第37話 反撃
昨日に比べて人員が増えた捜査会議では、改めて事件の共有が行われていた。
特定が遅れていた三人目の被害者の名前は
「犯行の間隔が短くなっている。これは典型的な快楽殺人だと考えられる」
捜査部長の言葉に、
月々香は片親で、市内のスナックで働く母親が女手一つで育てていた。結局届け出もないままだったことに育児抛棄も疑われているが、話によると月々香には家出癖があり、いつものことと感じた母親は捜索を怠っていたらしい。
当日の行動は未だ不明。これらは隣市の刑事が中心となって当たることになる。
詳細こそまだ掴めないが、つまり第一の被害者と、第三の被害者は自宅から離れた場所に遺棄されたことになる。当然注目されるのは第二の事件だ。第二の事件だけがその場で殺されていたわけで、犯行現場と犯人の間には、何らかの地理的要因があると推測されるのである。
「要因、か。考えられるな」
「幸い、宇佐美月々香の殺害遺棄には国道を使用したはずですが。車を使用したならば、カメラの前を先ず通るでしょう。そいつと第二の事件を合わせれば。是非」
「よし、その線も追ってみよう。宇佐美月々香の足取りが最優先だが、地元に明るい所轄の藤堂たちに任せる。米島班は…」
捜査部長は各班に役割を割り振ると、捜査会議は終了した。米島と度会浩一は、米島の提案通りに分析に回ることになった。捜査員が自らの役割を全うすべく次々に席を立つ中、浩一も席を立ちながら、米島に疑問を投げ掛けた。
「昨日現地を見ている私たちが、地取りに出なくても良かったんですか」
分析は確かに米島の発案だが、他の捜査員に任せても良かったはずだ。なのに米島は自ら任務を買って出ていた。
地取りは捜査の基本だ。浩一はてっきり隣市の現場周辺で聞き込みにあたると思っていたのである。それにこういっては何だが、被疑者の顔を知っているかもしれないのは自分たちだけだ。ならば表に出た方が良いのでは。
「逆だよ。会議でも言ったろう。犯人は
そういうことか。もう三件も続く事件なのに、怪しい人物が全く挙がってこない。用心深いと思われる犯人が、今回に限ってミスを犯している可能性はあっても、低いだろう。ならば顔を知っている熱田警部補を、犯人の近くに直接送り込んだ方が効率的だと、米島はそう考えたのだ。
国道には自動車ナンバー自動読取装置が設置されている。時間帯は曖昧でも、殺害当日に通過したナンバーのピックアップは終わっていた。もしカメラの前を通過した車の登録が、第二の事件の周辺にあれば。
浩一は自らの島で、車両情報を地図データに落とす作業を開始した。パソコンのモニターに集中する。この中にこそ犯人がいる可能性が高いのだ。一刻でも早く、犯人の元にたどり着かなくては。
◇◆◇◇
午後一時を過ぎて、度会眞仁は学校にやって来た。今日も学校に集合する手筈となっている。昨日の別れ際には、確かに智蔵太からそう念を推されていた。
道中、とも言えないが、眞仁はあれから公園をいくつか回ってきた。スマホのマップで位置を確認しただけの、始めて訪れる公園だ。その内の一つで幽霊を見つけた。
公園の入り口にあったのは、今どき珍しい電話ボックス。何をするでもなく、その中に男性が入っていた。もし知らなければ幽霊と共にあの中で電話を掛けているはずで。絶対に嫌だと眞仁は思う。
眞仁が気づいたことを敏感に感じ取ったのか、電話ボックスを幽霊が擦り抜けてきた。四、五十代の痩せぎすの男だ。歩み寄る幽霊に身を固くした眞仁だったが、彼の様子に気付いてアプリを立ち上げる。
(みなかつた)
説明すらしていないのに、幽霊は伝えてきた。それだけ言うと電話ボックスへと戻ってしまう。眞仁は深く頭を下げて、彼に感謝を伝えたのである。
どうやら、ゆうちゃんの母親は全て説明を終えてくれたらしい。それどころか写真の顔までも共有されているのだろうと思われる。一体どういう仕組なのか、感謝の念しか湧かない。
これならば後は公園を巡るだけで良いはずだ。おそらくだが、協力的でない幽霊は眞仁の存在を見ただけで姿を隠すのだろう。
全てが落ち着いたらば、彼女にお供えをしようと眞仁は思った。その時は食べ物が良いのか、線香が良いのか。女性だし、花が良いかもしれないな。
◇◆◇◇
部室に近づくと、眞仁は怖じ気づく自分に気付いた。ここに来て足が重い。
それも当然のことかもしれない。昨日美耶子が死んだ現場なのだから。
他のメンバーは彼女の最後を見ていない。智蔵太にすら見えていなかった。しかし直接目撃した眞仁にとっては、言わば殺人現場と代わりはないのだ。眞仁にとっては美耶子を失った場所なのである。
人は何故、殺害現場を恐れるのだろう。ふと眞仁は疑問に駆られる。
血か。美耶子は血を出していない。霊か。しかし美耶子ならば歓迎だ。セキュリティーか。それだけはあるかもしれないが。
――化けて出るのなら、美耶子しかいないじゃないか。
眞仁には恐れる理由が何もないことに思い至る。むしろ美耶子の死を感じ、怒りに変えろ。二度と同じ轍は踏むな。
ようやく眞仁が扉を開けると、中には智蔵太と久志がいた。
