた。五芒星の描かれた手袋は、魔を信仰する証だと。
発覚した事実にシャヴィは殺意だけの視線に変える。
「隊長。彼女は今すぐ殺しましょう、敵対分子です」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着けシャヴィ」
冷徹に排除を申し出る部下を、隊長はそのこと自体は否定せず宥めた。こいつにはまだ利用価値がある、と。
「さぁて、案内してもらおうか?お前さんの住む村まで」
ヴォルヴァがそう問いかけるも、少女は俯いて一切表情を見せず黙り込んでいた。そのことにシャヴィはさらに殺意を募らせ、少女の腕を折ろうと力を入れようとする――が、
瞬間。
シャヴィはその行動を中止し、少女から手を放して後方に跳んだ。ちょうど入れ違いに少女のすぐ上を、高速で弾丸がいくつも突き抜ける。弾丸がとんて来た方向には、近未来的なデザインの短機関銃が二丁浮かんでいた。
「……ふぅ、〈シフォロギア〉」
少女はむくりと立ち上がり、泥を払ってそのまま上空に浮かんだ。高いところに行くことで注目が集まり、草原にいる者すべての視線を少女が奪った。
「な……っ! 飛行魔法は存在しないはずじゃ……‼」
「飛行魔法? そんなのあるわけないじゃない。だからこれは念動系魔法。あたしほどの使い手になれば自分自身にも使えるのよ」
シャヴィの驚愕に少女はそっけなく返した。この程度できて当然です、と。二丁の短機関銃、ベージュの魔法石が埋め込まれている大きなグリップが少女の近くに浮いていく。少女はそれらを体の各所に装備していく。
「あたしの名前はエルラ・ライズ。ナイトメアの軍人にして、アンタたちを一人残らずぶっ殺しに来たの……あと、そこ危ないわよ?」
エルラは戯釈的な笑みを浮かべて、地面の上に立つことしかできない哀れな人間どもに向かって手で銃を作り撃ち抜く動作をした。
そして、それを合図にしたかのように地面が揺れだし、地割れが起きて草原全体が一気に崩落した。
いくつもの悲鳴。完全なる不意打ち。この草原に立っている者すべてが、割れた地面の先にある、真っ暗な闇に落ちていった。
落ちていく者がいれば、這い上がってくる者もいる。谷から円柱のような土塊が伸びて、それはエルラと同じ高さで止まった。
「〈アマイモン〉――【地暴者】」
土塊の上に立っている緑色の髪を細い三つ編みに束ねた少年は、左手を土塊に触れて悪魔の権能を使う。
すると、地割れで崩落した草原が、何事もなかったかのように元の姿に戻った。割れたものが元に戻る際、間にあったものに強い圧力がかかり、力に負ければ押しつぶされる。
ほんのちょっとの時間で、草原にいた人間六十二人が地上からいなくなった。
上空に浮いている少女と、高いところまで足場を伸ばした少年は、草原を見下しフッと笑った。
「やるじゃないユーリル。草原一帯を本当に崩落させるなんて」
「当たり前でしょ? 〈アマイモン〉は地を司る悪魔。その力を使う僕自身が地中に居ればほぼ無敵みたいなものだよ」
ユーリルが発案した作戦はいたって簡単。
まずエルラがさりげなく発見される。そこで敵を混乱させ、ユーリルが一網打尽にする。エルラが掴まるのが早すぎたり、所属がバレたりと多少予定と違うところがあったが、結果は良好。結果オーライという言葉を使うのにとてもふさわしい内容だったと言わざるを得ない。
と、二人の会話を遮るような出来事が。
「ふっははははははははぁっ!」
「残念だったな魔の者よ!」
「その程度の筋肉に!」
「我らが屈すると思ったか!」
「答えは今ここにある!」
「我らは大地すら己の力で切り開く!」
「なにせ筋肉と天がついているからな!」
「知恵を絞ったその戦略!」
「一応見事だと言っておこう!」
「だが残念相手が悪かったな!」
「《筋肉は素晴らしい》は決して死なぬ!」
「この肉体がある限り!」
「貴様らは存在そのものが悪だ!」
「魔などを信仰する愚か者に!」
「天の信徒が鉄槌を下す!」
「今から行うのは戦闘ではない!」
「悪道を進み過ぎた者に静粛を!」
「天に変わって我らがこの世の汚れを断ってやろうぞ!」
威勢のいい、十八の叫び声と共に草原が粉砕した。そこから出てくるのは超大柄な体躯の男たち。体の所々に赤い血がついているが、その佇まいを見るからにそこまで深い傷ではないのだろう。
「天がお創りになった大地を踏む愚か者どもめ、ここで始末する」
「ま、そぉいうことだ。お前さん方、ここで死にな」
最後に傷一つないシャヴィと、同じくなヴォルヴァが右ひじに力帯を巻きながら出てきて、これで地面の圧に潰れたはずの人間が二十人生きていたことになる。だが、出てきたのはそれだけだ。その他四十人は確実に地面に押しつぶされて今頃冥府への道を進んでいる事だろう。
それでも、二十人生きてたという事実にユーリルは苦笑するしかなかった。
「ねえ、あれおかしくない? 最後の二人に関してはもう意味わかんないんだけど」
「ダメよそんなこと言っちゃ。世間は広いんだから」
「いやいや、それでも僕は異議を申し立てるよ?一体どうやったら地面をこうも粉砕できるのさ」
「一瞬で崩落させたアンタが言う? ほら見てみなさい、あの筋肉よ? あたしたちの常識が通じる相手じゃないわ」
「あ、うんソウダネ」
「うっせえなぁ! 〈トール〉――【天雷】っっっ‼」
「今会話中。〈アマイモン〉――【地暴者】」
自分たちを無視してのんきに話している敵にヴォルヴァが空から雷を落とすも、ユーリルの足場から土が伸びて、二人の上に壁を作って受け止められた。
「流石にちゃんとやらないと失礼かな。あのハンマーを持った男は僕が相手するから、他の人たちをお願いしてもいいかな?」
「別に構わないわ。あの筋肉野郎共も、流石に銃なら倒せるでしょ」
『〈ボディチャージ〉――【アーム】ッ‼』
またもや二人の会話を遮り、数人のマッチョが土の塔に拳を叩きこむ。とてつもないパワーに負けた塔はポッキリと折れて、そのまま地面に真っ逆さま。
「それじゃあ――開戦だ!」
ユーリルは跳んで安全な場所に着地する。
今の天候は最悪とまで言える雷雨。
この草原は、今はもう地形がボコボコの出来立てホヤホヤの荒野。
雷を操る天人と、地を操る魔人。
空を翔け回り銃を乱射する少女と、肉体を極めた男た。
体力を奪う冷たい雨の中、塔が地面に倒れるのを合図に、天と魔の争いが始まった。
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