第30話 雑誌記者
日差しも穏やかな昼過ぎのこと。久咲の号令で今日も学校に集まった面々は、成果の出なかった昨日に引き続き、おとり作戦を行うこととなっていた。但し場所は最初の子、山崎二亜が失踪した公園である。
「君、
ところが、いざ公園に向けて出発しようと校門を出たところで声を掛ける人物がいた。見ると細身のジーンズに革のジャケットという出立ちをした中背の男性だ。もちろん生徒ではないが、先生でもない。三十代前後だろうか。似合わない顎髭に大きめのショルダーバックを下げていた。
「突然失礼。少しお話を伺いたいんだ。僕はこういうものです」
訝しむ久咲に男は空かさず名刺を差し出す。名刺には『
その名刺を一目見るなり、胡散臭げに目を細める久咲。自転車を降りて仁王立ちになると、腕を組んで相手を睨みつけた。
「で、フリーライターさんが何の用事かしら?」
初対面に関わらず挑発的な態度を取る久咲に、古賀は少し狼狽する。
「えっと、フリーといってもデスクの依頼で動くんだけれど、ちょっとお話を聞きたいなと」
勢いに古賀は引いて両手を開き、悪意の無さをアピールしている。久咲の態度は完全に敵と見定めたそれであり、迫力が半端ないのだ。
遅れて校門から出て来た智蔵太と久志も、すぐに気付いてやってきた。
「何、ナンパ?」
ヘルメットを取った久志が笑顔を向ける。久志は特に好戦的な性格をしているわけではないが、街で久咲に言い寄る類いの男は大抵、久志の顔を見ると負けを認めて逃げていく。ちなみに久志が乗っている原付バイクは眞仁のもので、今は足を交換していた。
バイクが背後を塞いだお陰で包囲される形となった古賀は、困り顔で再び名刺を取りだした。
「ほうほう、週刊誌ね」
智蔵太も久咲と同じく敵と見た様子だ。久咲ほどあからさまな敵意は見せないが、
「そう、ナンパじゃないから安心して。少し落ち着いて話がしたいかな、なんて」
「一応聞いておくけど、何の話かしら」
「廃屋で起きた事件の件で、話を伺いたいだけなんだ。第一発見者は君たちだろ、今日会えるとは思っていなかったから
「悪いが、俺たちは出掛けるところでね。忙しいし話すことは何もないな」
「ちょっと待って欲しい、もう三件も殺人事件が起きているんだ。それも子供を狙った猟奇殺人だ。発見した君たちは大変なショックだろうし、話したくない気持ちもわかる。でも犯人が許せないと思わないか?」
「三件って何だ。二件じゃなくて?」
訝しむ智蔵太の顔に、古賀はニヤリと笑った。
「ああ、君たちはまだ知らなかったろう。今朝方新しい死体が発見されたんだ。今回は子供だけじゃなく、大人の遺体も発見された」
眞仁たちは互いの顔を見合わせた。今朝ということは、まだニュースでも報道されていないかもしれない。
驚愕した顔を見渡し、満足そうに頷いた古賀は事件の概要を語り始めた。
「夜半頃、夜釣りをしていた人物から警察に通報があったそうだ。誰かが海へ落ちたってね。昨夜のうちに警察が男の遺体を引き上げた。問題はそれが、水死じゃなかったらしい」
古賀の口ぶりはどこか楽しげで、話している内容が内容なだけに鼻につく。眞仁はなるべく古賀の態度に気を取られないよう、務めて情報だけに集中しようとした。海で発見されたのは大人の遺体という事なのだろう。水死じゃなかったとは一体?