「扉の前で何考えてたんだ? まあ大体わかるが」
智蔵太が軽口で迎える。
「…でも、少しは持ち直したみたいじゃないか」
「マヒっち、ちょっと助けて。大忙しだ」
ニヤリとする智蔵太とは違い、久志が助けを乞う。しかしスマホに落としたままの目はランランと輝いて、言葉に反して実に楽しそうだった。
二人共に手元のスマホを操作している。時折ピロピロ、ピロンとお知らせ音が鳴っていた。
「バズってる、バズってるぜえ」
智蔵太はスマホに流れるメッセージを追って舌なめずりをした。作戦はSNSを使った拡散。題して「チカン撲滅大作戦」。
校内は元より、他校にも友人の多い久志と久咲が中心となって、ある情報を拡散させたのだ。悪質なチカンが市内近郊に出没している。超危険人物なので、そいつを見つけたら決して近づくな、と。
拡散希望で念写写真をそのままつけて、手当たり次第に拡散してやった。これなら犯人の行動を制限できる上に、目撃情報すら入ってくるだろう。
「いや実際、誤爆も多い気もしているんだが…。冤罪って怖いよなー」
智蔵太は白々しい。写真は確かに特徴のない男だし、似た人間はいくらでもいるだろうから、冤罪が生まれる可能性はすごぶる高い。智蔵太によると同時多発的に目撃情報が上がっているらしい。位置が離れすぎていて明らかに同一人物ではないのだが、冤罪の被害者にはごめんなさいとしか言えない。
「てことは、どちらかは本物?」
「いや、そうとも言えねえ。この二件は駅だ。電車で移動する可能性もそりゃあるが、公園や小学校や、子供がいそうな場所が本命だ。それがあり次第」
「行くの?」
「警察に報せるのよ!」
バン、とタイミング良く扉を開いた久咲が入ってくる。隣にいる佐久良は少しお疲れ気味の様子だった。
「おー、お疲れさん。だまくらかしてきた?」
「だまくらかしてきた」
久志が整った顔を歪めると、久咲も綺麗な顔を歪める。それを見て佐久良はため息をついた。
「受理されたわ。たぶん地域全域に不審者情報が流れるはずよ。似顔絵付きでね」
久咲たちは警察署へ出向いていたという。佐久良が公園で露出魔に襲われた、という被害届を出すためだ。日中に関わらず露出魔に遭遇した佐久良は、偶然通りかかった学友の久咲に救われたらしい。
「演技は先輩の方が上手でしょうに。何故私が襲われるんですか?」
「もちろんリアリティーを出すためよ!」
どんなリアリティーなのか、何となく眞仁には察する事ができる。皆も同意見だろうが、しかし口に出して言うメンバーはいないだろう。
「そりゃ、相手はロリコンだって警戒してもらわないと意味ないもんな」
いた。久志の言葉に佐久良はぷくりと膨れているが、そういう所がリアリティーなのだ。たぶん。
「春休み中だけど、学校の連絡網でも流れるんじゃないかしら。そうそう子供に手が出せなくなるはずよ」
ピロン。久志のスマホがまた鳴った。画面に目を落とす久志。
「これ犯人だと思う?」
男が写った写真だった。盗み撮りされた写真は、確かに犯人にも似ているが。
「これ本屋だろ。参考書みたいなのを見てるし、違うんじゃねえか?」
「ちょっと。写真の男に近づくなって話じゃなかったっけ」
智蔵太の意見は正しく、この男性は違う人物だろう。久咲は盗撮の方に疑問を持ったようだった。
「そういや、久志の知り合いはやけに積極的だな。まさか探せって頼んだのか」
「まあ直接の知り合いだけだけどな。賞品つけたらすっげえやる気」
「賞品?」
「最有力情報にはサキのパンツ進呈」
「何やってんのよバカっ!」
誇らしく言い放つ久志には本気のパンチが飛んだ。
「とにかく、これだと思う情報があれば警察に急行してもらうの。職務質問くらいはしてくれるんじゃないかしら。ところで眞仁くんの方はどうだったの、何かアイデアがあったんでしょ」
「公園にいた幽霊に会ってきたんだ」
眞仁は幽霊による監視システムを説明する。
「幽霊か。幽霊も協力してくれるんならありがたい。公園を回る必要があるが、ヤツがいつどこに現われたかわかるわけだ」
「うん。これから公園を巡ってみようかと思う」
「そうだな、俺も一緒に行こう。あの野郎、俺たちをコケにしやがったこと、必ず後悔させてやる」
じゃあと智蔵太が同行を言い出すと、佐久良が手を挙げた。
「はい、私が行きます。行かせて下さい」
「でも原付だよ?」
可哀想だが、公園も多いし流石に二人乗りとはいかない。しゅんとした佐久良の代わりに、久咲が行くと言い出した。
「わ、私が一緒に行ってあげるわ。智蔵くんと久志は残った方が良いもの。幽霊なんて、へ、平気なんだからっ!」
「ツンデレみたいになってるけど大丈夫か?」
怖いのならいいのに、と言い出せる雰囲気でもなかった。かくして、眞仁と久咲は幽霊への聞き込みを開始することになったのである。
――このおっさん、ウチの会社にいたヤツかもしれない。
そんな情報が入ったのは、夕方のことだった。
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