「実のところ
男が釣りをしていたと思われる付近で見つかった遺体は少女。テトラポッドに潜り込むように引っかかっていたらしい。やはり首が無かったのだという。古賀が知る限り身元は不明だそうだ。
「死んだ男の人って、もしかして犯人?」
「残念だが違うらしい。状況からむしろ子供の遺体を見つけて、殺されたんだと思うね」
久咲の推測は即座に否定された。久咲は食ってかかる。
「どうして犯人じゃないってわかるのよ」
「これは未確認の情報なんだがね、どうやら死んだ男の持ち物が無くなっているそうだ。クーラーボックスだってさ」
「クーラーボックスって、何で?」
「さあね、犯人が持ち去ったってことだろう。なぜ持ち去ったと思う? 因に首を切った現場はわかっている。テトラポッドからそう離れていない位置にある祠の前だ」
「そんな…」
何故持ち去ったのかと聞いた古賀の言葉に、久咲はわなわなと唇を震わた。伏せた顔はすでに泣きそうにも見える。智蔵太も眉を
古賀の言葉が確かなら。眞仁もその状況を思い浮かべて具合が悪くなった。
首を切った犯人は、子供の遺体を海に捨てたということだろう。その前なのか後なのか、それに気づいた釣り人が殺されたのではないか。そして犯人は釣り人の持っていたクーラーボックスを手に取り、その中に入れたのだ。何を。
…首を。血の滴る子供の首をクーラーボックスに押し込んで、その場から去ったのだ。恒田という男が殺された原因がそもそも、殺人の証拠を見たことが起因なのか、クーラーボックスだけが目当てだったのか。それは犯人でないとわからない。しかし常軌を逸した鬼の仕業なら、あるいは。
しばらく額を揉みしだいていた智蔵太が、思い出したように古賀に訪ねる。
「通報者だ。人が海に落ちたことを通報してきた人がいるんだろ。そいつは見ているんじゃないのか、犯人を」
「どうだかね。当然警察が事情徴収しているだろうから、何か知っていれば話はしているだろう」
「そうか…。そんな大変なことが起きているなんて知らなかったが、それであんたは何をやっているんだ。事件のことを知りたいのなら、現場に行く方が良いじゃないか」
当然の疑問を投げ掛ける智蔵太に鼻白むと、しかし古賀は悪びれもせずに肩を竦める。
「行ってきたさ。でも僕は新聞記者じゃない。そっちは他に任せるとして、最初の事件をもう少し知りたくてね。とりあえず学校を覗いてみたら幸運にも君たちを見つけたんだ。とにかくこれで子供が三人殺された。犠牲者は四人になった。君たちだって犯人が許せないだろう」
「犯人が許せないとして、あなたは何をするのかしら」
伏せていた顔を久咲が上げた。ショックに震えていた声は去り、静かな怒気すら孕んでいた。
「…どんなに悲惨な事件なのか、多くの人に知ってもらうべきだ。警察は最初、遺体の状況を隠したろう。子供の首を切るなんて猟奇的で残忍だ。始めから警察が情報を隠さなければ世間はもっと注目していたかもしれないし、世間の注目が上がれば警察へのプレッシャーにもなる。殺された子だって多くの人に悼んでもらうべきだ」
「つまり警察の所為で愛結ちゃんは殺され、更にまた被害者が出たってこと?」
「もちろん犯人の所為だからそこまでは言わない。でも世間の厳しい目が最初から向いていれば、警察はもっと本腰を入れていたはずだ。起こってしまった出来事は覆らない。ならば反省を促して、次に活かすことが被害者に対する追悼になる」
「記事にする事が追悼になるなんて詭弁だわ。面白可笑しく書き立てるつもりでしょうに」
久咲の弁に、敵意の真意を読み取ったのか古賀は鼻白む。
「面白可笑しくとは誤解だね。そりゃあ、世間の注目を集めるには読んでもらわなきゃいけないから、多少は読み物にする必要はある。いいか、事件の早期解決のためには警察へのプレッシャーが必要なんだ。君たちだってニュースくらい見るだろう。事件はどれだけ報道された? 次々と新しい事件が起こる中、ほとんど報道なんてされてない。これじゃあプレッシャーにならないばかりか、事件が直ぐに風化してしまう。多くの読者が被害者を可哀想だと思って、犯人を許せないと思えば、埋もれていた情報提供もあるかもしれない。僕の本意はそこにある」
古賀の本心が語られた通りかはわからないが、彼の言うことも一理あると眞仁は考える。確かに日々起きる新しい事件の中で、ニュースの続報を見る機会はほとんどない。進展がなければ報道することもないのだろうが、情報提供が少なくなるのは道理だろう。
…あるいは、美耶子が念写した写真をマスコミに出せれば大きな展開が望めるかもしれない。しかし現役警官である浩一に渡した手前そうも行くまい。下手をすると捜査撹乱になってしまう。
「だからといって、捜査上公表を控えていることを暴くのは納得いかないわ。それとも私が泣いてみせれば満足なのかしら」
「そう邪険にしないでほしい。君だって犯人に怒りを覚えるだろう。だから高島愛結が殺された現場でも手を合わせたんじゃないのか」
久咲は思わず絶句した。まさか尾行されていたとも思わないが、前から姿を知られていたのは確実だ。マスコミを甘く見ていたのは自分たちだったかもしれない。今日ここで声をかけられたのは、あるいは偶然ではないのかも。
「僕みたいなマスコミを信じられない気持ちはよくわかる。君は人として真当だよ。でも僕は悪者じゃないし、本当に悪いのは犯人だ。あんな残忍な所業、人の所業じゃないだろう」
「…人でないなら何の所業だというの?」
古賀の言葉に顔色を変えたのは、久咲だけではなかった。
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